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大陸暦1526年――人間と悪魔1


 中央監獄棟を出たころにはもう日は落ちていた。

 馬車に揺られながらポケットから懐中時計を取り出す。時刻は十九時前を指している。

 それを見て、もうこんな時間か、と私はため息をついた。

 こんな時間になったのはラウネというよりは、星城(せいじょう)を出るのが遅くなった所為だ。

 リビア近衛副長が退席したあと、事件以外のことでついナルドック団長と話し込んでしまった。それ自体は楽しく有意義な時間だったのでいいのだが、帰ると全く進んでいない報告書と書類仕事が待っていると思うと、否が応でも憂鬱になる。副長に手伝えと言い残したとはいえ、やってくれている可能性は低い。いや、低いではない。確実にゼロだ。

 元より期待していなかったとはいえ、それでもたとえばマルルのような補佐がいれば、外出している間にでも片付けてくれているんだろうなと考えてしまう。……まあ、無いものねだりをしても仕方がないのだが。

 今日は自宅に戻るのは諦めて可能な限り片付けよう――そう私は覚悟して窓の外に目を向けた。


 街路に設置されている魔灯(まとう)――魔法の力で光る照明の魔道具――が灯った中央区画の中心街には、日が落ちても多くの人が行き交っていた。

 その中には十代半ばであろう男女の集団はもちろんのこと、若い女性が一人だけでいたり、または二人組の姿もある。そして、そんな彼女らに声をかけている男性もいる。おそらく待ち合わせか、もしくは客引きか軟派だろうが、それに普通に付いて行く女性もいなくはない。むしろ、それが目的で夜に繰り出している可能性もある。

 そのこと自体は私も否定するつもりはない。若ければ時間や体力を持て余すこともあるだろうし、出会いを求めたり羽目を外したいと思うこともあるだろう。

 しかし、隣接する区画では今、若い女性が何人も犠牲になっているのだ。

 そして、その被害者が犯人と接触した場所もまだ明らかにはなっていない。もしかしたら中央区画で出会い、そこから連れて行かれた可能性もある。

 だからこそ若い女性はせめて事件解決までは用心して夜遊びを控えてほしいものだと思うのだが、忠告したところでかえって守備隊に不満の矛先が向くのは目に見えている。現に五人も犠牲者を出してもなお、犯人を捕まえられない守備隊を叩いている新聞記事もあるのだ。

 国民の安全を守るのが治安部隊の役目なので、そう言いたくなる気持ちも分からなくもない。だが、守備隊は守備隊で日夜、事件解決のために睡眠時間を削ってまで捜査している。その頑張りが国民に伝わらないのは守備隊に知人がいる身としても、そして同じ治安部隊としてもなんともやり切れない気持ちだった。


 だから正直、ラウネが引き受けてくれて、ほっとしている。

 これで間違いなく薬の特定はできる。明日また来いと言ったのがその証拠だ。薬の成分表を見ただけで、あいつにはもう目星がついているのだ。これだけでも確実に捜査は進展するし、もしかしたらこのまま事件も解決してくれるかもしれない。


 あいつは本当に本当に性格には難があるが、能力だけは本物なのだ。

 それは学生時代から近くであいつを見てきたからこそ分かる。


 私がラウネの存在を知ったのは士官学校入学式の翌日、教室でのことだった。

 朝礼の点呼で、返事のないラウネを担任が何度も呼んでいたことが今でも印象に残っている。

 無視していたわけではない。初日から早速、あいつは朝礼にいなかったのだ。

 そのあと、授業が始まる直前にラウネはのそっと教室に戻ってきた。

 そのときは臙脂の変わった目色よりも、男性用のズボン制服――性別関係なくどちらでも選択は可能だが――を身に付けていたことと、そして両手にはめられた黒い革手袋が気になった。


 その翌日からラウネの奇行は始まった。


 朝礼に全くいないのはもちろんのこと、あいつは授業にもほとんど出席しなかった。

 たとえ出席したとしても、授業を聞かずに関係のない本ばかりを読んでいる。しかも、背表紙を教壇に向けて堂々と。その癖、教師に腹いせで問題を当てられでもしたら、難なく正解を答える。

 武術に関してもそうだ。たまに授業にいても鍛錬には参加せず日陰でやはり本を読んでいるし、それでいて日に当たったら溶けてしまいそうな生白い顔をしているのに身体能力は高く実技試験はことごとく上位。私も卒業までに何度かラウネと手合わせをしたことがあるが、一度も勝てたことがない。しかも丸腰のあいつにだ。だから弱っちいとラウネにはよく言われる。私も自分が強いとは思っていないのでそれはいいのだが。

 それらのことから、入学して一ヶ月も経ったころには同期の間でラウネは有名人となっていた。


 不真面目だが優秀――そして魔道の家系でありながら士官学校に入った変わり者と。


 そう。ラウネの家、サーミル子爵家は魔道の家系の名門だった。

 魔道の家系とは星府(せいふ)が認めた魔法素養者――特に高素養者が生まれる確率が高い血筋のことを言う。そして、それらは例外なく星王国(せいおうこく)貴族であり、その中でも爵位を与えられている家柄は名門と呼ばれていた。

 とはいえその血に連なる人間が全て高素養者になるわけではない。

 中には低素養者だけでなく、全く素養がない子供が生まれることもある。聞いたところによるとそういう人間は魔道の道を諦め、士官学校に入ることも珍しくないのだとか。


 しかし、ラウネは違った。あいつには素養があった。

 しかも、少しどころの話ではない。

 高位魔道士になれるほどの高い魔法素養があいつにはあるのだ。


 それなのにラウネは魔法学校に入らず士官学校を選んだ。それに関しては、ほかにやりたいことがあるのならばそれでもいいではないかと当時の私は思っていたのだが、それは平民の考えであり貴族社会ではそうもいかないらしい。

 星王国(せいおうこく)では魔道の家系に生まれた魔法素養者は星都(せいと)一の魔法学校――ルーニア魔法学院に入るのが当然なのだという。

 それは別に法で強制されているものではないらしいが、国から地位を与えられている家に生まれた者の責務として、その才能を国に役立てるのが暗黙の義務みたいなものになっているのだとか。

 なのでラウネのように魔道の家系に生まれた高素養者でありながら魔道士にならない人間は、貴族から見たらそれこそまさに奇行と呼ぶに相応しい行いらしい。『魔道の家系でありながら士官学校に入った変わり者』なんていう噂までが流れていたのはそのためだ。そのような事情は平民の知るところではないので、その噂を流したのは貴族だろう。

 ほかにもラウネが魔法学院に入らなかった理由として、様々な噂が飛び交っていたようだが、私は耳を閉じていたので詳しくは知らない。理由なんてものは個人的なことであり、憶測で周りがとやかく言うことではないと思っていたからだ。

 それでもラウネと会って一年半ぐらい経ったある日、一度だけ訊いたことがある。


 それだけの素養があってなんで魔法学院に入らなかったのか、と。


 それは何気ない世間話のつもりだった。

 そしてそこに触れたのは、ラウネとの間で魔法に関しての話題が禁忌(タブー)ではなかったからだ。あいつは魔法に関することでもそれ以外のことでも、私が知らない知識をひけらかしては楽しむことがあった。なので魔法学院に入らなかったのも深い意味はなく、薬学のほうが興味あったからなのではないかと思っていた。

 しかし、それは違った。

 あのとき本を読んでいたラウネは、私の問いかけに一言『君には関係ない』とこちらを見ずに答えた。しかもいつもの間延びしたものではなく、はっきりとした口調で。

 そのあとすぐにいつもの調子に戻っていたが、そのときのラウネはあいつにしては珍しく取り繕っているように見えた。その様子からして魔法学院のことは触れられたくないことなのだと察した。だからそれを最後にこの話題を出したことはない。



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