大陸暦1526年――毒薬連続殺人事件4
「でもねぇ、気になることもあるんだよねぇ」ラウネが首を傾げた。
「なんだ」
「まずー殺しかたー。絞殺っていうのはねー基本的に突発的な犯行の際に選ばれる手段なんだー。ほらぁ? ふとした瞬間に殺意が芽生えたときー道具もなにもなかったらーとりあえず殴るか首を絞めたりしちゃうでしょー?」
しちゃうでしょーと言われても、私にはふとした瞬間に殺意が芽生えた経験がないので分かりようがない。
「それなのに犯人はー初犯だけでなく今に至るまでずっと絞殺を続けているー。同じ方法で殺すということはー殺しかたそのものに拘りがある場合だけなんだー。だからーそこにはなにかしらの意味があるはずなんだよー。絞殺でなければならない理由がねぇ」
絞殺に拘る意味か……全く想像がつかないな。
「次にーどの犯行も一貫して性的暴行の形跡がないことー」
確かに女性を狙った連続殺人の被害者は大抵、性的暴行を受けている印象がある。
「そもそもーこの手の連続殺人犯はねー幼少期の体験から性機能障害者が多いんだー。その原因はまさに千差万別だけどー一番分かりやすいのは母親に愛されなかったとかだねぇ。こういう人間は幼少期に母親からまともな愛情を受けられなかったことによりー他者への正常な愛情の示しかたが分からないんだー。だから健全な恋愛関係を築くことができないーもしくは苦手で長続きしないー。したくないんじゃないーしたくてもできないんだねぇ。そうなるとー現実でそれができない人間がすることってなんだと思うー? そうー自分の好きなことを空想するんだー。寂しさや怒りーそして欲求のはけ口の場所としてー人は空想をするんだよー」
「しかし、それは誰しもが経験があることなのではないか」
思わず口を挟むと、ラウネは意地悪げに口許を歪めた。
「おやー? そう言うってことはレイレイも空想したことがあるのかなぁ?」
私はなにも答えない。だが、それは肯定したのも同じだった。
ラウネはそんな私を気にすることなく、話を続けた。
「もちろん空想は異常者だけのものではないよぉ? 正常な人間だって色んなことを空想するー。ただーその内容には違いがあるんだー」
「違い?」
「空想に他人が登場する場合ーその人間に人格を持たせるか持たせないかの違いだよー。例えばその空想が性的なものであった場合ー本当に正常な人間はねー自分だけでなく相手にも人格を持たせるんだー。ようは二人で楽しむってことだねぇ。だけどー異常性を抱えた人間だと自分の欲求のことだけを考えてしまうー。相手のことなんてどうでもよくてー自分が満たされるためだけの空想を作り上げてしまうー。その結果ー相手が傷つこうとも死のうとも全く気にしないー。その異常性を抱える原因も人それぞれなので今は割愛するけどーようするに空想であれなんであれー相手が嫌がる内容をしないのが正常な人間でーそれを実行してしまうのが異常者なんだー。異常者の空想はー相手の人格を無視ーもしくは剥奪しているってことだねー」
「では、快く思っていない人間を空想の中でも危害を加えてしまったら、それは異常者ということか」
「そだよーあたりまえじゃんー。あれー? レイレイー? もしかして空想で誰か嫌いな人やっちゃったー?」
「それはないが、そういう人間というのは少なからずいるのではないか? そして、そんな人間が誰しも殺人者になっているわけではない」
「そのとおりだよー」
私の疑問にラウネは素直に頷いた。
「どんな境遇であろうともーどんな空想を抱こうともー世の中に馴染んでーまともに生きている人間は沢山いるー。むしろ人間なんてそういう人ばかりなんじゃないかなー。本当に全うで真っ白な人間のほうが珍しいと思うよー」
「それならばなぜ、犯罪を犯した人間はそうなってしまったんだ」
「その気持ちが空想だけで処理できなくなったーもしくはーなにかしらの切っ掛けがあったからだねぇ」
「切っ掛け」
「分かりやすくてーつまらない例を挙げるのならばー日常生活で精神的緊張を感じるような出来事があったとかだねー。人生ー上手くいかないことがあるとー人間ってつい自暴自棄になったりすることってあるでしょー? その気持ちをほとんどの人間はどうにかして上手く処理するけどー異常者はそれが苦手な人間が多いんだー。そういう異常者はねー最終的に空想に頼ってしまうー。自分のためだけに作られたー自分に優しい世界に逃げてしまうー。そしてその中でも一握りの異常者だけが一線を越えてしまうんだー。そうー空想を現実化させようとするんだねぇ」
そこに至る気持ちは分からないが、理屈としてはなんとなく理解できる。
「つまり、そういう人間は幼少期の体験から人と健全な恋愛関係を築くのが苦手で、女性を狙った連続殺人の場合は性的暴行を目的としている場合が多い。しかし、今回はその事例に当てはまらないからおかしい、ということか」
「そうそうー。でー最後の気になりどころはー一人目から手慣れているところだねぇ」
「計画的という意味か」
「それもあるけどー全てにおいて手慣れてるって意味ー。どんなに計画的で慎重な犯罪者でもー最初の殺人から完璧にこなせる人間はまずいないー。そりゃそうだよねぇ。人を殺すのって思いのほか大変だものー。まぁ? それはキミもよく分かってるとは思うけどー」
ラウネの言う通り、人が思った以上に頑丈でいて簡単に死なないことは、任務で山賊やならず者を相手にする私も知っている。が、そのように言われるとなんだか人聞きが悪く聞こえてしまうのだが。だいたい山賊であろうとならず者であろうと、命を奪うのは抵抗された場合だけだ。もちろん任務外でも人をこの手にかけたことは一度もない。
「だから大抵ー最初の殺人には必ずどこかしら粗が見られるものなんだー。連続殺人犯を追うには一人目の被害者に目を向けろと言われるのはこれが理由だねー。そしてー犯行を重ねるごとに犯人は手慣れていってー手口も巧妙になっていくー。自分の空想に犯行を近づけていくー。でもー今回の場合は一人目の被害者から最新の五人目まで犯行の仕方に少しもブレがないんだー。薬物が検出されたのは五人目だけだけどー彼女だけ飲まされたということは絶対にないー。ここまで殺しかたが一貫してるのならー薬物だって一人目から飲まされているはずだよー。つまりはー一人目にして犯行が完成されてるってことー。これってなかなかにないことだよぉ? 犯人が暗殺者でもない限りはだけどねぇ」
言いたいことは分かるが。
「何度も犯罪計画を思い描いていたんじゃないのか。ほら士官学校でもあっただろ。対人戦の想像訓練が」
「なら聞くけどーそれをしてキミは初めから思い通りに動けたのぉ?」
私はそのときのことを思い起こして。
「……いや」
否定した。やはり何度かやってから動きが体に馴染んだ気がする。
「はい論破ー」
ラウネが両手で指さしをして、これでもかとしたり顔を向けてくる。子供か。
「ではなんで犯人は最初から――」
そこではっと思い至る。
「被害者は……まだいる?」
ここに至るまでにまだ殺人を重ねている……?