大陸暦1526年――01 毒薬連続殺人事件3
それからラウネはものの数分で何十枚もの捜査資料を読み終えると、それを応接机に放った。そして、あぐらをかいた太股の上に頬杖をつく。
「どう見る?」
「んーそうだねぇ。犯人は十代後半から二十代前半の男性ー。住まいは北区画ー。なに不自由のない家庭で育ちーまともな教育も受けているー。顔は整っていてー体格は太っておらずー知能は普通か少し上ぐらいかなぁ。性格は几帳面で口調も丁寧ー。物腰柔らかーで気が弱いー。人付き合いは苦手だけどー几帳面な性格から人付き合いができるように取り繕うことはできるー。女性に対して敬意ーまたは崇拝に近い念を抱いているー。だから女性にも優しく受けもいいー。被害者はー彼の人の良さそうな性格かー容姿に上手いこと乗せられて付いていって監禁されて殺されたー」
ぐらいしかまだ分からないなぁ、とラウネは最後に少し不服そうに付け加えた。
現時点では犯行の仕方や犯人の動機までは推測できない、という意味だ。どうやらそれが悔しいらしい。にしても私からしたら、これだけ分かるだけでも十分に凄いと思えるのだが。
「なぜ、そこまで分かる?」
私は学生時代からラウネの推論を聞く度に口にしてきた言葉を言った。
「分かるからー」
「説明しろ」
「もー仕方ないなぁ」
このやり取りもいつものことだ。
「第一にー暴行の形跡がないからー。もちろん魔法による治療形跡もねー」
そう。暴行の形跡がないと判断されたということは、魔法による治療がされていないことも意味している。それは体に傷跡がないからそう判断しているわけではない。体内の形跡を調べた上でのことだ。
そもそも魔法というものは人間が体内に生まれ持つ粒子を使い、大気中にある粒子に働きかけて様々な現象を発現させるものだ。
そして魔法が使用された場所には大気中に活性化した粒子――流粒という形跡が残り、治療魔法の場合は治療された人間の体内にもその流粒は残る。
流粒は数日もすれば通常の状態に戻ってしまうものではあるが、粒子自体を調べることにより一月前ぐらいまでならいつ粒子が活性化したかどうかを知ることができる。
それは肉体が死していても可能であり、被害者はそうして調べられた結果、形跡が一つも見つからなかったということだった。
治療魔法が一切、使われていないということは、暴行を受けていない証拠になる。
「暴行の形跡もー目立った外傷もないということはー被害者は無理矢理ではなくー自らの意思で犯人についていった可能性が高いー」
なるほど。それは分かる。
「んでー一人目と四人目の被害者はー男遊びがなかなかにお盛んだったー」
それは守備隊が被害者の交友関係を調べて分かったことだ。
もちろん被害者とそれなりに付き合いがあった男性は全員、守備隊が取り調べ済みだ。だが、その誰もが被害者が失踪した日に現場不在証明があることから、全員が犯人ではないと判断されていた。
「その男たちを見るとーどうやらお二人は随分と面食いだったみたいじゃないかー」
取り調べを受けた男性たちの写真は資料にも貼り付けてある。どれも優男というかなんというか……まあ、なんにしても顔は整っていたようには見える。
「そしてーいずれも年齢は十代後半から二十代前半だったー。被害者はその辺が好みだということだよー。でないと面食いが引っかからないよー」
「それで犯人もその枠に当てはまる可能性が高いということか。それなら犯人の家庭環境とか教育とか知能とかもそこから推測しているのか?」
「そだよー。友人の証言によるとー一人目の被害者はーいいとこのお坊ちゃんみたいな男性のみが好みだったらしいからー。まぁ、知能はー犯行の仕方からそう感じるのもあるけどー」
「となるとそうか。几帳面なのは被害者の服装を綺麗に保って着せたことに、そして気が弱く女性に優しいというのは監禁しておきながらなにも手を出していないからか」
人殺しに優しいという言葉を使うのは少し抵抗があるが、実際、誰もが認める優しい人間が殺人を犯してしまった事例もあるにはある。そこは否定できない。
「そうそうー。あとはー緑系統の目色が好きみたいだねー」
それも言われてみれば確かにだ。被害者はみな、薄い濃いがあれど緑色の目をしていた。
「北区画住まいというのは、単純に死体遺棄の場所が北区画か、もしくは北区画よりの西区画だからでいいのか?」
「いいよー。どの遺体遺棄現場付近もー遺棄されたとされる夜に馬の足音を聞いた人間はいなかったー。ということは遺体を運ぶのにー馬や荷馬車などを使ってないということになるー。となると犯人は長距離移動ができずーまた遺体に手を組ませていることから死後硬直しきる前に遺棄してるのでーその付近に住んでいることは間違いないー。んでーその場合は大抵ー最初に遺体を遺棄した場所の近くに住んでいる可能性が高いんだー。そのほうが地理に詳しく勝手がきくからねぇ」
「なるほど。しかし女性に敬意を払ってるとかは分からんな」
「それはー遺体を送ろうとしていたからだよー」
「送る?」
「遺体の遺棄状態を見たら分かるでしょー?」
「……いや」
「えーレイレイー星還葬に参列したことがないのー?」
「それは、あるにはあるが」
昔に、一度だけ。
「あぁそうかー」ラウネはわざとらしく声をあげると、意地悪げに口端を吊り上げた。「キミはまともな遺体を送ったことがないんだよねー」
強調するように言われたその言葉に自分でも眉根がピクリと動いたのが分かった。それと同時に胸にチクリと痛みも走る。だが、私はそれを見ない振りをした。こんなことでいちいち反応していたらラウネを喜ばせるだけだし、こうして付き合うこともできない。
「星還葬では遺体の手が組まれているのか」私は訊いた。
「そうだよー」
ラウネは素直に答えた。どうやら深く追及するつもりはないらしい。
「被害者の発見時の姿勢はー星還葬で送られる遺体が取らされる姿勢なんだー。大概の女性連続殺人犯はー女性をただの獲物としてしか見ていないからーまずこういうことはしないー。こういうのは相手をー女性を尊重していないとできないことだよー。そうー犯人は犯人なりに女性の死を悼んでいるんだよー。自分にとって危険を伴う遺体遺棄をしたのもーちゃんと遺体を発見してもらってー星還葬をさせてあげるためなんだよー。でないと星教曰くー被害者の来世がなくなっちゃうからねぇ」
自分の勝手で殺しておきながら死を悼む、か。益々、理解に苦しむ。
「それでは人付き合いが苦手というのは」
「それはーそう感じるだけー」
「つまりはなんの根拠もないと」
「言うならばー色々な犯罪者を見てきた経験則かなー」
誰でもないラウネがそう言うのなら、それは馬鹿にはできない。




