7話
暖かな日差しが降り注ぐ、芝生が敷き詰められた広場。
穏やかな時間が流れるその一角では、ボール遊びをする母子の仲睦まじい姿も見受けられる。どこの町でも目にする、平和を絵に描いたような光景。
新緑に色づく広葉樹が落とす影の中、ベンチに腰掛け、まったりとしたひと時に身をゆだねる男がいた。その足下に、転々とボールが転がってくる。
ベンチに駆け寄ってきたのは、持ち主である幼子。男の正体に気づき笑顔を咲かせる。
「ゆーしゃさまだ!」
ボールを拾おうとした男の手がピクっと震えて止まる。しかし、それも一瞬。ボールを拾い渡すと、幼子はうれしそうにはにかむ。
あの日、ラキがグレンと戦った日。
ラキが気が付くと、王国に帰る途中の軍用馬車の中だった。隣を見れば、ハーミットが呑気な寝息を立てている。
何が起きたのか、介抱してくれていた軍医が教えてくれた。
魔界の空を縦に切り裂く神之一撃を目にした軍は、異常事態を受けてすぐに出陣。行軍の途中で、極寒の川を流れてくるラキとハーミットを見つけたのだという。もう少し発見が遅れていたら危険だったとのこと。
二人を収容した救護部隊は基地に引き返し、残りは進軍した。川を遡上し、やがて岩塊の砦を発見する。上半分が吹き飛び、もうもうと噴煙を上げていたらしい。間違いなく二人の奥義の衝突によるものだ。
そして、王国軍は砦に人影を見つける。グレンとレルート。
ラキがそうだったように、彼等もまたレルートを魔人と勘違いしてしまう。
一斉に矢が射かけられ、雨と降る。避けようのない攻撃からレルートを庇ったのは、グレンだった。
猛毒と呪詛が込められた、対魔人用の矢。それを全身で受け止め、あえなく倒れた。
グレンの全身はどす黒く変色し、手の施しようがない状態。兵たちに見守られる中、遺言を残し、間もなく息を引き取った。
――レルートは、オレの仲間だ。勇者のひとりなんだ。そして、魔王を倒すために立ち上がった冒険者もみんな、勇者だ。
すでに王国には早馬を出し、今頃は魔王討伐の一報が届いているだろう。あなた方も勇者なんですよと、軍医は興奮気味に説明した。
ラキは「そうですか・・・」とだけ返した。何もできなかった自分がどうしようもなく情けなくて、見上げた天井が涙に滲む。
こうしてグレンは勇者として生を終え、勇者として弔われた。
身を挺した行動――それすらも咄嗟に思いついた演出だったのか、後ろめたさからくる懺悔だったのか。それとも他の理由か・・・。ラキは時折このことを考えるが、答えは永久に出ない。
バイバイと手を振る幼子に、ラキも笑顔で手を振り返す。
「ゆーしゃのおねーちゃんもバイバイ」
幼子は笑顔を振りまき、母親のもとへ駆けていく。
ラキが振り返ると、にこやかに手を振るハーミットがそこに立っていた。
「お待たせ。害獣の巣は北の森だって・・・て、その顔はまーた勇者のことをあーだこーだ悩んでたんでしょ」
やれやれとかぶりを振るこの幼馴染を相手に隠し事は無理だと、ラキが苦笑する。
グレンの遺言により、ラキもハーミットも勇者の称号を得た。かつて望んでいたものとは全く別物の、不本意な栄光を。
「馬鹿ね。自分が思う勇者であればいいのよ」
ラキの背中を豪快に引っ叩き、ふふんと得意げに鼻を鳴らしたハーミットは、「行くわよ」とさっさと歩き出す。
「それ、この前僕が言ったことじゃないか」
ベンチに立てかけてある剣を腰に差し、ラキは相棒の後を追いかける。
二人は、グレンの狂言を暴くことはしなかった。グレンが勇者として世に周知されてしまった以上、人々にその事実を突きつけたところで、いたずらに混乱をもたらすだけ。誰のためにもならないうえ、今回の事件を機に表舞台に戻れたケムヒル族の立場も危うくしかねない。
自分がすべきこととは何かを考え、ラキはひとつの結論を出す。
例え本物でなくとも、勇者としての自分がいることで出来ることがあるはずだ、と。
ならば甘んじて受け入れるしかない。この不名誉極まりない肩書を背負って生きていく。勇者としての理不尽な人生を。