5話
とある宿場町で偶然グレンと出会ったのは、冒険者になったラキとハーミットが旅に慣れてきた頃。
手合わせをお願いすると、ほんの数日だが、将来が楽しみな若者のためにと胸をかしてくれた。その時に目にしたグレンの壮絶な剣技に、ラキは心を奪われた。
「訓練をするときはいつも、あのときの剣を真似していたんです。気づかないわけありませんよ」
「そうか・・・」
抑揚のない声で一言だけ発したグレン。ラキは剣をきつく握りしめる。
「これはいったいなんの真似なんですか?」
問う表情も声も固い。
「戦争、だろ? ただし、オレが勇者になるための、という前置きがつくがな」
言っていることが上手く咀嚼できず、ラキもハーミットも一様に眉をひそめる。
「わからんか? オレは勇者になりたい。だがそれには、倒すべき敵と、然るべき状況が必要だ。平和な世界に勇者は生まれない。だから魔王軍復活を演出してみせた」
「つまり、今回の戦争は全部グレンさんの自作自演だと?」
「そうだ。本当ならあの時、アレインじゃなく・・・オレが勇者になるはずだったんだッ!!」
グレンは力任せに大剣を床に叩きつけた。石と金属の不協和音が部屋に反響する。
「あの時って・・・、魔王との最終決戦?」
ハーミットの推測は当たっていた。
「最後の総攻撃には、王国軍と冒険者たちが合同であたるはずだった。しかしアレインは独断専行し、自分のパーティーだけで魔王城に向かった」
「でもあれは・・・」
「わかっている。魔王軍の奥の手だった大規模破壊魔法・・・。その動きが早かったため、アレインたちは王国軍を待たずに打って出たんだ。そうして魔王は倒され、戦うことなくオレの戦争は終わった」
クールに語っていたグレンの相貌が、ここにきて怒りに歪む。
「そんなの理不尽だろうッ!!」
まるで魂が爆発したような、慟哭めいた叫びだった。
「自信はあったんだ! なのに機会さえ与えられないなんて・・・。最強の勇者として評価され、歴史に記憶される! そのためなら死んでも構わなかった! クソッ、クソッ・・・ッ!」
怒りに、不条理に、身を焦さんばかりの激情を込めてグレンは喚き散らす。何度も剣を床に叩きつけながら。
心の師の嘆きを、ラキは冷ややかに見つめていた。
「剣技においては勇者アレインより上。そんなグレンさんの評価を、僕は何度も耳にしてきました。勇者グレン、あるいはそんな歴史もあったのかもしれない。でも、やっぱり勇者にはふさわしくないと僕は思います。実力よりも実績よりも、大事なものがあるんじゃないですか?」
グレンは考え込むも、解には至らない様子。ラキはおもむろに口を開く。
「在り方」
一点の曇りもない瞳から放たれた言葉に、グレンの眉がぴくりと動く。
「勇者になりたいとか、そのためにどう振る舞うかとか、そんなの関係ない。そう在った人が勇者と呼ばれるようになるんじゃないか。最近、そんなことを考えるようになりました。少なくとも、旅の先々で聞かされたアレインは、人々に寄り添っていましたよ」
「・・・答えはすぐに出るさ」
計画を止める気はさらさらない、そう宣言したも同然のグレンの一言。落胆を隠そうともせず歯噛みするラキ。それはハーミットにしても同じだった。
「そんな理由で、平和に暮らしていた人々を恐怖に陥れるなんて許せない。平穏な毎日がどれだけありがたいか、あなただってわからないはずないのに! そのためにわたしの父さんもラキの父さんも、命を捧げたのに・・・ッ!」
うつむき肩を震わせていたハーミットが顔を上げると、目から怒りと涙が迸る。激情に突き動かされた両腕が、白と黒、二本の杖を頭上で交差させた。それぞれから漲る白魔法と黒魔法、相反する二つの魔力を無理やり融合する。
「ムッ・・・! 神之一撃かッ!?」
グレンの顔色が変わる。それもそのはず、絶大な破壊力を誇る最強の攻撃魔法なのだ。グレンといえど、掠めただけで命の危険がある。
かつていないほど取り乱している幼馴染を心配して、ラキが肩越しに背後を一瞥すると、その頭上、壁を伝って降下してくる異形の影に気づいた。
「ハーミット!!」
ラキの警告も一瞬遅く、異形の影――サル型のモンスターが空中に身を躍らせた。四股に分かれた尾先を拳のように握りしめ、ハーミットを打つ。
「きゃっ!?」
無防備なところに攻撃を受け、為す術なく地面に倒れ伏すハーミット。
衝撃で明後日の方向に発射された神之一撃は、天井を穿ち、空の彼方に消えていった。
破壊された天井から石くれが降り注ぐ中、すかさずラキがモンスターを切り捨てる。ハーミットに駆け寄って様子を窺うと、どうやら気絶しているだけのようだ。安堵から、ラキは深々と吐息した。
天井の崩落も落ち着き、静寂を取り戻した部屋の中に、コツコツと靴音が聞こえる。三人のものではない。
張本人はすぐに姿を見せた。祭壇の裏から、ゆっくりと。