1話
初めて訪れた雪の降り積もる森の中ではあったが、ラキとハーミットの二人は、別れ道を迷うことなく左に折れた。
幾重にも重なった馬車の轍、馬の蹄、そして人の足跡が雪を掘り返して土と混ざり、白紙に道を標すがごとく茶色の線が伸びているからだ。
「ハーミット、平気? 少し休憩しようか?」
隣を歩く幼馴染みの女の子に気を配り、ラキは声をかけた。
「平気よ、足が霜焼けだらけってこと以外はね。あちこち連れまわされたもんで、すっかり頑丈な体になっちゃったわ。そんなことより前線基地に温かいシチューはあるのかしら」
毛皮のマントとフードで全身をすっぽり覆う中、唯一覗く顔は、本人が言うようにケロッとしたものだ。森に至るまで、数日に及ぶ雪中行進を経ているというのに、実にたくましいとラキは微笑する。
「僕はシチューよりも、敵の動きが気になるよ。魔王軍の本拠地はもう目と鼻の先だっていうのに、魔人はおろかモンスターの影も形もないなんて、おかしいと思わない?」
「そんなの今に始まったことじゃないじゃない。これまでだってわたしたちが退治したのなんて、畑を荒らす獣とか、旅人を襲う獣とか、そういうのばっかりだし」
これまでの出来事を思い返すように、ハーミットが指折り数えていく。
「これじゃわたしたち、ただの害獣駆除業者よ」
「だから変だっていう話。十年ぶりに魔王軍が決起したっていうのに、モンスターの討伐報告なんて、二桁にも届かないじゃないか。すごく不気味だよ。裏でなにか良くないことが蠢いているような、そんな悪い予感が頭から離れないんだ」
ラキが見せる険しい表情に、ハーミットは嘆息する。
「まーたラキの心配性が始まった。勇者になろうって人間がそんな小心者でどうするのよ。魔王軍の動向にしても、シチューの有無にしても、基地までいけばわかることよ。さ、わかったらちゃっちゃか歩く」
ラキの背中をバシッと叩いて活を入れ、元気を分け与えるように微笑むハーミット。それは、小さい頃から繰り返してきた二人のお約束。
叩かれた衝撃でつんのめりそうになったラキを尻目に、ハーミットはズンズン先に進んでいく。
「馬鹿力・・・」
あくまで本人には聞こえないようにぼやきながらも、ラキは頬を緩めつつ幼馴染の背中を追った。