船の上で
先週は投稿する事が出来ず、大変申し訳ございませんでした!
本業の方が忙しくなり、中々時間を作る事が出来なかったのです。
書き溜めもぜず、ただ勢いで書いているので、今後も投稿できない週があるかと思います。
御容赦ください…。
さて、この回でようやく視点を主人公にする事ができました。
主人公に関する事と異世界人の境遇についての簡単な説明回です。
寂しげな夕焼け空をバックに、「ショールバード」を目指し河を下る船の群れ。
僕は、船縁に頬杖をついて、頭のネコミミをいじりながら、串焼肉を頬張っていた。
三割方コゲた肉の、炭の味の間を縫う様に溢れる肉汁が至福。
あの店、もう行かない。
僕の名前は、フィル。
「百貨店マタタビ」という商会の会長兼看板娘をしている14才。
好きな物は、海鮮。
嫌いな物は、苦いモノ。
趣味は、トラブルメイキング
そして、半獣人に生まれ変わった〈転生者〉だ。
僕と件の二人組が、マフィア相手に大逃走劇を繰り広げてから、既に三日。
あの後、僕は彼らを護衛として雇い、行動を共にしている。
初対面であんな事があったのによく護衛なんてできるなと驚いたが、もともと「ショールバード」に拠点を移そうと考えていたそうだ。
ユウイチ曰く、『いい機会』らしい。
まぁ、自分達の境遇を話せるという事が、僕を信頼してくれている理由っぽい。
……今まで、誰にも言えなかったのだろう。
この世界は、異世界人に優しくない。
まず、僕の異世界人についての知識を、もう一度まとめよう。
僕が認識しているだけでも、約740人の異世界人が暮らしていて、年に、平均40人ずつのペースで増えている。
その中で、チートを手にする者は、極少数。
この世界には、能力や仕事、練度といった、”チートの理由付け”に使われる概念がない。
スキルボートやステータスの様な物もない。
単純で複雑な、現実が広がるだけだ。
知識チートに関しても、いくつも覚えているわけではなく、簡単に作れるものは既に出回ってる。
可能性があるのは専門知識だが、あまりに高度なものになると材料や技術がない。
しかも、地球と異世界で生息する動植物に大きな違いがあり、何か作ろうと思ったら、一から代用品を探す事になる。
よって、異世界に来たからといって、チートを手にする事ができるわけではない。
だが、この世界は良くも悪くも、魔物や魔法まであるファンタジーワールド。
大体の異世界人は、夢か創作の主人公になったと錯覚して、舞い上がる。
そして、トラブルを起こして、現実を知る。
そして、悲嘆に暮れるのだ。
都合よく、不幸な人生を歩んでいたなんて事も無く、引き剥がされた家族と己の孤独を悲しむ。
カナとユウイチだって、辛い思いをしてきただろう。
しかし、それでも人生は続く。
生活するためには、仕事を手にする必要がある。
大半の人は、冒険者になって魔物と血みどろの戦いをしている。
だが、ただでさえ右も左も分からない異邦の地。生きるために、犯罪に手を染める者も、少なく無い。
その被害を受けた人の話が広がり、世間の異世界人を見る目は冷たくなる。
異世界人ができる仕事が少なくなり、生きるために犯罪に手を伸ばす。……負の連鎖だ。
それゆえに、大半の人は自分が異世界人だという事を隠している。
まぁ、殆どの異世界人は、元気に暮らしている。
犯罪率も、徐々に低くなっている。
僕は、再び、串焼き肉にかぶりつき、沈みゆく太陽をボーっと眺めた。
「綺麗だね。フィル」
「…カナか」
横で、カナが船縁によりかかった。
「…ユウイチは?」
「まだ出店。
すごいね。船の上で串焼き肉売ってるなんて。
こんなんじゃ、東京より賑わってるかも!『ショールバード』」
「少なくとも、東京よりはカラフルだな。
物だけじゃない…。全種族いる」
「そうッ!それ!!ケモミミいっぱいいるんだよね!?」
声をワントーン上げて、はしゃぐカナ。
これまでの会話で、カナがケモナーだと言うことはわかっている。
だが、カナは何か思い出したかの様にはしゃぐのを止め、神妙な面持ちで僕を見つめた。
「ねぇ、フィル……」
「…何?」
「耳…触らs––––」
「ヤダッ!」
次の瞬間、船が闇に包まれた。
洞窟へと入ったのだ。
その内、船の至る所で火が灯ると、僕とカナの間にユウイチがいた。
「「ギャァァァァァァーーーー」」
「そんな驚かないでよ」
ユウイチは、手に持つランプを振って、抗議する。
だが、突如として現れ、赤い光を受けた顔面は、まさしくホラーだ。
「自分の顔の破壊力を自覚しろッ!!」
「アレ?俺、けなされてる?」
そうこうしている内に、ぼんやりと周囲の明るさが増して来た。
僕は、ユウイチを見る。
「出口が近い。明かりを消けしてくれ」
ユウイチは、なぜそうするのか分からない様子だったが、周りの乗客達の動きにならい、ランプの火を摘んだ。
細い煙が漂い、暗闇に包まれたが、それも一瞬だった。
すぐに、出口から入った光が河面に反射して、僕らを照らす。
出口の、洞窟の岩肌とその先の光景の境を、船が越え、
「「うっわぁあああーーーーー!!!」」
歓声が上がった。
太陽が沈み切った空で、瞬く星々。
それ以上に、明るく、騒がしい街の絶景が僕らを迎えたのだ。
夜なのに昼間の様に明るい街並みが、巨大なカルデラ地形の上で、ボウル状に広がる港街。
その中心の入江のさらに中心で、赤と青の光線をゆっくりと回す灯台が、天を突いている。
街並みは、統一感が全く無く、まるで世界各地の建物を乱雑に並べたかのようだ。
ここは、100万の人口を誇る「世界の中心」。
世界中の産品や各種族、そして、富。
全てが存在すると言われる大都市。
僕は、フードを目深に被り直し、傲慢に笑う。
糸に絡みついたネズミは、もう入り込んでいるはずだ。
この街の名は、「ショールバード」。
僕のホームグラウンドにして、この世で最も闇が深い街だ。
半獣人
人族と獣人族のハーフ。
基本的に、子供が産まれる確率は低いとされている多種族婚の中でも、人族と獣人族のハーフは特に産まれにくく、数が少ない。
これは、「異世界学」において、生物の設計図とされる「遺伝子」が、人族と獣人族で大きく違うからだと思われる。
また、人族の体に、獣人族の耳や鼻、尻尾に体毛がついている様な姿をしている事が多い。
また、その希少さから、売買目的で拉致される事件が後を絶たない。
引用 ヴィーデ総合学院 種族学部 論文