本当の番
「……あ」
随分と久しぶりに呼ばれたその名前。だからかしら。こんなにも胸が熱くなるのは。
青年は、私に近づいた。そして──、私に手を伸ばしかけ、はっ、としたように手を引いた。
「俺の名前は、ルカニア・ライアガシャ」
青年は──ルカニアは、気を取り直したようにそう名乗った。
ゆっくりとまだぼんやりとする頭でその名前を反芻する。……ライアガシャ。それは、この国の名前だ。そして、この国の名前を冠するということは──。
お、王族!?!?!?
◇ ◇ ◇
「……スカーレット」
私が彼女の名前を呼ぶと、彼女は首を傾げた。
「はい」
「私の──番はどこだ」
どれだけ気配を探っても番の気配が見当たらない。まさか、まさか、私の番は。
「なにをおっしゃっているのです? あなたの番はこの私」
そう言って妖艶に微笑む彼女、以前なら抱き寄せていたはずの彼女が。なぜ、番ではなかったのか。
あの予言は間違っていた?
ウィルソン男爵家に私の番がいるという。
いや、間違っていない。
なぜなら、私はあの時確かにこの上ない、多幸感に包まれたからだ。あの多幸感は間違えようはずもない。
だったら、なぜ──。
本当は、一つの可能性が頭のなかにありながら、それを認めたくなくて否定する。
けれど、『番』との初対面としてあの一面の銀世界が、私の記憶を呼び覚ます。
私を見るなり、抱きついてきたスカーレットと。私を見るなり、怯えた表情をしたその妹。
スカーレットとは反対の黄みがかった青の瞳。
一瞬だけ目があったとき、私は。間違いなく幸福を感じたのだ。それは、スカーレットが抱きついているからだと考えていた。けれど、そうではなかったのか。
私は、ずっと勘違いをしていた。
スカーレットを城に召し上げてからも、多幸感は続いていた。スカーレットだけでなく、家族まで召し上げたのは、スカーレットの願いだった。
すべてのピースが、はまる。
早く、早く迎えにいかなければ。私の本当の番を。
歓声の中、手を振っているスカーレットは、走り出そうとした私の手をつかんだ。その手は、微かに震えている。
「どこにいくのです?」
「番のもとに」
「あなたの番は、この私。そして、あの子は──死にました」