邂逅
「っ!!」
馬車は、勢いよく森の中に突っ込んだ。その勢いのまま、しばらく走り、いくつかの木々にぶつかってからようやく止まった。
完全に止まったことを確認して、そろそろと馬車の中からでる。御者は途中で投げ出されたのか、いなかった。馬たちが傷だらけで、とても痛々しい。
「ごめんね」
私は何も薬なんてもってないから、この子たちのことを治してあげることができない。歯がゆく思いながらも、辺りを見回す。
ここは、魔の森。魔物がでる。そして魔物が現れてしまったら──私もこの子達もひとたまりもない。
どうしたものか。と頭を悩ませ、ひとまず、頭絡などを外してあげると馬たちはどこかに逃げていった。
「……良かった」
ここは魔の森だけど、どうか、生き延びてね。そう、心の中でお祈りする。
その後馬車の中から、護身用のナイフを取り出し、ドレスの裾を切り取った。
これで少しは動きやすく……なったような気もする。けれど、動きやすくなったところで、貴族の小娘にできることなんてたかがしれている。
自分で火を起こすことも、魔物相手に戦うことも出来ない。どうしよう。
頭を悩ませていると、茂みからがさがさと音がした。
「!」
思わずナイフをもって身構える。
けれど、手はカタカタと震えており、このままでは大した抵抗も出来なさそうだ。それでも、歯を食い縛り、茂みに目を凝らすと──。
「……!?」
思わずナイフを取り落としてしまった。
とても美しい青褐色の瞳。そして──銀にかがやく、毛並みはどこまでも神々しい。
これが、魔物……?
狼に似た大きな魔物は、私の元までゆっくりと近づいてきた。
「っ、!」
私はどうすることもできずに、その場に座り込んだ。すると、魔物は──。
「!?!???!?」
私の頬を、赤い舌で舐め上げた。
すこしざらざらはしているけれど、傷つけるような意図は感じない。
それどころか、未だに震えている私の手に視線を落とすと、今度はその手を舌で舐めた。
まるで、大丈夫だと、言うように。
私はその姿を見て、何だかとても気が抜けて──、そのまま意識を失った。