EP07.クルス(来栖) その2
「勝手なことばかりしやがって!!」
巣鴨は「鵺」の解体と自身のくびを覚悟していた。
それでも回避方法を考えようとするが・・・
「どう考えても今回ばかりは庇えないぞ、どうする来栖」
どうしようもないのであれば自分が責任を被ってでも・・・
だがあまりにも行動自体も判断が子供すぎてすぐにバレてしまうだろうと考え、それ以上は考えられなかった。
巣鴨は胃が痛くなってきたので寝ることにした。
「夢だ夢だ、目覚めれば、きっとすべてが片付いているに違いない」。
そんな気持ちを知らずに突っ走る来栖。
各国のサブマリン探査システムから得られるデータもハッキングし、その結果を画面に表示させる。どこにも探査されていない白紙の海域を見つける。
『ビンゴ!!、ってなんだこれ、前回見失った海域からの予測シミュレーションが弾き出した答え通りだな』
来栖は安堵すると共に、つい本音が口をついた。
「あほかだな、こいつら。こんな単純なルート計算で見つかるのかよ……」
その上で、多角形多連装機動兵器『クレストロ』から、小型探査ドローン数百機を水中に一斉に解き放った。
東京湾の沖合、暗い深海を密かに進むテロ組織の密航潜水艇。
その甲板を、突如として凄まじい衝撃波が襲った。
衝撃は潜水艇のバラストタンクを強制駆動させ、無理やり海面へと浮上させるほどのエネルギーだった。
「な、何ごとが起こったんだ……!?」
「艦が勝手に浮上しています! 制御不能です!」
「そんなバカなッ!」
やがて潜水艦は激しい水しぶきを上げて海上に浮上した。動転した誘拐犯たちが外部カメラで周囲を探る。
モニターに映し出されたのは、夜の海に浮かぶ異様な多角形のシルエット。
中島来栖がダイブカプセルから精神をダイレクトリンクさせて操る、多角形多連装機動兵器『クレストロ』である。
「な、何だと!? さっき破壊したはずのリモート機が、なぜここに――」
「わかりました! 本艦の周囲を無数の小型ドローンが取り巻いています! この電磁クランプのせいで強制浮上させられたようです!」
「バカめ、またリモート(遠隔操作)のラジコンか! すぐにジャミングしろ!!」
ハッチが開き、浮上した甲板上に強力なジャミングアンテナを背負った数体のテロリスト・サイボーグが現れた。クレストロとドローンに向けて、空間を歪めるほどの妨害電波を発射する。
しかし、何も起こらなかった。
当たり前である。
水中ドローンは水中では伝播しにくい電波ではなく、水中での操作をするために超音波で操作される。
また本体はダイブカプセルから来栖が直接操作している。
ダイブカプセルは戦闘モード時完全にゼリー上の衝撃吸収剤が敷き詰められる。
これは優しく人を包み混んでいるため、急な旋回や停止操作による衝撃(G)に対しても人は安全である。
また、来栖はダイブカプセルの中では腕や足を動かして操縦しているわけではないので衝撃などでも操作を謝ることもない。
その時、クレストロの外部スピーカーから、鼓膜を震わせるほどの重低音が鳴り響いた。
来栖がコックピット内で再生した、BPM200を超える超高速のクラブミュージック(EDM)だ。
音楽のドロップ(サビ)と共に、クレストロから新たな小型ドローンが容赦なく射出される。
「ばかな、音楽だと……!? なぜジャミングが効かん……リモートではないのか!? ええい、ならば迎撃ミサイル発射だ! 周りのドローンは手動で排除しろ、すぐにだ!!」
スピーカーから、来栖の不敵な拡声音声が響き渡る。
『アンコール感謝! でもな、席順が変わったぜクソゴリラども。――ここからはリアル搭乗(生演奏)のステージだ!』
コックピット内、脳波ヘッドギアを装着した来栖の身体が、リズムに合わせて激しくバウンスする。
有線で繋がれた来栖の脳波出力は、敵の通信妨害ノイズを完全に力でねじ伏せていた。12枚の正多角形装甲が、音楽の重低音と同期して、文字通り海の上で「ダンス」を始める。
「ハイ! ワン、ツー、スリー、フォー! テンポを上げろ、命を削れ!」
来栖のステップに合わせて、12枚の装甲が幾何学的なステップを踏みながら、サイボーグの群れと迫り来るミサイルへと突っ込んだ。
第1連: 超高速回転する三角形の装甲が、敵の重火器の銃身を、鮮烈な火花と共に次々と切断していく。
第2連: 流れるような残像を残して移動する五角形の装甲が、放たれた弾丸の軌道をチェスの駒のように誘導し、敵同士で誤射を誘発させる。
「バケモノめ! 撃て! 撃ち殺せ!」
指揮官が激昂して巨大なガトリング砲をぶっ放すが、来栖のダンスは止まらない。クレストロ本体が、まるで重力を無視したブレイクダンサーのように甲板を滑り、バク転を決め、銃弾の雨をミリ単位で「避けるダンス」を披露する。
「フィニッシュは――大サビだ!!」
来栖がコックピットで激しくターンを決める。
12枚の多角形装甲が甲板の全方位へと展開し、敵を取り囲む美しい「円形」を作った。音楽が最高潮に達した瞬間、全装甲から放たれた高周期レーザーが、万華鏡のような光の檻を構築する。
きらびやかな光の乱舞の中、テロリストのサイボーグ群は一瞬にしてすべての武装を切り刻まれ、文字通りダンスの藻屑となって夜の海へと沈んでいった。
その裏で、先ほどの小型ドローンたちが潜水艦の隙間を防水シールで塞ぎつつ、外部甲板を破って内部へ侵入。手足となるマニュピレーターを展開して小型自律ロボットへと変形し、あっという間に潜水艦内部を制圧していった。
すべては、わずか十数分の出来事だった。
静まり返った甲板。クレストロのハッチが音を立てて開き、来栖が外へと飛び出した。
コンテナの奥に縛られていたIV国の王女エレナは、ミニクレストロによって優しく拘束を解かれ、甲板まで救出されていた。
恐怖に震える金髪碧眼の美少女の前で、来栖はフライトジャケットの襟を正し、映画の騎士のように大げさに一礼してみせた。
「お怪我はありませんか、僕の麗しきプリンセス」
エレナは呆然と来栖を見つめた。
日は落ちた夜の海。美しい月光を浴びながら、自分を救い出してくれた同世代の少年。その姿は、まるで混沌とした現実の世界に現れた、本物の騎士のようだった。
「あなた、は……?」
「君を自由にするアーティストさ。さあ、手を取って」
来栖がエレナの小さな引き、クレストロの天面装甲へとエスコートする。
直後、クレストロの磁気浮上エンジンが静かに駆動し、機体は二人の少年少女を乗せたまま、東京湾の上空へとゆっくりと浮かび上がった。
眼下に広がる圧倒的な夜景。東京の街の灯りが、まるで地上にぶちまけられた宝石箱のように瞬いていた。
来栖が指をパチンと鳴らすと、機体周囲のホログラムプロジェクターから、優しく、美しいクラシックのワルツが流れ出す。
「暗いところはもう終わり。せっかくのリアル(現実)なんだから、このくらいロマンチックじゃないとね」
「まあ……綺麗……」
エレナの瞳に、きらめく東京の夜景と、優しく微笑む来栖の姿が映る。
来栖は自然な動作でエレナの腰に手を回し、もう片方の手をそっと繋いだ。浮遊する白銀の機体の上、満天の星空の下で、二人はゆっくりとステップを踏み始める。
それは、喧騒の現実から切り離された、ふたりだけの世界のダンスだった。
仮想空間の中でしか牙を剥けなかった少年と、国家という重荷を背負わされた少女。二つの孤独な魂が、月光の中で溶け合うように、優雅に、静かに、ワルツを踊り続ける。
「私、こんなに胸が躍ったのは、生まれて初めてです……」
エレナの頬が林檎のように赤く染まり、来栖の胸にそっと頭を預けた。
来栖は彼女の柔らかい髪を優しく抚でながら、心の中で(リアルも、たまにはクソゲーじゃないな)と、柄にもなく満たされた気分で呟いていた。
数日後、IV国との外交会談は無事に成功に終わり、エレナ王女が帰国する日がやってきた。
空港の専用駐機場のタラップ前。要人やSPたち、そして特例対策室『鵺』の責任者として事後処理に追われ、目の下にクマを作った巣鴨が見守る中、エレナは出発の直前、巣鴨の前へと歩み寄った。
「巣鴨課長。……彼に、中島来栖くんに、この御礼を伝えていただけますか?」
エレナは少し寂しげに微笑み、一通の手紙を巣鴨に託した。
来栖の本名とコードネーム、そして機密兵器の存在を隠匿するため、今日の見送りへの同席は上層部から厳禁とされていたのだ。
「……確かに、本人に渡します。王女殿下、お元気で」
巣鴨がビシッと敬礼し、エレナがプライベートジェットの機内へと消えていく。やがて飛行機は、激しい金属音を響かせて大空へと飛び立っていった。
その時。
空港の立ち入り禁止エリアである、遠く離れた給水塔の屋根の上に、一つの人影があるのを巣鴨は見つけた。
――来栖だった。
彼は白いフライトジャケットを潮風になびかせ、小さくなっていく飛行機をじっと見つめていた。
イヤホンから流れる切ない別れのバラードに合わせて、来栖は一人、ステップを踏み始める。
それは、彼女に届くはずのない、一人きりの見送りのダンス。
寂しげに、だけどどこまでも愛おしそうに、来栖の手足が滑らかな軌道を描く。飛行機が雲の彼方へ消え去るその瞬間まで、彼はただ一人の観客のために、空に向かって完璧なフィニッシュポーズを捧げ続けた。
切なく、そして美しい、天才アーティストなりの別れの挨拶だった。
巣鴨もその姿を遠くから見つめ、「あいつ、不謹慎でスケベだけど、根は本当にカッコいい男だな……」と、不覚にも目頭を熱くしていた。
数時間後、巣鴨はオフィスに戻っていた。
机の上に山積みにされた、各所からの報告書の催促に頭を抱える。
実際のところ、巣鴨だって全てを把握しているわけではなかった。今回の事件、あまりにも裏工作が完璧すぎるのだ。
「おーい! 誰だ、勝手にIV国に『極秘合同捜査』を提案したのは!?」
誰もいないオフィスに叫んでみるが、当然、返事はない。
今回の作戦は、建前上「IV国とNUEの極秘合同捜査」ということになっていた。
それも、IV国の秘密捜査官たちが、クレストロに制圧された潜水艦を即座に抑え、犯人を一網打尽にするという手際の良さ。さらに、言い逃れのできない決定的な証拠が提示され、エレナ王女の叔父にあたるゼノ公爵が即座に逮捕されたのだ。
王家の不祥事を秘密裏に処理する、文字通り国家機密レベルの電撃作戦。
そのため、来栖の独断スタンドプレーも「最初からの計画の内」として処理され、お咎めなしとなった。何も知らされていなかった警察庁の上層部はカンカンだったが、国同士の超法規的措置ということで政府要人にねじ伏せられ、納得せざるを得なかったらしい。
夕方。特例対策室『鵺』のオフィス。
来栖は燃え尽きたようにダイブカプセルに寝そべり、天井を見つめていた。
「はぁ……終わっちゃったなぁ。エレナ王女、もう本国に着いちゃったかな……」
そこへ、報告書地獄からようやく解放された巣鴨が、ドスドスと歩み寄る。
「おい、来栖。これ、王女殿下からお前宛てに預かった手紙だ。直筆の親展だぞ。ありがたく読め」
「えっ!? エレナ王女からのラブレター!?」
来栖はガタッと跳ね起きると、巣鴨の手からひったくるようにして手紙を奪い、狂ったような手つきで開封した。
「ふふん、思い出は思い出のままに、っていうのが僕の美学だけどさぁ! でも王女の本国の城に招待されたらどうしようかな〜! 毎日ワルツ踊っちゃうよ!?」
期待に胸を膨らませて手紙を広げる来栖。そこには、格式高い美しい飾り文字で、丁寧な日本語のメッセージが綴られていた。来栖がそれを嬉しそうに音読する。
『親愛なる中島来栖様へ。
先日は命を救っていただき、本当にありがとうございました。
あなたの勇敢な姿と、あの美しい夜のダンスは一生忘れません。
国に戻ったら、父である国王にあなたのお話をします。
あなたの国の政府関係者だけじゃなく、我が国の政府関係者まで巻き込まれていたようです。現在のおじさまの権力は、政府に関しては私のお父様(現国王)よりも強力だったはずです。でも、おじさまは逮捕されました。本当にありがとうございます。
それと共に、事件をすぐに解決し、おじさまを即座に逮捕できる、あなたの組織には恐ろしいほどの影響力があるのだと分かりました。
来栖様、それだけあなたは重要な(恐ろしい)御方であると認識いたしました。それとともに、IV国の王女など、あなた方のような世界の支配者にとっては、本当に小さな存在なのだと思い知りました。
でも、もしまたご縁がありましたら、お友達の一人としてでもよいので、お会いできればと思います。
――エレナより』
読み進めるにつれ、オフィスの空気がピキッと凍りついていく。
「…………え?」
来栖の顔からみるみる血の気が引いていった。
感謝の手紙のはずが、文面から滲み出ているのは「国家を裏から牛耳る恐ろしい秘密組織の怪物への、最大級の戦慄と敬意」である。完全に一国の王女をビビらせてしまっている。
一国の王女をここまで怯えさせる、裏の勢力。
当然、来栖にはそんな大層な人脈の覚えはない。来栖が引きつった顔で視線を向けると、巣鴨は「俺は知らん、絶対知らん」と両手を上げて首を振る。
ただ、来栖には思い当たる影が一つだけあった。
「……こんな、国家の勢力図をひっくり返すような裏工作ができるのなんて、『起きている姫』だけだな……」
ぽつりと呟いた来栖。巣鴨は「関わらんとこ」と言わんばかりに、最終報告書を提出するために、そそくさとビル内の上層階へ行脚に出て行ってしまった。
静まり返ったオフィスに、一人残された来栖。
次の瞬間、すべてを察した彼の、魂の叫びが大音量で響き渡った。
「リアルでの彼女ゲットだと思ったのに――ッ!!! アリス姫様、なんという余計なことをしてくれたんですかぁぁぁーーーッ!!!」
夕暮れに染まる『NUE(鵺)』のオフィスに、天才アーティストの情けない悲鳴が、いつまでも虚しく響き渡るのだった。




