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#04

 お城に来て、早くも一週間が過ぎた。

 お城での生活は、村を出るときに考えていた、優雅な生活とは全く正反対の、退屈極まりないものだった。

 初めの方は、まあ、それなりに楽しめた。クレアの案内でお城の中を見学して回ったのだけど、お城の厨房や医務室などは、あたしのこれまでの常識では考えられないほど広く、他にも、礼拝堂や図書館など様々な施設があり、お城だけで、あたしの村より規模が大きいことに感心した。でも、いくら大きいとは言え、一日もあれば全ての施設を見学できる。二日目以降はやることも無くなり、退屈そのもの。なんせ、許可なく城外に出ることはできないし、城内で何か仕事があるわけでもない。せめて部屋の掃除でもしようか、などと思っても、「そのようなことはあたしがやります!」と、真っ赤な顔でクレアに怒られる。他の側室や王妃様が何をしているのかと言えば、詩会、御茶会、舞踏会、その他、とにかくパーティー三昧。招待状が届いたので出席してみたけど、気分が悪くなってすぐに退席した。パーティーの中心にいるのは、やっぱりエリザベート王妃とレイラ様。普段でも悪趣味極まりない派手なドレスを着ているこの二人が、より一層着飾って登場する。この二人を、何々貴族の妻だの、どこそこ大臣の娘だの、これまた派手に着飾った女が取り囲み。

「今日は一段とお美しい」

「いえ、そちらこそ端麗な」

「まあまあ何と気品にあふれていらっしゃる」

「おほほ、おほほ、おほほ」

 と、力のあるこの二人にどうにかして取り入ろうと、お世辞、おべっか、ごますり、へつらいがずらりと並ぶ。そして、二つの派閥に分かれて睨み合い。当然あたしがこんな空気になじめるはずも無く、部屋で退屈してた方が何倍もましなので、二度と参加しないと心に決めた。

 いったいあたしは何のためにお城に来たんだろう?

 あたし、陛下の側室。側室の仕事と言えば、陛下の子供を産むこと。

 でも、夜になっても、肝心の陛下からのお呼びは、まるで無い。

 いや、もちろん陛下の子供を産みたいってわけではない。子供は愛し合った人同士が授かるもので、国のためとはいえ、あたしにはまだ陛下の子供を産む決心がつかない。だったら、自分はいったい何のためにここにいるのか、と、軽く鬱になってしまう。

 ちなみにクレアが言うには。

「ベルンハルト陛下とレイラ様の間にマイルズ王子が誕生して以来、陛下からご側室の方々にお呼びがかかることは滅多にありません。もともと陛下は、ご側室の制度に関心が無く、アルバロ様や大臣たちに言われ、仕方なく認められたのです。王子が誕生された以上、側室は必要無い、とお考えなのかもしれません。でも、王子が一人では、万が一のことがあったときに不安です。アルバロ様たちは、もっと子供をつくるように、と、さかんに勧めているそうです。陛下も仕方なく、何週間に一度のペースで、側室と一晩共にしますけれど、何も無く、ただ同じ部屋で眠るだけ、なんてウワサもあります」

 近衛騎士のシャドウさんも、似たようなことを言っていたよね。まあ、あたしとしてはその方が助かるんだけども。

「でも、あくまでもウワサです。マイルズ王子誕生から二年。その後、ご懐妊の話が無いので、そのようなウワサが流れているのだと思います」

 そうなのかな、やっぱり。

 なんてウワサ話をしたその夜。

 クレアの言う「アルバロ様たちに言われて、仕方無く」が、あたしに回ってきた。


 はあ……。

 何も無い退屈な日が続き、いい加減うんざりしていたけど、いざこのときを迎えると、やはり気が重い。ついにあたし、側室の役目を果たすため、陛下の寝室へ行かなければならない。今、クレアと部屋で支度中。あたしは村から着てきたいつもの服で行っても良かったんだけど。

「陛下との大切な夜に、そのような格好、絶対に許しません!」

 と、クレアが烈火のごとく反対。なんか、お祭りの夜に子供をおめかしさせるお母さんみたいだ。断固として譲らなかったので、あたしは仕方無く着替える。と言ってもエリザベート王妃やレイラ様が着ているようなドレスは避け、飾りっ気のない真っ白なナイトウェア。豪華な装飾品や派手な柄も何も無いけど、それでも高級品らしい。どんな布でできているのか判らないけど、羽根のように軽い。まるで素っ裸でいるかのようで、妙に恥ずかしかったりする。

「少し地味ですが、まあ、良しとしましょう」

 ようやくお許しが出た。それはいいんだけど。

「ねぇ、ホントに行かなきゃダメ?」

 やっぱり気が重いので、渋ってみる。でも、当然返ってくる言葉は。

「当たり前です! せっかくの陛下のお誘いを断るなんて、それはもはや罪悪です!」

 ……嫌がる乙女をムリヤリ男の部屋に送り出す方が罪悪だと思うな。

 なんて言い訳、通るはずもない。

 あたしは自分の意思で側室に志願し、このお城に来たんだ。それなのに、今さら陛下との夜を断るなんて、できるわけがない。本当は、自分でもよく判ってる。

 …………。

 しょうがない。

「判った。じゃあ、行くね」

「はい! 陛下の寝室の前までは、お供します」

 クレア、満面の笑みだ。そんなに嬉しいことなんだろうか? 嬉しいことなんだろうな。なんせ、これは国の将来を担うことなんだ。子供を授かることができれば、これほど名誉なことは無い。そう考えるのが普通なんだろう。

 でも、今のあたしには、そう考えることがどうしてもできない。

 あたしって、本当に勝手だな、と思う。

 自ら望んで側室になった。婚約者の母親を救うために。でも、いざこのときを迎えると、どうにかして逃げ出そうと考えている。そんな自分がひどく嫌になるけど、それでも、逃げ出したい気持ちを抑えられない。抑えられないから、嫌になる……無限ループ。

「……エマ様、着きましたよ?」

 クレアに言われ、思考の泥沼から我に返る。

 もう着いちゃった、広いお城が、こういうときだけは狭く感じる。

 クレア、陛下の寝室の前に立つ騎士に何か告げる。当たり前だけど、護衛の騎士がついているのか。扉一枚隔てた先に誰か立っているようなところで、陛下と一晩過ごす……ますます気が重い。

 クレアがドアを開ける。中にはベッドと本棚と机しかない、想像していたよりもずっと地味な部屋だった。誰もいない。陛下がお見えになるのを待て、と言うことなのだろう。

「じゃあ、エマ様、がんばってくださいね!」

 クレア、両手を握って胸の前で振る。家族に出兵を見送られる兵士の気分だ。

 クレアはペコリと頭を下げると、部屋を出て行った。閉じられる扉。ああ、もう逃げられない。最初から逃げられはしなかったんだけど、閉ざされた扉が、そのことを強調してる。

 あたしはベッドに腰掛ける。

 ――うだうだ悩んでもしょうがない。覚悟を決めなさい、エマ!

 自分に言い聞かす。逃げられないと判ってはいても、やっぱり決心がつかない。

 やがて。

 キィ。ドアが開く。

 入ってきたのは、ベルンハルト陛下。

 ドクン。心臓が大きく伸縮。

 立ち上がり、頭を下げる。

 ええっと、何か言わなきゃいけないんだっけ。ええっと。

 …………。

 ダメだ。頭の中、真っ白。もう、何も考えられない。

 ……でも、これはかえって好都合かも。

 何も考えられないうちに全て終わってくれるなら、それが一番。

 なんて、都合良い方向に考えてもムダだ。意識は、しっかりあるんだから。当たり前だけど。

 もう。なるようになれ。

 ようやく決心――と言うよりは、諦めがついた。いや、諦めるしかない状態になった。

 陛下は、本棚から本を一冊取りだすと、それを持ってベッドに入った。

 続いて、あたしもベッドに入る。

 ――ああ、ついにこのときが来た。

 ふとんを頭までかぶり、目を閉じ、その瞬間を待つ。

 …………。

 …………。

 …………。

 ……あれ?

 何も、無いな。

 いや、もちろん何かしてほしいわけじゃないんだけど。えーっと、どうなってるんだろ?

 そっと、ふとんから顔を出す。

 陛下は本を読んでいた。ものすごく真剣な表情。あたしなんて、全く目に入っていない様子。

「あの……」

 恐る恐る声をかけてみる。陛下の視線があたしの方へ。

「――ん? ああ、エマか」と、陛下。

 エマか……って、今まであたしだと気付いてなかったんだ。

 パタン、と、陛下は本を閉じる。「そうか。そなたは今宵が初めてであったな」

「はい!」慌ててベッドの上に正座。「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 三つ指をつき、頭を下げる。そんなあたしの姿を見て、陛下、ハハッ、と笑う。

「そうかしこまらずとも良い。楽にしていろ」

「はい。ありがとうございます。――それで、初めに何をすればよいでしょうか?」

 ……我ながら、変なこと言ってるな、と思う。

 陛下、さもおかしそうに笑って、あたしを見ていた。「特に何もせずともよい。ただ一晩この部屋にいるだけだ」

 ……へ?

 何もしなくていい?

 それは、クレアが言っていたウワサ、「何も無く、ただ同じ部屋で眠るだけ」、ってこと?

「つまりその……何も無い……と言うことですか?」思い切って訊いてみる。

「そうだ。まさか、残念だったのか?」茶化すような口調。

「いえ! そのようなことは」慌てて否定する。

 陛下、声を押さえて笑う。「本当にそなたは、変わっておるな」

 そう言われ、なぜ笑われたか気付く。さっきのあたしの言い方じゃ、何も無くて良かった、と言ってるようなもんで、陛下にあまりに失礼だ。

「申し訳ありません! 決して、そのような意味では!」また頭を下げる。

「別に構わん。そなた、婚約者と別れて、まだ間もないのであろう」

「――――」

 陛下、知ってたんだ。

 陛下の顔から笑いが消え、急に真面目な顔になる。

「そなたには、本当にすまないことをしたと思っている。先日、ウィンから聞いたのだ。そなたが婚約者の母の命を救うため、余の側室になったと。そなたは余の命の恩人であるのに、そのような仕打ちをしてしまうとは」

「いえ、とんでも無いです! あたしは自分から志願して、陛下の側室になったのです。むしろ、陛下には感謝しています。イサークの――婚約者のお母さんの命を救うチャンスを与えてくれて」

 自分でそう言って気がついた。

 陛下は、ジェシカさんの命を救ってくれた人なのだ。

 もし陛下がいなければ、ジェシカさんの病気を治すことはできなかった。それどころか、病気について詳しいことは何一つ判らなかっただろう。当然のことなのに、あたし、そんなことすら考えてなかった。陛下は、あたしにとっての大恩人。この恩は、絶対に返さないといけない。

 それなのに、あたしは決心がつかないとか何とか理由をつけて、この場から逃げられないか、そんなことばかり考えていた。

 あたしは、自分のことしか考えていない。

 陛下は、そんなあたしなんかにも気を使ってくれていたというのに。

 自分が情けなかった。

「陛下――あたしなんかに気を使って頂いて、本当にありがとうございます。でも、あたしは大丈夫です。ですから――」

「いや。その件があろうとなかろうと、何もせずとも良いのだ。側室たちにはすまないとは思うが、余には、これ以上子供は必要無い」

 陛下は、きっぱりとそう言った。

「側室の制度は、アルバロや大臣どもが是非にも、と言うから始めたのだ。気が進まぬことではあったが、国としては世継の問題は重要なこと。認めないわけにはいかなかったのだ。しかし、すでにマイルズが産まれた。余の世継が必要ならば、マイルズだけで十分だ。これ以上は……エリザベートに申し訳が無かろう」

「エリザベート王妃、ですか?」

「あやつは、余を恨んでおるやもしれぬな。申し訳ないことをしたと思っている。余のもとに嫁いできたというのに、子を産めぬというだけで、国の誰からも相手にされぬようになった。あれでは、あまりにも不憫」

 確かにそうだな。あたしには人前で全裸にされた恨みがあるから、これまで偏った目でしか見てなかったけれど、考えてみればかわいそうな立場だ。

「この国の王妃は、昔から、王の子供を産むためだけの存在、という傾向が強い。故に、子供を産めぬなら価値は無いと見られるのだ。これは、大きな間違いだ」

 その通りだ。レイラ様も、子供が産めぬのなら飾り物も同じ、なんて言ってたけど、とんでもない話だ。女は子供を産む道具なんかじゃない。

「側室の制度を認めたのは間違いであった、と、思うこともある。世継の問題は、国としては無視できぬことなのは判る。しかし、余とエリザベートの間に子供ができぬのであれば、それは天命であろう。側室制度などを設けて、無理に子を作るべきでは無かったかもしれぬ」

「しかし、それでは陛下の血筋が途絶えてしまいます。次の王様になる者がいなくなります」

「そもそも、王の子が自動的に王になるという制度は、間違っているのではないか?」

「――――」

「王の子が、必ずしも王に適任かと言えば、決してそうではあるまい。王の子であるという理由だけで次代の王になるのはあまりにも軽率だ。王とは、血筋など関係なく、資質のある者がなるべきだ。余は、そう考える。故に、余は王の資質が無いと判断すれば、例えわが子であろうとも、決して王の座は渡さぬ」

 雄弁に語る陛下。それはまるで、詩人の詩声のように、あたしを魅了する。

「そしてもちろん、余自身、王に適さぬと思ったときは、いつでも王位を退くつもりだ。余は、常にその覚悟を持って、王の務めを果たしているつもりだ。エマ、もしそなたが、余が王にふさわしくないと思えば、そのときは遠慮なく申してくれ」

「そんな……そんなこと、あたしは決して思ったりしません。陛下は、本当に素晴らしい考えをお持ちです。陛下こそ、このブレンダの王にふさわしい、そう思います」心の底からそう言った。

「フフッ、お世辞でも嬉しいぞ」陛下はにっこりと笑った。「……つまらぬ話に付き合わせたな。まあ、そういうことだ。余にはこれ以上、子供は必要ない。しかし、アルバロたちが子を作れ、子を作れ、と、うるさいのでな。こうして形だけ席を設けておるのだ。すまぬが、一晩だけ付き合ってくれ。この部屋にいてくれれば、何をしていてもかまわぬ」

「はい、判りました」

 あたしは笑顔で答えた。

 陛下は、再び本を読み始めた。あたしはふとんの中に入り、じっと、その顔を見つめる。

 ――ベルンハルト陛下、か。

 本当に、素晴らしいお方だ。ミロンが以前、「ブレンダ史に残る名君」と言ってたけど、それも頷ける。国の将来のことを、本気で考えている。それだけではない。陛下は、あたしの身まで心配してくれていたのだ。こんなに、嬉しいことはない。

 ――この人になら、抱かれても良かったかな。

 …………。

 なんてね。冗談だよ、冗談。


 やがて夜は更けて行く。あたしは読書をする陛下の横顔を見つめながら、いつの間にか眠っていた。



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