#09
翌日。
エンフィールドの街でイサークを捕らえ、ターラの街に戻って来たあたしたち。駅前は、ものすごい人だかりだった。いつも人でにぎわう場所だけど、今日はいつも以上だ。何かあるのだろうか?
「エマ様。どうやら、中央広場で陛下が演説を行うようです」シャドウが言った。
「なんですって? それはホント?」
「はい。今、通信を傍受しました」
シャドウは通信機を見せる。確かに、中央広場の警備がどうのこうのと、誰かが話していた。
こんなに早く陛下が演説をするなんて、予想外だ。早く止めないと。陛下が演説をすれば、国民の反クローリナス感情は高まるだろう。それは避けなければいけない。あたしとシャドウは無言で頷くと、中央広場に向かって駆け出した。
ターラ中央広場。女神の優しさと、鬼神の強さでこの国を護ったとされる神・ブレンダニアの像が立つ、あの広場だ。
広場に到着すると、すでに多くの市民が押し掛けていた。いつも人でにぎわう広場だけれど、今日はいつも以上だ。皆、陛下の言葉を聞きたがっている。それだけ支持されているということだ。その人ごみにまぎれて広場に入れるかと思ったけれど、甘かった。広場に入る人一人一人を、騎士団が厳しくチェックしている。不審者を陛下に近づかせないためには当然のことだけど、突然決まった演説にもかかわらず、警備態勢にぬかりは無いように見えた。
直感的に悟る。
恐らく、警備を担当しているのはリュースだろう。
そうなると、広場に入り、陛下に近づくのは至難の業だ。警備にスキがあるとは思えない。
あたしは広場から少し離れたところで様子をうかがう。そばにはシャドウと、両手を縛られたイサーク。
さて、どうやって中に入ったものか。
騎士団のチェックは厳しい。あたしは牢屋から逃げ出した、言わばお尋ね者だ。通してくれるとは思えない。のこのこ出て行けば捕まるだけだ。広場に入る道は一本ではないけれど、全ての道が警備されているのは間違いないだろう。もしかしたら警備の手薄なところもあるかもしれないけれど、それを探すためにウロウロするのも良くない。それだけ見つかる可能性が高くなる。うーん。どうすればいいかなぁ。
と、悩んでいたら。
「見つけたわよ。エマ」
背後から声を掛けられた。振り返ると、金髪の女騎士。見つからないように気をつけたつもりだったけど、やっぱりこの人から逃れるのは、簡単なことではなかったようだ。
あたしは女騎士――リュースを、無言で見つめる。そばにはアランさんにアーロンさんたち第八隊の騎士たちも控えている。
と、その中に、ひときわ背の高い騎士の姿があった。第八隊の騎士ではない。でも、見慣れたその騎士は、
「……ウィン?」
陛下の意見に逆らったとして、近衛騎士隊長の座を外されたウィンだった。
「――あなた、どうして?」
あたしの質問に、ウィンは何も答えず、ただ目を逸らしただけだった。代わりにリュースが口を開く。
「ウィンは今、私の隊と一緒に行動している。あなたを捕まえるためにね。エマ・ディアナス、国家反逆罪と脱獄の罪で拘束します。シャドウ・アルマ、あなたは脱獄幇助の疑いがあるわ。エマだけじゃなく、クレア・オルティスもね。それから――まあ、彼を捕まえてくれたことには、一応、感謝しておくわ」リュースは、イサークを睨んだ。「イサーク・バーン。あなたは王妃および四人の騎士殺害の容疑で拘束します」
淡々と話すリュース。
問答無用ってことか。ま、いいわ。広場に入る前に見つかっちゃったけど、これはかえって好都合だ。あたしはリュースの前に立つ。
「リュース、あたしの話を聞いて。あなたは――」
「話なら取調室でしてちょうだい。アラン、アーロン。三人を拘束して」
リュースは、あたしの言うことなんかに興味は無いと言わんばかりに声を遮ると、部下に命じた。二人が動く。
と、シャドウが前に出た。
「エマ様、この女に何を言っても無駄でしょう。お下がりください。私が排除しますので」
そして、右腕の籠手から飛び出す刃。陽の光を反射し、ギラリと光る。
それを見たリュースの口元に、笑みが浮かぶ。「排除? あなたが私を? おもしろいことを言うわね。やれるものならやってみなさい」
剣を抜いた。
その瞬間。
その場の温度が、一気に下がったような錯覚を覚える。
対峙する二人の女騎士。空気が凍りついたかのような緊迫感。
――ダメだ、戦っては。シャドウは優秀な騎士だけど、相手はリュースとウィンをはじめとした第八隊のメンバーだ。一対十一じゃ、分が悪すぎる。
それに。
「やめて、シャドウ。あたしたちは戦いに来たんじゃないのよ」
二人の間に割って入り、力強くそう言った。
そうだ。あたしたちは、陛下を説得するためにここに来たのだ。力ずくで止めに来たわけじゃない。
「リュース。あなたも判っているはずよ? 陛下のやろうとしていることが、間違っていることに。クローサーの攻撃で、いったい何人の国民の命が失われるの? それを黙って見てるの? そんなことが、許されるはずがないでしょう?」
その場にいる全員に訴えかけるように言った。
しかし、リュースは動じない。
「その話で、みんなの動揺を狙っているのなら、残念だったわね。部下には全て話してある。みんな納得して、今の任務に就いてくれたわ。あなたの説得に耳を貸す人はいない。無駄なことはやめて、おとなしく捕まりなさい」
アランさんたちを見る。確かに、あたしの言葉に驚いた様子は無い。みんなリュースと同じで、陛下に従うということだろう。
「何故なの? どうしてみんな判らないの? あえてクローサーの攻撃を受けて、多くの犠牲を払って……あなたたちはこの国を護る騎士でしょう? それが国を護っていると言えるの?」
「あなたと議論するのは、もう飽き飽きだわ」うんざりした口調のリュース。「ずっと言っているでしょう? 国を護るために、甘えたことは言っていられないの。犠牲が必要ならば、それは仕方がないことなのよ。まあ、あなたに理解してもらおうとは思わないわ」
「ウィン、あなたもそう思うの? 陛下のやろうとしていることは仕方ないと、そう思うの?」
ウィンを見た。
と、今まで黙ったままだったウィンが。
「エマ様。申し訳ありませんが、私は、お力にはなれません」
静かに口を開いた。
「何言ってるの? あなたも言ってたじゃない! 陛下のやろうとしていることは間違っているって! 一緒に反対したじゃない!」あたしは叫んだ。
しかし、ウィンは静かな口調で言う。「……エマ様のおっしゃる通り、陛下が行おうとしていることは、決して正しいことだとは思いません。ですが、私は陛下の騎士なのです。陛下に逆らうようなことなど、許されません」
静かだけど、信念に満ちた言葉だった。
確かにウィンは、陛下の騎士だ。それも、ただの騎士ではない。第一隊の隊長で、近衛騎士団長だった。騎士団で最も栄誉ある立場だと言っていい。そんなウィンだから、陛下に逆らえないと言うのは判るのだけど。
「ウィン。あなた、それでいいの? 陛下が間違っていると判っているのに、それでも彼に従うなんて。あなたが陛下に言ったことは正しいことなのよ? それなのに、こんなことで近衛騎士団長の座を失って……それでもいいの?」
あたしの言葉に、ウィンは自虐的な笑いを浮かべる。「それは仕方がありません。私には、近衛騎士団長の資格が……騎士として資格が、無かったということでしょう」
「何言ってるのよ! あなた以上の騎士なんていないわ! あたしがこのお城に来てからの二年間、あなたは本当に優秀な騎士だった。常に陛下のそばにいて、彼を護って来たじゃないの!」
「それでも私には、騎士の資格が無いのです。あのとき、陛下のおっしゃった通りです。私は陛下の騎士。主君の言うことには黙って従う。それが騎士の務めなのです。陛下の意見に反対するなど、あってはならない。あの時点で、私には騎士の資格が無かったのです。陛下は、私のことが不要になった。そういうことなのだと思います」
「そんな……それでいいの?」
「仕方がありません。騎士団に残ることができただけでも幸運でした。私は、また一からやり直します。リュースのもとで、騎士のなんたるかを学び直します。再び、陛下に必要とされる騎士となるために」
ウィンは、物悲しげにそう言った。
そう。
ウィンは――悲しいまでに、真の騎士だったのだ。
真の騎士だから、陛下の言うことには逆らわない。
真の騎士だから、陛下の言うことには従う。
リュースも同じだ。
彼女も、この国を護る真の騎士。だから、陛下には逆らわない。陛下に従う。
主君に忠誠を誓うのが騎士の務め。それは判る。判るのだけれど。
…………。
がしがし。
がしがしがしがしがし!
がしがしがしがしがしがしがしがしがし!!
「……エマ様……どうかされましたでしょうか……?」
ウィンが心配そうな口調で訊いてくる。どうやらあたし、ものすごい勢いで頭をかきむしっていたらしい。自分でも気付かないうちに。
ま、それもしょうがない。
だって。
聞いてて、すっっっっごいイライラするんだもん!
いや、イライラなんてもんじゃない。完全に腹が立ってきた。ああ! もう! 思いっきりひっぱたいてやりたい! ウィンと、そしてもちろん、リュースも!
「……どいつもこいつも陛下陛下って、そんなに陛下の言うことが大事なの? 陛下の言うことが全部正しいの? 陛下が邪魔だって言ったら、素直に引っ込むって言うの!? だったら、陛下が死ねって言ったら死ぬの!? それが真の騎士だって言うの!?」
あ、ヤバい。あたし、完全にキレちゃったよ。もう止まらないな。
「そ……それは……騎士たるもの、そのくらいの覚悟は必要かと……」
「うるさい!! んなことどうでもいい!!」
うわ。言ってることめちゃくちゃだ。自分から言い出しといて、どうでもいいだって。自分でもあきれちゃう。ウィンは目を丸くし、口をポカンと開けて言葉を失ってる。
ま、これはこれであたしらしい。こうなったら、このまま行ってしまおう。
あたしはウィンからいったん目を逸らし。
ギロッ! アランさんたちを睨む。
「あんたらもそうなの!? 陛下の言うことならハイハイハイハイ言うだけの、ウィンや、そこのバカ女と同じ、イエスマンなの!?」
あたしは「バカ女」と言うと同時に、きっ! っとリュースを睨んだ。
「バ……バカ女ですって!?」
罵倒されたリュースは顔を真っ赤にして怒るけど、そんなことお構いなしのあたしは。「バカ女に決まってるでしょ! あたしがこれだけ言っても考えを変えない石頭が、バカ以外の何なのよ!?」
「い……石頭……あ……あなたね……」
「うるさい! 石頭は石頭だ! それがイヤならキャベツ頭よ!!」
もはや理屈とか筋道とか関係なし。思いついたことを片っ端から叫び、荒れ狂う。もう、誰にも手がつけられない。と、言うよりも、リュースもウィンも第八隊のみんなも、ほとんど呆れてる。シャドウとイサークだけが楽しそうに見ていた。
ギロッ! 今度はあたし、シャドウを睨む。
「あんたもよ! シャドウ!」
「は!? 私もですか!?」突然巻き込まれ、普段クールなシャドウもさすがに戸惑う。
「あんただって、今はあたしの味方してくれてるけど、それは王妃の意思だからでしょ? もし王妃が生きてて、あたしを捕まえろって言ったら、そうするんでしょ? 王妃が陛下の命令に従えって言ったら、そうするんでしょ? 王妃が死ねって言ったら、死ぬんでしょ!?」
「それは……その通りですが、しかし……」
「うるさあい! 意見は聞いてない!!」
何かしゃべろうとしたシャドウを一喝する。もう、こうなったら勢いがすべてだ。言ってることはめちゃくちゃだけど、勢いだけで全て通してやる!
「主君の言うことには黙って従うのが騎士の務めだ? 陛下が死ねって言ったら死ぬのが真の騎士だ? はん! ばっかじゃないの!? そんなに陛下が偉いの? 陛下が言うことは何でも正しいっての? そんなの大間違いよ! 陛下だって人間。間違うこともあるわ! それでも従うのが騎士だって!? リュース! あんたいっつも、あたしに、『国を護るのが私の使命』とか偉そうなこと言ってたわよね? だったら今のあんたは何!? いつからあなた、国を護るのをやめて、陛下を護るようになったの!?」
「――――!」
あたしの一言に、リュースの表情がはっとなる。
お? 今あたし、なんかいいこと言わなかった?
リュースだけじゃない。ウィンも、アランさんたちも静まり返ってる。
よし。流れでたまたま出てきたセリフだったけど、これに乗っかってしまおう。
あたし、大きく深呼吸。気持ちを落ち着ける。
「リュース、一つだけ教えてちょうだい」
「――何」
「あなたの護ろうとしている国って何なの?」
「――質問の意味がよく判らないけど? 国って言ったら国よ。このブレンダ。この国を、私はずっと護ってきたのよ」いくらか冷静さを取り戻したリュースは、自信に満ちた声で言った。
「……リュース。あなたは国を護ってるんじゃない。ただ、陛下を護ってるだけよ。陛下の言うことにただ従って、それが国を護ることだと思い込んでいるだけ。あなたは、間違っているわ」
「何を言ってるの? 陛下はこの国を護るために最善の努力をしてるのよ? 陛下に従うのは、国を護る者としては当然でしょ? 陛下を護ることが、国を護ることなのよ」
「本当に、そう思うの?」
「…………」
リュースは答えなかった。
心が、少しずつ、揺らいでいるような気がした。
「見て、あの人たちを」あたしは、広場を示した。「みんな、陛下の話を聞くために集まってくれた人たちよ」
多くの市民が列を作っている。離れているけれど、人々の様子は、ここからでもよく見える。
真剣な表情の若者がいる。
おしゃべりしている中年の女性がいる。
杖をつき、ゆっくりとした足取りで歩く老人がいる。
笑っている子供がいる。
陛下を信じているから。陛下がこの国を護ってくれると信じているから、集まってくれた人たちだ。
「あの人たち一人一人に、命があり、生活があり、人生がある――」
そうだ。
全てのみんなに、人生がある。
あの若者は、騎士になることを夢見て、陛下の話を心に刻みつけようと思い、ここに来た。
あの中年の女性は、商店街では名物のおしゃべりな八百屋の奥さんで、陛下の話を聞くよりも、みんなが集まるから、ただみんなとおしゃべりしたくて、ここに来た。
あの老人は、長年この街に住んでいる――陛下が生まれるよりずっとずっと前から住んでいて、自分たちの子供、孫のために、この国の未来を見届けようと、ここに来た。
あの子供たちは、まだ国とか、王とか、そんなことは難しくてよく判らない。ただ親に連れられてやってきただけ。でも、今日、陛下や騎士団の人たちを見て、憧れ、将来自分も騎士団に入りたいと夢見るかもしれない。
「……何が言いたいのかが見えてこないんだけど? そんなのはあなたの想像でしょ?」リュースが言った。
「そうよ。ただの想像。でも、あの人たちはあの人たちの人生がある」
それは、当たり前のことだけど。
決して、忘れてはいけないことなのだ。
あの人たちのことを、あたしは何も知らない。ほとんどの人は、あたしとは関係の無いところで生きている。同じ街に住んでいるのだから、どこかですれ違っているかもしれないけれど、でも、直接的な関わりは無いはずだ。
それでも彼らは、彼らの人生を生きているのだ。
「リュース。あなたが護りたい国って、これでしょう?」
まっすぐにリュースの目を、リュースの心を見つめ、言った。「あの人たちを護るために――あの人たちの命、生活、人生を護るために、あなたは今まで戦ってきたんでしょう?」
いつの間にか。
あたしの頬を伝う涙。
何だろう? 何であたし、泣いてるの? この涙は、何?
少し考えて、涙が流れた理由を悟る。
あたしは、リュースを信じている。
でも万が一、今あたしが言っていることを、リュースが否定したら?
…………。
そのときは、あたしたち二人の関係は、終わる。
それがたまらなく怖くて――だから、涙が流れる。
お願いだから、否定しないでほしい。
その気持ちが強くなり。
あたしの声は、自然と強くなる。
「陛下のやろうとしていることは、あの人たちの人生を奪うかもしれないのよ? それが国を護ること!? 違うでしょ!! お願いよ、リュース。目を覚まして! 国を護る、本当の意味を思い出して! 陛下に従うのが国を護ることじゃない。みんなを護ることが国を護ることなの! 国とは陛下のことじゃない! みんなのことよ! この国に住んでいる、全ての人のことなのよ!!」
あたしは、また叫んでいた。
でも、さっきのとは全然違う。
さっきのは、イライラが爆発して、わめき散らしただけ。ただのストレス発散。
でも、今のは。
あたしの、心の叫びだ。
あたしは、間違ってはいないはずだ。
この国に住むすべての人が、ブレンダという国そのものなのだ。
失っていい命など、あるわけがない。
何を犠牲にし、何を護るのか。それを王が選ぶというのなら、そんな王はいらない。
王のためにみんながいるのではない、みんなのために王がいるのだ。
みんなを護るのが、王の――騎士団の、使命なのだ。
あたしの言葉に、リュースは無言のままだった。何も言い返してはこない。リュースだけではない。その場にいる誰もが、何も言わなかった。
長い沈黙が続く。
それを破ったのは、ウィンだった。
「エマ様。私は、近衛騎士隊の隊長として、長く陛下に仕えて来ました。陛下の命を護ることが、私の使命。陛下に従うことが、騎士としての私の任務。そう思っていました。今でも、その考えは変わりません。しかし――」
ウィンは、あたしと、そしてリュースを順に見ると、言葉を継いだ。「エマ様のおっしゃる通りです。私は陛下の騎士ですが、それ以上に、この国を護る騎士でした」
あたしはウィンを見つめた。さっきまでとは違う、迷いの無い、晴れやかな顔をしている。
「陛下が間違った選択をすれば、それを正すのも、私の務め。エマ様。私もお力になります。いえ、違いますね――陛下を止めるために、どうかこの私に、お力をお貸しください」
ウィンは、拳を握って胸に当て、片膝をつく、騎士団独特のお辞儀をし、そう言ってくれた。
「もちろんよ、ウィン。一緒に、陛下を止めましょう」あたしは、そっとウィンの肩に手を置いた。
そして、リュースを見つめる。
「あなたはどうなの? リュース?」
リュースは答えない。
迷っているのだろう。そう思う。迷いが無いのなら、問答無用であたしたちを捕らえるはずだ。あとは、時間の問題だと思った。
やがて。
リュースは大きく息を吐き出した。
「あなたには、かなわないわね」どこか呆れたような、諦めたような、そんな口調。
第八隊のみんなの顔を見る。
みんなが、一斉に頷いた。
そして――リュースは、にっこりとほほ笑む。いつか見た、あの、女神のようなほほ笑み。
「判ったわ。一緒に、陛下を止めましょう」
「――――!!」
その瞬間。
あたしは、リュースに抱きついた。
きっと、リュースなら判ってくれると思っていた。リュースのことを信じていた。
そして、改めて思う。
あたしは、やっぱりリュースのことが好きだ。
今まで散々ケンカして、心の中ではずっと鬼女と呼んで、何度も胃に穴が開きそうになり、一時は本当に憎いと思った人、リュース。
それでもあたしは、この人のことが大好きなんだ。
だから、ぎゅっと抱きしめて、離さなかった。
困ったようにはにかむリュースなんてお構いなしに、あたしはずっと、抱きついていた。
…………。
でも、まだ終わったわけじゃない。
陛下を、止めなくちゃいけない。
――できるだろうか?
一瞬そう思った。でも、愚問だった。
できるに決まってる。あたしは一人じゃない。リュースも、ウィンも、シャドウも、第八隊のみんなもいる。みんなの力を合わせれば、絶対にできる。
そう信じて。
あたしは、広場へ向かった――。