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#05

 剣が王妃に触れる瞬間、あたしは、目を閉じた。

 ――――。

 そのまま、静寂が流れる。

 どうなったのだろう? 目を閉じたままでは判らない。開けてみようかと思うけど、なんだか怖い。目を開けて、王妃が死んでいたら……。

 ううん。そんなことあるわけがない。

 冷静に考える。

 あのイサークが、誰かを殺すなんて、あり得ないよ。

 そうだ。

 あの一撃は、単なる脅し。きっと、王妃に触れる寸前で止まっているはず。じゃないと、王妃は悲鳴を上げるはずだ。それが無いんだから、王妃は斬られたりしてないだろう。

 そう自分に言い聞かせ、あたしは目を開けた。

 でも。

 あたしの描いた光景――期待した光景は、そこには無かった。

 そこには。

 驚愕の表情の陛下と、剣を止めることなく、最後まで振り下ろしたイサークと。

 そして、胸を大きく斬り裂かれ、崩れるように倒れる王妃の姿があった。

 陛下が、王妃の身体を支えた。王妃のきらびやかな衣装が、一瞬にして深紅に染まる。

「エリザベート!」陛下が、王妃の名を叫んだ。これまで聞いたことのない、悲痛な叫び声だった。

 それに応えるように。

 王妃は震える右手を差し出した。宙をさまようその手は、何かを探しているかのようだ。陛下がその手を握る。その瞬間、王妃が笑ったような気がした。探していた物を見つけた、そんなほほ笑み。王妃の口が動いた。何かを呟いている。陛下は、王妃の口に耳を当てる。遠くて、あたしにはとても聞きとれるはずは無いのだけど。

 ――愛しています、陛下。

 そう言ったような気がした。

 そして王妃は、目を閉じた。

 その身体から力が抜け。

 陛下の手から、右手が、滑るように落ちた。

 陛下の声が、城中に響き渡った。

 ――これは一体、何?

 目の前で起こった出来事を、理解できないあたし。

 イサークが陛下を襲い、それをかばった王妃が斬られ、命を落とした。

 それだけのことが理解できない。そんなことが、現実に起こるわけがないのだから。

 そうだ。こんなことが、現実なわけがないんだ。そうに決まっている。

 でも。

 廊下の向こうから駆けてくる影。その影が、剣を振るう。リュースだ。その気配に気付いたイサーク。振り返り、リュースの剣を受け止めた。

 がしん!

 激しい金属音。飛び散る火花。

 それが、あたしに教えてくれる。

 今、目の前で起こっていることは、現実なんだ、と――。

 リュースの一撃を受け止めたイサーク。でも、突然の一撃に耐えるには体勢が悪すぎた。バランスを崩したイサーク。リュースはそのお腹に蹴りを入れ、さらに後頭部に剣の柄を叩きつけた。

「やめてリュース! ヒドイことしないで!」

 と、あたしが言っても、リュースは止まらない。イサークの腕を取り、ひねり上ると、そのまま床に押さえつけた。手加減はしていない。イサークの顔が歪む。骨がきしむ音が聞こえてきそうだ。

「やめて……やめてってば!」ようやく動き出すあたしの身体。リュースを止めようと、後ろから抱きついた。

 しかし。

 そんなあたしの気持ちが届くわけがなかった。あの、鬼女に。

 リュースが左手を動かした。その瞬間、あたしの天地がひっくり返る。続いて、背中に鈍い痛み。

 …………!

 あまりの痛さに、悲鳴が声にならない。

「陛下! ご無事ですか!」

 イサークを床に押さえつけたまま叫ぶリュース。

「……余は大丈夫だ」王妃を抱いたまま、陛下は応えた。

 それを聞いたリュースの顔に、一瞬だけ安堵の表情が浮かんだ。そのほんのわずかの隙を、イサークは見逃さなかった。手を振りほどき、その反動でバランスを崩したリュースの足を払った。なんとか転倒せずに踏みとどまったリュースだけど、その間にイサークは立ちあがり、同時に間合いを離した。

 イサークは、いったいどこまで強くなったのだろう。

 陛下だけでなく、あのリュースと戦っても負けていない。王国きってのエリート騎士だと言われるリュースと。

 対峙する二人の騎士――リュースとイサーク。

 どちらも、あたしの大切な人だ。戦ってほしくない。今の二人が戦うと、お互い無事ではすまない。戦いに関しては素人のあたしでも、そのくらいは想像できる。

 と、そのとき。

「陛下! 何事です!?」

 廊下の向こうから、大勢の騎士が駆けつけてきた。近衛騎士が十人ほど。ウィンとアルバロ様もいる。

 イサークは舌打ちし、そして、身をひるがえした。

「逃がすか!」

 追いかけようとするリュース。その足元に向けて、イサークがボールのような物を投げた。小さな爆発が起こり、とたんに、廊下に煙が立ち込める。咳き込むリュース。視界も遮られる。イサークの姿は見えない。

 と――。

 煙の隙間から、一瞬だけ、イサークが見えた。廊下の窓から外に出ようとしている。こちらを見た。目が合った。

 ――お別れだ、エマ。

 そう言ったような気がした。

 再び煙が視界を覆う。

 そして、その煙が晴れたときには。

 イサークの姿は、もう、どこにも無かった。

 リュースが窓に駆け寄る。小さく舌打ちをした。窓の外にも、イサークの姿は無かったのだろう。

 リュースは、通信機を取り出し。

「全隊に告ぐ。イサーク・バーンが陛下を襲撃。王妃が負傷。イサークは逃亡。繰り返す! イサーク・バーンが陛下を襲撃! 王妃が負傷! イサークは逃亡!」

 ちらり、と、あたしを見た。

 リュースが何を言おうとしているのか、すぐに判った。

 リュースはすぐに視線を外すと。

「何が何でも捕まえるのよ! 生死は問わないわ! 繰り返す! 生死は問わないわ! 必ず捕まえて!!」

 通信機に向かって、忌々しげにそう叫んだのだった。

 とたんに、城内に響き渡る鐘の音。非常事態を告げる合図だ。

 イサークを探しに行こうとするリュース。

 その前に、あたしは立ちはだかった。

 何? と、苛立たしげにあたしを睨むリュース。昨日までの、あの優しかったリュースは、もうそこにはいなかった。

 思わず彼女の前に立ちはだかってしまったけれど、あたしは、いったい何を言うつもりなのだろうか?

 ふと、先月の爆弾騒ぎを思い出す。

 あのとき、リュースはクレアを爆弾犯だと疑い、騎士団全体に、クレアの拘束を命じた。あたしはそんなことはあり得ないと、リュースを止めようとした。

 あのときと、状況は似ている。今リュースは、イサークを拘束しようとしている。

 でも。

 あのときと決定的に違うことがある。イサークは、あたしの目の前で陛下を襲い、王妃と、四人の騎士を斬ったのだ。

 リュースを止めることなど、できるはずがない。

 あたしは黙ってリュースに道を譲った。リュースは無言で走っていった。

 陛下の方を見る。抱きかかえられた王妃。胸の深紅は、石畳の床へと広がっている。

 アルバロ様が王妃の様子を見た。

 そして――大きく首を振った。

 誰もが言葉を失った。ただ、鐘の乾いた音だけが、辺りに響き渡っていた。それはまるで、王妃の死を嘆いているかのような、悲しげな響き。

 陛下が、王妃の身体を抱き、立ち上がった。

「――必ず奴を捕えろ」

 静かな、しかし、怒りを込めた口調でそう言うと、あたしの方へ向かって歩いてくる。でも、あたしと目を合わすことなく、通り過ぎようとした。

 そのとき。

 ごほ、っと、陛下が咳をした。

 そのままうずくまる。

 その、ほんのわずかな一瞬だったけど。

 陛下が、血を吐いた――ような気がした。

「陛下? 大丈夫ですか!?」

 あたしを始め、みんなが駆け寄る。陛下はそれを制し。

「何でもない、気にするな」

 そう言って、すぐに立ち上がった。何事も無かったように。

 今、陛下は血を吐いたような気がした。陛下とイサークの戦い。陛下は特に怪我はしていないと思ったけど、そうじゃなかったのだろうか?

「陛下、今――」と、あたしが言うのを。

「何でもないと言っておるだろう」

 陛下は少し語気を荒らげて制した。あたしは、何も言えなくなってしまった。

 陛下の腕に抱かれた王妃の胸。血に染まるその色は、深紅から闇のような黒へと変わりつつある。そこに陛下の血が混じっているかどうかなんて、判るはずもない。

 と、陛下が。

「……には……ない」

 何か呟いた。

 ものすごく小さな声だったので、はっきりと聞きとることはできなかったけれど。

 ――余には時間がない。

 そう呟いたような気がした。

 陛下は王妃を抱き、そのまま行ってしまった。

 時間がない? いったい、どういうことだろう?

 考えてみたけど、判らなかった。そもそも本当にそう言ったのかどうかも判らないのだから、考えても仕方がないことなのかもしれない。

 ただ、その場から去った陛下の背中は、いつもと違い、とても小さく見えた――。


 イサークが陛下と王妃を襲撃してから、丸一日が経った。非常事態は解除され、ようやく自由にお城を移動できるようになった。でも、イサークはまだ捕まっていないらしい。王妃殺害後、すぐに非常線を張ったにもかかわらず、巧みに逃げたようだ。もうこのターラの街にはいないだろうというのが、みんなの意見だった。どこに逃げたのかは判らない。もうすぐ国中に指名手配されるだろう。そうなると、騎士団はもちろん、国中の賞金稼ぎから狙われることになる。ブレンダは広いとは言え、そして、どんなにイサークが強くなったとは言え、逃げられるとは思えなかった。捕まるのは時間の問題だろう。生きているか死んでいるか、その違いはあるかもしれないけれど。

 あたしは、いつもの中庭の特等席で、ぼーっと空を見上げ、イサークのことを考えていた。不思議と、涙は出てこなかった。昨日の夜はイサークが犯してしまった罪の大きさを思い、ずっと泣き通しだったけど、その涙もすっかり乾いてしまった。今はただ、胸にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような喪失感があるだけ。

 イサークが陛下を襲い、それをかばった王妃を殺害し、逃亡した。

 なぜ、こんなことになってしまったのだろう。

 昨日の、イサークの二度目のプロポーズ。あれを断らなければ、こんなことにはならなかったのだろうか? いや、その前に、あたしが側室になることを選ばず、村にとどまっていれば、平穏に暮らせたのだろうか? あるいは、四年前の戦争が無く、あたしの両親も、イサークの父親も亡くならず、そして、イサークの母親が重い心臓病でなければ、あたしたちは幸せに暮らせたのだろうか?

 どんなに考えても判らない。そもそも、答えなどないのだろう。それが判っていても、考えるのをやめることはできない。いや、実際は何も考えていないのかもしれない。ただ、頭の中を、これまでのあたしの人生が駆け巡っているだけ。

 じっと、空を見ていた。昼間の濃い青さが徐々に抜けていく。もうすぐ日が暮れる。やがて空は闇に染まるだろう。まるで今のあたしの心のようだ。

 ざざっ。芝生を踏む音。誰か来たみたい。寝転がったまま顔を向けると、リュースだった。慌てて身体を起こす。

「……ちょっといい?」遠慮がちに言うリュース。昨日のあの鬼女の姿は、もう無かった。

「あ……うん」

「イサーク・バーンのことなんだけど――」

 リュースはそのまま黙ってしまった。言葉を継ぐべきか迷っている。悪い予感がしたけど、聞かないわけにはいかない。

「いいよ。言って」促した。

「……実は、第八隊で、イサーク・バーンのことを調べていたの。昨日の事件が起こる、ずっと前から。帰還式のとき、私、『第四十五隊の隊長はクローサーかもしれない』というようなことを言ったでしょ? まあ、あなたの元婚約者だと判って少しは安心したんだけど、それで調査をしないわけにはいかなくて。それで、さっき、その結果が出たんだけど」

 リュースは、そこで言葉を切った。あたしはただ黙っていた。彼女が言おうとしていることが、なんとなく判った。

「イサーク・バーンは――クローサーのメンバーだったわ」リュースは、ゆっくりと言葉を継いだ。

 あたしはその言葉を、自分でも驚くくらい冷静に受け止めていた。

「そう――」と、あたしは小さくつぶやいた。

「……驚かないの?」意外そうな顔のリュース。

 あたしはただ、目を逸らした。

 あたしは、気付いていたのかもしれない。イサークが、クローサーだったことに。

 そう、思い返してみたら。

 思い当たることがあるのだ。

 二年前。あたしがエルズバーグ村で暮らしていたとき。森で陛下を助ける前。

 イサークは、陛下がクローリナスを訪れることを、知っていた。

 旅の商人から聞いた――あのとき、彼はそう言ったと思うけど。

 冷静に考えれば、そんなことはあり得ないんだ。

 エルズバーグは、本当に国のはずれの方にある村だ。お城の情報なんて、知るすべがない。あたしなんて、王様が誰かすら知らなかった。

 まして、陛下のクローリナス訪問は極秘事項だった。城外に漏れるはずは無い。城外で知っているのは、城内に内通者を送りこんでいたクローサーだけなのだ。

 彼は、あたしと婚約していたあのときから、クローサーだったのだ。気付かなかったあたしの方がどうかしていた。

「……彼、どうなるの?」あたしは小さく訊いた。

「彼がクローサーだった以上、おそらくクローリナスに逃げたんでしょうね。もし、クローリナスに逃げられた場合、捕まえるのは非常に困難だわ。もちろん、絶対に捕まえるつもりだけど」

 そして、捕まった場合、その場で殺されてしまうだろう。昨日リュースは、生死は問わないと言っていた。あの強くなったイサークを、生きたまま捕らえるのは困難なはずだ。もし運よく生きたまま捕まえることができたとしても、王妃を殺害したんだ。死刑を免れることはできない。いずれにしても、もう、彼に会うことはできないだろう。

 昨日の、窓から逃げるときのイサークを思い出す。あれが、あたしが見たイサークの最後の姿になるのだろうか。あのときの言葉――お別れだ、エマ。あれが、現実になるのだろうか。

 そう思うと、乾いていたはずの涙が、また溢れ出した。それをリュースに見られないように、顔をそむけた。

「エマ。昨日は、その、ごめんなさい」突然、リュースが謝った。

 あたしは涙を拭い、リュースを見る。「へ……何が?」

「その……あなたを投げ飛ばしてしまって」

 ああ、そうか。そう言えば、そんなこともあったな。他にとんでもないことが起こりすぎて、すっかり忘れてたよ。

「とっさのことで、加減ができなかったわ。大丈夫だった?」

「うん。なんてことないよ」

 本当は少し痛むのだけど、そのことは言わなかった。彼女に気を使わせたくなかったから。

 リュースは、何も悪くない。

 イサークは陛下を襲い、王妃を殺害したのだ。この国の騎士であるリュースが陛下を護るために戦うのは当然のことで、あたしはそれを妨害したのだ。文句を言う立場ではない。

「隣、いい?」

 リュース、そう言うと、あたしの隣に腰を下ろし、芝生の上に寝転がった。あたしがここで寝転がるのはしょっちゅうで、たまにリュースに話しかけられることもあるけれど、こうしてリュースも寝転がるなんてことは、今までなかった。

「……いいの? あなた、こんな所でのんびりしてて」

 リュースを見下ろす格好のあたし。王妃殺害犯は逃亡中で、その犯人はクローサーだと判明した。対クローサー部隊の隊長である彼女が、中庭で寝ている場合ではないだろう。

「いいのよ、別に。少し時間が空いたから」

 は? 時間が空いた? なんで?

「私、あなたにイサーク・バーンのことを尋問しようと思っていたの」あたしの目を見るリュース。

 ……そっか。彼はあたしの元婚約者だ。尋問するのは当然だろう。

「でも、今日はやめておくわ」

 そう言って、リュースはにっこりと笑った。

「……ありがとう」

 あたしは、彼女の隣に同じようにごろんと横になり。

「――――」

 そして、ただ黙って、二人で、空を見上げた。


 どれくらい、二人でそうしていたか。

 空を見上げながら。あたしはずっと、一週間前の、帰還式のことを思い出していた。突然イサークがあたしの前に現れた、あの日。

 彼は、あたしのシチューをおいしいと言ってくれた。あのときの笑顔が、今では夢のようだ。

 …………。

 そう言えば。

 あの日、イサークは陛下に、クローサーがこの国に対して大規模な攻撃を予定している、と告げた。

 あの情報は、何だったのだろうか?

 イサークがクローサーだった以上、敵国に情報を流すとは思えない。となれば、考えられるのは、ニセの情報だった、ということだ。混乱を誘発し、何かを企んでいたのかもしれない。

 でもその後、リュースたち第八隊の調査で、クローサーが隕石召喚を計画していることが判った。

 じゃあイサークは、本当の情報を、敵であるあたしたちに流したのだろうか? 何のために?

「ねえ、リュース。例の隕石召喚は、どうなったの?」

 訊いてみた。確か、詳細をアーロンさんが調べてるって言ってた。

「お昼にアーロンが戻って来たわ。報告によると、隕石を落下させようとしている場所と日時、かなり詳しく判ったわ。明日、対策を練るための会議がある」

「その情報、大丈夫? 間違いだってことは無い?」

「当然よ。あたしたちが調べたんだから」

 リュースは、自信満々の表情で言った。

 まあ確かに、第八隊のメンバーが念入りに調べたのだから、間違いは無いだろう。

 なら、イサークは何のために、その攻撃のことを報告したのだろうか?

 …………。

 ダメだ。あたしなんかが考えても、判るわけない。この件はリュースに任せよう。隕石召喚の情報がホントでも、リュースが必ず阻止してくれるだろう。もしウソの情報だったなら、それに越したことは無い。仮に何かウラがあったとしても、リュースがなんとかしてくれるはず。

 うーん、それにしても、隕石召喚か。リュースの話によると、ヘタすると地上の生命の七割が死滅するらしい。まあ、クローサーの攻撃はそこまではいかないだろうけど、それでも街一つが一瞬で消えてしまうくらいはあり得るそうだ。人の力でそんなことができるなんて、ホント、怖いな。

 …………。

 クローサーって、なんでそんなことができるのかな?

 あ、「なんで」って言うのは、「よくそんなヒドイことができるよね」、みたいな感情論ではなく(そりゃもちろん、ヒドイことだとは思うけど、それは今は置いておいて)、つまり、どんな方法で隕石を落とすのかな? ってこと。

「ねえ、隕石って、どうやって落とすの?」寝転がったまま訊いてみる。

「それはもちろん、魔法の力よ」リュースも寝転がったまま答える。

 ま、当たり前と言えば当たり前の答えが返ってきた。今、世界は魔法の技術が飛躍的に進歩している。特にこの国は、心臓移植や魔導機など、他国にはない高度な魔法技術が多数存在し、魔法大国として、世界から注目されている。

 …………。

 あれ?

 今、なんか引っかからなかった?

 隕石を落とすのは魔法の力。

 この国の魔法技術は高い。

 ――――。

「ねえ、クローサーって、なんで隕石を落とすような技術があるの?」

 あたしは身体を起こし、訊いた。

「……それが問題なのよね」リュースの顔が、第八隊隊長の顔になっていくのが判った。彼女も身体を起こす。「隕石召喚は、非常に高度な魔法技術が必要なの。どこの国でもできるものではないのよ。二年前、戦争で壊滅したクローリナスは、この技術を持っていなかった。だからクローサーは、他国からこの技術を盗んだことになるの。我が国が把握している限りでは、このムーンバレリー大陸で隕石召喚の技術を持っているのは三国だけ」

「その三国にブレンダは――」答えは判っているのだけれど、あたしは訊いてみる。

 リュースは、大きく息を吐いた。「当然、持っているわ」

 そう。そうなのだ。

 この国は、魔導国家と呼ばれるほど魔法技術が高い。隕石を召喚するのが魔法の力ならば、それをこの国が持っていないはずがないのだ。

「つまり、クローサーはブレンダから、隕石召喚の技術を盗んだの?」

「――――」リュースは何も言わなかった。否定も肯定もしない。

 もちろん、他の国から盗んだ可能性も否定できないだろうけど、どうせ盗むのならば、遠く離れた国よりも、近隣の国からの方が手っ取り早いだろう。

 つまり、我が国から盗まれた可能性が、極めて高いということ。

 もしくは――誰かが流出させた。

 そんなことが可能なのは――。

 ――――。

 いやいやいやいや。先走るのはよそう。この国から流出したと決まったわけじゃないんだから。最近あたし、やたらと推理したがるクセがある。クレアとのゲーム対決のせいかな?

 と、そのとき、リュースの通信機が鳴った。アルバロ様だった。

「リュース、陛下がお呼びじゃ。至急政務室へ」

「了解」

 短く返事をし、通信を終えようとするリュースだったけど、

「それと、そこにエマはいるか?」

 アルバロ様が、あたしの名を言う。

「ええ、いらっしゃいますが」

「ちょうど良い。エマにも話があるそうじゃ。お連れしてくれ」

 は? あたしも?

 陛下があたしに何の用だろう?

 あたしは側室だけど、陛下に呼ばれるなんてことは滅多に無い。と言うより、あの形だけの夜以外で呼ばれるなんて、初めてのような気がする。今、陛下は仕事中だろうし、あたしなんかに何の用があるんだろ?

 リュースと顔を見合わせる。彼女もなぜあたしが呼ばれるのか判らないようで、首をかしげた。

 ただ、このときのあたしの心の奥底には。

 小さな、本当に小さな不安だけがあった――。



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