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#02

「……エマ様、大丈夫ですか?」

 昼下がりの部屋。あたしは何をするでもなくただボーっとしてたら、アメリアが心配そうに顔を覗き込んできた。

「ん……何が……?」

「その……ヒドイ顔してますよ」

「……悪かったわね、ブサイクで」

「いえ、そうじゃなくて……ものすごく不健康な顔してます」

 言われて鏡を見る。うわ。確かにヒドイ顔だ。目の下にはくっきりとクマ。肌にはツヤが無く、くすんでる。目は真っ赤に充血。まるで病人みたい。いや、それすらも通り越し、死人、ゾンビだ。

 まあ、それも当然。イサークが現れてから一週間。このところ、夜、ほとんど眠れない。布団にもぐりこんでも、イサークのことばかり考えてしまう。

 アメリアの顔を見る。つやつやして血色のいい肌をしてる。アメリアはあたしよりずっと年下の十九歳。まだお肌の曲がり角を迎える前だ。ぴちぴちしてて当然。寝不足で化粧のノリが悪い、なんて悩みは無いのだろう。なんか腹立ってくるな。フン。ま、どうせ今のうちだけだ。あと二、三年もすれば、あたしの悩みがイヤでも判るだろう。そのときが楽しみだ。

 …………。

 いかんいかん。アメリアは何も悪くないのに、ついひがんでしまった。これも睡眠不足の影響かな。

 窓辺に立つ。午後の日差しが気持ちいい。今日もいい天気だ。こんなときは、中庭でお昼寝に限る。よーし、そうしよう。あたしはアメリアにお昼寝してくると告げ、中庭に下りた。

 芝生にごろんと寝転がる。いつもの場所。もはやあたしの特等席と化している。ああ、ポカポカして気持ちいい。何も考えず、ぐっすり眠れるかも。

 …………。

 ……イサーク、今頃何してるかな?

 クローリナスから帰還した騎士たちは、三日ほど休暇を貰ったみたいだ。その後は通常任務に戻っているはず。イサークの属する第四十五隊は、リュースの第八隊みたいに何か特殊な任務を与えられているわけじゃないから、街の警備が主な仕事だろう。とすると、街に行けば会えるかもしれない。

 ……ああ、ダメだ。またイサークのことを考えてしまった。今は何も考えずに寝る! そう! 寝るの! 気合を入れて、もう一度目を閉じる。

 …………。

 ……イサーク、この前、あたしのシチューをすごくおいしそうに食べてくれたよね。えへへ。今度差し入れしてあげようかな? きっと喜ぶぞ。クッキーやチョコレートも作ってあげよう。そうだ。今度コックのマークさんにケーキの作り方を教えてもらおうかな? エルズバーグ村にはケーキなんて無かったから、イサーク、ビックリするだろうな。

 ……だから!

 どうしてあたしはイサークのことばかり考えるの! 今は何も考えずに眠るの! 眠って、お肌の張りを取り戻すのよ! そうよ! さっき見たでしょ、鏡。まるで死人みたいな顔。あんな顔じゃ、恥ずかしくてイサークに会えないよ。

 …………。

 あー。もう。ホントに自分がイヤになる。考えるのはイサークのことばかり。眠りたいのに眠れない。

「……なに一人で遊んでるの?」

 と、冷やかな言葉をかけてきたのはリュースだった。いつの間にかそばに立って、あたしを見下ろしてる。

「別に遊んでるわけじゃないよ。眠ろうとしてるだけ」

「あなた、眠るのにジタバタしたり、頭かきむしったりするの?」

「う……あたし、そんなことしてた?」

「ええ。まるでダダをこねる子供みたいだったわ」

 そうだったのか。全然意識してなかった。気をつけないと。

「……それよりあなた、大丈夫?」リュース、突然心配そうな口調。

「ん、何が?」

「なんだかヒドイ顔をしてるわよ」アメリアと同じことを言う。

「……そんなにヒドイ?」

「ええ。死人みたいだわ。寝不足?」

「まあ、そんなところ」

「気をつけた方がいいわよ? あなたも、もう若くないんだから。気を抜けばあっという間にしわだらけの顔になるわよ」

 がーん。若くない。その言葉があたしの胸をえぐる。確かにあたしはもうすぐ二十八。世間ではアラサーとか呼ばれてる歳だ。睡眠不足はお肌の天敵。判ってはいるけど、眠れないものは仕方が無い。

 …………。

 って、リュースも同じ歳じゃないか!

 と、言ってやろうと思ったけど、彼女の顔を見て、その言葉が引っ込む。

 リュース、化粧なんて何もしていないにもかかわらず、つやつやのきれいな肌をしている。ティーンエイジャーのアメリアにも負けていない。ホントにあたしと同い歳? 何かお肌の対策をしているのだろうか? 考えてみるけど、リュースがお肌の手入れに必死になってる姿なんて、想像もできない。つまり何? 何もしないでこのお肌? 美人と凡人じゃ、肌の性質まで違うの? 神様は不公平だ。

「何?」

「何でもないよ。それより、何か用事? リュースがお城に来るなんて、珍しいね」

 このままお肌のことを考えていたら気が滅入るばかりなので、話題を変えた。

「今陛下に、調査の経過報告をしてきたところ」リュースが答えた。

 調査とは、例のクローサーの大規模攻撃のウワサについてだろう。一週間前、イサークから報告があったやつだ。

「どうだったの?」

 訊いてみると、リュースの顔が少し曇った。「……あまり状況は良くないわね」

「つまり、ウワサはホントだったってこと?」

「ええ」リュースの顔が真剣になる。イヤな予感がする。「どうやらクローサーは、隕石の召喚を計画しているみたいなの」

「隕石?」また聞きなれない言葉が出てきた。心臓移植と言い、DNA鑑定と言い、このお城には、あたしの知らないことがたくさんある。「何それ?」

「空から石が降ってくるのよ」

「……そりゃ、何とも地味な計画だね」ちょっと拍子抜け。だって、大規模な攻撃って聞いたから、どんなヒドイことになるかと心配してたのに。そりゃもちろん、被害の少なそうな攻撃ならそれだけ安心なんだけど。

「……あのね。その辺の石を拾って投げるわけじゃないんだから。隕石よ? 隕石」

 そう言われても、つい先月爆弾事件を目の当たりにしたばかりだ。お城の二ヶ所を爆破され、死者まで出た。それに比べたら、石で攻撃? と思ってしまう。そりゃ、当たったら痛いだろうけど、それが大規模攻撃だとは思えない。

「判ってないみたいね」リュース、なぜだか呆れている様子。「例えば、直径二十センチの隕石が降ってきたらどうなると思う?」

 直径二十センチと言うと……子供の頭くらいかな? 想像してみる。

「そりゃ、当たったら大ケガするだろうね。場合によっちゃ、死んじゃうよ」

 あたしが住んでいたエルズバーグ村の近くには山があり、よく落石があった。巻き込まれて怪我をする人も少なくない。あたしは医者だったから、そういう人たちを治療したけど、良くて青あざ、悪けりゃ骨折だ。幸い死んだ人はいなかったけど、それはただ運が良かっただけだろう。頭に当たれば即死の可能性も大いにある。

 と、リュース。なんだか不敵に笑ってるような、あたしを哀れんでいるような、そんな目であたしを見る。何? あたし、間違ってる?

「当たったら死ぬどころの騒ぎじゃない。このお城程度なら吹っ飛ぶわ」

 …………。

 ……はい?

 お城って、このブレンダ城が?

 …………。

 まさかぁ。だってここ、ほとんど要塞だよ? お城って言うときらびやかなイメージがあるけど、そんなのは王妃の部屋くらいで、実際は地味な石造りの建物。分厚い石壁で作られてるから、外から見るよりもずっと狭くて窮屈だし、冬なんて寒くて、ヘタすれば凍死してしまう。生活のことはほとんど考えられていない、まさに戦うための建物。そんなお城が、たかが二十センチくらいの石で吹っ飛ぶわけないでしょ?

「隕石っていうのは、私たちには想像もつかないほどの長い年月、宇宙を飛んできた物なの。地表に到達するときのスピードは、一秒間に数十キロと言われている」

 い……一秒間に数十キロ!? 一時間じゃなくて!?

 この国が誇る乗り物、鉄道ですら、一時間に百キロをなんとか超えるくらいだと言われている。しかも、これはあくまでも理論上の数値であり、実際に人を乗せて走る場合は、これよりも遥かに遅い。それでも鉄道は、この国で最速の乗り物――つまりは世界で最速の乗り物なのだ。一秒間に数十キロというのは、ちょっと想像もできないスピードだ。

 と、突然目の前に何かが飛んできた。避けるヒマも無い。でも、あたしに当たる寸前で止まった。それは、リュースの拳、いわゆるパンチだった。

「な、何すんのよ、いきなり」突然の行動に文句を言う。

「今の私の拳、時速何キロくらいだと思う?」

「へ? えっと……」考える。まさしく目にもとまらぬ速さだった。あたしはもちろん、かなり手練れの騎士でも、避けられるかは判らない。なんせ、リュースのパンチなのだから。「わかんないけど、二百キロくらい?」

 あたしの答えに、リュースは相変わらず不敵に笑う。「とんでもない。せいぜい、三十キロくらいね」

 はあ? そんなわけないじゃん。あの速さだよ?

「速く見えたのは、至近距離だから。人の繰り出す拳の速さなんて、そんなものなのよ。それでも、私が拳を止めなければ、あなたの顔は今よりもっとひどくなってたわ」

 なんちゅう言い草だ、失礼な。でも、非常に判りやすい例えでもある。何年か前、リュースはクマみたいな大男をパンチ一発で倒していた。つまり、時速三十キロ程度のスピードでも、それだけの破壊力を得られるというわけだ。

「てことは、一秒間に数十キロって……とんでもないじゃん!」ようやく理解するあたし。

「そうね。まあ、実際は速さだけじゃなく、大きさや重さも関係してくるけど、どれも私の拳なんかとは比べ物にならないことは確かよ。その衝突で発生するエネルギーは、人間が作る爆弾なんて比較にならないわ。わずか二十センチの石でも、城を吹き飛ばせるくらいの力が得られる。その大きさが数メートルになれば、街一つが消えてなくなる。もしそれが数キロになれば、地上の生命の七割が死滅すると言われているわ」

 ――――。

 何と言うか……。

 あたしはこのとき、ぽかーんと口を開け、唖然としていたに違いない。そのくらい、衝撃的だった。

 街一つが消えてなくなる? それどころか、地上の生命の七割が死滅する?

 そんな恐ろしい物を、人の力で落とせると言うの?

「まあ、さすがにその規模の隕石を人の力で落とすことは不可能だけどね。せいぜい数メートルか、あるいは数十センチのものをたくさんか。クローサーがどの程度の隕石召喚を計画しているのかは判らないけど、最悪の場合、この国は滅ぶわ」

 リュース、恐ろしいことを平然と言う。

「そ……それ、大変じゃない!」

「だから言ってるでしょ? あまり状況は良くないって」

「……その割には落ち着いてるね」

「落ち着いてるわけじゃないわ。半分諦めてるの」

「…………」

「冗談よ」

「あなたねぇ……」

 なんだか急に力が抜ける。この人、なんかキャラ変わってないか? こんな冗談を言う人じゃなかったと思うけど。

「まあそう心配しないで。ちょっと調べただけで尻尾を出すような計画よ。成功するはずないわ」

「ホント?」

「ええ。今アーロンたちが詳細を調べてる。いつ、どこで、どのように計画を実行する予定なのか、かなり詳細まで判りそうだと言ってるわ。明日報告を受けるから、その後対策を考える。大丈夫。私に任せて」

 そう言って、リュースは片目を閉じた。

 すっかりキャラは変わっちゃったけど、リュースはリュースだ。国を護ることにかけて、彼女ほど頼りになる人はいない。だから、安心して任せられる。

「まあ、無茶だけはしないでね。変なことしたら、あたしまた怒るからね」

「それは約束できないけどね。そのときは、お手柔らかに頼むわ」

 そしてお互い笑いあい、「じゃ、ゆっくり眠りなさい」と言い残し、リュースは中庭を出て行った。

 それにしても、隕石ねぇ。街一つが消えてなくなるんだって。そんな恐ろしいことが、人の力でできるなんて……心臓移植とか鉄道とかDNA鑑定とか、技術の進歩は人の暮らしを楽にするけど、反面、人の暮らしを脅かすことにもなる。恐ろしいな。

 ……なんて、ガラにもなく難しいことを考えてたら、眠くなってきちゃった。今ならイケるかもしれない。ごろん。横になり、目を閉じる。……イサーク、大丈夫かな。今、彼は平和な田舎村の猟師ではなく、この国の騎士団の一人。しかも隊長だ。危ない目に遭うこともあるだろう。ケガとかしなきゃいいけど。心配だな。

 やっぱりイサークのことを考えちゃったけど、今回はまどろみは消えない。そのまま、心地よい眠りの世界へ吸い込まれていく……。

「あ、いたいた。エマ様ぁ!」

 …………。

 アメリアの声で、現実に引き戻される。見ると、部屋の窓から手を振ってる。

 あの娘、なんかあたしに恨みでもあるのだろうか? せっかくお肌の張りを取り戻すチャンスだったのに。

「何?」

 思わずぶっきらぼうに答えてしまう。まるで通信機に出るときのリュースみたい。別にアメリアに悪気があったわけじゃないだろうけど、眠る直前に邪魔されると、つい不機嫌になってしまう。

 幸いアメリアはそんなあたしの様子には気付かなかったようで、明るい声で、「ウィン様が来られてますよ。お話があるそうです」

 ウィンが? 何だろ?

 眠いけど、来客ならしょうがない。「判った。すぐ戻る」

 よっこらしょ、と重い腰をあげて、中庭を後にする。これまた重い足を引きずるように階段を上がり、部屋へ。

 ガチャリ、ドアを開けて。

 そして、絶句。

 部屋には、アメリアとウィン。そして、イサークがいた。

 ――あ、頭真っ白。

 一瞬にして、意識が飛んでしまう。何も判らない。ボーっと突っ立てる。

「突然申し訳ございません、エマ様。少し重要なお話がございまして。よろしいでしょうか?」

 ウィンが何か言ってるみたいだけど、何も聞こえない。

「エマ様? 大丈夫ですか?」ウィン、あたしの顔を覗き込む。

「へ? な……何が?」

「いえ、その、大変失礼を申し上げますが、ヒドイ顔をしています」

 がががーん。ウィンにまで言われてしまった。騎士団で最も王族に忠実な騎士である彼がそう言うからには、よっぽどヒドイ顔なんだろうな、今のあたし。うう。イヤになってきた。このまま消えてしまいたい。

 と、現実から逃避しようとしているあたしを引き戻したのは。

 ――フフッ。

 という、イサークの小さな笑い。

 あ……あいつ、笑いやがった。誰のせいで寝不足になって、お肌のピンチを迎え、会う人会う人みんなに心配されてると思ってんだ!

 キッ! 呪いを込めた目で睨む。おお恐、という感じで肩をすくめるイサーク。

「……エマ様、よろしいですか?」

 ウィンが申し訳なさそうに言う。

「あ……ゴメン。で、話って?」

「アメリア、少し外してもらえるか?」

 ウィンに言われ、では、と、アメリアは部屋を出た。

「座って。今、お茶入れるから」

 二人を座らせ、あたしはティーセットを用意する。お湯を沸かし、あたしとウィンのカップには普通の紅茶、イサークのカップには、普段あたしが健康のために飲んでるドクダミ茶を注ぐ。イサークは昔からこのお茶が苦手だった。フッフッフ……さっき笑った罰よ。

「お待たせ」

 とびっきりの笑顔でウィンの前に紅茶を置き、イサークの前には放り投げる感じで置く。もちろん、砂糖もミルクもレモンも無し。イサーク、ニオイを嗅いでドクダミ茶だと気付き、顔をゆがめる。ザマミロ。あたしはイサークに見せつけるように自分の紅茶にたっぷりのミルクと控えめの砂糖を入れ、おいしくすすった。ああ、ちょっとは気が晴れたわ。

 ……ウィンが呆れてる。そう言えば、重要な話って言ったっけ。何だろ?

 ウィン、ひと口お茶を飲み、そして、咳払いをひとつ。

「エマ様、ご存じかとは思いますが、こちらは第四十五隊隊長のイサーク・バーンです」

 ウィンが紹介すると、イサークは立ち上がり、右拳を握って左胸に当てる騎士独特のおじぎをし、改めて名乗った。フン。陛下の暗殺を企んでるとか何とか因縁つけて、すっぱだかにさせようかな。

 なんて思ってると、ウィンがとんでもないことを言う。

「この度、第一隊に配属となりました。今後は、私のもとで、近衛騎士の一人として、エマ様方の警護に当たります」

 …………。

 な……なんですって!?



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