表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/39

#01

 隊長に続いて副隊長が名乗り、さらにその後に、四十五隊の騎士たちが順に名乗っていく。陛下は一人一人にねぎらいの言葉をかけ、騎士たちは、その言葉をありがたく聞いていた。

 あたしは、まるで金縛りにでもあったかのように、身動き一つできず、ただ、ステージ上の四十五隊隊長を見つめる。

 イサーク・バーン。あたしの、元婚約者。

 国境近くの小さな村で一緒に育った。いわゆる幼馴染。戦争で、あたしは両親を、イサークは父親を失った。母親は重い心臓の病。二人とも、決して恵まれた人生ではなかったけれど、その悲しみを乗り越え、あたしたちは家族になるはずだった。お互い愛し合っていた。これからもずっと一緒だと、疑うことは無かった。あの頃は。

 でも。

 彼の母親の病を治すため、あたしは陛下の側室になり、村を出た。もう、彼と会うことは無いはずだった。

 なぜ、イサークが?

 騎士団の隊長となって、なぜ、ここに?

 判らない。判るはずもなかった。

 ただ頭の中では、村を出たときのイサークの言葉が、何度も何度も繰り返される。

 ――いつか必ず……必ず! 俺はお前を迎えに行く!

 決してかなうことの無い約束。心の奥にしまいこみ、永久に封印するはずだった言葉。

 まさかイサークは、本当に、あたしを迎えに来たの?

 …………。

「――ねえ」

 不意に声をかけられ、あたしは、ビクンと大きく震えてしまった。

「……そんなに驚かなくてもいいでしょ」呆れたような口調のリュース。

「べ……別に驚いてなんか無いよ! うん、別に、驚いてなんて。で、何?」努めて平静を装うとするあたし。

「私の記憶が確かなら、あの隊長、あなたの元婚約者よね?」

 あたしの心の中の動揺を知ってか知らずか、リュース、ズバリと確信を付いてくる。二年も前にほんのちょっと会っただけなのに、よく覚えてるな。あたしはこくんと頷く。リュースは「そう」と小さく言っただけで、それ以上何か訊いたりはせず、視線をステージに戻した。何かを考えているようだけど、何を考えているのか、その表情から読み取ることはできない。あたしもステージに視線を戻す。

 陛下は四十五隊の騎士全員に声をかけ終えた。イサークがあたしの元婚約者だと気付いた様子は無い。陛下はあたしに婚約者がいたことは知ってるけど、会ってはいないはずだから、気付かなくて当然だ。ウィンとアルバロ様はどうだろうか? 二人ともステージの上にいる。遠くて表情は判らない。

 四十五隊の騎士たちが立ち上がり、一糸乱れぬ動きで陛下に敬礼をする。そして、振り返った。その瞬間、イサークと目が合った。

 心臓が、止まるかと思った。

 彼があたしに気がついたかどうかは判らない。でもあたしは、その場から逃げ出していた。とてもその場に居られなかった。なぜ、イサークは騎士団に入隊したのか。なぜ、今、あたしの前に現れたのか。なぜ、あたしはこれほどまでに動揺しているのか――判らないことがいっぱいで、反射的に逃げ出してしまった。ホールから飛び出す。もちろんイサークが追ってくることは無い。あたしは、扉のそばで大きく息を吐いた。ほとんど走ってないのに、心臓が激しく鼓動している。

「……大丈夫?」

 扉が開き、リュースが心配そうな顔で声をかけてきた。

「あ……ゴメン。すぐに戻るから」

「無理しなくていいわよ。部屋に戻ったら?」

「でも……警備の手順とか狂うんじゃないの?」

「まあ、そうだけど。気にしないで。なんとかするわ」

 少し前なら到底出てくるはずの無い、優しい言葉を口にするリュース。あたしはお言葉に甘えて。

「じゃ、そうする。ゴメンね」ペコリと頭を下げた。リュースはにっこりとほほ笑み、ホールに戻って行った。

 胸を押さえる。心臓は、まだ激しく鼓動していた。

 これはいったい何なのだろう? あたしは、何かを期待しているのだろうか?

 期待――あたしが、イサークに期待している?

 まさかあたしは、イサークが迎えに来てくれた、なんて思っているのだろうか。

 イサークが、まだ、あたしを愛してくれている、と、思っているのだろうか。

 …………。

 そんなはずない……よね。

 あたしは村を、そして、イサークを捨てた。今でも愛されてるなんて思うのは、いくらなんでもムシが良すぎる。

 それに。

 あたしは誓ったはずだ。二年前。イサークのことは忘れる、と。

 そうだ。

 あたしは、もはや形だけだけど、陛下の側室だ。この立場は今さら変えられないし、変えてはいけないのだ。それはよく判っている。

 それでも。

 胸の高鳴りは収まることは無かった。

 そう、この胸の鼓動は、高鳴り以外の何物でもないのだ。

 …………。

 部屋に戻って、じっくり気持ちの整理をしたいけど、そうも言ってられないかな。厨房では、アメリアたちがまだシチューを作ってるはずだ。式に出るからアメリアたちに任せたわけで、式に出ず部屋でゴロゴロしてたんじゃ、さすがに申し訳ない。

 あたしが厨房に戻ると、みんな「式に出なくても大丈夫ですか?」と心配してくれた。あたしは「大丈夫大丈夫」と笑ってごまかし、シチュー作りを手伝った。完成間近とはいえ、そこはさすがに二百人前のシチュー。仕上げだけでも目の回るような忙しさだった。大変だけど、今は都合がいい。余計なことを考えなくてすむから。ただ、シチュー作りに専念していればいい。

 やがてシチューは完成し、帰還式も終わり、そして、パーティーとなる。

 パーティー会場となるお城の中庭は、すでに準備万端だった。普段見慣れた中庭とは思えないほど綺麗に飾りつけられ、たくさん運び込まれたテーブルと、その上に並ぶ豪華料理。王室コックが腕によりをかけてつくった品だ。

 やがて、ホールから人が移動してくる。帰還した騎士は武具を外し、リラックスした雰囲気だ。思わずイサークの姿を探してしまうけれど、さすがに人が多すぎて見つけることはできなかった。

 全員にお酒がふるまわれ、陛下がもう一度、帰還した騎士をたたえる言葉を述べると、騎士から歓声が上がった。そして、乾杯。騎士たちはあおるように酒を飲み、そして、料理を食べる。何年もの間前線で戦い続けた騎士の、本当に久しぶりの休息だった。

「さあ、ご側室のエマ・ディアナス様特製のシチューですよ! みなさん、食べてください」

 アメリアがそう言うと、近くの騎士たちから歓声が上がり、そして、先を争うように、シチューの鍋に集まってくる。ちょっとびっくりだ。

「す……すごい人気ですね……」とアメリア。あたしもこれは予想外だ。みんなずっとクローリナスにいた騎士たちで、あたしのシチューは初めてのはずなのに。

「エマ様の特製シチューと言えば、我々騎士団の間では、有名ですよ」先頭に並んだ若い騎士が言った。

「へ? そうなの?」

「はい。いつもお城の警備にあたっている騎士に、差し入れをしていると伺っています。我々は長らくクローリナスにいましたから、これまで頂く機会がありませんでした。これが楽しみで帰国したと言っても過言ではありません!」

 ははは、大げさだな。ちょっと照れる。

 あたしはお皿にシチューを盛り、先頭の騎士に渡した。

「ありがとうございます!」ビシっと敬礼。だから、そんなかしこまるほどのものでもないって。たかがシチューなんだから。

 続いて二番目、三番目の騎士にシチューを渡す。

「おいしい! おいしいですよ! エマ様!」

 シチューを食べた騎士たちだ。へへ。そう言ってくれるとがんばって作った甲斐があると言うもの。

「どんどん食べてくださいねー」

 あたしとアメリアは次々とシチューを配っていく。

 いつの間にか、シチューの前には大行列。帰還した騎士だけでなく、警備の騎士まで並んでる。すでに食べ終わった人も、もう一度並んでくれてた。大丈夫かな、シチュー足りないかも。

 と。

「おい、警備組は遠慮しろよ。今回は、我々帰還兵のためのパーティーなんだぜ」

 列の後ろの方で誰かが言った。どうやら、帰還した騎士の一人が、列に並んでいる警備の騎士に文句を言っているようだ。

「そのようなことは関係ない。我々も食事を取ることは許されている」

 警備の騎士が答えた。確かに彼の言う通りだった。さすがにお酒を飲むことはできないけど、警備の間に料理を食べるくらいは許可されている。

「エマ様は我々帰還兵を労うためにシチューを用意してくださったのだ。我々に優先して食べる権利があるはずだ」

「それは違う。エマ様のシチューは騎士団全員のため。だから、我々も遠慮なく頂く」

 なんかもめてるな。これはマズイことになってきたぞ。何がマズイって、この言い争いを、遠くからリュースが見てる。このままだと、みんなものすごく怒られるぞ。しょうがないな。あたしは配膳をアメリアに任せ、言い争う騎士たちの方へ。

「はいはい、ストップストップ」パンパンと手をたたきながら間に割って入る。「子供じゃないんだから、たかがシチューでケンカしないの」

「これはエマ様……お恥ずかしいところをお見せしました」警備の騎士、あたしを見ると、右手を握って胸に当てて頭を下げた。騎士特有のおじぎ。「しかし、聞いてください。この者ども、我らにはエマ様のシチューを食べる権利が無いと言うのです」

「当然ではないか!」帰還騎士が声をあげる。「警備組はいつもエマ様から差し入れをもらっていると聞いているぞ。ならば、今回は我らが優先されるのが道理!」

「何だと!?」

「何だ!?」

 また睨み合う。まったく……これじゃホントに子供のケンカだよ。

「やめなさい。ケンカする人には、あたしのシチューはあげません」

「そ……それは困ります! 判りました。ケンカはしません」

「よろしい」

「ですが、我々にもシチューを食べる権利はありますよね?」

 警備の騎士がそう言うけど、あたしは心を鬼にして。

「いいえ。今回は帰還した騎士の皆さんのためにシチューを用意したのですから、警備の騎士の皆さんはご遠慮ください」

「そ……そんなぁ……それは無いですよ、エマ様」

 ものすごくがっかりする警備の騎士。そんなに食べたかったのかな、あたしのシチュー。そうだとしたら嬉しいな。あたしはにっこりとほほ笑んで

「ゴメンね。今度また差し入れをするから、今日は許して」

「し……しかし……」まだぐずる騎士。まるで駄々っ子だな。

「それに……いいの、あなた。ここに並んでて」あたしは、声のトーンを下げて言った。

「は? どういうことですか?」

「見て」あたしはリュースを指差した。「鬼みたいな顔でこっちを見てるわよ。警備をさぼってるって思われたら、どんな目にあわされると思う? もしかしたら、あなたたち自身がシチューにされちゃうかもよ……」思いっきり凄みを込めて言った。

 警備の騎士たち、みるみる顔が青ざめる。「た……確かに、あの方ならやりかねません」

「だから、今回はゴメン。今度、絶対差し入れするから」

「……判りました。ですが、絶対ですよ!」

 そう言って警備の騎士たちは列を離れ、仕事に戻って行った。

 やれやれ。やっと納得してくれたか。リュースを見ると、笑ってた。ありがとう、という意味だろう。あたしは手を振って応えた。

 さて、シチューを配ろうかな。またお鍋のところに戻る。

「エマ様って、何と言うか……すごいですよね」

 戻ると、アメリアが感心したように言う。

「へ? 何が?」

「騎士様たちのケンカを、あんなに簡単に収めるんですもの」

「ええ? そんな大したことじゃないよ、あんなの。子供のケンカを仲裁するようなものだもん」

「そんなことないですよ! みんな百戦錬磨の騎士様なんですよ? 誰でもできることじゃないですよ!」

 そーかなー? 百戦錬磨の割には、ケンカの理由があたしのシチューを食べるか食べないかじゃ、あまりにも情けないんじゃないだろうか。

 ま、でも、すごいと言われると悪い気はしないかな。

「はい、どうぞ」

 あたしは少し得意になって、騎士たちにシチューを渡していく。

 しばらくしてお鍋の中を見ると……もう三分の一くらいになっちゃった。でも、まだいっぱい並んでるよ。うーん、足りなくなったらどうしよう? 追加で作ろうかな。でも、今からじゃ間に合わないだろうな。

 なんて考えながらシチューを配り続けていると。

「はいどう――」

 思わずお皿を落としそうになる。

 並んでいたのは、イサークだった。

 ど……。

 …………。

 どうしよう……目が合っちゃった。

 当たり前だ、目の前にいるんだから。

 イサークが、にっこりとほほ笑んだ。

 その瞬間、あたしは固まる。

 身動きひとつできなくなった。まるで、ヘビに睨まれたカエルのごとく。

 ……いや、その表現はおかしいだろ。えーっと、カエルに睨まれたナメクジ? ナメクジに睨まれたヘビ? ヘビに睨まれた……。

 いやいや、そんなことはどうでもいい。とにかく、こんなときどうしたらいいんだろ? 固まってたらだめだ。何かしないと。でも動かない。どうしても、身体が動かない。

「いただきます」

 あたしが一人で固まってると、イサークの方からお皿を受け取ってくれた。列から少し離れ、シチューを口へ運ぶ。そして。

「――おいしいです」そう、言ってくれた。

 その瞬間、あたしは思い出してしまう。エルズバーグ村で過ごした日々を。

 毎日のように森へ行き、野草や木の実を採った。イサークもよく狩りをするため森に行った。野ウサギやシカ、ときには、イノシシやクマといった大物を仕留めてくることもあった。お互い大猟のときは、決まって夜、特製シチューを作った。

 いつも、「おいしい」と言ってくれたイサーク。

 あの頃の笑顔と、何も変わらない。あの頃のイサークと、何も変わらない。

 そして。

 あたしは、気付いた。気が付いてしまった。

 あたしは、今でもイサークのことが好きなのだ。

 どんなに忘れようとしても、それはムリなことだったんだ。

 今までは良かった。どんなにイサークのことを想っても、そばにはいない。だから、諦めるしかなかった。

 でも、こうして、彼があたしの目の前にいると。

 そして、あたしのシチューを、「おいしい」と言ってほほ笑んでくれると。

 もう、これは、ごまかしようのないことだ。

 あたしは、今でもやっぱり、イサークのことを愛している――。


 無事みんなにシチューを配り終え、あたしもアメリアたちと一緒にお酒を飲み、おいしい物をいっぱい食べた。頭の中はイサークのことでいっぱいだったけど、それを考えるとひどくもやもやした気持ちになるので、考えない。そのためには、みんなとわいわい騒ぐのが一番。とにかく今は、難しいことなんて考えたくない。

 盛り上がったパーティーも、やがて終わりのときを迎える。最後にもう一度、陛下からのお言葉。帰還騎士へはもちろん、警備の騎士へも労いの言葉かけ、しかし、まだまだクローサーとの戦いは続いている、気を引き締めよ、と、忠告も忘れない。騎士たち、一斉に敬礼。これで、お開き。

 と、一人の騎士が。

「陛下、ひとつ、お伝えしておきたいことが」

 みんなの視線が、その騎士にあつまる。その騎士は――イサークだった。

「何だ、申してみよ」

「はい。これは、あくまでも噂なのですが、クローサーが、近く我が国に大規模な攻撃を予定していると……」

 その言葉に、みんながざわめく。

 クローサーの攻撃。それも、大規模な。

 クローサーの国内での破壊活動は、日に日に活発になってきている。先日のクレアの事件もそうだけど、あのような爆破事件は、この首都ターラ以外でも頻繁に起こっているらしい。

「それは、まことか?」陛下が訊く。

「いえ、あくまでも噂です。真偽のほどは、今のところ判りません。不確かなことですので、お伝えするのもどうかとは思ったのですが」

「いや、どんな不確かな情報でも捨て置くわけにはいかん――リュース」陛下、護衛にあたっているリュースを呼ぶ。「詳しいことを調べておいてくれ」

「はい、ただちに」リュースは頭を下げた。

「皆も聞いての通りだ。クローサーが再び我が国を脅かそうとしている。しかし、恐れる必要は無い。我が国には、諸君ら優秀な騎士がいる。この国を護ってくれると。余は信じておるぞ」

 陛下の言葉に、騎士たちは、ははっ! と頭を下げ、そして、パーティーは終了となった。


 騎士たちは兵舎へと帰り、あたしは後片付けを手伝った。ある程度片付くとアメリアが「後はあたしたちで大丈夫なので、エマ様は先にお休みになってください」と言ってくれたので、あたしはお言葉に甘えることにした。

 中庭を出るとき、警備の後片付けの指示を出しているリュースがいたので、声をかけた。

「おつかれ、リュース」

「ああ、エマ。あなたこそ、お疲れ様。大変だったわね、いろいろ」

「そうね……」

 ホントに、とんでもない一日だった。今までもお城では時々大きな事件が起こったけど、今までで一番衝撃的な日だった。

「…………」

「…………」

 しばらく沈黙。お互い何を言っていいのか判らない。

「ごめんなさい。何か気の利いたことを言ってあげられたらいいんだけど……」リュースがすまなさそうに言う。

「そんな。気にしないで。気を使ってくれただけでも、嬉しいよ」笑って答えた。「それより、リュースの方こそ大変なんじゃないの? クローサーの大規模な攻撃のウワサ。もしホントだったら……」

「まあ、心配しないで。私がなんとかしてみせるから」リュースも笑って答える。

「そうだね。あなたなら、安心だわ」

「ええ」

 頼もしく頷くリュース。彼女に任せておけば安心だろう。ウワサが真実だったとしても、きっとなんとかしてくれるはず。今までずっとそうだったんだから。

 空を見上げた。陽はすでに西の山に沈み、星々が輝いている。二年前の、エルズバーグ村でイサークと一緒に見上げた夜空を思い出す。お城で見る空は、村で見る空と比べると、格段に輝きが鈍い。あの、手を伸ばせば届きそうだった夜空は、このお城には存在しない。その美しさに変わりはないはずなのに。

 と、一瞬夜空を横切る光。

「あ、流れ星!」

 思わず声をあげてしまう。村で流れ星を見ることは珍しくなかったけれど、お城で見るのはこれが初めてかもしれない。

「ちゃんと願い事した?」

 と言うリュースの言葉に思わず。

「はぁ? 願い事?」

 調子のずれた声で聞き返してしまう。

「そうよ。流れ星に三回願い事をすると叶うって、まさか、知らないの?」

「いや……それくらいは知ってるけど……」

「お城で流れ星が見られるなんてそうそうないから、平和を祈っておきなさい」

 あたしはそういうのはキライじゃないけど、リュースがそんな乙女チックなことを言うなんてビックリだ。なんか、調子狂うな。

 それからしばらく二人で空を見上げてたけど、結局それっきり流れ星は現れず、首が痛くなってきたのでやめた。

「そろそろ部屋に戻るね」あたしはリュースに手を振る。

「あ、ちょっと待って。あなたに渡そうと思ってた物があったわ」と、リュース、ポケットから魔導通信機を取り出した。「これ、持ってて」

 それは、以前ウィンにもらった、居場所を知らせるだけの通信機ではなく、いつも騎士団で使っている、ちゃんと会話ができるものだった。

「いいの? あたしなんかが持ってて」

「騎士団以外が持ってちゃいけないって規定は無いから、別に構わないわ。何かあったら、連絡してちょうだい。まあ、私は城にいないことが多いから、ウィンみたいにすぐに駆けつけるってわけにはいかないけど、話くらいは聞いてあげられるかもしれないから」

「判った。ありがとう」

 あたしはお礼を言い、お互い手を振り、そして別れた。

 しかしリュースって、ホントは優しいお姉さんだったんだねぇ。ついこの間までは鬼みたいな女だったのに。ああいうのを、最近世間ではツンデレと呼ぶらしい。

 …………。

 なんて言ってる場合でもないだろ、あたし。

 あたしは部屋に戻ると、着替えもそこそこに、ベッドに横になる。

 はあ。ホント、大変な一日だったな。

 朝から特製シチュー作りに大忙し。それは別にいいんだけど、まさか、イサークが騎士団の隊長になって、お城にやってくるとは思わなかった。

 彼は何が目的で、このお城にやってきたのだろうか? あたしの前に現れたのだろうか?

 頭の中でリフレインされるのは、やはり、二年前の別れ際の言葉。いつか必ず、お前を迎えに行く。

 あたしは、今でもイサークを愛している。彼にシチューを「おいしい」と言ってもらい、そのことが、イヤと言うほど判った。

 もし仮に、本当に、イサークがあたしを迎えに来てくれたのだとしたら、あたしは、どうするのだろうか?

 …………。

 そんなの、わかんないよ。わかんない――。

 あー、もう、やめた。考えたって判らないことは、考えない方がいい。これは絶対。よし、もう寝よう。おやすみ。

 なんて思っても、当然眠れるはずもなく、結局あたしは一晩中、イサークのことを考え続けていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ