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#05

 お城から抜け出すのは意外と簡単だった。

 あたしとクレアが話している間に、厳戒態勢は解除されたようで、城内を歩いても、誰も何も言わなかった。とは言え、お城から出るのはそう簡単なことではない。正面の出入り口は警備が厳重だ。他にも、使用人が出入りに使う小さな出入り口がいくつもあるけど、当然そこにも警備の騎士はいる。しかし、今回の騒ぎ、相当ゴタゴタしていたのか、そのうちの一つに、警備の騎士がいなかったのだ。これ幸いにと、あたしはお城から抜け出し、クレアの家に向かう。相変わらず多くの人でにぎわうブレンダニア像の広場を通る。

 ふと、像の前で立ち止まる。

 ブレンダニア像を見上げる。女神の右半身と、鬼神の左半身を持つ像。女神の優しさで人を癒し、鬼神の強さで敵を打ち倒したとされる、ブレンダの護り神。二年前、あたしが初めてこの地を踏みしめたときと同じく、優しさと力強さをたたえた姿で、人々を見下ろしていた。

 女神と鬼神――相反する二つのもの。決して交わることのないもの。

 ブレンダニアは、なぜ一つになることを選んだのだろうか?

 決して理解し合うことのできない二人の神は、なぜ、一つになったのだろうか?

 ブレンダニアは答えない。ただ、あたしを見下ろすだけ。

 ……こんなことしてる場合じゃないな。急がないと。あたしは広場を抜け、人通りの多い商業区画を通り、住宅区へ入る。クレアから聞いた住所の近辺はかなり入り組んでいて判りにくかったけど、なんとか見つけることができた。

 四階建ての石造りのビルの二階の一室。そこが、クレアのお母さんが住んでいる家だった。

 …………。

 扉の前で立ちすくむ。ノックすべき手は、硬直して全く動かない。

 クレアに頼まれ、勢いで来たまでは良かったけれど、今からあたし、母親に、娘が死刑になるのを伝えるんだ。こんなにつらい役は無い。とは言え、心の準備ができてないと、今さら引き返すこともできない。つらいけど、重要な役なのだ。

 でも。

 娘が死刑になる、と言われた母親は、どんな気持ちだろうか? 自らのお腹を痛めて産んだかわいいわが子。しかもその子は、我が身を削り、命を賭けてまで母親を救おうとした。病弱の自分よりも我が子に先立たれる苦しみは、あたしなんかには想像もつかない。そんな苦しみ、できれば味あわせたくは無い。

 でも――。

 ここであたしが伝えなかったところで、いったい何が変わると言うのだろう?

 何も変わらない。

 あたしが伝えようと伝えまいと、クレアの死刑は変わらない。ただ、あたしが「母親に娘の死刑を伝える」という苦しみから、逃げ出しただけ。

 そうなのだ。

 あたしは今、目の前の重責に苦しんでいるけれど、本当に苦しいのは、クレアであり、母親なのだ。それを考えたら、逃げ出すなんてできない。

 よし。

 ようやく、決意が固まった。

 トントン。ドアをノック。

 …………。

 返事は無かった。もう一度ノックする。

 しばらくして。

「……はい……」

 弱々しい返事が聞こえてきた。

「あの……あたし、エマ・ディアナスと言います。その……」

 その先を言い淀む。これを言っていいのだろうか? あたしにその資格があるのか?

 少し悩み、でも、悩んだあとで、そんな自分がひどく恥ずかしくなる。

 何を悩む必要がある。自信を持って。

「……クレアのお友達です!」

 力強く、そう宣言した。

 そう。あたしは今でも、クレアの友達だ。

 クレアの母親のことを知らず、彼女の苦しみに気付けず、彼女を傷つけてきたあたしだけど、それでも、大声で言う。あたしは、クレアの友達だ。

「……エマ様……ですか? 少々お待ちください……」弱々しいけど、慌てた声。しばらくして鍵が外され、ドアが開いた。小柄で品の良さそうな感じの女性だった。

「えっと……クレアのお母様ですか?」尋ねる。

「はい……そうです」

 驚いた。

 何に驚いたって、その外見。ものすごく若く見える。クレアのお母さんなら、四十代から五十代だと思うんだけど、どう見ても三十代、場合によっては二十代後半に見えなくもない。

「ようこそおいでくださいました、エマ様。狭いところですが、よろしければ、おあがりください」

 クレアのお母さんは頭を下げ、あたしを部屋に招き入れる。

 …………。

 ちくん。

 なんだろう、今の?

 今、胸が小さく痛んだ。

 少し考えてみたけど、まあいいや、と、無視することにした。

「おじゃまします」

 部屋に入る。キッチンと寝室がひと続きの部屋だった。クレアはお城に住み込みで働いているから、お母さんは一人暮らし。とは言え、それでも狭すぎる部屋だ。ベッドと机以外、何も無い。

「何も無いところで、本当に申し訳ないのですが」

「いえ、そんな。こちらこそ、突然押し掛けて、申し訳ありません」

 クレアのお母さんはあたしを部屋の奥まで案内する。狭い部屋だ。案内なんてものでもないんだけど。

 と、クレアのお母さん、突然胸を押さえてうずくまる。

 ――そうだ。重い心臓の病気だった。

「大丈夫ですか!?」

 慌てて駆け寄る。病状については詳しく聞いてないから判らないけど、仮にイサークの母親と同じだとすると、ベッドから起き上がって歩くなんて、ものすごく心臓に負担がかかるはずだ。イサークの母親は、身体を起こすだけでも一苦労だったのに。

「――ああ、申し訳ありません、エマ様。少し胸が苦しかっただけですから。もう大丈夫です」

 微笑むクレアのお母さん。確かに、顔色は悪くなさそうだ。

 …………。

 ちくん。

 まただ。また、小さく胸が痛んだ。

 でもあたしは、そんな痛みなんて無視して、「横になっていてください。さ、肩を」

 お母さんに肩を貸し、ベッドまで連れていく。何度も「申し訳ありません、エマ様」と繰り返すお母さんを、ベッドに寝かす。

「ところでエマ様、クレアは一緒ではないのですか……?」

「はい。あ、えーっと……」

 言い淀む。

 クレアは今、捕まっている。来月、死刑になる。

 あたしは、そのことを伝えに来た。

 しかし、どう切り出したものか。

 彼女は心臓が弱い。なるべくショックにならないような言い方をしなければいけない。

 まずは世間話から入って、それから徐々に、切り出そうか。

 …………。

 ダメだ。娘が死刑になるんだ。どんな言い方をしたって、ショックを受けるに決まってる。

 まずは世間話から、なんて、あたしの現実逃避だ。イヤなことを、少しでも先送りしようとする。そんなことをしても、余計に言いにくくなるだけだ。

 言おう。

 言わないといけない。

 ――――。

「お母さん。辛いことをお伝えしなければなりません」

 ゆっくりと話し始める。まっすぐに、相手を見つめて。

「な……なんでしょうか……?」

 あたしの気持ちを感じ取ったのか、お母さんの表情に緊張が走る。

「クレアは……今、捕まっています。その……来月の十八日に……」

 最後の最後で、やはり迷う。

 死刑などと言わなくても、良いのではないか?

 陛下の命令で、遠く離れた国の王に仕えることになった。二度と戻ってこられないけど、突然のことで、あいさつをする時間もなかった……あまりにも見え透いたウソだけど、それでも、真実を伝えるよりはいいのではないか?

 でも、お母さんのまっすぐな瞳を見ていると。

 あたしは、そんな思いを飲み込んだ。

「……来月の十八日に、死刑になります」

 あたしは、そう言った。

「……そう、ですか」

 お母さんはあたしから目を逸らすと、遠くを見つめるような表情になった。

 驚いた様子は無い。

 あたしはまだ、クレアが何故死刑になるのか、その理由は言っていない。でも、それを問いつめようともしない。

 もしかすると……。

 お母さんは、再びあたしの方を見ると、にっこりとほほ笑み、「やはり、あの子はクローリナスの組織に情報を流していたのですね」

 ……やっぱり、気付いていたんだ。

 お母さんは続ける。「この国に来てから、なんとなく態度がよそよそしかったので、気付いたのです。この子は、私の手術費を稼ぐために、何か悪いことをしているな、と。昔からそうだったのです。あの子、悪いことをしても、隠すのが下手で……そうですか。来月の十八日……」

 気丈に見えたお母さんだったけど、突然、涙が流れ落ちた。

「――申し訳ありません」顔をそむけ、隠そうとする。でも、もちろん涙は止められなくて、やがて、嗚咽に変わる。

 そして。

「エマ様。娘が、本当に申し訳ないことをしました――」お母さんはベッドから飛び降りると、床に頭をすりつけた。「本当に、本当に、申し訳ありません!」

「そんな! そんなこと、しないでください!!」

 慌てて止める。

 あたしに謝ることなんて無い。

 クレアのお友達のつもりでいた。でも本当は、あたしはずっと、クレアを傷つけていた。

 謝るのはあたしの方なのだ。

「顔をあげてください。あたし、なんとかクレアを救ってみます!」

「――――」

 弾かれたように顔をあげるお母さん。

 あたしは両手を握り、「クレアを死刑になんて、させません。絶対に! 必ず、あたしが救って見せます!」

 力強く断言した。

 そうだ。

 このままクレアが死刑になるのを黙って見てるなんて、できない。

 クレアを救おう。

 方法は判らない。

 正直に言えば、救えるとは思えない。

 鬼女に頼んでも、ウィンに頼んでも、陛下に頼んでも、クレアの死刑を取り消せるとは思えない。

 それでもあたしは、こう言うしかなかった。

「必ず、クレアを助けます」

 これは、クレアとお母さんにできる、あたしの唯一の罪滅ぼしだ。そう思った。

 お母さんは、また頭を床にこすりつけ、「ありがとうございます、ありがとうございます――」と、何度も繰り返した。

 そのとき。

 ドアが勢い良く開いた。

 驚いて振り返り、そして。

 ドアのところに立っていた人を見て、めまいを覚えた。

 いるはずの無い人が、そこにはいた。

 あたしがここに来ることは、クレア以外知らないはずだ。なのに、何故この人が――この女が、ここにいるの?

 鋭い目であたしを見つめるのは、鬼女。

「な……なんで、あんたが……?」それ以外の言葉が出てこないあたし。

 あたしとクレアは二人きりで話し、話し終えた後は誰にも会話の内容を告げず、そして、誰にも見つかること無く、お城を出たはずだった。この女が、ここにいるはずが無いのだ。

 ――――。

 いや。

 考えてみたら、全てがうまく行きすぎていたんだ。

 鬼女が、取り調べ中であるにもかかわらず、あたしとクレアが二人きりで話すのを認め、話し終えた後も話の内容は追及されず、そして、お城に爆弾が仕掛けられる、なんて非常事態の後にもかかわらず、門の一つに警備の騎士がいなかった。

 全ては、最初から決められていたことだったんだ。この鬼女によって。

 でも、なんで? なんでわざわざ、そんなことをするの?

 鬼女の顔を見ると。

 その視線はあたしではなく、クレアの母親に注がれていた。

 ――まさか?

 イヤな考えが頭をよぎる。

 鬼女、まさか、クレアの母親にも何かしようというのだろうか?

 何か――それがいったい何であるのか、あたしには想像もつかない。当然だ。あたしと鬼女は、お互い、相いれない存在。何を考えているかなんて、あたしに判るはずもない。

 でも。

 クレアにあんなひどいこと――思い出しただけで、虫唾が走る。この女は、あのクレアを拷問したんだ――を、平気で出来る女なのだ。クレアの母親に、何をしたって不思議じゃない。それこそ、クレアと同じように、無理矢理捕まえて、拷問するかもしれないのだ。

 そんなことさせない。

「――何しに来たの?」

 鬼女の前に立ちはだかり、精一杯の敵意と憎しみを込めて言う。

 もちろん鬼女、そんなことに動じることもなく。「その女を拘束します。そこをどいてください」

 冷たくそう言った。

 やっぱり。

 この女は、いったい何なのだ?

 クレアの母親を拘束して、いったい何になるのだ?

 クレアに関しては、百歩譲って、仕方無かったとしよう。城内に爆弾が仕掛けられ、犠牲者も出た。クレアは捕まったけど、まだ一つ爆弾が仕掛けられている。そのような状態で犯人を拷問するというのは――あたしには、到底許せることではないけれど――、仕方が無いのかもしれない。実際、最後の爆弾での被害は無かったのだから。拷問が正しくなかったと言い切ることは、できないかもしれない。

 でも、クレアの母親に、いったい何の罪があるの!?

 絶対に、絶対に、あたしは認めない。拘束なんて、認めない!

「帰って! あなたに手出しはさせない。拘束なんて、させるもんか!」

 睨み合う、あたしと鬼女。

 あたしに何もできないことは、もう、イヤというほど判っていた。

 どんなにあたしが叫んでも、立ちはだかっても、所詮は虚勢を張っているだけ。鬼女がほんの少し本気になれば、あたしはすぐに取り押さえられ、あるいは気絶させられ、簡単に排除されてしまう。

 それでもあたしは、鬼女の前に立ちはだかる。鬼女を睨む。

 鬼女は――小さく息を吐き出し。

「いい加減目を覚まして、エマ」

 静かにそう言った。今までのような、冷たく、突き放した言い方ではなかった。

 ――ちくん。

 また、小さく胸が痛んだ。

 さっきから何なんだろう? この胸の痛みは。

 …………。

 あたしは、そんな胸の痛みは無視して、「目を覚ます? 何言ってるの?」

「その女は――クレアの母親なんかじゃない」

 ずきん!

 胸の痛みが激しくなる。

 聞きたくない言葉だった。

 だから、あたしは。

「バカなこと言わないで! そんなこと……そんなこと、あるわけ無いでしょ!」

 全力で否定した。

 認めるわけにはいかない。

 それだけは、認めるわけにはいかない。

 認めてしまうと、あたしは……あたしは……また、裏切られる。

 こうなってしまった以上、もうはっきりと言ってしまうけれど。

 あたしは、その可能性に気がついていた。クレアの母親に会ったときから。

 クレアの母親にしては、彼女はあまりにも若すぎる。でも、それだけなら外見上の問題だ。それほどおかしくは無い。しかし、彼女の顔色は、どう見ても病人のものではないのだ。それに、イサークの母親と同じ病気なら、とても部屋の中を歩き回るなんてできないはずだ。まして、一人で暮らすなど論外だ。とても、心臓移植が必要な状態には見えなかった。

 そうだ。

 あたしは初めから気がついていた。あの小さな胸の痛みが、気付いていた証。でもあたしは、故意にそれを無視してたんだ。真実に、気付きたくなかったんだ。

 何故なら。

 彼女が病気でないと認めると、クレアの母親でないと認めると、それは、またクレアが、あたしを裏切ったってことだから。

 そんなのは、認めない。

 クレアはあたしのお友達だ。クローサーに情報を流して、お城に爆弾を仕掛けたけど、それは母親の命を救うために仕方なくやったことで……だからあたしは、今でもクレアとお友達。そうじゃないといけないんだ。

 だからあたしは――。

「そんなことあるわけ無い。あるわけ無い! あるわけ無い!!」

 狂ったように叫んだ。

 それで現実が変わるのなら、いくらでも叫び続ける。

 それで現実を見なくて済むのなら、いくらでも叫び続ける。

 でも――。

 突然、クレアの母親が起き上がった。

 そして、窓を突き破って、外に飛び出したのだ。

 ここは二階だ。その気になれば飛び降りることはできる。しかし、重い心臓病であるはずの彼女に、そんな真似ができるはずが無い。

 彼女は逃げ出した。

 それが、真実ということ?

 どんなにあたしが叫んでも、やはり、現実は変えられないの?

「外にはアーロンたちが待機している。逃げられはしないわ」

 鬼女は、静かにそう言った。

 でもあたしには、そんなことはどうでも良くて。

「……どういうこと……なの……?」

 目の前で起こった現実を誰かに説明してほしくて、鬼女に問う。

「あの女はクレアの母親なんかじゃない。クレアの両親は、四年前の戦争で亡くなっている」

「……じゃ……じゃあ、あの人は……?」

「多分、クローサーの連絡員よ。クレアの流した情報を、クローリナスまで伝える役目。あなたは利用されたのよ。クレアに」

「で……でも! あたしはクレアが死刑になる日を伝えただけよ? それを伝えて、どうなるの!?」

「来月の十八日は、クレアの死刑の日じゃない。騎士団の帰還式が行われる日よ。多分、その日を狙え、ってことでしょう」

「――――」

「つまりクレアは『ベルンハルト暗殺に失敗。しかし、来月の十八日に、ベルンハルトは公の場に現れる』という、言わば暗号を、あなたに託したってことね。そもそも、クレアは死刑にはならないわ。取引が成立したの。知る限りの情報を話す代わりに、罪は大幅に軽減されることになった。三つ目の爆弾の場所を白状したのも、クレアがこの取引に応じたからよ。ライノには気の毒だったけど、次の被害を出さないためには、仕方無かったのよ」

 全身から力が抜ける。立っていられなくなり、その場に座り込む。

 ああ、やっぱりそうなのか。

 クレアはクローサーの一味で、陛下やあたしを殺そうとし、ライノさんを殺し、でもそれは、母親の命を救うためなんかじゃなかったんだ。

 昨日までのクレアはやっぱり幻で、本当のクレアは、クローサーだったんだ。

 昨日までのクレアは、全部嘘だったんだ。

 全部、嘘だったんだ――。

 鬼女はまだ何か話していたけど、頭の中は真っ白で、何も理解できなかった。

 鬼女の通信機が鳴った。「隊長、連絡員を捕らえました」

「了解。よくやったわ」

 鬼女は通信機に答えた後、あたしに手を差し出す。「さあ、帰りましょう。立てる?」

 あたしはその手を握らず、鬼女を見ようともせず。

「――もう一度、クレアに会わせて」

 静かに、そう言った。

 会わなきゃ、クレアに。

 もう一度。

 絶対に、会わないといけない。

 会わなくちゃいけないんだ。

 鬼女は、しばらく無言であたしを見ていたようだったけど、やがて。

「ええ、いいわ」

 そう答えた。


 あたしも、鬼女も、誰も何も話さず、無言のまま、お城へ帰って来た。そのまま、まっすぐ尋問室へ向かう。

 クレアのいる部屋の前には、警備の騎士が二人。鬼女の姿を見て、特に異常はありません、と敬礼をした。

「悪いけど、今度は私も同席させてもらうわよ」

 そう言って、鬼女はドアを開けた。あたしは何も答えず、ゆっくりと中に入る。鬼女が静かにドアを閉めた。

 クレアはあのときと同じように、両手を後ろに縛られ座っていた。あたしの姿を見ると、フフ、と、不敵に笑った。

「あなたがエマに母親だと言った女は捕まえたわ」鬼女がクレアに向かって言った。

「――そう。やっぱりダメだったか。おかしいと思ったのよね。あなたが、エマとあたしを二人きりで話させるなんて。ま、ダメもとでやってみただけだから、別にいいけど」

 クレア、開き直ったかのような態度。

 あたしはただその場に立ち尽くし、クレアを見つめている。

 クレアがあたしを見た。「で? なんでまた、あなたがここに来るの? まさか、『こんなことしたのは、何か事情があるんだよね?』とか、ウザイこと言いに来たの? それとも、『よくもあたしを騙してくれたわね!』って、少しはまともなことを言うのかしら? どっちにしてもめんどくさいから、出て行ってくれない?」

 やはり、そこにいるのは昨日までのクレアではなかった。

 クローサーに情報を流し、このお城に爆弾を仕掛けた人だ。

 昨日までのクレアは、いったい何だったのだろうか? あの優しくて、かわいらしいクレアは、どこに行ってしまったのだろうか?

 考えようとしたけど、やめた。

 もう、どうでもいい。

 昨日までのクレアと、今のクレア。どっちが本当のクレアかなんて、もう、あたしにはどうでも良かった。

 ただあたしがここに来たのは、どうしても、確かめたいことがあったから。

 それ以外は、どうでもいい。

「……一つだけ、訊かせて……」

「あん? 何?」

 煩わしそうな目であたしを見る。

 完全に、あたしを拒んでいる。あたしに関わりたくない目。態度。

 それでもあたしは、訊く。

「クレア……本当に……死刑にはならないのね?」

 そう言うと、クレアも、鬼女も、まるで冷水を浴びせられたかのように、キョトンとした表情で、あたしを見ていた。

「聞いたの。罪を認めて、情報を提供する代わりに、罪が軽減されるって。だから、死刑にならないって。それって本当なの? 本当に死刑にならないの?」

 クレアにすがりついて、訊いた。

 さっき、鬼女が言ったこと。クレアは死刑にならない。

 あれは、本当なのだろうか? あたしが確認したかったのは、そのことだけ。そのことだけを、他の誰でもない。クレアの口から、どうしても聞きたかった。

 クレア、かなり困惑している様子だったけど、やがて口を開く。「そう……だけど」

 その言葉を聞いた瞬間、あたしは。

「そう……良かった……良かった……良かった……」

 その場に、崩れ落ちた。

 自然と涙があふれ出し。

 あたしは泣いた。

 クレアも、鬼女も、目を丸くしている。呆れているのかもしれない。

 でも、そんなことはどうでも良かった。

 そう、どうでもいいんだ。

 クレアがクローサーに情報を流してたって、お城に爆弾を仕掛けたって、今はどうでもいい。

 クレアがあたしを騙してたって、そんなことは、どうでもいいんだ。

 ただあたしは、クレアが死刑にならないことが嬉しくて。

 そう。

 クレアはこれからも生きていける。もちろん、死刑を免れたというだけで、何らかの刑罰は受けなければならないのだろう。何十年も投獄されるか、あるいは国外に追放されるか、それは判らない。少なくとも、もう一緒にはいられない。二度と会うことはできないのかもしれない。

 それでもあたしは、クレアが生きていてくれるのが嬉しくて――。


 涙が、止まらなかった。



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