#03
何が起こったのか判らなかった。すさまじい音と衝撃、倒れている陛下たち。頭の中は真っ白で、何も考えられない。ただ、呆然と立ち尽くすあたし。
「陛下!」
動いたのは鬼女だった。陛下に駆け寄る。続いて、アルバロ様や他の騎士も動いた。あたしも、ようやく何が起こったのかを理解する。
今のは……爆発。
王座の後ろにあった黒い物体が、爆発したんだ!
陛下たちは無事!?
あたしの身体、ようやく動き出す。みんなのそばに駆け寄る。
まず目に入ったのはウィン。うつ伏せに倒れ、床に血だまりが広がっている。かなりの出血量だ。
この場に医者はアルバロ様しかいない。でも、アルバロ様は陛下と王妃のそばにいる。ウィンは護衛の騎士。陛下たちが優先されるのは当然だ。あたしが診るしかない。村を出てから医者の仕事は全然やってないけど、今でも応急手当の道具は持ち歩いている。そんなもので手当てできるような傷じゃないだろうけど、やるしかない。
ウィンの意識を確認する。良かった。生きてる。それどころか、苦しそうな表情一つせず。
「陛下は……?」
と、自分の身体の心配など後回し。
「今、アルバロ様が診てる。多分、大したことは無いと思うわ」
ホントはよく見てないから陛下の容体は判らなかったんだけど、そう言ってあげないと、陛下のもとに駆け寄りそうだったから。
ゆっくりと状態を仰向けにし、傷を見た。お腹の右側から出血している。ウィンは騎士だから、金属製の鎧を身につけているけど、その上からぱっくり裂けていた。爆発の威力のすさまじさがうかがえる。この鎧が無かったら、もっとひどいケガをしたか、もしかしたら、即死だったかもしれない。
止血用の布を傷に押し当てた。でも、所詮は応急手当て用。布はすぐに真っ赤に染まる。とても足りない。早くどうにかしないと!
「ウィン、無事!?」
鬼女だった。心配そうにウィンの顔を覗き込む。
「私は大丈夫だ。それより、陛下は?」ウィンは気丈に微笑み、逆に鬼女に訊く。
陛下の方を見ると。良かった! ちゃんと自分の足で立っている。王妃も無事そうだ。
「二人は大丈夫よ。ウィン、あなたがかばってくれたおかげ」鬼女が言った。
アルバロ様も来たので、あたしは治療を代わってもらう。アルバロ様、ウィンの身体を診て、
「……かなりの傷じゃが、命に別条はあるまい」
あたしと鬼女、同時に、ほっと胸をなでおろす。良かった。アルバロ様が言うなら、大丈夫だろう。
すぐに担架が用意され、ウィンは医務室に運ばれた。念のため陛下と王妃も医務室に向かう。
ウィンのことは心配だけど、後はアルバロ様に任せよう。彼はこの国でも十指に入るほどのお医者様なんだから。あたしと鬼女は、ウィンが運ばれるのを見送った。
「……陛下を狙ったのかな?」あたしは訊いてみた。
「……それ以外は考えられません」
「クローサー……?」
「…………」
鬼女は答えなかった。それは確信がないから言わないだけで、その可能性が高いのは間違いないだろう。今、陛下を暗殺しようと思うのは、クローサー以外考えられない。
鬼女は爆発物があった場所に向かった。王座はバラバラに吹き飛んでいる。鬼女はその破片の中から黒いかけらを見つけ、拾った。さっきの、黒いボール状の物体のかけらだろう。
「それ、魔導機?」
「……はい。時限式ではなく、人が近づいたのを感知して爆発する仕組みになっているようです。後でアルバロ様に調べてもらいますが、かなり高度な魔法技術が必要なのは確かでしょう」
高度な魔法技術、その言葉を聞いて、一人の人が思い浮かぶ。
「……まさか、また、アシュレイ?」
「おそらく」
アシュレイ。かつてお城直属の魔術師だったことがある女の人だ。しかし、素行の悪さから除隊され、今はスラム街で怪しげな魔術品を売っている。二年前の陛下の暗殺未遂事件のとき、使用された毒を作ったのがこのアシュレイだった。
「アラン、どうやらまたアシュレイが関わっているみたい。誰かスラムへ向かわせて」
鬼女は第八隊副隊長のアランさんにそう言った。
「それなら、第二十一隊に任せましょう。今、スラムの巡回に当たっているはずです」
「そう。なら、そうして」
アランさんは魔導機を取り出し、第二十一隊に連絡を入れた。
鬼女、再び爆発場所に戻り、あたりを見回しながら、何か考えている。
それにしても、人が近づいたのを感知して爆発する爆弾か。どういう仕組かはあたしにはさっぱり判らないけれど、何だか怖いな。時限式の爆弾だと、爆発の瞬間に、ターゲットが爆弾の近くにいる必要がある。誰もいないときに爆発する可能性もあるはずだ。それに比べ、人を感知して爆発するのなら、失敗の可能性は低くなる。まして王座に設置すれば、かなりの高確率で、陛下の命を狙うことができるだろう。
…………。
うん? なんか変だな?
何かが引っかかった。何だろう? 考える。
犯人は恐らく、陛下を狙って爆弾を仕掛けた。だから王座に爆弾を設置したんだ。陛下は必ず王座に座るから。
でも、犯人はいつ爆弾を設置したのだろう?
あらかじめ設置していたということはあり得ない。それだと、アーロンさんたちが椅子を運ぼうとした時点で爆発したはずだ。
つまり、犯人はホールに椅子を運び込んだ後、爆弾を設置したことになる。
でも、椅子が運び込まれてから爆発まではわずかな時間しか無かったし、その間、誰も椅子には近づいていない。爆弾を設置する隙があったとは思えない。
じゃあ、椅子を運んだ人が設置したとしか考えられない。
…………。
それって、まずくない?
今のこの状態だと、疑われるのは間違いなく――。
「エマ様、爆弾に気が付かれたのは、いつですか?」
「へ?」
不意に訊かれ、思わずうろたえてしまうあたし。鬼女が怪訝そうな目で見ていた。
「あ……えっと……知らせる直前よ。ちょうど、陛下たちが王座に向かったとき」
「そうですか。……アーロン!」
鬼女の声に、アーロンさんはすぐに駆けつけた。「何でしょう?」
「あなた、椅子を運んだとき、爆弾に気がつかなかったの?」
「いえ、運ぶ前にチェックしましたが、そんなものはありませんでした」
「間違いないわね?」
「はい。間違いありません」
「そう。椅子を運んだ人を集めて」
鬼女がそう命令すると、アーロンさんはすぐにみんなのもとへ走っていった。
まずい。どうやら鬼女も気がついたようだ。
やがてアーロンさんは、四人の騎士を連れて戻って来た。さっき椅子を運び込んだ騎士たちだ。
「これで全員?」
鬼女の言葉に、あたしの心臓が、ドクン、と、大きく鳴る。
「いえ……クレア・オルティスがいません。爆発の直前に、外に出たようです」
アーロンさんが答えた。
そうなのだ。クレアは椅子を運ぶのを手伝って、その後、いなくなってしまった。これは、非常にまずい状況だ。
「アラン、ここは任せるわ。アーロン、ライノ、一緒に来て」
鬼女、部下に命令し、ホールから出ようとするので、あたし、慌てて止める。
「待ってよ! まさか、クレアを疑ってるの?」
「当然です。クレアはクローサーの内通者の疑いがあり、椅子を運び込む手伝いをし、しかも爆発の直前にこの部屋から出ていった。疑うなと言う方が無理です」
「でも、だからって!」
「話を聞くだけです。まだ犯人だと断定したわけじゃありません。邪魔しないでください」
そう言われて、引っ込んでるわけにもいかない。とてもじっとしていられなかったので、あたしも鬼女にたちと一緒にホールを出た。
クレアは部屋の掃除をすると言っていた。あたしの部屋にいるはずだ。走って部屋に向かい、勢いよくドアを開ける。
「クレア? いる?」
真っ先に中に入って呼ぶ。でも返事は無く、部屋の中には誰もいなかった。
そんな? 確かに、部屋の掃除をするって言ってたのに。
あたしは念のためクローゼットの中やベッドの下を見る。そんなところにいるとも思えなかったけど、部屋の掃除をすると言ってたんだから、部屋にいてもらわないと困るのだ。
でも、もちろん誰もいない。
そのとき、鬼女の通信機が鳴った。
「リュースよ、何?」
「隊長、大変です」アランさんだった。何やら慌てている。「二十一隊がアシュレイを拘束し、尋問した結果、五日前に爆弾を売ったと認めたようなのですが……」
「そう、ずいぶん簡単に認めたわね」
「それが、爆弾は三つ作ったと言っているそうです」
「何ですって!?」
鬼女、声をあげる。
爆弾が、三つ?
一つはホールで爆発したから、後二つあるかもしれないってこと?
と、ライノさんが叫ぶ。「隊長!!」
鏡のそばだ。みんながいっせいに振り向く。ライノさんの足元に、見覚えのある、黒い、ボール状の物体。
あれは――。
「伏せて!!」
鬼女が叫んだ。
でもあたし、身体が石化でもしたかのように動けない。ただその場に立ち尽くす。
次の瞬間。
あたしの部屋は、閃光と爆音に包まれた――。
…………。
何? どうなったの……?
身体を起こそうとすると。
いったあぁぁい!
全身に走る激痛。身体、動かないや。
呼吸も苦しい……酸素……ほしい……。
大きく息を吸い込むけど、入ってくるのは空気ではなく、じゃりじゃりした砂のようなもの。身体が拒否反応を起こし、激しくせき込んだ。
――重い。あたしの上、何か覆いかぶさってる? なんだろう、これ。身体を駆け巡る痛みに耐え、あたしに覆いかぶさる何かをさわる。
するとそれ、さっきのあたしと同じように、激しくせき込んだ。
これ、人?
あたしに乗ってる人、ゆっくりと、身体を起こす。
鬼女だった。全身土埃まみれ。
何があったんだろ? 記憶を探る。
ライノさんの足元に黒い物体。それを見た鬼女、「伏せて!」と叫んだ。でもあたしは、何が何だか判らず、ただ立ちつくしていたら。
そうだ。鬼女、あたしを押し倒したんだ。
すると、部屋が真っ白になって。
…………。
ようやく動くようになった首で辺りを見ると、あたしの部屋、見る影もなく、吹き飛んでいた。机もベッドもクローゼットも、みんなバラバラ。壁や天井も、ひびが入ったり、はがれおちたりしていて、部屋中瓦礫で埋まっていた。
何が起こったか、ようやく理解する。
さっきの黒い物体は、ホールにあった爆弾と同じもの。
あたしの部屋も爆破されたんだ!
「大丈夫?」
鬼女が手を差し出す。さっきは全身痛くてどこも動かなかったけど、だいぶ楽になった。あたしは鬼女の手を握り、身体を起こす。まだあちこち痛むけど、大きなケガはしてないようだ。
「ん、平気。ありがと」
……鬼女、あたしをかばってくれたんだろうか? そんな優しさがあったなんて、なんか意外だな。
まあ、彼女は優秀な騎士で、あたしはトロい側室。かばってくれて当然だけど。
「みんな無事!?」
鬼女が叫ぶ。そうだ。ライノさんとアーロンさんは? あたりを見回すと……アーロンさんが身体を起こした。
「私は大丈夫です。しかし、ライノが……」
アーロンさんが部屋の奥を示す。
あたしと鬼女は、同時に息を飲んだ。
そこには、カッと目を見開き、横たわる、ライノさんの姿。
彼の足もとで、爆弾は爆発した。その爆風をまともに浴びたのだろう。あるべき場所に、両脚は無かった。部屋中見回してみるけど、部屋のどこにも見つからなかった。瓦礫に埋もれてしまったのか、それとも、爆破の衝撃で消し飛んでしまったのか……。
ピクリとも動かないライノさん。アーロンさんが脈を診て、ダメです、と、首を振った。
「くそっ!」
鬼女、怒りを拳に込め、壁に叩きつけた。あたしは、ただ呆然と立ち尽くす。
ライノさん。話をしたことはほとんどなかったけど、あたしがお城に来たときから第八隊にいた騎士だ。優しそうな人だったのに……。
なんで、こんなことに……。考えても判らなった。
いや。
判りたくなかったのかもしれない。
クレアはクローサーの内通者だと疑われていて、しかも、さっきのホールでの爆発も、何か関係があるかもしれないと思われている。
そして、いなくなったクレアを探していたら、突然、部屋が爆発した。
全てを結び付けることは簡単だ。でも、それをしたくなかったんだ、あたしは。
鬼女が通信機を取り出した。
「全隊に連絡! 城内には爆弾があと一つ仕掛けられている可能性が高い! 陛下たちを至急安全な場所へ! 繰り返す! 城内には爆弾があと一つ仕掛けられている可能性が高い! 陛下たちを至急安全な場所へ! それと――」
聞きたくなかった。耳をふさいでしまいたい。でも、そんなことをしても、現実は変わらない。
「――クレア・オルティスを発見次第拘束! 繰り返す! クレア・オルティスを発見次第すぐに拘束して!」
鬼女の言葉が、知りたくない現実を、容赦なくあたしにつきつける。
この一連の出来事は、全て、クレアがやったことなの?
状況は、全て「そうだ」と言っている。
クレアはクローリナス出身で、それを隠している。爆破された王座を準備したのもクレアだし、爆破の直前に姿を消した。部屋を掃除すると言っていたのに、部屋にはおらず、爆弾が仕掛けられていた。
これでは、疑うな、と言う方が無理だ。
でも。
でも、でも!
クレアは、あたしの大切な友達なんだ。
二年前このお城にやってきたあたし。ひとりぼっちで、すごく心細かったあたしが、ただ一人、心を開ける人がクレア。
ちょっと口うるさくて、イジワルで、生意気なところもあるけれど、そんなところも大好きな、クレア。
たとえどんなに状況がクレアを犯人だと言っていても、あたしには、あのクレアが、こんなことをするなんて、絶対に思えない。
あたしはクレアを信じる。
だから。
「待って! クレアが犯人だなんて、決めつけないで!」鬼女に向かって言った。
鬼女、何を言い出すの、と言わんばかりに、怪訝そうな顔であたしを見る。「別にクレアが犯人だと決めつけているわけじゃありません。しかし、犯人じゃないという根拠もないのです」
「根拠ならあるわ! クレアのことは、あたしが誰よりも判ってる! あの娘は、こんなことをするような人じゃない!」
鬼女、大きくため息をついた。「……エマ様、申し訳ありませんが、今はあなたの感情論につき合っているヒマはありません。アーロン、部屋を調べて、何か判ったら知らせて。私はクレアを探す」
そう言って部屋を出て行こうとする鬼女の前に、あたしは立ちはだかる。
「感情論を言ってるのは、あなたの方でしょ!」
「……何ですって?」鬼女、あからさまに不快な表情。「心外ですね。私はいつも、冷静に判断しています。あなたと一緒にしないでください」
「冷静? どこが? あなたは仲間を殺されて、我を忘れてるじゃない! その怒りをぶつける場所が欲しくて、クレアを無理矢理犯人にしようとしてるだけでしょ!?」
「二年前、私のことを『仲間が死んでも涙一つ流さない、心を持たない冷たい人間だ』なんて言ったのは誰です?」
「――――!」
言葉よりも先に身体が動いた。鬼女をひっぱたこうとした。
でも、やっぱりあたしなんかにそんなことは不可能で、鬼女が少し身体をそらしただけで、あたしの手はきれいに空振り。
「エマ様、あなたの相手をして、貴重な時間を無駄にしたくはありません。これ以上私の邪魔をするのなら、捜査妨害とみなし、エマ様も拘束することになります」
鬼女、あたしを睨みつける。何か言い返したいけど、何も言えなかった。
そのとき、また鬼女の通信機が鳴った。アランさんだ。
「隊長、城門前にて、クレア・オルティスを拘束したとの連絡が入りました」
クレアが捕まった?
そんな……どうしよう……どうしたら……。
「判った。すぐに尋問室へ。あたしもすぐに行くわ」通信機を切る鬼女。あたしを睨むと。「今から尋問を始めます。お願いですから、おとなしくしていてください」
ダメだ。
この人を、行かせてはいけない。
クレアは犯人なんかじゃない。だから、絶対に行かせない!
あたしはただ黙って、両手を広げ、鬼女の前に立ちはだかる。
カーン……カーン……。
城内に、緊急事態を知らせる鐘が鳴り響く。この鐘が鳴ったときは、あたしは地下にある、王族専用の避難場所に行かなければならない。
でも、今はそんな場合じゃない。
クレアが大変なんだ。あたしがなんとかしないと。
ここは、絶対にどかない。睨み合う、あたしと鬼女。
先に目を逸らしたのは――鬼女。
はあ。と、大きく息を吐き。
次の瞬間、あたしのみぞおちに、鈍い痛み。
一瞬、呼吸ができなくなる。
見ると、鬼女の拳が、みぞおちに食い込んでいた。
意識が遠のく。立っていられなくなる。
倒れる瞬間、鬼女に支えられるのが判った。
「アーロン、悪いけど、エマ様を安全な場所に運んでちょうだい――」
薄れゆく意識の中で、鬼女の声だけが聞こえる。
ダメだ! 行かせちゃいけない。止めなきゃいけない。クレアを護らなきゃいけない!
でも。
どんなに強く念じても、あたしの意識は戻ってくることはなかった――。