#02
「――そ、そんな! クレアがクローサーの内通者!? 何を根拠にそんなこと言うの!?」
鬼女に詰め寄る。クレアはあたしの大切なお友達。ちょっとお茶目でイジワルなところもあるけど、お城でただ一人、あたしが気兼ねなくお話しできる人。そのクレアが、クローサーに情報を流してるって言うの!? あり得ないよ! そんなこと!
「落ち着いて。疑いがある、というだけ。別に内通者と断定しているわけじゃないの」
鬼女、冷静な口調。そう言われても、「そう、良かった」と、納得する気にはなれない。そもそもなんでそんな疑いをかけられなきゃいけないの?
「どういうことなのか説明して」さらに詰め寄る。
鬼女、やれやれという感じでため息をつくと。「私たち第八隊が、クローサーの内通者について調査しているのは覚えているわよね?」
もちろん、と、あたしは頷いた。二年前、あたしがまだエルズバーグ村で医者をしていたころ、ベルンハルト陛下はクローリナスの情勢を視察しようとした。でも、極秘であるはずのその情報はどこからか洩れ、道中、陛下はクローサーの襲撃を受けたのだ。
「私たちは、城内にいる全ての人物の素性を調べたの。王族や大臣、騎士団や使用人まで、全員。でも、疑わしい人はいなかった。ただ、唯一気になったのが、クレア・オルティスの出身地について」
「――――?」
「資料によれば、クレア・オルティスはロルカという村の出身となっているの。首都ターラから南、歩いて七日くらいの場所にある、海沿いの小さな村よ」
クレアとはよくおしゃべりするから、そのくらいは知ってるけど、それがいったい何だと言うのだろう?
「でも、どう調べても、無いのよ。クレアが、その村に住んでいた記録が」
――――。
クレアがロルカ村に住んでいた記録が無い?
「それって……つまり、どういうこと?」
「ロルカ村では、生まれた子供の記録を残しているの。でも、そこにクレアの名前は確認できなかった。加えて、村人全員に聞き込みしてみたけど、彼女を知っているという人はいなかったわ」
「で……でも、それだけじゃ、まだクローサーの内通者かどうかなんて、判らないでしょ? 何か他に理由があるのかもしれないじゃない!」
「もちろんそうよ。だから追跡調査をした。クレアの出生について。すると、興味深い事実が出てきたの」
「……何?」
「クレアは二年前、今は壊滅したクローリナスの城で働いていた」
――――!
そ……そんな!
クレアが、クローリナスのお城で働いていた!?
「ウソでしょ? 何かの間違いじゃないの?」鬼女に詰め寄るあたし。
「いいえ。念入りに調査したから、間違いないわ」
そう断言する鬼女。あたしは返す言葉を見つけられない。
でも、だからと言ってクローサーの内通者だ、なんて、とても信じられない。
「もちろん、それだけでクローサーの内通者と断定はできないわ」鬼女、あくまでも冷静な口調。「クローリナスが壊滅し、働き口を失って、ブレンダに来ただけなのかもしれない。ブレンダの国情を考えると、クローリナス出身ということを隠したいと思っても、別に不思議は無いわ」
「そう、そうよね!」鬼女の言葉に、あたしは希望を取り戻す。その通りだ。クローサーとの戦いが激化するにつれ、ブレンダ国民は、反クローリナス感情が強くなってきている。クローリナス出身というだけで仕事が見つからない、なんてこともあるかもしれない。
「――でも、だからと言って、このままにもしておけない。ちゃんと調べないといけないわ」鬼女、クギをさすように言う。「だから、何か気になることがあれば、教えてほしいの」
そう言われても、あたしは黙り込むしかない。
お城に来てから二年間、クレアとは、本当に仲良くやってきた。出生を偽っているとか、クローリナス出身だとか、そんなことは考えもしなかった。クレアのことを不審に思ったことは無かったし、気になることなんて、あるわけがない。そもそも、あり得ないことなんだから。
……そうだよ。
クレアがクローサーの内通者だなんて、あり得ない。
根拠を聞かれると、友達だから、としか言いようがない。鬼女に言わせれば、そんなのは何の根拠にもならないんだろうけど、それでも、あたしは断言する。
クレアがクローサーの内通者だなんて、あり得ない。
だからあたしは。
「……別に、気になることなんて無いわ」
そう言い切った。
鬼女、しばらくあたしをじっと見つめる。あたしの言葉の真偽を探っている様子。刺すような視線に思わず目を伏せそうになるけど、ここで目を逸らしたら、自分の言うことに自信が無いと言っているようなものだ。あたしはまっすぐ、鬼女を見つめ返す。
先に目を逸らせたのは、鬼女の方だった。「そう……ならいいわ」
「ん。ゴメンね。役に立てなくて。何か気付いたことがあったら、連絡するよ」
「そうね……お願いするわ」
そう言うと、鬼女はあたしを残し、中庭を後にした。
ふう、と、あたしは大きく息を吐き出す。別に悪いことなんてしてないのに、なんか、やたら緊張しちゃった。やっぱあの鬼女といると、身体に良くないな。
それにしても。
うーん、クレアがクローサーの内通者、ねぇ。やっぱ、どう考えても、あり得ないよ。あの無邪気なクレアに、そんな面があるとは思えない。
でも、鬼女の言う通り、以前クローリナスのお城で働いていたことがあるのなら、そういう疑いがかけられてもしょうがない。なんとか疑いを晴らさないとね。でも、それにはどうすればいいかな。
…………。
やっぱ、直接本人に訊くのが一番だよねぇ。どうして出生を偽ったのか。あたしになら、本当のことを言ってくれるはず。多分、さっき鬼女が言ったように、クローリナス出身だとこの国で暮らしづらいから、だと思うけど。
と、思って部屋に帰ろうとしたとき。
「ああ、言い忘れてたけど」
突然背後から声をかけられた。振り返ると、鬼女。「この件は、くれぐれも内密にね。まさかそんなことはしないと思うけど、直接本人に訊いたりしないでよ」
ぎくっ。な、なんでこのタイミングでそんなことを言うかな。
「……訊く気だったのね」あきれる鬼女。
「なんであたしの心が読めるの?」
「あなたの顔を見ていれば、そんなのすぐに判るわ。いい? クレアが万一内通者だったら、突然そんなこと訊いたら――」
「判った、判ったから。訊かないよ」
「……頼むわよ、ホントに。今まで通り普通に接して、何か不審なことがあれば知らせてくれるだけでいいから」
「了解了解! じゃ、またね!」
鬼女は何やら不満をブツブツ言いながら、今度こそあたしを置いて帰って行った。ふう。ビックリした。あたし、考えていることが顔に出やすい、と、よく言われるけど、あの鬼女に言われると、なんか悔しいな。
…………。
て言うか、なんであたし、あの鬼女と親しげに話してんだろ。ホントは口もききたくないのに。あーヤダヤダ。
ま、いいや。鬼女の言う通り、クレアとは今まで通り接しよう。考えてみたら、それが当たり前だよね。あたしはクレアが内通者じゃないって信じている。鬼女からあんな話を聞いたからって、態度を変える必要は無いよね。うん。
さてと、そろそろ戻ろうかな。あたしは中庭を後にした。部屋に戻ると、クレアはすでに部屋のお掃除を終わらせていた。さすがはクレア。仕事が早い。あたしは普段、お掃除やお洗濯やお茶を入れたりとか、なるべく自分でやるようにしているけれど、それは決してクレアが仕事をできないからではない。任せておけば、全て完璧にこなしてくれる。
その後、あたしたちはまたおしゃべりやゲーム対決で時間をつぶした。そのうち夕食の時間になり、食後はお風呂に入ってまたおしゃべり。そして、一日の終了。なんてことは無い、平和な日だった。
次の日も。
その次の日も。
いつもと変わらない、退屈だけど平和な日が続く。クレアに不審な点なんて微塵も見つからず、鬼女の言ってたことなんて忘れそうだったんだけど……。
三日後、騎士団帰還式の演習の日。
ふわああぁぁ……。退屈だな。
あたし、大きなあくびを隠そうとせず、堂々と披露する。普段なら「はしたないですよ!」と小うるさく注意するクレアも、自分のあくびをかみ殺すのに必死で、何も言わない。
お城の一画にある、広い広い集会場。一ヶ月後に騎士団の帰還式が行われる場所だ。現在演習の真っ最中。ステージ上には、ベルンハルト陛下とエリザベート王妃とアルバロ様。その周りをウィンや鬼女たち騎士団が取り囲み、さっきからずっと、念入りに打ち合わせを続けている。警備の確認が主だ。鬼女、いつもにも増して鬼みたいな顔で、陛下がこちらに移動したらあなたはここ、王妃がこちらに移動するのであなたは向こうへ、と、騎士たちに細かく指示を出している。少しでも指示通りに動かないと、例のごとく怒声が飛ぶので、騎士団のみんな、緊張しっぱなし。あたしはおまけみたいなもので、式に出番はほとんどないから、さっきからずっと、少し離れた場所でクレアと一緒に座らされている。こんなところで鬼女が怒鳴る姿を見てても、楽しくもなんともない。だからってこっそり抜け出したりしたら、後で鬼女にイヤミを言われて、当日出席させてもらえなくなるのは目に見えている。うーん、つらい。
「そこ! ボーっとしない!」
鬼女の怒声。一瞬あたしが言われたのかと思ってビックリしたけど、違った。集会場の端の方に待機してる騎士に向かって言ったみたい。かなり離れているのに、よくボーっとしてることに気付くな。
「……では次に、陛下と王妃は右側へ。ウィンは、後ろに控えていてね」またまた細かく動きを指示する鬼女。
その姿をじっと見つめていたクレアが。
「リュース様って、絶対ウィン様のことが好きなんですよね」
どわお。突然何言い出すの、この娘は。
「だって、ウィン様と話すときだけ、明らかに口調が違うじゃないですか」
「あー。やっぱ、クレアもそう見える?」
「見えますよ! だって、口調だけじゃなく、雰囲気とか、態度とか、なんか、いつもと違いませんか?」
「そう! そうなのよ! あの人、例えば通信機に出るとき、他の人だったら、ものすごく不機嫌そうに、『何?』って出るのに、それがウィンだったら、『ウィン? どうかした?』、って、ものすごくおしとやかに出るのよ! あの鬼女が、ウィンの前ではただの女になっちゃうの!」
「あはは、そうなんですか?」
なんておしゃべりしてると……あ、やばい。鬼女、じっとこっちを睨んでる。まさか、聞こえちゃった? いや、そんなに大きな声じゃなかったはずだから、内容までは聞こえてないと思うけど……でも、あの鬼女じゃ、判らないな。なんか、地獄耳そうだもん。
「……すみません。静かにしてます」
二人で謝る。陛下とウィンに笑われてしまった。
「では、続けます」
そう言って鬼女、説明を続ける。やれやれ。いつまで続くんだろ? おしゃべりもできないんじゃ、拷問だよ、これ。
「まだまだ終わりそうにないですね」
クレアもかなり飽き飽きといった様子だ。
と、クレア。突然思い出したかのように。「あ、そうだ。お部屋のお掃除しなきゃいけないんだった。そろそろ戻りますね、あたし」
はぁ? なぜこんなときに掃除などと言い出す?
「エマ様はちゃんと最後まで残って、式の手順を聞いておいてくださいね。じゃ」そのまま立ち去ろうとする。
「ちょっと待てぇ! 逃がすわけがないでしょ!」
あたしはクレアを捕まえる。「チッ」っという舌打ちとともに、あたしの拘束から逃れようと、もがくクレア。ここで逃がしてなるものか。あたしは体重を浴びせかけ相手を倒すと、そのまま馬乗りの体勢、いわゆるひとつのマウントポジション。フッ……最近頭脳系のゲームでは連敗中だけど、体術では負けないわよ。なんたってあたし、小さいころから田舎の野山を駆け回っていたんだから! この勝負、もらった!
「ちょっと! 何やってるの!!」
またまたホールに響く鬼女の怒声。ヤバ。怒られる……と、思ったけど。
「どうして陛下の椅子が準備できていないの! 責任者は誰!!」
どうやら、あたしたちじゃないみたいだ。
予定では、この後陛下と王妃は一旦後ろに下がり、しばらく王座に控えているそうなのだけど、その王座が用意されていなかったようだ。
「誰でもいいからすぐに用意して!」
怒鳴る鬼女。部下のアーロンさんが、何人かの騎士を連れて慌ててホールを出て行った。
「あ、はーい! あたしも手伝いまーす!」
そう言って手をあげたクレア。するりとあたしのマウントから抜け出すと、止める間もなく、スタスタ歩いてホールから出ていった。
むぅ、ちょっと油断していたとはいえ、逃げられてしまった。クレアはメイドだから準備を手伝うのは別に構わないんだけど、運ぶのはただの椅子じゃない。陛下が座る王座だ。装飾が施された大きなもので、すごく重い。男の人が五、六人で運ぶものだ。クレアが行って役に立つはずがない。きっとこのまま戻って来ないに違いない。
しばらくしてアーロンさんたちが王座を運び込む。予想に反してその中にクレアはいたけれど、運んだ後のどさくさにまぎれて、そのまま消えてしまった。でも、鬼女も誰も、特に何も言わなかった。うるさいのが一人いなくなった、そう思ってるのかもしれない。あーあ。あたしも逃げよっかなぁ。
「では、続けます。以上のことが終わったら、陛下と王妃は一旦あちらにお下がりください。ウィンはそばに」
鬼女の説明は続いてる。その言葉に従い、陛下と王妃とウィンの三人、ステージの右奥にある王座の方へ向かう。
…………。
あれ?
陛下の座る椅子。金ピカに輝く、ものすごく豪華な椅子なんだけど、その背もたれの後ろに、何かある。黒くて、丸いボール状のもの。ちょうど、魔導機みたいな。
陛下と王妃とウィン、その物体には気付かず、近づいて行く。
「ねえ、あれ、何かな?」
鬼女に言ってみた。鬼女、今度は何? と言いたげにこっちを向く。あたしは黒い物体を指差した。でも、鬼女からは見えない位置にある。鬼女、めんどくさそうにあたしの方に近づき、そして、黒い物体を確認した。
その瞬間、表情が変わる。
「ウィン!!」
叫んだ。
振り向くウィン。そして、陛下と王妃。
と――。
三人の姿が、閃光に包まれる。
あまりの眩しさに、あたしは反射的に顔をかばう。
何? と思う間もなく。
ホールに響き渡る、爆音。同時に、駆け抜ける爆風。
すさまじい音と衝撃だった。ホール全体がビリビリと揺れる。とても立っていることができず、あたしは尻もちをついて倒れる。
やがて、静寂。
聞こえてくるのは、天井から降ってくる砂の、パラパラという音のみ。
何が起こったのか、全く判らない。
ゆっくりと、顔を上げる。
あの黒い物体があった場所は、煙と土埃に包まれていた。
そして、そのそばに横たわる三人の姿。
「陛下――!!」
鬼女の叫び声が、ホール中に響き渡った――。