表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/39

#02

「――足の傷は大したことはありません。薬草を塗りましたから、二、三日で治ると思います。腕の傷は少し深かったので、縫合しておきました。出血は止まったみたいなので、もう大丈夫です。安心してください。鎮静剤を飲んで、今は眠っています」

 診療所で高貴な騎士の治療を終えたあたしは、若い騎士にそう告げた。若い騎士は、「良かった」と、本当にうれしそうに言い、そして、何度も何度も、お礼を言った。

「申し遅れました。僕はミロン・コンラードと言います」

「あ、こちらこそまだ、名前、言ってなかったですね。エマ・ディアナス。一応、医者をしています。まあ、見ての通り小さな村なので、大した治療とかはできないんですけど」

「いえ、そんなことないですよ。助かりました」

 ミロンと名乗った騎士は、また深々と頭を下げた。

 …………。

 会話が途切れちゃった。えーっと、なんか気まずい沈黙だな。どうしたもんか。

 と、言うのも、この人、なんかあんまりお話ししたくなさそうな雰囲気なのよね。そわそわして落ち着きが無く、窓から外の様子をうかがったかと思えば、時々ポケットから小さな黒い球を取り出して、それを指でトントンはじいたり、耳に当てたり、「あー、あー」と、声をかけたりしてる。

 ……あれ、何してるんだろう?

 あたしが不思議そうな顔で見ていると、それに気がついたミロン。「ああ。これは、魔導機と言って、魔法を封じ込めた機械なんですよ。でも、壊れてしまったみたいで」

 魔導機。話には聞いたことがある。魔法の知識が無い人でも、魔法を使うことができる物らしい。もちろんこんな田舎村では実物を見たことはない。それこそ、魔導大国ブレンダの首都・ターラあたりに行かないと。

 …………。

 こうなったら、思い切って訊いてみようかな。

「あの……ブレンダ騎士団の、人ですか?」

 あたしが恐る恐るそう訊くと、ミロンは、はっきりと判るくらい大きく、ビクッと震えた。

「……すみません。言えないんです」

 申し訳なさそうにそう言った。

 ……言えないって時点で肯定してるような気もするけど、ね。

 この人たちは、多分ブレンダ騎士団の人で、一人はいかにも身分が高そうな格好をしている。でも、正体は言えないと来た。うーん、困ったぞ。これは、あたしなんかの手には余る問題だ。これからどうしたもんだろう。窓の外を見る。傷の手当には意外と時間がかかっていたようで、もう日が暮れる時間だ。イサークは多分帰ってきてるだろう。一度、相談してみようかな?

 と、そのとき。

 バタン! とドアが開いて、診療所に三人の男が押し入ってきた。それぞれ手に剣を持った、人相の悪い男たち。何? と思う間もなく、男はあたしを突き飛ばし、ベッドに横になっている高貴な騎士の方へドカドカと歩んでいく。ミロンが腰の剣を抜き、構えた。三人に向かって果敢に立ち向かうけど、一対三じゃ分が悪すぎる。ミロンが振り下ろした剣は簡単に弾き返される。そして、後ろに回り込んだ男に足を蹴られ、体勢を崩したところを簡単に取り押さえられてしまった。二人の男に両腕を取られ、床に押し付けられる格好。

「へっ! ブレンダ騎士団も大したことねぇなぁ」

 三人組の一人、リーダー格の男が、ミロンを見下ろしながら下品に笑った。

「陛下に……近づくな!」

 ミロンはリーダー格の男を睨み返して言うけど、押さえつけられている状態では何もできない。

 この人たち、何者だろう? なんて、考えるまでもない。やっぱりミロンはブレンダの騎士で、陛下と呼んだからには、あの高貴な騎士はブレンダの王様なんだ。だとすれば、この人相の悪い三人組は、反ブレンダ組織、確か名前は……クローサー。その人たち?

「騒いですまないね、嬢ちゃん」リーダー格の男、あたしの方を見る。「用がすんだらすぐに出ていくからよ、しばらくそのままおとなしくしてな」

「その人たちをどうするつもりなの?」

「あんたには関係のないことだ」

「関係大ありよ! あたしは医者で、その人は患者。あたしの許可なく動かすことは許さないわ!」

「……へぇ、あんた医者かい? そうは見えねぇな」

 ふん、大きなお世話よ。

「まあ、安心しな。こっちのケガ人は、殺したりはしねぇよ。殺すよりも、もっと有効な使い道があるんでね。そっちの若い兄ちゃんは知らねぇけどな」

 男たちが一斉に笑う。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう? このままじゃ、王様は連れ去られ、ミロンは殺されちゃうよ。ミロンは押さえつけられて動けないし、王様は眠ってる。あたしは動けるけど、何ができるの? 男たちは三人とも屈強そうな体つきで、騎士であるミロンを簡単に押さえつけちゃったから、実際に強いのだろう。あたしなんかにどうこうできる相手じゃないよ。助けて誰か! 誰か――イサーク!

 と、そのとき――。

 キィ。

 玄関のドアが、静かに開いた。

 その場にいた全員の目がドアの方を向く。

 診療所の中に、何かが入ってきた。

 イサーク?

 一瞬そう思ったけど、違った。

 ――女神。

 その姿を見て、あたしはそんな風に思った。

 入ってきたのは、美しい女騎士だった。腰まで伸びた美しい金色の髪をなびかせ、右手に持つ細身の剣で、手下の男二人に斬りかかる。そのあまりの早さに、手下二人は反応できない。いや、もしかしたら、女騎士の美しさに見とれてしまっていたのではないか。そんな気さえするほど、その一閃は、あまりにも美しかった。円を描くような斬っ先の流れは、手下二人の身体を正確にとらえていた。次の瞬間、二人は、ドサ、っと、床に倒れた。女騎士の存在は、そんな男たちの倒れ方も美しく見せる。

「なんだてめ――」

 リーダー格の男が言った。多分、「なんだてめぇは?」と、言いたかったんだと思う。でも、最後まで言うことはできなかった。口を開けた瞬間に、女騎士に斬られていたから。あまりにも早い一閃だった。相手に何か言わせるスキも与えぬほどに。そもそもこの状況で、「なんだてめぇは?」というほど、意味の無い言葉があるだろうか? 診療所に突如現れたのは見知らぬ相手。ましてその相手は、仲間を斬り捨てたのだ。「なんだてめぇは?」などと言う前に、反撃すべきだったのだ。手よりも先に口が動いてしまったのは、甘いとしか言いようがない。対してこの女騎士は、甘さなど感じられなかった。部屋に入った瞬間三人の男を斬る。その剣には、一切の迷いが感じられなかった。男たちが、勝てるはずもなかった。

 ……なんてあたしが思えるようになるのは、もっとずっと、後になってから。このときはあまりにも突然の出来事で、何が起こったのかさっぱり判らなかった。ただ、女騎士のあまりの美しさに見とれてただけ。女のあたしですら溜息を洩らして見とれてしまうほどの美人だ。意志の強さをたたえたその瞳に見つめられると、性別を超えて恋に落ちてしまいそう。背は、スラリとした長身で、あたしより一回り高い。均整のとれた身体に、よく磨かれた銀の鎧をまとう。右手の剣は人を傷つける武器であるはずなのに、彼女が持てば傷を癒す女神の杖のようだ。あたし、しばらくボーっと見とれる。

「こちらリュース。六七九・三六五地点にて目標を保護。目標は負傷。至急医療班を。繰り返す。六七九・三六五地点にて目標を保護。目標は負傷。至急医療班を」

 女騎士がそう言った。誰に向かって言ってるのか、あたしには判らなかった。見ていると、どうやら左手に向かって喋っている。小さくて見えないけど、何か握ってるみたい。多分、さっきミロンが壊れたって言ってた、魔導機ってやつを、彼女も持っているのだろう。何だろう、あれ?

 おっと、今はそんなこと考えてる場合じゃない。王様、大丈夫かな? なにもされてないだろうけど、一応診ておこう。あたしは駆け寄ろうとした。けど。

「近づかないで! 離れて!」

 怒鳴り声がした。一瞬、誰が怒鳴ったのか判らなかった。いや、判らなかったと言うよりは、怒鳴ったことが信じられなかったと言った方が正しい。それほどまでに、その人と怒鳴り声が一致しなかったのだ。

 それは、女騎士の怒鳴り声だった。

 その美しい外見からは想像もできないほどの大きな声だった。

 そして、剣の斬っ先をあたしに向ける。

 突然怒鳴られてびっくりしたのもあるけど、それより何より、何で怒鳴られたのかが判らず、呆然としてしまう。まして、剣を向けられるなんて。

「壁際に立って、両手は見える位置に! 少しでもおかしな動きをしたら、その瞬間斬る!」

 女騎士、剣先をあたしの目の前に持ってきて、鋭い眼でにらむ。恋に落ちる、なんて眼じゃない。殺意がこめられ、命の危険すら感じる眼光だ。あたしは、おとなしく女騎士の指示に従った。

「隊長! やめてください! その方は、陛下のケガの治療をしてくれた方です!」ミロンが言う。

 でも、女騎士の眼光の鋭さは変わらない。むしろ、ますます鋭くなって、今度はミロンを睨む。

「ミロン! あなたまさか、民間人に正体を明かしたの!?」

「あ……はい……申し訳ありません」

 女騎士は呆れたような落胆したような、そんな顔になった。ミロン自身が明かしたわけではないけど、正体がバレているのは確かだ。

「詳しく説明しなさい」

「は……はい。ええっと……みんなとはぐれた後、三人組の男に襲われました。陛下は右腕と右足を負傷。逃走中に、この村の医者である、エマ・ディアナスさんに会い、治療をしてもらいました。足の傷は大したことはないそうです。腕の傷は深いので、縫合してもらいました。今は、鎮静剤を飲んで眠っておられます」

 それを聞いた瞬間、女騎士はミロンの頬をひっぱたいた。ぱあん、と、実に綺麗な音が部屋中に響き渡る。

「正体も判らぬ物を陛下に飲ませたの!?」

 女騎士、また怒鳴る。正体も判らぬ物って、鎮静剤だって言ってるでしょ? 毒とかじゃないわよ。さっきから、何なのこの人? 突然入ってくるやいなや怒鳴り散らして。あたし、文句を言ってやろうと、一歩前に出る。

 と、その瞬間。あたしの髪を何かがかすめた。

 その何かは、鈍い音をたてて、壁に突き刺さる。

 ひらひらと、あたしの足もとに何かが舞い落ちる。それは、あたしの髪の毛。

「動くなと言ったはずよ!」

 女騎士、氷のように冷たい眼をあたしに向ける。

 ――警告はこれが最後よ。

 そんなメッセージを感じた。

 壁に刺さったものは、女騎士の剣だった。瞬間、背筋が凍りつく。

 この人、本気だ。動いたら、本当に、あたしを斬るだろう。

 でも、何で?

 あたし、あなたたちの敵じゃない。王様のケガを治療して、かくまってあげたのよ? なのになんで、こんな風に怒鳴られて、しかも殺されそうにならなきゃいけないの? 何なの? この人。最初は女神だなんて思ってたけど、とんでもないわ。鬼だよ、この人。鬼女おにおんなだ。

 女騎士改め鬼女は、あたしに剣を向けたまま、王様の身体を調べる。脈をとり、呼吸を見て、ケガの具合を確認しているようだ。そしてミロンを見て。「鎮静剤を飲んだのはどのくらい前?」

「あ、はい。一時間ほど前です」

「見たところ、脈も呼吸も安定しているし、傷の手当てもしっかりしているわ。この人が反ブレンダ組織の一味で、治療と称して陛下の暗殺を謀った、という可能性は低そうね」

 はあ? あたしがそんなことするわけないでしょ! もう! この人、いったい何なのよ!

「……とは言え、今の段階では断定はできないわ。エマ・ディアナスさん、でしたね。もうすぐここに我軍の医療班が到着します。それまで、そこでじっとしていてください。くれぐれも、おかしな真似はしないように」

 鬼女の口調は少しだけ柔らかくなったけど、鋭い眼光だけは相変わらず。あたし、ホントに腹が立っていたけど、でも、その眼に圧倒されて何も言えず、そのまましばらく待った。

 と、そのとき。

「おいエマ。大きな音がしたけど、何かあったのか?」

 イサークの声だ。あれだけドタバタしたんだ。向かいのイサークの家にまで聞こえてても、何ら不思議じゃない。心配して見に来てくれたのだろう。でもこの場合、話が余計にややこしくなりそう。

 部屋に入ってきたイサーク、息を飲む。

「なんだ、あんたら!」イサークが叫ぶ。鬼女に対して敵意むき出しだ。まあ、そりゃそうだろう。部屋には三人の男が倒れていて、あたしは剣を向けられ壁際に立っている。どう見てもこの鬼女、強盗か何かにしか見えないもんね。でも、どうしよう。ヘタにイサークが鬼女を取り押さえようとしたら、ちょっとマズイかも。

 なんてあたしの心配、大当たり。イサークは鬼女に掴みかかろうとする。

「やめて、イサーク!」

 なんて止める間もなかった。次の瞬間には、イサークの身体、宙を舞っていた。どうやったのか判らないけど、鬼女、片手でイサークを投げ飛ばしたのだ。鬼女は、女性にしては背の高い方だ。でも、イサークはもっと高い。それに、狩りの仕事をしているので、身体もそれなりに鍛えている。対して鬼女の身体は華奢で、スタイルだけは女神のよう。体格の差は歴然なんだけど、それでも床に転がったのは、イサークの方だった。

「やめて! イサークに乱暴しないで!」婚約者を投げ飛ばされ、さすがにあたし、我慢しきれず叫ぶ。「イサークもお願い、おとなしくしてて。あたしは大丈夫。この人たちは悪い人じゃないから。おとなしくしていれば、何もしない。だからお願い、イサーク。今はおとなしくしてて」

 イサークは起き上がってなおも鬼女に掴みかかろうとするけれど、あたしが必死に叫んで止めるので、なんとか思いとどまってくれた。ふう、良かった。いくらイサークが狩りで身体を鍛えているとは言っても、あっちは本職の騎士。どれだけ体格で勝っていても、イサークに勝ち目はないし、あの鬼女のことだ、あまりしつこく向かってくるようなら、力づくでもおとなしくさせるだろう。つまり、イサークも今床に転がってる三人組の仲間入りってこと。それだけはイヤだ。

 イサークは鬼女にうながされ、あたしと同じように壁際に立たされる。

「おい、エマ。何なんだ、こいつら?」

「あはは……何だろうね?」

 あたし、笑って答える。何なんだこいつら? なんて、あたしが言いたい。あたしは善意でケガの治療をしてあげたのに、これじゃあまるで、悪者扱いだよ。

 …………。

 まあでも。

 あたしの気持ち、少しだけ落ち着いた。それは多分、イサークが来てくれたから。

 彼がそばにいてくれると安心する。今までどんなに心細かったかが判る。これからどうなるのか判らないけど、でも、イサークがそばにいてくれれば、きっとあたし、大丈夫だ。そう思える。来てくれてありがとう、イサーク。女の人に投げ飛ばされて、ちょっとカッコ悪かったけどね。でもいいの。あなたはそばにいてくれるだけで。

 それからしばらくして。

 診療所に、十人くらいの人がドカドカと入ってきた。白いローブを着た人達が三人。残りはミロンと同じ騎士の格好。ローブの人はさっき鬼女が言ってた医療班で、残りは騎士団の人だろう。ローブの人は王様の身体を診て、鬼女に耳打ちする。すると鬼女、ようやくあたしたちに向けた剣を下げた。そして床に片膝を付き、右手を握って左胸に当てると。

「これまでの非礼をお詫びします。私はブレンダ騎士団第八部隊隊長・リュース・ミネルディア」

 そう言って、深く頭を下げた。ふん、今さら名乗ったってムダよ。あたし、あなたのことはこれから先もずっと、心の中で鬼女って呼んでやるんだから。なんて、どうでもいい決意をする。

 鬼女は続ける。「――すでにお気づきのこととは思いますが、あちらの方は、ブレンダ国王・ベルンハルト・フリクセン陛下です。任務とは言え、陛下の治療をしていただいた方に剣を向け、本当に失礼しました」

「やっと判ってくれたのね? まったく。恩を着せるつもりなんてないけどさ、あたしは善意で治療してあげたの。それなのに、何なのよ、あの扱いは?」

 たまっていた不安を口にする。それに対し鬼女は。

「はい、申し訳ありません」

 そっけなくそう言って、もう一度頭を下げた。

 ……ダメだ、この人。

 一応頭を下げ、謝罪の言葉を口にしてるけど、本当に、形だけという感じ。「あたしは任務を遂行しただけなの。なんか文句ある?」というオーラが、背中からあふれ出している。何を言ってもムダそうだ。だから、言うのをやめた。それより、イサークだ。あたしの隣で、呆然としてる。

「イサーク? 大丈夫?」

「あ? ああ」

「ゴメンね、変なことに巻きこんで。ケガしてない?」

「大丈夫だが……それよりエマ。ブレンダ騎士団とか、陛下とか、この人、何を言ってんだ?」

「多分、昼間イサークが言ってたことが、当たっちゃったんだろうね。あはは」

「って、ことは、こいつらホントに、ブレンダ騎士団で、あのベッドに寝ている人が、王様?」

「みたいだよ。うん」

 イサーク、口をあんぐり開け、言葉を失う。あたしも、なんて言っていいのか判らなかった。

「可能な範囲で、ですが、ご説明いたします」鬼女は立ち上がった。「北の国、クローリナスの国情についてはご存知でしょうか?」

「えっと、まあ、ある程度は」確か、お昼に森でイサークから説明されたな。「……二年前に国が滅びて以来、治安が悪化してて、それを何とかしようと、この国の騎士団が派遣されてるんでしょ?」

「はい、その通りです。我々はクローリナス再興のために様々な活動をしておりますが、残念ながら、これを快く思わぬグループがあるのです。先ほどこの家に現れた三人組、反ブレンダ組織・クローサーと言います。クローサーは、『クローリナスの再興に他国の介入は不要』と宣言し、わが軍の撤退を要求しています。近頃ではその要求を通すため、武力攻撃を仕掛けてくる始末です。クローリナスに派遣された騎士団の被害は甚大で、陛下は常に心を痛めておりました。そこで、現状を知るために、と、陛下自らクローリナスに足を運ばれて、その目で確認することとなったのです」

「……そりゃまた、とんでもないこと言い出すね」

「はい。今この時期、陛下自らクローリナスを訪問するなど、危険すぎます。周りは反対しましたが、陛下は自らの意見は変えぬお方。結局、極秘という形で、陛下がクローリナスを訪問することとなりました」

 ……ん? 極秘って言った?

 そりゃ、変だな。極秘扱いの割には、このあたり一帯でウワサになってるって、イサークが言ってたよ。

 と、思ったけど、話の腰を折ると悪いので、あたしは黙ってる。鬼女は話を続ける。

「あまり多くの者が同行すると、かえって目立ち危険なので、陛下の護衛は限られた人数で行うこととなりました。我々第八部隊十名と、近衛騎士団十名の、合わせて二十名です。しかし、これは結果的に間違いでした。この村から東に五キロほどの地点で、我々は襲撃を受けました。なんとか陛下を逃がすことには成功しましたが……後は、ご存じの通りです」

 ふむ。つまり、王様は二十人の護衛をつけてクローリナスを視察しようとした。しかし、その途中で反ブレンダ組織の襲撃を受け、逃げた……というわけか。

 それにしても、ホントに無茶なこと言う王様だよね。今、北の国に行くのは危険だって判ってるはずなのに……何考えてるんだろ?

「ところでエマ殿。一つ、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「へ? あ、はい。なんでしょう?」

「陛下はまだ眠っておられますので、結論はまだ出せませんが、おそらくクローリナスの訪問は中止になると思います。陛下の体調をみて、城へ戻ることになるでしょう。それまで、この診療所を、我らの待機拠点として使いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

 よろしいでしょうか? と、口調はこちらの意見を求めてる風だけど、その眼には、有無を言わせず使うぞ、的な色が見える。断ってもムダそうだ。あたしは、しょうがなしに承諾した。

「感謝します。このお礼は、後日必ず。では」

 鬼女は大して感謝していないようなそっけない態度で、王様の周りを囲む人の輪の中に入っていった。なんかもう、腹の立つのも通り過ぎて、何も言う気になれないという感じ。胃が痛くなってきたよ。もう、好きにして。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ