#12
――一ヶ月後。
「エマ様ぁ! ありましたよ! ここです!」
遠くでクレアが叫んでいる。どうやら見つかったみたい。ミロンのお墓。
あたしは、お城から少し離れたところにある教会の墓地にやってきた。ここに、ミロンが眠っている。でも、お墓がたくさんあってどれか判らず、クレアと手分けして探していたのだ。
ミロンのお墓は、あたしの腰くらいの高さの石碑が立てられただけの、小さなものだった。墓地の中にはそれより小さい石碑のお墓もたくさんあるし、それすらも無く、ただ土が盛られているだけのところもある。ミロンのお墓はそれらと比べれば立派なものだけど、騎士団のお墓としては小さい方らしい。
「騎士団は、生前の活躍によって、与えられるお墓が違うんですよ」クレアが説明してくれた。「戦争で大きな手柄を立てた騎士は、立派なお墓が与えられます。例えば、あれとか」
そう言ってクレアが指差した先には、あたしの身長の倍はあろうかという女神像が立っていた。あれ、個人のお墓なんだ。
「あれは、先の戦争で大変な功績をあげた騎士のお墓らしいです。もっと凄いのになると、家くらいの大きさのお墓を与えられた騎士もいるみたいですよ」
そりゃまた、とんでもない大きさだ。
「ミロンさんも、生きていれば、それくらいのお墓を与えられたかもしれませんね。何と言っても、十年に一人の才能を持つ騎士だって言われてましたから」
「へ? そうなの?」
「はい。エマ様、知らなかったんですか?」
「うん。いっつもあの鬼女に怒られてたから、そんな風には見えなかったけど」
あたしが鬼女と言ったのを聞いて、クレアは吹き出した。
「まあ、確かにリュース様の厳しさは特別ですからね」
「特別も特別! あの人、絶対おかしいって! ちょっとしたことでもすぐ怒鳴るし、すぐ無茶なこと言い出すし。ミロン、見てて本当にかわいそうだったよ」
「でも、あの若さでリュース様の隊に入れるなんて、異例中の異例だって、入隊当時はかなり話題になりましたよ」
「へえ、そうなんだ」
「ええ。何と言っても、王国きってのエリート騎士のリュース様が隊長を務める部隊ですもの。簡単に入隊できません。それに、リュース様も、ミロンさんにはかなり期待してたみたいだし。厳しさは、期待の表れだったんじゃないんですか?」
うーん。そうだったのかな?
…………。
いやあ、ただ性格が悪いだけだろう……そう思う。
「それに……ほら」
クレア、お墓の前を指差す。そこには、綺麗な赤いバラの花束が供えられている。
「このお花、多分、リュース様ですよ。なんでも、ほとんど毎日、お墓参りに来てるらしいです」
「……ウソだぁ」
「なんでウソを言わないといけないんですか。リュース様はリュース様なりに、ミロンさんの死の責任を感じてるんじゃないですか?」
そうかなぁ? とてもそうは思えないんだけど。
でもまあ。
ミロンが優秀な騎士だったっていうのは信じたいし、本当にそうだったのかもしれない。それだけに、若くして亡くなったのが、無念でならない。
あたしは鬼女のバラの隣にクリサンセマムの花束を供え、そして、ミロンの冥福を祈った。
…………。
って言うかあの鬼女。普通お墓にバラなんて供えるか? トゲだらけだぞ、この花。まったく、鬼女らしいと言うかなんと言うか……。
あの事件から、一ヶ月が経った。
ベルンハルト陛下暗殺未遂事件――は、あたしの思い違いで、実際は、側室のレイラ・エスタリフが、国家の転覆を謀った事件。
ベルンハルト陛下とマイルズ王子のDNA鑑定を行った結果、王子は陛下の子供ではないと判明した。鬼女はその事実をもってレイラ・エスタリフを拘束。最初、レイラは頑として認めなかったけど、DNA鑑定という動かぬ証拠の前では言い逃れはできず、また、その後の調査で護衛の騎士と恋仲であることが発覚。その騎士をDNA鑑定した結果、マイルズの父親であることが判明したため、レイラも認めるしかなかった。二人は死刑こそ免れたものの、首都ターラから遠く離れた牢獄で一生を過ごすことになった。
かわいそうなのは、マイルズだ。
城内にはマイルズも処罰すべしとの声もあったけれど、まだ二歳の子供であり、当然本人には国を騙そうとした意思などは無く、処罰は免れた。とは言え、王位継承権は剥奪。城内にとどまることはできなくなり、母親は投獄されたため、天涯孤独の身となってしまった。陛下のはからいにより、国外の後見人に育てられることになったようだけど、何ともやりきれない。
クローサーとの関係が疑われたレイラだったけど、本人はそれを否定。鬼女たち第八隊は、全力を挙げて身辺を調査しているけど、クローサーとの関係づけるものは、今のところ何も出てきていない。今回の事件は、自分の地位を盤石にしようしたレイラが単独で企てた。そういう見方が強くなってきている。恐らくそうなのだろうと、あたしも思う。レイラは、ミロンがクローサーの内通者を調べていることに感づいた。クローサーとは無関係だけど、調査が進めば、マイルズが陛下の子ではないことが明るみに出るかもしれない。それを避けるべく、恋仲の騎士に命じ、ミロンを殺害した……多分、こういうことなのだろう。騎士も、ミロンの殺害について認めている。
そして、レイラかマイルズ、あるいはその両方の暗殺を企んだと思われるエリザベート王妃とシャドウに関しては、今回、特に何かの罪に問われることは無かった。
と、言うよりも、この件に関しての追及は、一切されなかったのだ。
鬼女が言うには。
「王妃が暗殺を目論んだという証拠は無いわ。仮にそれがあったとしても、マイルズが陛下の子供でなかった以上、罪にはならない。王妃は何らかの理由でそのことに気付き、秘密裏に処理しようとした。つまり、国を護ろうとしただけよ」
それを聞いて、「国のためなら二歳の子供を殺してもいいの!?」「国を護るためには甘えたことは言っていられない!」と、あたしと鬼女、またまた大喧嘩。多分あたし、あの人の考えることは、この先も絶対に理解できないだろうな。
まあ、それはいいとして。
事件の調査はまだ続いているけれど、以上で、一応の解決となった。
しかし、釈然としないところもある。
何故、王妃はレイラを暗殺しようとしたのだろうか?
王妃は何らかの理由でマイルズが陛下の実の子供ではないと知ったけど、証拠が得られないため、暗殺という手段に出るしかなかった……あたしは最初、こう考えた。実の親子で無いことを証明するなんて、非常に難しいと思っていたから。
でもこの国には、DNA鑑定という、親子の血縁関係を調べる技術がある。あたしみたいな新参者が、マイルズは陛下の子供ではない、と主張しただけで、その日のうちに鑑定が行われたくらいなのだ。王妃ほどの力のある人が言えば、話はもっと簡単に済んだはずだ。わざわざ暗殺なんて物騒な手段に出る必要は無い。
そもそも王妃は、なぜ、マイルズが陛下の子供ではないと知ったのだろう? 何か、あたしには判らない、大きな秘密でもあるのだろうか? だから、暗殺という手段を取るしかなかった。
…………。
なんていうのは、あたしの考えすぎかな? やっぱり。
あの王妃のことだ。ただ単に、訴えてレイラを失脚させるだけでは気が済まなかったのかもしれない。なんたって、あたしがお城に来たその日に、みんなの前で素っ裸にするほどの性悪女なのだから。
…………。
まあ、仮にあたしの知らない何かがあれば、鬼女が見つけ出してくれるだろう。あの人、性格は悪いけど、仕事に対する姿勢だけは本物だ。どんな些細な点でも追求し続けるだろう。
「じゃあ、行こうか」
「そうですね」
バイバイ、ミロン。また来るからね。心の中で手を振り、あたしたちは墓地を後にした。
「それにしてもエマ様、本当に変わってますね」
「へ? 何、突然」
「だって普通、ご側室が、護衛もつけずに、こんなお城の外の墓地に来ませんよ。しかも、一介の騎士のお墓参り、なんて」
「そう? 別にいいじゃん。お城にいたって退屈なんだもん」
あたしがお城に来て一ヶ月以上過ぎた。お城の生活には慣れたと言えば慣れたけど、娯楽も何もない城内は本当に退屈そのもの。クレアとお茶を飲んでおしゃべりしたり、ゲームをしたりするくらいだ。たまには外に出たくもなるというもの。
「だからと言って、こっそり抜け出したりしませんよ?」
「だって、許可が出ないんじゃ、しょうがないじゃん」
よほどの用事でもない限り、側室が城外に出ることは許されない。今は何かと物騒だし、それは仕方がないかもしれないけど、そんなんじゃあたし、退屈すぎて死んじゃうよ。なので、お城を抜け出してきたのだ。でも、別にこっそり抜け出したわけじゃない。お城には正面の大きな城門以外にも、使用人専用の小さな出入り口がいくつもある。もちろんそこにも見張りの騎士はいるのだけど、使用人の出入りは自由だ。あたしはそこから堂々と出ただけ。気付かなかった騎士が悪い。
「まあ、その格好では、使用人と思われて当然ですけどね」
「そう?」
あたしはスカートの裾を持ちあげ、くるっと一回転。相変わらずあたしは、側室が着るようなきらびやかなドレスやアクセサリーは身につけず、村から持ってきた地味な服を着ている。まあ確かに、側室には見えないだろうな。クレアたちメイドの服より地味だもん。
「ま、そんなこといいじゃん。せっかく街に来たんだから、楽しまないと。あたし、商店街行ってみたかったんだ。さあ、行こう!」
あたしは駆け出す。この街に来たとき、商店街を見て回りたかったけど、できなかった。やっとそれができる。やったね。
「ああ、待ってくださいよ、エマ様!」
クレアが慌てて追ってくる。早く早く! 明日からまた退屈なお城の生活が待っているんだから、今日は二人で買い物をとことん楽しもう。うん。
(第2話 終)