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#10

 それは、あまりにも突然の報告だった。

 ――ミロンが、自殺!?

「宿舎の部屋で首を吊っているのが発見されたそうです。遺書等は、まだ見つかっていませんが――」

 そんな……そんなバカな! なんで……何で自殺なんか!?

 ――――。

 考えられる理由は、一つしかない。

 彼は、作戦の失敗を非難され、鬼女から、第八隊からの除隊を命じられた。

 あのときの寂しそうな彼の姿を思い出す。

 ――いいんです。もともと、僕には向いていなかったんだと思います。僕みたいな人間が騎士になるなんて、やっぱり甘かったんですよ。隊長の言う通りです。

 そう言ったとき、ミロンはもう、自殺しようと心に決めていたの?

 あのとき、あたしは彼を追いかけ、慰めてあげるべきだったの?

 ミロンは、そこまで追い詰められていたの?

 どうしてあたしは、そのことに気がついてあげられなかったの!!

 後悔がはげしく押し寄せてくる。あたしはミロンの自殺を止められる立場にいたのだろうか? 判らない。あのとき慰めていれば、ミロンは自殺を思いとどまったかもしれないし、思いとどまらなかったかもしれない。それは判らない。確かなことは、あのときあたしは何もしなかったということだけ。ミロンの自殺を止めることができたかもしれないのに、何もしなかったということだけ。

 あたしの……あたしの……せい……?

 悲しみが憎しみへと変わり、自分へ向けられる。

 あたしは彼を助けられたかもしれないのに、何もしなかった。あたしが殺したも同然だ。

 このあたしが!

 自分に対してこれほど怒りを感じたのは初めてだった。自分で自分を許せなくて、おかしくなりそうだった。

 でも――。

 その怒りの矛先が、急に別の方を向いた。

 鬼女が、信じられないことを言ったから。

「それは、今回の事件と何か関係があるの?」

 ――――。

 一瞬、何を言っているのか判らなかった。まるで、自分とは何の関係も無いことでも起こったかのような言い方。

 鬼女は、ミロンの属していた騎士団の隊長のはずだ。部下が自殺したというのに、まるで無関係だとでもいうようなあの態度は何?

 あなたは……無関係じゃない……。

 あなたは! 無関係じゃない!

 心の中で叫んだ。

 ミロンはまだ未熟だったかもしれないけれど、一生懸命頑張っていた。それなのに、あなたはことあるごとに彼につらく当たって、それが彼を追い詰めていたんだ!

 それを……それを!

 ――それは、今回の事件と何か関係があるの、ですって?

 事件とは関係ない。関係無いけど、あなたには関係あるだろうが!

 怒りを通り越し、憎しみを宿した目で、鬼女を睨む。

「――いえ、事件と直接関係はありません」通信機からのアーロンさんの声。トーンが下がっている。

「だったら、その件は別の隊に任せて。あなたはすぐにターラ駅に来なさい」

 限界だった。怒りが、爆発した。

 店を出ようとする鬼女の前に立ちはだかった。

 何? という目で見る鬼女。

「あなたは……あなたは……なんで……そんな風に言えるの……」

 怒りをぶちまけたかった。でも、思ったことはほとんど声にならなかった。あまりに怒りが大きすぎて、言葉にならない。言葉で言い表せるほど、今のあたしの怒りは小さくない。

 許せない。

 許せない許せない許せない!

 この気持ちをぶつけたいのに、どうしていいか判らない自分がもどかしい。ただ彼女の前に立つしかできない自分が悔しい。

 鬼女は、そんなあたしを煩わしそうな目で見る。「エマ様、申し訳ありませんが、今、ミロンのことで何か話をするつもりはありません。そこをどいてください」

 感情のこもらない、あくまでも作業的な口調。あたしの心に黒い炎がともる。

「あなたは……なぜそうなの……? あなたが彼を追い詰めて……あなたが彼を殺したかもしれないのに……なんでそんな風に言えるの!」

 叫んでいた。叫ぶことでしか、今の感情を表すことができなかったから。

 だが、鬼女の心には届かない。

「私はミロンに騎士としての適性の無さを指摘しただけ。それで彼が自殺したというのなら、それは彼の心が弱かっただけのこと」

「――――!」

 何か言うよりも先に、手が動いていた。おもいっきり、鬼女の頬をひっぱたこうとした。ひっぱたいてやりたかった。

 でも、あたしなんかにそれができるわけがない。

 鬼女はあたしの右手を受け止めると、そのまま後ろにひねり上げ、あたしを壁に押し付けた。

 ひねられた腕は、そんなに痛くない。かなり手加減してくれているのが判る。でも、あたしの目からは涙が止まらなかった。

 痛いわけでも、悲しいわけでもない。

 ただ悔しかった。

 あたしは、間違ったことを言ってるとは思わない。人として、当然のことを言ったまでだ。この女は、人としての感情が欠落している。それを批判したかっただけだ。

 そんなことすらできない自分が悔しくて、泣いた。

「エマ様。お願いです。これ以上、私の邪魔をしないでください」うんざりした口調。

「あなたは仲間を何だと思ってるの!?」叫んだ。右手を抑えられ、身動きのできないあたしには、叫ぶことしかできなかったから。「仲間が自殺したのに涙の一つも流さず、心が痛まないの!? あなたには心が無いの!?」

「私には――国を護る使命があります」

「国を護る使命? はん! それがあれば、何をしても許されると言うの? 仲間を自殺に追い込んで、それで平気な顔しててもいいってわけ!? ずいぶん立派なのね、国を護るって。あなたみたいに、心も持たない冷たい人間に、護ってほしくなんかないわ!」

 そのとき。

「あなたに私の何が判るの!!」

 叫んだのは、鬼女。

 それまで、あたしに対しては作業的な、冷たい態度でしか接してこなかった鬼女の感情が、突然乱れた。

 あたしは、思わず息を飲む。

 鬼女は叫び続ける。「私はあなたとは違う! あなたみたいに同情したり慰めたりできれば、そりゃあ気が楽でしょうけどね、そんなんじゃ、国は護れないのよ!!」

 それは初めて見る、鬼女が感情をあらわにした姿だった。

 叫ぶこと自体は、初めてではない。部下に指示を出すとき、部下を叱るとき、作戦に失敗したとき、彼女はよく叫んでいた。それも、感情をあらわにすると、言えなくもない。

 しかし、今までのと、今のとでは、全く違う。それは、心の底から出たような叫び。第八隊隊長としての感情ではなく、リュース・ミネルディアとしての、感情の爆発。リュース本人の、素顔を見た気がした。

 だけど、彼女はまたすぐに、第八隊隊長の仮面をかぶる。

「――今朝、陛下を暗殺しようとしたヤツらがいる。その二人は死んだけど、それで事件は終わりじゃないの。あの二人だけで、今回の事件を起こしたはずが無い。必ず、裏に誰かいる。それを暴かないと、また同じことが起こるかもしれない。いえ、次も同じだとは限らない。次はもっと多くの人命にかかわるかもしれない。この捜査には、この国のすべての人の命がかかっているかもしれない。一時の感情に流されて、国民の命を危険にさらすわけにはいかないの」

 口調に本来の冷静さが戻っていた。もう、いつもの彼女だ。

 しかし、ほんのわずかに見せた彼女の本音は、あたしを冷静にさせ、返す言葉を失わせていた。

 リュースのことを、認めたわけではない。

 ミロンを追い詰め、自殺に追い込み、その責任を感じようともしない彼女を、許せるはずは無い。

 でも、彼女の言うことも、判る。

 ベルンハルト陛下の暗殺を企てた者。それを捕まえたいという思いは、あたしも同じだ。

 リュースのことは許せないし、大キライだし、一緒にいたくなんてないけど、あたしは確かに、感情のまま行動しすぎているかもしれない。それでは国を護れないというのは、認めざるを得ない。この事件を捜査するには、彼女のような冷静さも必要だ。

 …………。

「判ったわ……ごめんなさい」小さな声だけど、謝る。

「――いえ」リュースはゆっくりとあたしの腕を放す。「誰か迎えに来させるから、あなたは城に戻ってて」

「ううん、あたしも一緒に行く」

「エマ様――」

「大丈夫、もうあなたの邪魔はしない。ちゃんと捜査に協力するから。あたし、今までもそれなりに役に立ってきたでしょ?」

「――――」

 リュースは黙ったままだったけど、否定しないということは、そう思っているということだろう。

「判ったわ」リュースはドアに手をかける。「でも、勘違いしないでね。あなたは捜査の役に立つことより、邪魔していることの方が多いから」

 そう言って、店を出た。

 …………。

 くっそー。腹立つな、あの鬼女。あんなイヤミ言わなくてもいいじゃないか。

 でもまあ、ここは我慢だ。捜査が最優先。あたしは鬼女を追って店を出た。


 スラムを出て、ターラ駅までは一時間ほど。駅の中は、中央広場や商店街に負けないほど、多くの人でごった返している。鉄道は、今はまだ高額なお金が必要だけど、それでも、利用しようという人は多い。徒歩や馬車などとは比べ物にならないほど早く目的地に着くのだから当然だろう。将来はブレンダの交通の要となるに違いない。

 人込みをかき分け、あたしたちは駅の中を歩く。

「ところで、アシュレイは捕まえなくてよかったの?」鬼女に訊く。陛下暗殺の毒薬を作った人だ。それなりの罪に問われるべきだと思うけど、鬼女とのごたごたですっかり存在を忘れてて、そのまま駅に来てしまった。

「捕まえるだけ無駄ね。恐らく罪には問えない」さらりとした答え。

「そうなの?」

「ええ。あいつは、ただ注文された通りに薬を作っただけだと主張するはず。それを否定する根拠は無いし、まあ、恐らくその通りなんだと思う。トリカブトを加工するくらいじゃ、罪にはならないわ」

 確かにその通りかも。トリカブトは手を加えれば薬にもなるからね。

「しゃくだけどしょうがないわ。今は毒を作った人より、使った人の方を調べないと――」

 鬼女、突然立ち止まる。

「ん? どうしたの?」

「あ、いえ。申し訳ありません。私、エマ様に失礼な口のきき方を」

 ――そう言えば鬼女の喋り方、いつもの硬さが無くなってた。多分、アシュレイの店で言い合った辺りから。全然気にしてなかったけど。

「別にいいよ、そんなこと」

「いえ、そういうわけには……」

「いいっていいって」笑いながら言った。

 あたしは一応国王の側室で、彼女はこの国の騎士。立場の違いは判らなくはないけれど、変に気を使われてもお互い疲れるだけだ。あたしはみんなから敬われるような人間じゃないもんね。

 と、言うか。

 鬼女の場合、言葉づかいなんかより、性格の方を直した方がいいと思うよ。うん。

 ……ま、それは置いといて。

「隊長!」

 アーロンさんの声だ。人ごみの向こうで手を振っている。あたしたちはそっちへ向かう。

 アーロンさんの後ろには、たくさんのドアがついた棚があった。棚と言っても、分厚い金属でつくられた頑丈そうなもの。これが例の貸金庫なのだろう。お金を入れると使えるようになるらしい。

「中は?」と、鬼女。

「まだ見ていません。これがそうです」アーロンさんは扉の一つを指差した。

「開けて」

 鬼女の指示で、アーロンさんは取り出した鍵をカギ穴に差し込み、ゆっくりと回す。カチリ、と音がして、ドアが開いた。

 中には、小さな紙袋が一つ。

 その中に鉄道のチケットが入っているのだろうか? それがエルズバーグ方面へ向かうチケットなら、あの二人はクローサーと繋がっている可能性が高い。いや、繋がっているというよりは、クローサーの一味だと言った方がいいだろう。

 鬼女が紙袋を取り、中身を取り出した。長方形の紙が二枚。

「――――」

 鬼女、はっとした表情。

「どうしたの? 鉄道のチケットじゃなかった?」

「いえ、チケットだけど……行き先がヴァルナだわ」

「ヴァルナ?」

「ブレンダ第二の都市よ。ここターラからは、鉄道で南に四日ほど」

「南!?」思わず声を上げる。

 クローリナスはブレンダの北にある国だ。つまり、ヴァルナという都市はクローリナスとは反対方向ということになる。

「じゃあ……あの二人はクローリナスに逃げるつもりじゃなかったってこと?」

「そうなるわね」

 つまり、クローサーとは関係が無いってこと?

「我々の捜査がクローサーに及ぶことを見越し、逆を突いてクローリナスと反対方面に逃げようとしたのでは?」アーロンさんが言った。確かに、その可能性は考えられる。でも……。

「あまりメリットは無いわね」鬼女が否定した。「暗殺が成功したなら、犯人は一刻も早くブレンダから脱出したいはず。国にとどまっていたら、それだけ捕まる可能性が高くなるだけ。クローサーと繋がっているのなら、一刻も早くクローリナスに逃げるのが一番よ」

「じゃあ、あの二人はクローサーとは関係ない?」

「…………」

 あたしの質問に、鬼女は答えなかった。判らない、ということだろう。

 そのとき、鬼女の魔導通信機が鳴った。

「リュースよ。何?」ぶっきらぼうな口調で出る。

「隊長、アランです。ミロンのことで、お伝えしたいことが」

「後にして。今は暗殺未遂事件が最優先よ」

 冷たく言う。その言い方に腹が立ったけど、ここでまた言い争っても仕方がない。我慢我慢。

「それが、事件に関係しているかもしれません」

 アランさんの言葉に、鬼女の表情が変わった。「どういうこと?」

「はい。ミロンは自殺ではないようです」

「――――!」

 全員が、息を飲んだ。

 ミロンは自殺ではない?

 宿舎の部屋で首を吊っていたと言ってたよね。じゃあ、事故でもないだろう。

 と、言うことは……殺された……?

「説明して」一転する鬼女。

「はい。詳しい検死はまだなので確かなことは判りませんが、首に、わずかですが、傷があったそうです。爪に皮膚のような物の付着も確認されているそうなので、おそらく掻き傷ではないかと」

 ――掻き傷?

 首の掻き傷。それって、確かに殺された可能性が高い。

 人は普通、首を絞められたら抵抗する。ロープで首を絞められた場合、引きはがそうとロープをつかもうとして、首に爪を立ててしまうことが多いという。自殺でこの傷はできない。

 つまりミロンは、何者かに絞殺され、自殺に偽装されたということ?

「――判った。すぐに戻るわ」鬼女、通信を切る。「アーロン、あなたは念のため、もう少し金庫を調べて」

 そう指示を出すと、鬼女は行ってしまう。

「ちょっと待って、あたしも一緒に!」慌てて後を追った。

 ミロンが殺された。いったい何故?

 このタイミングで殺されたからには、陛下の暗殺未遂事件と関連していると考えられる。

 ……と、いうことは、ミロンはエリザベート王妃によって、恐らくシャドウに殺された!?

 ――――。

「ねえ、ミロンが殺されたということは、今回の暗殺事件の首謀者が、お城にいるってことだよね?」城へ戻る道を急ぎながら、あたしは鬼女に訊く。

「その可能性は高いと思う。でも――」鬼女、少し言い淀む。

「ん? 何?」

「いえ……どうも腑に落ちないのよね」

「と言うと?」

「何でミロンを殺す必要があるの?」

「それは……暗殺事件を調べてる第八隊は、事件の首謀者にとっては邪魔な存在。だから殺したんじゃないの?」

「でも、正直言ってミロンはミスだらけで、捜査の役には立っていないし、捜査からは外した。それをわざわざ殺す必要がある?」

 ……ちょっと腹の立つ言い方だけど、鬼女の言いたいことは判る。

「警告じゃないの? これ以上捜査を進めるなら、もっと被害が出るぞ、とか」

「それなら、自殺に見せかける必要が無いわ」

 あ、そうか。

 それに、城にいる者なら、当然この鬼女のことは知ってるだろう。そんな脅しに屈して、捜査をやめるような人じゃない。

 確かに、考えてみるとおかしいな。

「でも、一つだけ心当たりがあるの」と、鬼女。

「何?」

「今回の暗殺未遂事件が起こる前、第八隊は城内にいると思われる、クローサーの内通者について調査してた」

 クローサーの内通者――そうだ。ベルンハルト陛下がクローリナスを訪問するという情報が漏れていたようだから、第八隊で調べるって言ってたっけ。

「じゃあ、そのせいでミロンが殺された?」

「ええ。城内にいるすべての人を、手分けして一人一人、本人たちに気付かれないよう、極秘で調査していたんだけど、ミロンが当たりを引いたのかもしれない」

 と、いうことは、ミロンが調べていた人がクローサーの内通者で、今回の陛下暗殺の首謀者。

「それで、ミロンが調べていた人って?」訊いてみた。

 あたしの考えでは、それはエリザベート王妃。

 王妃がクローサーと繋がっていて、今回の暗殺事件も企てた。そして、クローサーとの関わりを調べていたミロンを殺した。

 今まで証拠が無かったから、地下牢で聞いた王妃とシャドウの会話は、誰にも話さなかったけれど、ミロンが調べていたのが王妃だったら、これは話すチャンスだ。

「ミロンが調べていたのは――側室のレイラ・エスタリフ様よ」鬼女は言った。

 ――レイラ様?

 エリザベート王妃じゃないの?

 じゃあ、レイラ様がクローサーの内通者で、ミロンを殺した?

 おかしい、それじゃあ、つじつまが合わない。

 ミロンを殺したのがレイラ様なら、クローサーとの内通者も、今回の暗殺事件を企てたのもレイラ様になる。なら、あたしが地下牢で聞いたエリザベート王妃とシャドウの会話は何? あれは王妃ではなく、レイラ様だった?

 …………。

 いえ、聞き間違うはずない。あれは絶対、エリザベート王妃だった。

「ねえ、ミロンが調べていたのは本当にレイラ様? エリザベート様じゃなくて?」念のため訊いてみる。

「エリザベート様? まさか。調査していることがエリザベート様に知られたら、大変なことになるわ。ミロンには任せられない」

 確かにそれは言える。あの気難しい王妃を調べるなら、かなり慎重にしないと。こう言うと悪いけど、ミロンには荷が重い。

 じゃあ、一体どういうことなんだろう、これは。

 なんだか、わけが判らなくなってきた。少し整理してみよう。

 今朝、あたしはお城の厨房で、ダリオとルドルフという二人の男が、陛下の食事に毒を入れようとしている話を聞いた。

 それを近衛騎士のシャドウに話すと、彼女はあたしを地下牢に閉じ込めた。

 地下牢であたしは、シャドウがエリザベート王妃と話しているのを聞いた。会話の内容から、陛下の暗殺にはこの二人が関わっている。

 今のブレンダの国情を考えると、陛下の暗殺を企むのは、反ブレンダ組織クローサーである可能性が高い。つまり、ダリオ、ルドルフ、シャドウ、王妃の四人は、クローサーと繋がっていると考えられた。

 でも、暗殺実行犯のダリオとルドルフは、クローリナスとは反対方向、ブレンダ第二の都市ヴァルナへ逃げようとしていた。クローサーと繋がっているなら、これはあり得ない。

 さらに、ミロンが何者かに殺された。ミロンはクローサーの内通者として、側室のレイラ様を調べていた。それが原因で殺された可能性が高い。

 じゃあ、クローサーと繋がっているのはレイラ様で、シャドウとエリザベート王妃は、クローサーとは無関係のところで、陛下の暗殺を企てたということ?

 …………。

 おかしい。話がかみ合わない。どこかがずれている。

 王妃がクローサーと関係無いのなら、何故陛下の暗殺を企んだのだろう?

 そう言えば……。

 今まで漠然としか考えていなかったけど、よくよく考えてみたら、陛下を暗殺して、王妃に何の得があるんだろう?

「ねえ、変なこと訊くけど、いい?」あたしは鬼女に向かって言う。

「何?」

「もしもの話よ。もしも、ベルンハルト陛下が死んだとしたら、次に王になるのは誰?」

「不吉な話はしないで」

「だから、もしもの話。大事なことかもしれないの。教えて」

「それはもちろん、陛下のご子息、マイルズ王子よ」

「……エリザベート様じゃないのね?」

「ええ。エリザベート様に王位継承権は無いわ。あくまでも、王の妻、というだけ」

 と、言うことは。

 エリザベート王妃には、陛下を暗殺するメリットが無い。

 エリザベート王妃は、子供を産むことができない。だから、この国には側室の制度ができた。そして、側室のレイラ様と陛下の間にマイルズ王子が産まれた。これでレイラ様はお城で絶大な権力を持った。エリザベート王妃としては、これは面白いことではない。だから、レイラ様と王妃は対立している。

 もし陛下が暗殺されるようなことがあれば、次に王に即位するのはマイルズ王子。レイラ様の力はますます強大になり、エリザベート王妃は力を失う。王妃としては、それだけは避けたいはず。王妃が陛下を暗殺するなんて、あり得ない。

 つまり――。

 あたしの今までの考えは、前提が間違っていたんだ。だから、つじつまが合わない。

 もう一度最初から考えてみよう。何か、大変な見落としがあるのかもしれない。

 …………。

 …………。

 …………。

 ……あ。

 そうか……そうだ!

 今まで、今回の事件はクローサーと関係があると決めつけていた。だから、訳が判らなかったんだ。

 二つを切り離して考えれば、すべてがピタリとはまるじゃないか!

 今回の事件は、クローサーとは関係無い。いや、あるかも知れないけど、重要なのはそこじゃなかったんだ!

 でも。

 もしあたしの考えが正しかったら、これ、大変なことだぞ――。



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