#09
許せない、あの女――。
あたしは精一杯の敵意をこめて、鬼女を睨みつける。
隊長だか何だか知らないけど、その立場を利用して、ミロンに理不尽に当たる。そんなの、酷すぎる。
湧き上がる怒り。でもそれを、あたしは飲み込んだ。
今は、ベルンハルト陛下暗殺未遂の捜査が行き詰っている状態だ。怒りにまかせて鬼女に不満をぶちまけ、さっきみたいな言い合いになるのは良くない。それでは、怒りにまかせてミロンを隊から外したあの女と同じだ。
ふう、と、大きく息を吐き、心を落ち着かせる。
――今は我慢よ、エマ。我慢我慢。
…………。
よし。もう大丈夫。
鬼女は、アーロンさんと一緒に、自殺した鷲鼻の男を調べている。あたしは騎士団じゃないからそこには加わらず、少し離れてその様子をうかがう。アーロンさんが持物を一つ一つチェックし、そして、何かを見つけた。
「証明書がありました。名前は、ルドルフ・ブルック。住所は……ターラ内ですね。ここからそう遠くありません」
「そう。一応、誰かを向かわせて。まあ、これから逃亡しようとしていたんだから、何か残しているとは思えないけど」
と、鬼女の魔導通信機が鳴った。鬼女は「他にも何かないか探して」とアーロンさんに言うと、通信機に出る。
「はい、こちらリュース」
「アルバロじゃ。食事に入れられていた毒の成分が判った――トリカブトじゃ」
トリカブト? あの、山や森に生えてある植物?
エルズバーグ村に住んでたときは、よく近くの森に野草を採りに行った。トリカブト、けっこうそこらじゅうに生えていた。毒性が強いから、間違って採取しないように、すごく気をつけていた。
でも、それっておかしいぞ?
あたしが厨房で二人の男の話を盗み聞きしたとき、毒は無味無臭で遅効性だと言ってなかったっけ?
トリカブト、かなり苦いと聞いたことがある。舌に刺すような痛みが走る、と言われている。口に入れて気付かないようなものではないはず。
加えて、毒性は極めて強い。摂取すると三十分もしないで死んでしまうはずだ。男たちは、効果が表れるまで五時間と言ってなかっただろうか?
毒性を弱めた……?
トリカブトは毒ではあるけど、毒性を弱めると、強心作用や鎮痛作用を得られる薬にもなる。確か、塩水や苦汁に浸し、加熱すればいいはず。これを使って、毒の効果を遅らせた?
…………。
いや、ダメだ。これはあくまでも毒の作用を弱めるためのものであって、毒の効果が表れる時間を遅くする為のものじゃない。この方法では無理だ。
では、他に方法が?
あたしは薬草についてはそれなりに知識がある。でも、考えても、その方法は思い浮かばない。
……と、すると、あたしの知らない方法で、トリカブトを遅効性にすることができる?
そうか、なら、話は簡単だ。この国には、あたしの知らない、とんでもない技術がある。今まで、さんざん目の当たりにしてきた。
鬼女も同じ考えに至ったようで、同じことをアルバロ様に言っている。「……では、何らかの魔術処理がされている、ということですね?」
「うむ。間違いないだろうな。技術的に簡単なことではない。ターラ内でこんなことができる人間は、かなり限られるだろうな」
「――アシュレイですか?」
「おそらく」
アシュレイ? 誰だろう?
「判りました。当たってみます」鬼女は通信機を切る。そして、アーロンさんに向かって。「何か見つかった?」
「はい。こんなものを持っていました」
アーロンさんが見せたのは、一本の鍵だった。持ち手の部分は、丸いよくあるタイプのものだけど、差し込む部分は一般的なものと比べるとやや長く形が複雑で、かなり特徴的だ。
「……普通の鍵じゃなさそうね。何の鍵か調べられそう?」
「城に戻れば、なんとかなると思います」
「じゃあお願い。私は、アシュレイのところへ行ってみる」
「はっ!」
鬼女はあたしを一瞥しただけで、そのまま行ってしまう。もうあなたに用は無い、そう言わんばかりの態度。
さて、どうしようか。
あたしはあのルドルフという男の確認のために連れてこられたんだから、彼が死んだ以上、用が無いのは確かだろう。でも、このままお城に帰るのは、あまりにもしゃくだ。解決するかどうか判らない暗殺未遂事件。何もせずただお城で待ってるなんて、我慢できそうにない。あたしも何か調べないと。アーロンさんは鍵を、鬼女は毒を調べるって言ってた。鍵はあたしの得意分野じゃないけど、トリカブトについてなら、多少の知識はある。あの女と一緒にいるのはイヤだけど、しょうがない。ついて行ってみよう。
あたしは鬼女を追いかけた。
「ねえ、待って」声をかけた。振り返った鬼女は、何? と言うように眉をひそめた。
「あたしも一緒に行くわ。いいわよね?」
あたしがそう言うと、鬼女は露骨にイヤそうな顔をする。「エマ様、後は我々で十分ですので、アーロンと一緒にお城にお戻りください」
言葉は柔らかだけど、顔は「帰れ」と言わんばかりだ。もちろん、従うつもりは無い。
「あたしは村で医者をしていたから、薬草の知識はある。使われた毒がトリカブトなら、役に立てるかもしれないわ」
本当は魔法が絡んでる時点で役に立てそうにはないけど、そうでも言わなきゃ鬼女はあたしを連れて行ったりしないだろう。鬼女は何も言わず、考えている。事件の解決に役立つ可能性があるなら、連れていく価値はあるか……そんな風に考えている様子。そして。
「……ご自由に」
短くそう言うと、また歩き始めた。
「それで、どこに行くの?」
「東のスラム街に魔術用品を売っている店があります。店主の名はアシュレイ・オズボーン。この街では少々名の知れた魔術師で、かつては王国直属の魔術師を務めていたこともあります。しかし、素行の悪さから除名されました」
「その人が、今回の毒を?」
「判りませんが、このあたりで高度に魔法処理された毒薬を密かに入手しようと思ったら、そこしかないでしょう」
ふうむ、どこまで頼りになる話かあたしには判らないけど、他に手がかりになりそうなものが無いなら仕方ないか。あたしたちはアシュレイという人の店を目指した。
商店街から一時間ほど歩いたところにスラム街はある。ターラでも貧しい人たちが住んでいる区画だ。強い風が吹けば跡形も無く吹き飛んでしまいそうな粗末な掘っ立て小屋や、崩れたまま修復されず放置されてある古い建物がいくつも立ち並んでいる。そんな街に住む人は、ボロ同然の衣服を身にまとい、明日の食うものにも困る人々……を想像していたんだけど、実際に足を踏み入れてみると、そういった姿の人は少ない。目につくのはあからさまにガラの悪い人ばかりだった。このスラム街には人目を忍ぶ犯罪者が多く住んでいて、スラムとは名ばかりの暗黒街だ、と、鬼女が説明してくれた。みんな何をするわけでもなくただ立っていて、近くを通ると鋭い視線を向けてくる。一人じゃとても歩けないな、ここ。でも、鬼女はそんなガラの悪い人たちの視線も全く気にした風も無く、平然と歩いて行く。そして、ことさら雰囲気の悪い建物の前で立ち止まった。ここがアシュレイという魔術師のお店? 二階建ての石造りの建物で、お店と言うわりには看板すら出ていない。窓という窓はすべて閉め切られ、カーテンで閉ざされている。中の様子をうかがい知ることはできない。
鬼女はドアを開け、中に入った。あたしも続く。
建物の中に入ると、薬品独特のツンとしたにおいが鼻についた。カーテンで閉め切られた内部は薄暗く不気味だ。部屋の奥にカウンターがあり、その後ろの棚には、薬品のようなものが入った無数のビンが雑然と並んでいる。カウンターには誰もいなかったけど、ドアの開く音を聞いたのか、しばらくして、長髪で鋭い目の女が現れた。
「何の用だい?」女はこちらを見もせず、ぶっきらぼうにそう言った。
「久しぶりね、アシュレイ」
鬼女に名を呼ばれ、女は顔を上げる。驚いた表情。「これはこれは、リュース・ミネルディア様じゃないですか。ブレンダ王国随一の美人騎士が、こんな薄汚い店に何のご用で?」
挑発するような口調だ。どうやら二人は知り合いらしい。以前は王国直属の魔術師だったらしいから、言わば元同僚。顔見知りなのは当然だけど、二人の口調から考えて、どうやら仲は良くないようだ。まあ、この女は素行の悪さから騎士団を追放されたそうだから、頭の堅い鬼女と仲良くできないのも当然だろうな。
「聞きたいことがあるの。ルドルフ・ブルックという男、知ってるわよね?」
鬼女、回りくどいことは何もなし。いきなり本題に入った。「知ってる?」ではなく、「知ってるわよね?」と、決めつけているのが、いかにも鬼女らしい。この人が毒を売ったという証拠、まだ何も無いだろうに。
「ルドルフ・ブルック? 聞いたこと無いわね。それが何?」
アシュレイはとぼけた様子で答えた。思い出そうとか、考えてみるとか、そういうそぶりは全く無い。その態度から、「知っているが言う義理は無い」というような感じが、しないでもない。
「即効性の毒薬を遅効性の毒薬に魔術加工するように注文した男よ」
「さあ……そんな毒薬、作った覚えは無いけど」
「とぼけないで。高度な魔法技術が必要とされる薬よ。このあたりでそんなものを作るのは、あなたくらいのものでしょ?」
「あなたに私の魔法の腕が認められていたとは驚きだわ。でも、私より腕の立つ魔術師なんて、この国にはいくらでもいるでしょ? 特に、お城の中に」
「――――」
鬼女はアシュレイの白々しい態度に不快感を隠しきれない様子。忌々しそうに睨みつけている。対してアシュレイは、そんな鬼女を見て、愉快そうに微笑んでいる。
鬼女、毒薬はこの女が作ったと決めてかかっているようだ。今の時点でそう決めてしまうのは早計のような気もするけど、二人は顔見知りだし、アルバロ様も通信で「おそらくそうだ」という意味のことを言っていたし、あたしの知らないそれなりの根拠があるのだろう。
でも、証拠は何も無い。いくら鬼女とは言え、証拠が無くては何もできないだろう。相手から話すのを待つしかないのだろうか。それには、どうすれば……?
「判った。じゃあ、質問を変えるわね」鬼女、腰に手を当て、仕方がないという表情で、声を改める。「実は今朝、毒殺未遂事件があったの。今、その事件に使われた毒薬について調べているんだけど、使われたものは、さっき言ったような加工がされていた」
「即効性のものが、遅効性のものに変えられていた?」
「ええ。そういった加工は、かなり高度な技術が必要みたいだけど、あなたには可能?」
アシュレイは少し考え、「まあ、そのくらいなら訳は無いわ」
「実物を見てみたいの。作ってみてくれない?」鬼女は小さく微笑んだようだけど、薄暗い室内で、アシュレイが気付いたかどうかは判らない。
「……それは注文?」
「ええ、お金はちゃんと払うわ」
「なら、構わないけど」
アシュレイはカウンターの後ろの棚を見る。毒々しい色の液体や粉末、植物の根や小動物の内臓みたいなものが入ったビンなど、たくさんのビンが並んでいる。その中からいくつか取っていったけど、不意にその手が止まった。
「それで、その事件には何の毒が使われていたの?」
「――――」鬼女は言葉に詰まる。苦々しげな顔。
反してアシュレイは、さも楽しそうな表情。「どうしたの? まさか、私が勝手にその事件に使われていた毒を選ぶとか思った?」
――そうか、そういうことか。
鬼女、あえて使われた毒が何かを言わず、アシュレイに毒薬を作らせようとしたのだ。事件に使われた毒薬を作ったのが本当にこの女なら、何も言わずともトリカブトを選ぶ――そう考えたのだろう。でも、相手の方が一枚上手だったってことか。
「とぼけないで! あなたなら知ってるはず。あなたしかいないのよ!」
鬼女、声を荒らげる。今にもカウンターを乗り越え、アシュレイを締め上げそう。
がちゃり。
そのとき、入口のドアが開いた。
「アシュレイ、いるか?」
入ってきたのは、熊みたいに背が高い男。男はあたしと鬼女を一瞥すると、不愉快そうな口調で、「……何だ、こいつらは?」
「お城の騎士様よ。なんか、私を毒殺犯にしたいみたいなの」
アシュレイの言葉を聞き、男の目に敵意が宿る。「――追い出したいなら、手を貸すぜ」
腕を鳴らしながら近づき、鬼女を見下ろす。鬼女はかなり背が高い方だけど、それはあくまで女性としては、だ。この男と比べると、まるで大人と子供。頭二つ分くらいの差がある。体格の差は歴然。男は全身筋肉の塊といった感じで、薄汚れた服を着ているだけだけど、まるで鎧でも身につけているような雰囲気。腕の太さと言ったら、鬼女の腰くらいありそう。
そんな大男に睨まれても、鬼女は全く臆することも無い。大男を睨み返し、「関係無い人は引っ込んでて。ケガするわよ?」
「おもしれぇ。騎士だか何だかしらねぇが、たかが女二人にビビるとでも思ったのかよ?」
……あたしを数に入れられても困るんだけどな。困った。まさに一触即発。この場でケンカなんて、勘弁してほしい。
「ねぇ。ここは一旦、帰りましょう」あたしは鬼女に言う。
「バカなことを言わないでください。このまま帰って、どうするのですか」
鬼女は大男を睨みつけたまま答える。
「――お願い」
あたしは声のトーンを下げ、祈るような口調で言った。それでも動こうとしなかったので、あたしは腕を引っ張った。鬼女は大男を睨みつけたままだったけど、あたしが無理に腕を引っ張るので、仕方なく、といった感じで、店を出た。
店の外には出たものの、鬼女はまだ気が済まないようで、今にも店の中に戻りそうだ。
「放してください、エマ様。アシュレイは絶対に何か知っています。私には判るのです!」
「いいから、とりあえずここから離れて」
「まさか、私があんな男にやられるとでも?」
そんなことはもちろん思ってない。反ブレンダ組織クローサーとの戦いの中で、鬼女が自分よりも大きな男をあっさり倒すのを、あたしは何度も見ている。あの男、いかにも荒事に慣れてるような雰囲気ではあったけど、所詮はただのゴロツキだ。鬼女が相手では何もできないだろう。むしろあたし、この人がやられることがあるのなら、それをぜひ見てみたい。
「――でもお願い。ここは一旦離れて」懇願するように言って、鬼女はやっと従ってくれた。
あたしたちはアシュレイの店から少し離れ、店から見えない位置に隠れた。
「一体何なんですか、エマ様?」
「あなたの言う通り、あのアシュレイという人は、今回の事件に関わっていると思う。あなたが毒薬を作れと言ったとき、彼女は『毒は何?』と言ったけど、多分、知ってたはず」
鬼女の表情が変わる。「何故、判るのです?」
「あの人、一度取ろうとしたのよ。トリカブトの根が入ったビンを」
「――――」
「カウンターの後ろの棚には、いろんなものが置かれていた。その中に、トリカブトの根もあったの。アシュレイはそれを取りそうになったけど、途中で、自分が誘導されていると気付いたんでしょうね。結局取らなかったけど、取ろうとしていたのは間違いない」
「だったら、なおさら帰るわけにはいきません。締め上げてでも、何か聞き出さないと」
「そうね。でも、相手は証拠がないと判っているから、何もしゃべらないと思うの」
「では、どうするのです?」
あたしはニコッと笑って、鬼女の懐を指差した。「魔導通信機を出して」
鬼女、怪訝そうに通信機を出す。すると。
「……行ったようだな。なんだったんだ、あいつら?」
「思い込みの激しいイカれた女騎士よ。気にしないで」
それは、アシュレイと大男の会話だった。
「――これは?」鬼女、驚いた表情であたしを見る。
「お店にこっそり置いてきたの。ミロンの通信機」あたし、得意げに答える。
そう。広場でミロンから受け取った魔導通信機だ。あのときうっかり返すのを忘れてたんだけど、まさか役に立つとは思わなかった。
「これであいつらが何か口を滑らせれば、それを言い分に、追い詰めることができるでしょ?」
すごい、すごいですよ! エマ様!
と、言ってほしかったけど、もちろん鬼女が言うはずもない。まあ、ここまでは言わなくても、あたしの働きを少しくらい評価してもよさそうなものだけど、鬼女は特に何も言わなかった。
……まあいいや。今はそんなことより、通信機。
店の中の二人の会話は続いている。早く何か掴めればいいんだけど。仕掛けたのは通信機で、小さな盗聴器ではない。一応判りにくい所に置いてきたから、すぐには見つからないと思うけど、それも時間の問題だろう。
と、心配してたけど、二人はあっさり口を滑らせた。
「……この間言ってた、即効性の毒を、遅効性の毒に変えてくれ、ってやつか」
「おかしな注文だと思ったけど、あの女が来たってことは、よっぽどヤバい事態なのかもね」
「そうなのか?」
「ええ。あの女、王国きってのエリート騎士さんよ。それがわざわざ私の店に来たってことは、あの客、とんでもない大物を狙ってたんだと思うわ。厄介なことになる前に、逃げた方が良さそうね」
十分だった。鬼女はすぐに店に向かって走る。あたしも後に続いた。勢いよくドアを開ける。
「アシュレイ、今の話は聞いたわよ」
二人は一瞬驚いたようだけど、すぐに平静を装う。「聞いたって、何を?」
鬼女は通信機を見せた。大男は何だか判らないという顔をしているけど、アシュレイはお城にいたことがあるから、それが何か判っているようだ。そして、あたしがお店に隠したミロンの通信機を取り出して見せる。
チッ、と、アシュレイが舌打ちをした。大男も、それで話を聞かれたんだと悟ったようだ。でも、観念した様子は無い。大男が鬼女の前に立ちはだかる。
「……どきなさい。あなたに用は無いわ」鬼女、平然と大男を邪魔者扱い。大男、その態度が気に入らないのか、額に血管を浮かべる。
「フン、エリート騎士だか何だか知らねぇが、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ!」拳を振り上げ、襲いかかった。
あーあ。やめときゃいいのに。
鬼女、岩みたいな大男の拳を難なくかわす。そして、右拳を大男のみぞおちに叩き込んだ。
…………。
うわ、すっごい。
あの細い腕のどこにそんな力があるのかわかんないけど、その一撃で大男、気を失って、白目向いて床に倒れる。なんかもうあの鬼女、とてもあたしと同じ人間と思えないよ。
鬼女、アシュレイを睨む。抵抗するか逃げるかと思ったけど、アシュレイはあきらめたように両手をあげ、「何もしないわよ」と言った。さすがに知り合いだけあって、この鬼女に抵抗しても無駄だということを、よく理解しているらしい。
「さあ、話しなさい! 何を知っているの!?」
鬼女、アシュレイにはげしく詰め寄る。しかしアシュレイは不敵に笑うだけだ。「何も知らないわよ。私はただ、注文通りに毒薬を作っただけよ」
「ふん、それを信じろというの?」
「信じてもらうしかないわ。あなただって判ってるでしょ? 私たちの仕事は、深く詮索しないのが鉄則。無味無臭で遅効性の毒薬を作れと言われ金を積まれたなら、ただ作るだけ。作った後、その毒が何に使われるなんて知らない。救いようのない極悪人を殺そうと、誰からも敬われる聖人君子を殺そうと、私には関係ないわ」
「――――」
鬼女は何も言わなかった。彼女の言うことは、恐らくその通りなのだろう。金さえ積まれれば、余計なことは一切詮索せず、黙って注文通りの品を作る。依頼する側としては、その方がありがたいだろう。仲間でもない人間に誰を殺すかなんて明かすはずもないし、それがこの国の王様の暗殺ともなればなおさらだ。アシュレイが何も知らないというのは、おかしなことではない。
とは言え、それで納得して帰るわけにもいかない。このままでは捜査が暗礁に乗り上げてしまう恐れがある。何も聞かされていないだけで、何も知らないとは限らないのだから。
「ルドルフ・ブルックは、あなたに毒薬だけを頼んだの?」鬼女に代わって、あたしが質問する。
「ええ、そうよ。私にできるのは薬の調合くらいのものよ。それ以外は何も」
「できるできないは別にして、他に何か頼まれたことは無い? 例えば――逃亡の手伝いをお願いされたとか?」
少し気になっていたことを訊いてみた。ダリオとルドルフの二人は、陛下の暗殺に成功した後、どのような手段で逃亡しようとしていたのか。
アシュレイは少し考えた後、「そう言えば、鉄道に乗る手配ができないか訊かれたわ」
「鉄道――!?」
あたしと鬼女は同時に声を上げる。
「私はなんでも屋じゃないから、それは断ったけど……それがどうかしたの?」
「いえ、ありがとう――」
鉄道を使うつもりだったんだ。鉄道はこの国で最も早い移動手段だ。陛下暗殺後は時間との戦いだから、鉄道を利用しようと考えるのは自然だ。
「ねえ、一般の人が鉄道に乗るためには、どうしたらいいの?」鬼女に訊く。あたしがこの首都ターラに来たときは、何もせずに乗ることができたけど、それはベルンハルト陛下の一行だったからだろう。普通に乗るためには、どこかでお金を払わなければならないはず。
「駅で行き先を告げて、事前に、チケットという乗車証を買うの。乗るときと降りるときに、それを見せる」
「じゃあ、そのチケットってやつを見れば、犯人がどこに逃げようとしていたのか判る?」
鬼女の表情が明るくなった。「――そうなるわね」
暗殺犯がどこに逃げようとしていたのかが判ったとしても、大きな前進になるとは限らない。しかし、もし暗殺犯がクローサーと関係しているとすると、必ずクローリナスの国の方向、つまり、エルズバーグ村方向に逃げるはずなのだ。暗殺犯が買ったチケットがエルズバーグ方面へ向かう鉄道のチケットだとすれば、クローサーとのつながりを示す手がかりになる。
もちろん、楽観できる状態ではない。アシュレイにチケットの入手を断られて逃亡手段を変更したかもしれないし、鉄道を使うにしても、まだチケットを買っていないかもしれない。事前にチケットを買ったとしたら、ダリオかルドルフのどちらかが持っているはずだけど、これまでのところ、二人の持ち物からはチケットは発見されていない。
そのとき、鬼女の魔導通信機が鳴った。
「リュースよ。何?」鬼女が応える。
「隊長、アーロンです。例の鍵が何の鍵か判りました」
さっきのルドルフが持っていた、先の長い特徴的な形の鍵のことだ。
「どこの鍵?」
「ターラ駅内にある、貸金庫の鍵のようです」
それだ! と、思わず声を上げそうになる。
鉄道はまだまだ一般人が簡単に乗れるようなものではない。乗るにはかなりの額のお金が必要だと聞いたことがある。と、すれば、乗るために必要なチケットというのは、宝石や金貨にも匹敵するほどの宝になるはずだ。買った後持ち歩くのはあまりも不用心すぎる。駅に貸金庫があるのならば、そこに預けておく方が安心だろう。チケットは、そこにあるに違いない。
「すぐにターラ駅に持ってきて。私もすぐに行くわ」
鬼女、通信を終え、すぐに店を出ようとしたけど、アーロンさんが止める。
「待ってください隊長。もう一つお伝えすることが――」
「何?」鬼女はもどかしそうに聞く。すぐにでもターラ駅に向かいたいのだろう。それはあたしも同じだった。
だけど、そのときアーロンさんから告げられたことは、あまりにも衝撃的で、信じられないことだった。
「ミロンが……その……自殺した……との連絡がありました……」
――――!!