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#08

 鷲鼻の男は広場を離れ、商店街の路地裏へと入っていく。道を曲がるにつれ、さっきまでの人ごみがウソのように誰もいなくなっていった。商店街の大通りも、広場に負けないくらいの人であふれかえっているのに、少し路地を入れば、こんなにも人の気配が無いものなんだ。

 誰もいない路地裏の、さらに建物の陰になるところで、男は注意深く辺りを見回し、そして、本当に誰もいないことを確認して、ようやくあたしと向き合った。

「それで? ダリオからの伝言ってのは?」

 鷲鼻の男は目を細め、あたしの顔を見た。

 あたし、もちろん伝言なんか受けていない。さて、何と答えたものか。まあ、適当なことを言ってこの場をごまかすことは難しくないだろうけど、あたしの目的は、この男を騙すことではなく、盗聴器を仕掛けること。会話の持って行き方次第で、そのチャンスは増えもすれば減りもする。言葉は、慎重に選ばなければならない。

 …………。

 困った。何も考えてなかった。

 盗聴器を仕掛けることで頭がいっぱいで、会話の内容なんて全然考えてなかったよ。どうしよう……。

 て言うか、考えてみたら、会話しながら、どうやって相手のポケットに盗聴器を入れるの?

 男とあたしは向き合っている。男、明らかにあたしを不審がっている様子。それも当然か。陛下の食事に毒を入れ、これから逃亡しようというのに、現れたのは見知らぬ女。男が警戒するのも無理はない。この警戒の中、盗聴器を仕掛ける、そんなことができる?

 ……ああ、ダメだ、悪い方に考えては。大丈夫! あたしならできる! 根拠なんて無いけど、そう信じなきゃ、できることもできなくなる! 信じよう。きっとできると。

「――ダリオさんは、少し遅れるそうです」

 とりあえず、当たり障りのないことから言ってみた。

「遅れる? 何故?」

「判りません。ただ、遅れると伝えてくれ、と、お願いされただけなので」

 まさか暗殺に失敗したとは言えず、あたしはごまかす。

「どれくらい遅れる?」

「さあ、聞いてません」

 男はさらに目を細める。要領を得ないあたしの言葉に、イライラしてるのが伝わってくる。明らかに、あたしのことを胡散臭く思っているようだ。

「お前、ダリオの何だ?」

 男は値踏みでもするように、あたしの身体を上から下まで見た。

「何……と言われても……一緒にお城で働いてる者です」

「他に何を聞いている?」

「何も。ただ、伝言を伝えればいいと言われただけです」

「本当か?」

 凄みのこもった声。ウソをついていたらタダじゃおかねぇぞ――そんな、殺気立った雰囲気。

 あたしは少し後ずさる。「ほ……本当ですよ。じゃ、確かに伝えましたので、あたしはこれで」

 その場を去ろうとしたけれど、男はそれを許さなかった。「待て、ダリオが来るまで一緒にいてもらう」

「そんな、あたし、もう戻らないと」

「何を急いでいる?」

 男はますますあたしに対する疑念を深めているようだ。決して逃がさない、正体を暴いてやる――そんな視線がまとわりつく。

「別に急いでなんてないです。でもあたし、仕事がありますから。では……」

 振り返って立ち去ろうとした。しかし、男に腕をつかまれた。

「だめだ、一緒にいろ!」

 強引に引き寄せられた。

 ――今だ!

 あたしはバランスを崩したフリをして男に倒れかかり、その瞬間、盗聴器を、男の上着のポケットに滑り込ませる。

 男は気付いた?

 おびえた表情を作り、男の顔を覗き込む。

 …………。

「今から広場に戻る。ダリオが来たら、お前は帰っていい。それまでは、絶対に帰らせないからな」

 鋭い目で睨みながら、男はそう言っただけだった。盗聴器に気付いた様子は無い。

 ……よし、うまくいった。

 後は、スキを見て逃げ出すだけ。それは、さほど難しいことではないだろう。待ち合わせ場所はこの路地裏じゃないから、どうしても広場に戻らなければならない。人目の無いここと違い、人通りの多い広場なら、男も滅多なことはできないはずだ。逃げるチャンスは十分にある。

「イヤ! 放して!」

 叫び、手を振りほどこうとする。とりあえず、嫌がってる演技はしておこう。そう思っただけで、別に深い意味は無かった。

 でも、これが思わぬ事態を招いてしまった。

「待ちなさい! ミロン!」

 これは、耳に入れた魔導通信機からの声。鬼女だった。

「エマ様ぁ!」

 続いて聞こえたのはミロンの声。これは通信機からじゃない。直接、しかも、こちらに近づいてきている。

 すぐにあたしは悟った。ミロンが、あたしを助けようとしてるんだ! 今の、演技だったのに!

 盗聴器は仕掛けたから、後は逃げるだけなのに、ミロンはそのことに気が付いていないのだろう。どうしよう? せっかく仕掛けたのに、ムダになっちゃう。

 来ないで、ミロン! と、祈っても、遅い。

 路地裏に駆け込んでくるミロン。男は、何だ、とミロンを見る。

「エマ様を離せ!」

 男の頬に拳を振るった。よろめき、壁に背を打ちつける男。たたみかけるように、ミロンはさらに殴りつける。

「ミロン! やめなさい!」

 鬼女もやってきた。鬼女はミロンを強引に引き離すと、反対側の壁に押し付けた。

「落ち着きなさい! あなた、自分が何をやったか判ってるの!」

「――――?」

 何故、自分が怒られているのか理解できない、そんな表情のミロン。

「エマ様は暗号を言っていなかった。つまり、作戦は実行中だったってこと。あなた、それを台無しにしたのよ!」

 鬼女の言葉にミロンは呆然とする。

「そ……そうなのですか?」あたしに向かって訊く。

 このとき、あたしはミロンに気を使って、「そんなことないよ。助けに来てくれて、ホント、ありがとう」と言ってあげれば、ミロンの心の負担をかなり楽にしてあげられたかもしれない。でもあたしは、作戦が失敗したことに動揺していて、何も言ってあげられなかった。それは、肯定したのと同じで。

「そ……そんな……僕はただ、エマ様が危険だと……助けようと思って……」

 ミロンの顔が、見る見る青ざめていく。

 鬼女、ミロンにさらに何か言おうとしたとき、ミロンに殴り飛ばされた男が、懐から何か取り出した。

「後ろ!」あたしは叫んだ。

 鬼女、はっとして振り向く。

 男が取り出したものが短剣か何かの武器で、鬼女に襲い掛かったとしたら、話は簡単だった。鬼女は、あっさり返り討ちにしただろう。

 でも、このとき男が取り出したものは、最悪のものだった。

 何かは判らなかった。小さすぎて、手に隠れて見えなかった。でも、それを口の中に放り込んだのを見て、何なのか悟る。

 ――毒!

 男は、鬼女の姿を見て、すぐに城の騎士団だと判ったのだろう。騎士団が現れたということは、暗殺の失敗を意味する。そう悟ったに違いない。

「くそっ!」

 鬼女はすぐさま駆け寄り、男を下に向かせ、口の中に指を突っ込み、飲み込んだものを吐き出させようとする。もちろん男は抵抗する。やがて、男の顔が苦悶にゆがむ。毒が効いてきたようだ。回るのが早い。ベルンハルト陛下に飲ませようとした毒は遅効性だという話だったけど、今飲んだ毒は違うようだ。毒の回りが、あまりにも早い。

 ごぼっ、っと、男が血の塊を吐き出した。苦しみにもがく男の動きが、やがて、鈍く緩慢になっていく。死が近づいてきている。あたしも鬼女も、何もできない。もう遅い。それを認めるしかなかった。

 そして、男は動かなくなった。

 男の死。それは、暗殺未遂事件の裏のつながりを調べるための細い糸が、切れてしまったということ。

「クソ……クソォ!!」

 鬼女が咆えた。怒りを拳に込め、レンガの壁にぶつけた。ガンッ、と鈍い音がして、壁がわずかに揺らぎ、レンガの破片がパラパラと地面に落ちた。男の死は、捜査の行き詰まりを意味する。あの鬼女にとって、それがどれだけ忌々しいものか、容易に想像できる。

 怒りの矛先は、当然のごとくミロンに向けられる。

「ミロン! これはあなたの責任よ! 命令を無視し、あなたが勝手な行動をしたから、こんなことになってしまった!」

 ミロンの胸倉をつかみ、壁に押し付け、激しく詰め寄る。

「すみません……僕はただ……エマ様を……すみません」

 ミロンは口ごもりながら謝る。視線が、鬼女とあたしとの間を泳いでいる。やってしまったことの重大さに気づき、激しく後悔しているのが、痛いほど判った。

 もうこれ以上、彼を責めないで、と思う。

 男が死んだのは痛手だけど、ミロンを責めて、男が生き返るわけじゃないし、新たな手掛かりが見つかるわけでもない。それに、ミロンはただ、あたしを助けようとしてくれただけなのだ。決して捜査を妨害しようとしたわけじゃない。責めたって、何にもならないのに……。

 でも、鬼女の怒りは納まらない。

「これは重大な命令違反よ。それに、あなたはこれまでも数え切れないくらいの失態をしている! 今までは大目に見てきたけど、もう限界よ! あなたには隊を外れてもらうわ!」

「――――」

 ミロンは言葉を失った。

 あたしも耳を疑う。隊を外すなんて、あんまりだ。

「城に戻って待機してなさい! 正式な辞令は、後で出すわ!」

 これ以上、黙って聞いていられなかった。鬼女、相当怒ってるみたいだけど、あたしの怒りも負けていない。確かにミロンはミスをしたけど、それで隊を外すなんて、いくらなんでも横暴すぎる。

 あたしは二人の間に無理やり割って入り、ミロンから鬼女を引き離した。

「やめて! ミロンがかわいそうよ!」

 あたしは、ミロンをかばうように立ち、精一杯、鬼女を睨み付けた。鬼女、突然あたしに乱入され、不快感をあらわにする。

「エマ様、これは第八隊の問題。あなたには関係の無いことです」

「関係無くないわ! ミロンは、ただあたしを助けようとしてくれただけ! それなのに、隊を外すなんて、あんまりだよ!」

「あなたに口を出す権利は無い。あなたはただの側室、隊のことは、隊長である私が決めます」

 感情のこもってない、突き放した言い方だった。その落ち着き払った態度が、癪にさわる。

「隊長ですって? 笑わせないで! 人の痛みも判らないで、何が隊長よ!」気付かないうちに怒鳴っていた。思えばこの鬼女、出会ったときからずっと気に入らなかった。不満が、ついに爆発した。「あなたがどれだけ立派な人間かは知らない。あたしと同じ歳で隊長を務めてるくらいだから、さぞかし立派な人間なんでしょうね。でもね、みんながみんな、あなたみたいに、何でも完璧にこなせる人間だなんて思ったら、大間違いよ! みんなミスくらいする。間違いなんて誰にでもある! それは仕方のないことでしょう? それを責められた人が、どれだけ傷つくのか、あなたには判らないの!?」

「判らないわね、そんなこと」鬼女は吐き捨てるように言った。口調が、明らかに変わっていた。「私たちには国を護る使命がある。ミスをしても仕方がない、なんて言えるような、甘いものではないの!」

「だからって――!」

「やめてください! エマ様!」ミロンが叫ぶ。今度は、彼があたしと鬼女の間に入る。「隊長の言う通りです。国を護る使命がある僕たちに、ミスは許されない。それなのに僕は、つまらないミスばかりで、いつもみんなに迷惑をかけて……エマ様にまで……」

「そんな風に言わないで! あなたは十分やってるわ!」

「――ありがとうございます、僕なんかに、そんな風に言ってくれて。それだけで、十分です」

 ミロンは力無く微笑む。そして、鬼女の方を向き。

「隊長。これまで、本当にご迷惑をおかけしました」

 深く頭を下げた。

 鬼女は、そんなミロンに何も声をかけず、まるで拒絶するかのように、背を向けた。その態度にあたしはまた怒りが込み上げてきたけど、ミロンが、いいんです、と言うように寂しげに笑ったので、何も言えなかった。

 そしてミロンは、そのまま行ってしまおうとする。

「待ってよ、ミロン。ホントにいいの?」

 呼び止める。なんとか考え直させたい。

 あんな女に言いたい放題言われて、それで本当に辞めることなんてない!

 悪いのはあの女。あなたは全然悪くないよ!

 そう言ってあげたいけれど。

 今のミロンの寂しそうな笑顔を見ると、何も言えなくなってしまう。

 励ますのは簡単だ。でも、今のミロンは本当に傷ついている。それが、痛いほど判る。そんな彼を無責任に励ますことが、はたして正しいことなのか、あたしには判らなかった。

「いいんです。もともと、僕には向いていなかったんだと思います。僕みたいな人間が騎士になるなんて、やっぱり甘かったんですよ。隊長の言う通りです」

 そんな悲しいこと言わないでよ、ミロン。なんとか考え直させたいけど、何と言って説得していいか判らず、そんな自分がひどくもどかしい。

 結局、あたしはミロンに何も言えず、彼の小さな背中を見送るしかなかった――。



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