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#06

 …………。

 ……イタタタ。首の後ろがすごく痛い。なんだ、これ?

 …………。

 あれ? あたし、どうしたんだろ?

 どうやらあたし、眠ってたみたいだ。でも、ここ、どこ?

 右手で首筋を抑え、身を起こす。狭くて薄暗い部屋だ。隅にワラが敷いてあるだけで、他は何も無い。三方壁に囲まれている。窓は無く、通気が悪い室内はジメジメして気持ち悪い。そして正面は太い鉄格子。

 ……は? 鉄格子?

 ここ、牢屋?

 なんであたし、牢屋なんかにいるの?

 ええっと……何があったんだっけ……。考える。初めは回らなかった頭も、少しずつ回復していく。

 …………。

 …………!

 そうだ! ベルンハルト陛下の暗殺!

 あたし、厨房で陛下を暗殺しようとしている二人の男の話を聞いた。で、見つからないように厨房から逃げ出し、廊下にいたシャドウさんに知らせたんだ。そして、シャドウさんを厨房に案内しようとしたけど、首筋に痛みを感じ、気を失った。

 で、気がついたら牢屋の中。

 …………。

 ……え?

 あたし、首筋に痛みを感じて気を失った。もちろん首に持病があるわけじゃないし、首をどっかにぶつけたわけでもない。前に進もうとしてたんだ。首の後ろをぶつけるわけはない。

 誰かに殴られた――多分手刀ってやつだろう――としか考えられない。

 じゃあ、誰に?

 あたしのすぐ後ろにシャドウさんがいた。あの場にはシャドウさんしかいなかった。

 なら、シャドウさんとしか考えられない。

 でも、どうして?

 ベルンハルト陛下の暗殺を企んでいる人がいる――そのことを知らせたあたしを、なんで牢屋に閉じ込めるの?

 …………。

 ちょっと待って、何か、聞こえてくる。

 話し声……女の人が二人、話している。鉄格子越しに外を見るけど、姿は見えない。壁のところどころにたいまつが取り付けられた、薄暗い廊下が、ずっと続いてるだけ。二人は声をひそめて会話しているようだけど、静かな牢屋内にはよく響き、ここまではっきりと聞こえてくる。

「……あの側室を捕らえたと?」

「はい。厨房で、二人の会話を聞いたようです」

「まさか、計画が露見したのではあるまいな?」

「ご安心ください。他に知られる前に監禁しました。計画に支障はございません」

「ならば良いが……ことがことゆえ、くれぐれも、失敗の無いよう気をつけるのじゃ」

「は!」

「では、私は戻る。あまり姿を消しておると、都合が悪いゆえ」

 そして、カツーンカツーンという冷たい足音とともに、会話は聞こえなくなった。

 今の会話。声と喋り方から、あたし、誰だか判った。判ってしまった。

 信じられない。

 でも、間違いない。

 どうしよう?

 疑問と確信があたしの中で混ざり合い、生まれたのは困惑。この事態を、どう理解したらいいのか判らない。

 二人の女。一人は、シャドウさんだった。

 これでもう、間違いない。あたしを気絶させ、この牢屋に閉じ込めたのは、間違いなくシャドウさん。

 そしてもう一人は――エリザベート王妃だ!

 信じられないけれど、でも、間違いない。あたし、あの人の声、絶対忘れないもん。

 じゃ……じゃあ、シャドウさんとエリザベート王妃が、ベルンハルト陛下の暗殺を企んでるってこと!?

 そんな! そんなのって!

 どうしよう? 早く、陛下に知らせないと! それには、ここから出なきゃ!

 鉄格子を持ち、ゆすってみる。もちろん、そんなことじゃビクともしない。

 少し離れ、そして、勢いをつけて、肩から体当たり。

 がしん!

 鉄格子は、あたしの身体を簡単にはじき返す。

 でも、負けずにもう一回。

 がしん!

 結果は同じ。太い鉄格子はあたしになんかには何の興味も無いようで、傷一つ付かず、変形もしなかった。とても壊せそうにない。ただ、肩がものすごく痛かっただけ。これじゃ、あたしの身体の方が先に壊れちゃうよ。当たり前か。あたしみたいなか弱い身体で壊せるようなやわな作りじゃ、何の役にも立たない。ここは牢屋。人を閉じ込める専門の場所。そんな場所から脱出するなんて、あたしには絶対無理だ。

 じゃ、どうすんのよ!? 早く誰かに知らせないと、陛下が暗殺されちゃう!

 ……落ち着いて考えよう。焦っても正常な思考の妨げになるだけだ。何か方法は無い? 脱出は無理。でも、誰かに知らせないといけない……?

 そうか! 脱出する必要は無いんだ。知らせるだけでいい。ここから叫んでみるのはどう? 安直な考えだけど、やってみる価値はある。かなり離れた場所にいたあの二人のひそひそ話が聞こえるくらいだ。大声を出せば、外の誰かに聞こえるかもしれない。聞こえないかもしれないけど、やってみるだけやってみよう。ダメだったら別の方法を考えればいいんだから。

「誰か! 誰かぁ!!」

 力の限り叫んでみた。

 …………。

 ダメか? 何の反応も無い。もう一度叫ぶ。でも、結果は同じ。

 牢屋だから、やっぱり、かなり隔離された場所にあるんだろう。それに、窓が無いこの部屋の構造から考えて、ここ、地下である可能性が高い。叫んでもすべて地面に吸収されてしまう。やっぱりダメか……。でも、発想としては間違っていないはずだ。牢屋から脱出しなくても、外と連絡が取れればいいんだから。考えて、エマ。何か……何か他に方法は無い? 外と連絡を取る方法……連絡……遠く離れた人と……連絡……。

 ――――!

 魔導通信機!

 ミロンたちが持ってた、あの魔導機! 遠く離れた人とも、会話できる!

 そうだった! あたし、林であの反ブレンダ組織クローサーに襲われたとき、ウィンにもらったんだ、魔導通信機! 指輪型の! 左手の中指! 表面に小さな宝石がいくつも散りばめられた指輪。この宝石の一つがボタンになっていて、それを押せばウィンに連絡できる。あたしは指輪の隅の方にある少し輝きの鈍い宝石を押した。カチッと音がする。よし。これで、どこにいてもすぐに駆けつけるって、ウィンは言ってくれた! お願い! 早く来て! ウィン!

 祈りはすぐに届いた。

 ほどなくして、通路に響く足音。徐々に近づいてくる。こっちに! 姿が見えた。ウィンだった!

「ウィン!」

 鉄格子の隙間から手を伸ばし、呼んだ。

「エマ様!? なぜこんな場所に? 一体何が?」

 ウィンは鍵を取りだし、鉄格子を開けた。良かった! 助かった!

 でも、ゆっくり感謝してる暇は無い。陛下の命が危ないのだから。

「ウィン、陛下の朝食は?」

「は? もうすぐ始まると思いますが、それが何か?」

 何が何だか判らないって顔のウィン。かなり困惑しているようだけど、詳しく説明してる時間は無い。

「早く止めないと! 食事に、毒が入ってるの!」

 それだけ言うと、あたしとウィンは同時に駆けだした。ウィン、事態を把握できてないはずだけど、あれこれ詮索したりはしなかった。「食事」と「毒」という言葉だけで、今すべきことは事情を聞くことではなく、陛下の食事を止めることだと判断したのだろう。さすがは近衛騎士団隊長。

 あたしたちは走る。陛下が食事をする部屋は二階。階段を上がり、さらに廊下を駆け抜け、すぐに着いた。ドアを思いっきり開け、中に飛び込むと、

「陛下! 食事に毒が!」

 力いっぱい叫んだ。

 部屋の中は、一瞬にして凍りついた。

 あたしは肩で息をしながら部屋を見回す。中央のテーブルには料理。テーブルを取り囲む陛下たち。しかし、料理に手をつけた様子は無い。食事はまだ始まっていない。良かった、間に合った!

 部屋にはベルンハルト陛下、側室のレイラ様とマイルズ王子、支度をするメイドと護衛の騎士が数人。そして、シャドウとエリザベート王妃と、厨房にいた中肉中背でたれ目で団子鼻の男。陛下のお皿にスープを注いでいるところだった。もう一人の鷲鼻の男の姿は見えない。

「エマ。今、何と言った」陛下が鋭い目であたしを見る。あたしはしゃべろうとして、でも言葉が出ず、はげしく咳き込む。全力で走って、大声で叫んで、身体が酸素を欲していた。息が整うのを待つ。

「陛下、食事はしばしお待ちを」代わりにウィンが言ってくれる。息一つ乱さず、落ち着いた口調だ。「食事に毒が入っているかもしれないとのことです。私もまだ、詳細は聞いておりませんが」

「――――」

 メイドと騎士たちがざわめいた。レイラ様は王子を抱き寄せる。陛下はただ黙ってあたしの方を見ている。たれ目の男は明らかに動揺していた。額に汗を浮かべ、調理器具を持つ手が小刻みに震えている。シャドウとエリザベート王妃は動揺したそぶりを見せず、ただあたしを見つめていた。

 みんな、あたしの言葉を待っていた。あたし、呼吸が整うと、ゆっくりと話した。

「今朝、厨房で、二人の男の人が話しているのを聞きました。陛下の食事に、毒を入れる、と。話していたのは――そこにいる男です」

 あたしはたれ目の男を指差した。みんなの視線が男に注がれる。

 その瞬間、男は逃げだした。

「捕まえろ!」

 ウィンが叫ぶ。部屋にはドアが二つある。あたしの入ってきた方とは反対側のドアに向かって、男は逃げた。必死の形相で、ノブをつかもうとする。

 その前に立ちはだかる人影。

 シャドウだった。

 右腕の籠手、手の甲の部分から、光る物が飛び出した。

 何?

 あたしがその光る物が何かを確認する間もなく。

 ――――!

 時間が止まったような感覚に襲われる。

 その光る物が、たれ目の男の喉を引き裂いた。

 男は、何が起こったのか判らないというような表情でシャドウを見る。

 シャドウの動きが止まり、ようやくその光る物が何か、確認できた。

 それは、刀身の短い剣だった。あの籠手には、あんなものが仕込まれていたのか……。

 男は、何かしゃべろうとしたようだけど、言葉にならなかった。口はパクパクと動くだけ。喉から息が洩れ、声にならない。血が、飛沫となって飛び、床に、壁に、そして、シャドウの純白の衣装に散った。男はそれでも逃げようとしているのか、のどを押さえ、数歩進んだ。しかし、あふれ出す血が男の力を奪う。膝が崩れ、男は倒れた。もがき、手を伸ばし、何かを訴えかけるような動き。だがその力も、やがて奪われる。

 男は、動かなくなった。

 部屋に響き渡る、メイドたちの叫び声。レイラ様が王子をぎゅっと抱きしめる。陛下は無言で、床に倒れた男の姿を見つめていた。シャドウは感情の無い目で、足元の男を見つめる。王妃は、笑っているように見えた。

 ウィンが倒れた男に駆け寄る。傷を見て、首を振った。助からない、という意味だろう。

 シャドウが……殺した。

 なんてことを……。

 毒を入れるように命じたのはシャドウとエリザベート王妃のはず。

 あの男は、仲間のはず!

 それを……殺した! ためらうことなく!

「陛下たちを部屋に!」ウィンが騎士たちに命令する。

「余は構わぬ。それより、マイルズとレイラを」

 陛下に言われ、騎士の一人が王子とレイラ様を部屋の外に連れ出した。

「エマ、どういうことか説明しろ」

 陛下の声は、あたしには届かなかった。あたしは、感情を見せないシャドウを、ただ見つめていた。

「エマ様、ことのご説明を、お願いします」

 ウィンに言われ、あたしはようやく我に返った。

「あ……はい」

 あたしは大きく息を吐き出した。話そう、すべて。あたし、許せない。陛下の暗殺を企てただけでなく、仲間を殺した、シャドウと、王妃を!

「今朝、あたしが厨房に行ったら――」

「エマ様――」あたしの話を、シャドウが遮る。「あなた何を聞いたかは判りませんが、陛下の御前です。不確かなことは言わぬよう、確かなことだけ、お伝えください」

 淡々とした口調。

 氷のように冷たい目が、あたしを射抜いていた。

 心臓をわしづかみにされた――そんな錯覚を覚える。

 その瞬間、あたしは、言うべき言葉を見失ってしまった。

 シャドウのことを恐れたわけではない。

 ただ、彼女が何を言いたいのかが判ったのだ。

 ――証拠は、何も無い。

 その通りだった。

 今ここですべてを語ったところで、それが真実だと証明するものは、何も無いのだ。

 今あるのは、目の前で起こった事実のみ。

 あたしが、食事に毒が入っていると告げると、男が逃げ、シャドウが殺した。

 これがすべてなのだ。

 食事を調べれば、毒は発見されるだろう。しかし、今の状況では、男が毒を入れたであろう、という推論しか成り立たない。その裏に王妃とシャドウがいると証明することは、今の段階ではできない。

 あたしはシャドウとエリザベート王妃が暗殺計画について話していたのを聞いた。あのときの会話は、間違いなくこの二人だった。断言できる。

 しかし、証拠は何もない。あたしが聞いた、というだけでは不十分だ。否定されれば、おそらくそれで終わり。いや、相手はあのエリザベート王妃だ。疑いをかけておいて、タダではすむとは思えない。

 ――――。

 くそう。

「朝、あたしが厨房に行くと、誰もいませんでした。しかし、倉庫から話し声が聞こえてきたので、聞いていたら、陛下の食事に毒を入れる、と、そういう話でした。それから――」

 それから、シャドウに報告したけれど、シャドウはあたしを牢屋に閉じ込めた。あたしは牢屋で、シャドウと王妃が暗殺計画について話しているのを聞いた――。

 その台詞を、あたしは屈辱とともに飲み込んだ。

「――いえ、それだけです」

 王妃が小さく笑っているのが見えた。シャドウは、相変わらず何の感情も表さなかった。それが、かえって笑っているように見えた。

「エマ様は、なぜ地下牢に?」ウィンが訊く。本当のことは言えない。

「……判りません。気がついたら、あそこにいました」

 ウィンは、何も言わなかった。

「アルバロ様を呼びましょう」シャドウが言った。「食事に毒が入っているならば、特定しなければなりません。それとウィン殿、陛下の暗殺となれば、クローサーが関係しているかもしれません。第八隊に連絡しておいた方が良いでしょう」

「そうだな――」ウィンは魔導通信機を取り出す。「リュース、聞こえるか」

 しばらくして、通信機からくぐもった声。「ウィン? どうかした?」

「陛下の食事に毒が入れられたらしい。幸い陛下は無事だ。犯人は死亡。クローサーと関係しているかもしれん。すぐに来てくれ」

「了解」

 二人の会話は、それだけで終了した。

 ウィンは陛下に向き直る。

「後は我々にお任せを。陛下と王妃様は、もうお下がりください」

「うむ――何か判ったらすぐに知らせろ」

 そして陛下は、王妃と一緒に部屋を出る。

 部屋を出るとき、王妃と目が合った。王妃は、扇で口元を隠した。笑ったようだ。

 勝ち誇ったような、その態度。

 このお城に来たときの、あの、大勢の前で服を脱がされた一件を思い出す。屈辱は、これで二度目だ。

 ――今に見てろ。

 絶対に、絶対に、あなたの企みを暴いてみせる!

 決意を込めて王妃を睨んだが、王妃は動じた風も無く、部屋を出て行った。

 

 ほどなくして。

 あの鬼女がやってきた――。



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