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8.ここにはいないひと

※次話で完結いたします。

※誤字脱字報告、ブックマークありがとうございます!

 ウルツは想定していない状況に困惑していた。

 フランと男性が広間を抜けた後、小部屋に入る二人を確認するまでは予定通りだった。


 そもそも、小部屋に二人きりでいること自体、王族の婚約者として問題に値する。なので、中での情事まで確認せず二人が出てくる所をフランクリン侯爵に見ていただき、証人になってもらえれば陛下も納得するだろうと画策していた。


 しかし、その想定はあっけなく崩れ去る。

 二人の入った小部屋の入口を見張っていたところ、数分後にフランクリン侯爵がその小部屋に入っていくのが見えたからだ。


(フランクリン侯爵までも、フラン嬢のお手付きだというのか!)


 ウルツは慌てて小部屋に近寄り、耳を澄ます。

 無粋だと思いつつも真偽を確認しなくてはならない。その一心で耳を澄ますと、どうやらフランとフランクリンはもう何度も密会を繰り返しているようだった。


(くそ、それは予定に入れていなかった…!となると証人が欠けてしまう。証言が私とアデラインだけでは口裏を合わせていると疑われる可能性もある…)


 ウルツは、どうしても証人が欲しかった。


 一つの夫婦を壊してしまう可能性が有るが、ここはフランクリン侯爵夫人に状況を説明して、この小部屋まで来てもらうのが無難そうだとウルツは判断した。

 本来、紳士たるもの常に優雅な振る舞いをしなくてはならないが、今は緊急事態である。

 ウルツは、広間に繋がる廊下を駆け抜けた。


 ◆


(なぜだ、アデラインがいない!)


 広間に到着すると、自分の妻がいない事にすぐに気が付いた。しかも、周りに侍らせているはずの男性陣もいない。ウルツは、額に玉のような汗をかきながら、はやる気持ちを抑えて周辺にいた知人へ声をかける。


「すみません、フラン嬢は何処へ?」


「なんだ。ウルツじゃないか、どうしたそんな急いで」


「緊急事態でして、フラン嬢の行方を知りませんか?」


「フラン嬢か、そういえば数分前に男性たちと広間を出ていったなあ…いつもと様子が違ったから、少し心配していたのだけど」


(男性たちと出ていった、だと?)


 知人の話を聞いて、ウルツはカッと身体が熱くなるのを感じた。全身が沸騰するような、煮えくり返るような、そんな気持ちだった。

 アデラインは酔狂な女だが力は平凡。普通の女性である。何かあったら、力づくで脱出することはできないだろう。ウルツはそう考えると居ても立ってもいられなくなり、急いで来た道を引き返した。


(アデライン、無事でいてくれ…!)


 恋心を伴わない結婚ではあったが、ウルツはアデラインのことを嫌ってはいなかった。むしろ最近は一緒にいると心地よく感じているほどであったのだ。アデラインの相手に尽くす献身的な姿や、奇想天外な行動に、マリアとは違う好ましさを感じていた。


 今回の件も、アデラインに危険を及ぼすつもりなど全くなかった。と、誰に言うわけでもなく心の中で弁解をし、ウルツはただ急いで探すことに専念した。


 ◆


「違うの。私、本当に喉が渇いただけだったの。今そんな気分じゃないのよ!」


 アデラインは、部屋に入るなり即座に釈明をした。ミラの時もそうであったが、勘違いはなるべく早く訂正しないと二度と訂正するチャンスがなくなると思っていたからだ。

 しかし、男性陣は全くもって話を聞いてくれない。普段のフランのわがままな振る舞いから、アデラインの主張もその一種だろうと思い込んでいるのだ。


「今日はそういう感じなんだね、フラン」


「君のような女性でも、そんな態度だと生娘のように見えるから不思議だ」


 アデラインは聞く耳を持たない男性陣の姿に、説得は無理そうだと諦める。しかし、なんとしてでもここから脱出しなくてはならないのは確かだった。ウルツの指示だという事を隠して、この部屋から出る方法をアデラインは必死に考えた。 


「…もう!わかったわ、でも3分時間を下さらない?レディには準備が必要なの。貴方たちだって、アーサーから貰ったドレスを汚すわけにはいかないでしょう?」


 “第三王子からのプレゼント“を強調して伝える。


 このドレスに何かあったらフランの行いは明るみなり、彼らも芋づる式に断罪される可能性が有るだろうという、仮説だった。検討してくれるかどうかは、賭けであったが。彼らの潜在的な部分に貴族ならではの思考回路があれば、きっと時間をくれるだろうと考えていた。


「…わかったよ、でもあまり待ってはいられないよ、早く君を可愛がりたい」


 カスペルが降参したかのように、両手を挙げてフランに背を向けた。

 どうやらアデラインは、賭けに勝ったらしい。アダムも、ベンジャミンもカスペルに合わせるように背後へ向き直った。


「ありがとう…」


 得た数分は賭けを持ち掛けた当初からどう使うか決めていた。


 アデラインは背中で結んでいるリボンを解き、胸に詰めた詰め物をおもむろに取り出し、ピンクベージュのウィッグを脱ぐ。ペイントは鏡台に置いてあったホットタオルを使って落とした。


 変装を解いて別人であることを主張し、動揺したタイミングで逃げるという作戦だった。

 変装の一式をベッドの下に隠すと、鏡台の鏡にはどう見てもフランとは別人の、アデラインが映っていた。


(…これなら同一人物とも思われないでしょう)


 失敗は許されない。アデラインは深呼吸をして、精一杯の大声で絶叫した。



「きゃあああああああああああ…!!!!!!」


「な…ッ!」


 あまりの大きな悲鳴に、男性陣は慌てて振り向く。しかし、そこには見知ったフランの姿はなく、見ず知らずの地味な令嬢がいたのだ。


「どこから出てきた!?お前は何者だ!?」


「フ、フランをどこへやった!!!」


 男性陣は思いもよらない出来事に動揺する。

 口をあんぐりと開けて放心しているカスペル。怒りに身を任せベッドサイドにあったチェアを投げつけてくるアダム。窓やドアをくまなくチェックするベンジャミン。

 今のところうまくいっている。と、アデラインは思った。


(早く出なくちゃ…)


 大声を出したのですぐに人が来るだろう。廊下の外から、だんだん近づいてくる足音が聞こえた。

 もしグラットン伯爵家の婦人が未婚の男性と密室にいることが発覚してしまったら、それこそ伯爵家の迷惑になってしまう。アデラインは警備隊や他の貴族が部屋に来る前に、この部屋から脱出しなくてはならなかった。


 アデラインは急いでドアノブに向かって手を伸ばすが、それに気が付いたベンジャミンが通すまいとドアの前に立ち塞がる。


「何者かわからないやつを外には出せない」


「くっ、おっしゃる通りですわ。本当は隠していたかったのですが、御覧いただいてお分かりいただけました通り、私はフラン様ではありません。フラン様は、この国の第三王子殿下の婚約者。何かあってはいけないと、私が影武者をしておりましたの」


 婚約者風情に影武者がいるとは聞いたこともないが、アデラインはまるで本当に“そう”かのように、自信たっぷりと言い放つ。そうしないと、疑われてしまう可能性が有ったからだ。しかし、それは無駄に終わってしまう。


「…わかったぞ、お前、アデライン・グラットンだな?」


 あんぐりと口を開けていただけのカスペルが、とっさに思い出しアデラインを指差した。カスペルは、フランクリン侯爵夫妻へ挨拶をする様子を背後から見ていたのだ。


(しまった…!)


 アデラインは言い逃れできない状況に、冷たい汗をかいた。

 廊下の足音も、より近くなっていることがわかる。まさに四面楚歌であった。


「グラットン…ああ、マリア嬢の代わりの!体調不良ばかりの深窓の令嬢の正体がこれか」


 ベンジャミンは、合点がいったようにニヤニヤと笑う。


「なるほどな、フン…つまらない顔をしているな、よく見せてみろ」


 面白い玩具を見つけたかのように喜々とした顔をして、アダムはアデラインの顎を掴んだ。


「痛っ…!」


「ははは…マリア嬢の代わりと聞いたから、もっと美しいのかと思っていたが。こんなに面白みのない女だと思わなかった!これは傑作だな!」


 四方に動かしては、まじまじと見る。痛がる様子のアデラインに、気を大きくしたアダムはさらに傷つけようとアデラインを床に張り倒した。


「きゃっ!や、やめてくださいませ!!私は見世物ではございませんわ」


「まあまあ、喚くなよ。どうせその貧相な身体で伯爵に媚びを売ったんだろう。マリア嬢の代わりになれるほどの腕前、見せてくれよ」


 アダムは、アデラインの髪を握り勢いよく頭を鏡台に叩きつける。

 ガンという鋭い音がアデラインの脳裏に響き、波打つように目の前が揺れた。


「い、あああッ…!」


 あまりの痛さに、アデラインは頭を抱えて蹲る。しかし、蹲ったところで痛みは軽減しない。


 その時だ。

 入口に立ち塞がっていたベンジャミンが吹き飛ばされるほどの勢いで、ドアが開いた。


「その手を今すぐに挙げろ!!彼女は私の大切な妻だ。お前たちのような汚らしい手で触れていい存在ではないッ!」


 視界に映る輪郭が曖昧になる中で、大切な人の激昂した声がうっすらと聞こえる。

 アデラインはようやく安全になったのだと安心すると、全身に研ぎ澄ましていた緊張がすっと緩み、ゆっくりと気を失ってしまうのだった。


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