7.トラブルメーカー
※誤字脱字報告ありがとうございます!
小部屋に入ったアデラインは、急いで準備をした。
フランの装いは、何度も練習をしたのである程度素早くできる。また、言動も先ほど聞いていた会話からある程度問題はなさそうだった。アデラインは、ものの数分でフランになりきっていた。
(私はフラン様、私はフラン様、私はフラン様…)
はやる鼓動を落ち着けるよう深呼吸をし、先ほどの男性陣の元へと歩み寄る。
「お帰りフラン、随分と早かったね」
一番初めに、最も長身で顔の造形が整っている男性がアデラインに声をかけた。
アデラインは今回のミッション達成の為に、ウルツが調べたフラン周辺の男性情報を令嬢教育以上に熱を入れて頭に叩き込んできていた。その為、いま声をかけてきた男性も、それ以外のフランのお手付きのあった男性陣も、すべて顔と名前と趣味をインプット済みである。
(このお方は、最もフラン様に貢いでいるダーヴィト伯爵家のカスペル様だわ)
対象が誰であるかはっきりさせると、自信満々のフラン嬢の表情を作って、腕組みをする。
「さ…、さっきの人は失礼しちゃうわ!ほんと、つまらないから戻ってきたの。カスペル、相手してくださる?」
アデラインは、フランが言いそうな言葉を想像して、言い放つ。
上目遣いと、ちょっとオーバーなリアクション。淑女はやることはないであろう頬を膨らますなどの動作を付けて。
「もちろんだよ。君の相手ができるなんて光栄さ、胸が高鳴り過ぎて恐ろしいくらいにね」
「あら、ありがとう!」
アデラインは、フラン様はこんなことを毎日言われているのか、と甘い言葉の羅列に眩暈を起こしそうになった。
(アデライン、しっかりするのよ!)
アデラインは、腕組みの下に隠した震える拳を再度ぎゅっと握りしめ、気を確かに持とうとする。
フランが戻る前に、ウルツから合図が有るはずだ。それよりも前に、フランが浮気をしている証拠を手に入れなくてはならない。とアデラインはミッションを思い出し、自分を律した。
「ところで、ちょっと聞きたいことが有るの…私、最近自信を無くしてしまって。ほら、私って…い、良いところが多すぎるじゃない?だから最も良いところってどこだろうと思ったら、一番が決められなくてぇ。教えていただきたいのだけど」
ウルツと考えた言葉ではあるが、思いの外、考えるのと言ってみるのでは恥ずかしさの度合いが異なる。アデラインは羞恥心を抑えながら、男性陣一人一人に肩を寄せて、いじらしい態度をとりながら、名前を呼んで再度問いただした。
「そうだな…わがままな面もあれば、いじらしい面もある。常に表情が変わるから、つい目で追いかけてしまうんだ。君に心を囚われた私は、まるで囚人のようだよ。それに、別邸で過ごした夜を私は忘れられない。君もそうだろう?」
妖しい眼差しで語る男性を、アデラインは一瞥し心のメモに今の言葉を残した。
(ベンジャミン様は黒、別邸で夜を過ごしている…と、これだけで充分証拠ですわ)
「それなら、自分も思う所はある。艶やかな声音は、どんな令嬢よりも女性らしく魅力的。フランのため息だけで、僕の温度は上がりそうだ。今度、僕の贈ったドレスとジュエリーを着せて夜会に連れていくよ。この前のように、特別な部屋を用意しよう…」
ベンジャミンに張り合うように、別の男が耳打ちをする。
フランならばなんてことなく受け止めるだろうが、男性に免疫のないアデラインは思い人でもない男性からの接触に、鳥肌が立つほど拒絶反応が出た。
(アダム様も黒、夜会に二人きりで個室にいる上に、ドレスとジュエリーをいただいていると…う…気色悪い…)
アデラインは、鳥肌を隠すように腕を摩って、時計台を見上げた。
アデラインがフランのふりをしてから、かれこれ数十分が経過している。そろそろ限界だろう。フランが戻ってくる前に話を切って、変装を解かなくてはならない。
「そんな風に言っていただけて嬉しいわ!私もみんなが…だ、大好き!」
フランのように花の咲いたような笑みを浮かべる。
この後の手筈は、ドレスに間違って水をこぼし、先ほどの部屋に帰宅すればアデラインのミッションは完了のはずだった。アデラインは急いで、男性陣と距離を取り、わざとらしくウェイターの方に向き直る。
「…わたし、すこし喉が渇いちゃったわ」
アデラインはそう伝え、ウェイターから水を頂こうと足を動かした。しかし、思ったように重心を動かすことができなかった。
突如アダムより手を強く掴まれ身動きが取れなくなったのだ。
「きゃっ…な、なに…?」
「フランもそういう気持ちだと思っていた。次は退屈させないよ。四人で行こう」
アデラインは、慌てて手を掴む先を見ると、アダムとベンジャミンとカスペルが三日月のように口を歪ませていることに気が付いた。さらにアダムだけでなく、ベンジャミンも、カスペルも身体のあちこちに触れてはエスコートしている風を装う。どうやら、“喉が渇いた”はフランと彼らの裏の合言葉の様だった。
(ま、まずいですわ、このままではフラン様でないことがばれてしまう!)
アデラインは慌てて周囲に知人がいないか目をきょろきょろさせて探すが、残念なことにアデラインに知人はいない。頼みの綱のウルツもフランの監視をしている為、広間にはいなかった。
仕方がなく、アデラインはフランとして建前上三人の男性に意図的について行くふりをした。ここで自分がフランではないことが明るみに出てしまっては、ウルツの立場を悪くするのではないかと懸念したからだ。
広間を出て、灯の無い廊下を男性陣が誘導するまま、アデラインは進んでいった。
(どうしましょう…考えなきゃ…!)
これ以上付いて行っては、状況が悪くなることは目に見えていた。
アデラインは、必死に頭を巡らせた。
「ちょ…みんな、ちょっと待ってほしいな…」
「大丈夫、空き部屋があるはずだよ」
「違…」
変に会話を盛り上げてしまったせいで、彼らはフランのふりをしたアデラインの話など聞いてくれそうにない。アデラインは諦めずに思考を凝らしたが、掴まれている腕や肩が痛み、焦るばかりで思考はまとまらなかった。
(ウルツ様、申し訳ございません…)
そうして歩みを進めていると、廊下を進んだ奥まった部屋にたどり着いてしまった。
アデラインは観念すると、何もない自分を娶ってくれた、自分を頼ってくれた、自分と笑いあってくれたウルツを思い出して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(そうですわ!せめて、ウルツ様だけでも助けなくては…)
アデラインは、証拠となりうるウルツから受け取った洋紙を手の内でぐちゃぐちゃに丸め、男性たちにわからない様、床に落とした。
もしバレたとしても、フランのふりをしたことは自分の責任にしなくてはならない。なんとしてでも、ウルツを守らなくては、とアデラインは身を構えて部屋に導かれた。