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5.使い道

 木々の葉も移ろいゆく頃、アデラインへ社交界の招待状が届いた。

 いよいよ、体調不良の深窓の令嬢という嘘も通用しない状況である。ウルツは、いい加減、親と友人と貴族界の人々に隠し通すことが無理であると判断した。そうなると、まず問題はあの暇つぶし姫である。なんとしてでも伯爵家の女性としてマナーを身に着け、社交界に出てもらわなくてはならない。


 しかしウルツの悩みはこれだけではなかった。

 ウルツは、1週間ほど前に殿下から恋愛相談を受けていた。それが今回頭を悩ませている最も大きな原因である。(ウルツは、この国の第三王子である殿下の公務を手伝っていた)


 殿下と、その思い人フラン嬢はトラブルメーカーで有名だ。

 代表的な出来事と言えば、何年か前ウルツやアデラインが学園に通っていた頃に遡る。

 学園中を虜にした、いわくつきの男爵令嬢フランと殿下は、歴史に残る大暴挙(侯爵家の愛娘ルシャール嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢を婚約者に仕立てたのだ。しかも有ろう事か卒業パーティの際に)を起こし、世間では少々話の通じない人物として扱われていた。


 その後、金と権力により二人は無事卒業したのはいいものの、やはり男爵令嬢とは婚約させられないと王室から指摘を受けた。それでも諦められなかった殿下は、兄上である第一王子に交渉を持ち掛ける。そのあまりの愚かさに、第一王子が「自分が国王になった際にフランと結婚できるようにしてやろう」と人情を掛けた結果、第一王子が国王になるまでは、殿下は公務を手伝いフランとの接点はあまり持ってはいけないというルール付きで何とか婚約を成立させることができたのである。


 ウルツがこのような厄介な人物の手伝いをしているのは、学園での知り合いという接点があったという理由だけ。いわば、わがまま王子を爆発させないための、人柱だった。


 ウルツが頭を悩ませていた原因は、この爆弾女フラン嬢が相手ということにある。

 フランは、殿下の思慕などどこ吹く風で、婚約までは自由の身だから遊んでOKと考える思考回路の女。学園にいたときも、ウルツにはマリアという婚約者がいることは周知の事実にも関わらず声をかけ、色仕掛けを使う醜悪さだった。もちろんウルツはこの女が苦手である。

 現在も、独身であることをいい事に開かれたパーティの招待を受けては、内容など選ばず参加し、遊び惚けていると王室では噂されていた。それ自体は、婚約者である殿下が「フランはあるがままの姿が美しい」と許可を出しているので、咎められることはないとのことだが…(婚約者としてあるまじき姿ではある)。殿下が許せないのは、その夜会で他の男性を誑かしているという噂があることだった。


「ウルツ!真相を確かめてこい、兄上との約束がある俺は、フランに会えぬ!お前も知っているだろうが、フランは純朴で可愛らしい清らかな娘。きっとまたルシャールのような小癪極まりない醜女に虐げられ、このような噂を流されているに違いない!このままでは尻軽女と揶揄され、婚約者としての立場を保てん。何とかしろ!いいな!」


 殿下は、机上の書類が宙に浮くほど勢いよく、拳を叩きつけて、まるで獣のように咆哮した。「醜女はフラン様かと存じます」と、フランの本来の姿を知っているウルツは言ってやりたかったが、ぐっと我慢した。



 それが一週間前の出来事。

 いい加減、毎日「まだか」と問いただされるのにウルツは疲れていた。


 しかしこの問題は割と難題であった。女性同士ならともかく、男性のウルツが上官の婚約者である女性に声をかけたり、有ろう事か探りを入れる為に接点を持ったりすることは難しい。よくない方向に進むことは明白だった。だからこそ困っていたのだ。


 ウルツは執務室で社交界の招待状と、フランの状況が記載された告発状を見比べて、ため息をつくしかなかった。


「あら、ウルツ様、ため息なんてどうかされましたの」


「アデライン、入るときはノックをしてくれ」


「ノックいたしましたわ。お返事をお待ちしておりましたが、何度待ってもございませんでしたので。お身体に何かあったのかと開けてしまいましたの。申し訳ございませんわ」


「それは失礼。だが、私は仕事で考え事をしなくてはならない。用が済んだら帰ってくれ」


 ふーっと息を吐いては、ウルツは目の前が霞んで見えない事に気が付いた。どうやら、ずっと思案していたらしい。目頭を指で押さえ、少しでも疲れを取ろうと、肩甲骨を動かした。


 マリアの恰好をして出会ってしまったあの日から、二人は少しずつ会話をするようになった。酔狂な趣味に走ったのは、よほど暇だったからだと結論付けたウルツは、せめてもの罪滅ぼしに会話の相手になることにしたのだ。

 一方、アデラインは教養のない女と話すのは退屈だろうと思い、その都度趣向を凝らしてペイントをした。つまらない思いをさせ娶ったことを後悔されるより、多少酔狂と言われても楽しませたいというアデラインなりの愛情だった。(マリアの恰好は二度としなかったが)


 実際、アデラインの考えが功を成し、二人の会話はそれなりに弾むようになった。ウルツのマリアの死を受け止めきれないという状況に変わりはなかったが、目の前の珍妙な妻とマリアを比べることはしなくなっていたのだ。二人の関係は新たな形で構築されつつあった。

 ただし、ウルツはなぜ暇を無くしたいまでも、アデラインが未だに酔狂な恰好をしているのか、わからないままだったが…。


「お身体に障りますわ、休憩なさって?」


 声がだんだん近づいていることに気が付き、改めて、声の主を見る。そこには、ピンクベージュの柔らかそうな髪を結った、垂れ目でぽってりとした唇のアデラインがいた。


「今日は、フラン嬢か」


「お分かりいただけます?」


「見た目はそっくりだな。それに、さらに腕を上げたな」


「ウルツ様にそう言っていただけるなら、本望でございます」


 ウルツはくすりとほほ笑んだ。

 男性から好かれることしか考えていないフランを思い出して、目の前のアデラインと比べた。見た目はやはり瓜二つである。いまは灯の下でも粗は目立たないようになっていた。



「どうかいたしましたの?」


「いや、なに。フラン嬢はもっと騒がしく、小賢しいだろう、見た目はそっくりだが中身が君だと少し面白くてだな…くくっ」


「まあ、私だけでなく、フラン様にも失礼ですわ!」


「そう怒らないでくれ、フラン嬢ならこんな時なんて言うかな…」


 ウルツの笑った顔を見て、アデラインはとても幸せな気持ちでいた。そして、嫁ぐ前でもこんな和やかな時間はなかったと振り返り、改めてウルツと結婚できたことを幸福に思った。

 アデラインにできることは少ない。それでも、酔狂な恰好で笑わすことはできる。疲れたウルツが少しでも楽しくなるなら、永遠と身体を張っていようとさえ思えるようになっていた。


「…そんなに笑わないでくださいよおっ!恥ずかしいですぅ…、こ、こんな感じでしょうか」


「おお!そ、そっくりだな…ふっはは…」


 顔から火が噴出しそうな恥ずかしさと引き換えに、ウルツの驚いた顔を得たアデラインは満足そうに姿勢を正した。


「ウルツ様といれば、演技も楽しいものですわ」


「…!それだ!」


 ウルツは、思い浮かんだアイディアを忘れないように立ち上がり、ペンを走らせた。


「これを、応用すれば社交界の情報収集に役立つ!そうすれば、フラン嬢の真相を掴めるだろう。アデライン、君に協力してほしいことが有るのだが…!」


 悩んでいたのが嘘のように、目を輝かせるウルツ。アデラインはそんなウルツの姿に対して、淑女の礼で応えてみせた。


(“これ”と言われたことも、楽しい会話だと思っていたのが自分だけだとしても、悲痛な気持ちなんてならないわ。ただの穀潰しを娶ってくださったのだもの。それに…)


 マリアに向けた愛情を正面から見たあの日、アデラインは今までにない感情を覚えてしまった。ウルツの愛情は、薄暗いところはあるけれど、まっすぐ一途で優しい。そんな愛情が自分に向けばいいのに、と思うようになっていたのだ。


 娶ってくれたお礼として支えたい気持ちは元々あった。しかしいまは、ウルツが喜ぶなら何でもしたいという気持ちが強い。だからこそ答えはYESしかないのだ。


「もちろんでございます、ウルツ様。私に何なりとご下命を」


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