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3.まがいもの

 アデラインは、しばらく技を磨くべく、自分の顔でペイントを練習した。はじめはがたがたした眉や、滲んだ頬紅が気に入らなかったが、次第に人に見せても問題ない状態に作り上げられるようになっていた。


 画材が足りなくなっては、ロベルジュ家に来ていた商人に依頼して送ってもらった。支払いはウルツの迷惑にならないよう、持参金を活用した。暇つぶし姫である自分が、さらに穀潰し姫になるのは、さすがに避けたかった。


 しかし、いくら画材代を自分で払っているからと言って、何度も届け物が来ている状況を侍女は怪しむ。

 ある日、湯浴みと食事以外は通ることの無いドアの向こうで、侍女が話しているのが聞こえてきた。


「あの暇つぶし姫、どうやら外に男がいる噂よ」


「だから毎日贈り物が届くのね。何もしていないし、部屋から出ないのにどうやって見つけたのかしら」


「やるとしたら旦那様と婚約する前しかありえないわよね」


「なんてこと!そんなの売女じゃない!」


(なんてこと!は、私のセリフだわ)


 楽し気に人の噂話をしている侍女の声をドアの向こうで聞いていたアデラインはそう思った。

 そんな噂を立てられては、ウルツとの約束が果たせない。何もしなくていいから何もない女を選んだのだ。浮気者とされては、ウルツに何を言われるかわからない。アデラインは、あの見た目だけは美しい屍のマリアに固執する男を思い出して、少しだけ身震いした。


(どうしましょう、正直にお伝えしたらよいのかしら)


 今のアデラインは気が滅入って独り言を繰り返し、顔をキャンパスにする女ではあるが、本来は気弱で控えめな性格である。しかも友人も一人もいないので、こんな状況になるのは初めての事であった。対処策すら思いつかないのも無理はない。


 困ったアデラインは、噂を止めるならば早い方がよいと判断し、普段は自ら絶対に開けないドアを勢いよく開いた。そうしないと、もう違うと主張するチャンスはないと思ったからだ。


「きゃあ!」


「そ、そのようなことは決して、ありませんわ!」


 ドアを開けると、そこには中年の侍女が2人、向かい合うように立っていたらしい。

 勢いよくドアが開いて驚いたのだろう、片方の侍女はしりもちをついていた。


「ひっ、アデラ…も、申し訳…!!え、あ、マ…マリア様⁉」


 しりもちをついた侍女は、まさかアデラインが聞いているとは思わず、しかもドアを開けるなんてことが起きるとは思わず、勢いよく謝った。暇つぶし姫と言えど、腐っても伯爵家の奥方。これは首かもしれないと、唾をのんだが、しかしそんなことより目の前に死んだはずの人間の顔があることに触れないわけにはいかなかった。


 そう、アデラインはマリアのペイントをしたことを忘れてドアを開けてしまったのである。しかし、本人は気が付いていない。


「違いますわ、私アデラインでございます。ミラ、そのような根も葉もない噂はおやめくださいませ。私はお父様とその商人と以外はご連絡などしておりませんの!ウルツ様に誤解されては困りますので、ご容赦くださいませ」


 しりもちをついた侍女のミラは、自分の名前を知っていることにも驚きだが、あの暇つぶし姫がここまで喋っていることにも驚きだった。さらに言えば、その顔はマリアそのものなのだ。ミラは、噂話をしてしまったことを謝り、そしておずおずと言いづらそうに口を開いた。


「貴方様がアデライン様であることは承知いたしましたが、ご尊顔が、マリア様そのものでしたので、なんと表してよいか…」


「え…!?」


 アデラインは、そこで初めてペイントしたままであることを知ったのである。


 ミラは、マリアとウルツが婚約者だったころにも屋敷で働いており、実際に生きているマリアをよく見ていた人物でもあった。そんなミラが似ているというのだから、アデラインのペイントはマリアにそっくりという証明になった。


「本当に、そんなに似ているかしら?」


「ええ、驚くべきことですわ」


「そう。マリア様のお顔を知っているあなたが言うのだもの、間違いないわ」


 その言葉に、ミラは失礼を承知で発言をした。


「…私が、マリア様のことを存じ上げているのをなぜ知っているのですか?」


 答えとしては、引きこもりのアデラインは、廊下から聞こえてくる噂や会話だけが情報源なのだ。毎日聞き耳を立てては、情報収集をしていた。ミラの名前もそこで知ったのだが、そんなことは口にはせず、マリアそっくりのアデラインは優雅に笑って見せるのだった。


「ふふ、私は何もしない暇つぶし姫なんでしょう…?それが答えよ」


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