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2.暇つぶし姫

※2020/10/17 一部つじつまが合わない箇所があったので変更いたしました。

 アデラインとウルツの婚約は噂になることもなかった。理由は、婚約して間もなく学園を卒業したからである。さらに言えば、ウルツが婚約したことは誰の耳にも入ったが、アデライン・ロベルジュの事等誰も知らなかった為、名前を聞いても思い出せなかったのだ。


 そしてしばらくして、冬から春になり、アデラインは婚約者ではなく、妻となった。

 妻となったアデラインは、兎にも角にも暇を持て余していた。


 もちろん男爵家から伯爵家に嫁ぐことになった当初は、アデラインは卒業式にも出ず結婚間近まで教育を延々と受けた。しかし物覚えの悪いアデラインは、努力こそしたがグラットン伯爵家の満足のいく令嬢にはなれなかった。(アデラインは、そこまで悪くなかったのだが、幼少期からマリアを見ていたグラットン伯爵家の人間は納得ができなかったのだ)


 本来やるはずの結婚式の日程を過ぎるころには、グラットン伯爵家の侍女や教育係もアデラインの出来の悪さに諦め、外に出さなければ問題ないだろうと思うようになったのだった。当然、出来が悪いアデラインを公に出すことは憚られ、病気という事を理由に、結婚式は見送られた。

 その後、アデラインは、この広々とした屋敷の一室でまるで引きこもりのような生活を送っていた。


「これでは、ロベルジュ家の穀潰しがグラットン家に移っただけだわ」


 妻としての仕事を一切しない(できない)アデラインは、侍女の間では暇つぶし姫と呼ばれていた。もちろん、何もしない暇つぶし姫に仕える侍女等いなかった。

 話し相手も、することもないアデラインは実家から持ち込んだ筆と画材を眺めて独り言を言っていた。


「家事ぐらいならできるのに、でも伯爵家の奥方が家事をするのも変よね」


 侍女が1人2人しかいないロベルジュ家では、娘のアデラインも家事をしていたが、ここは天下の伯爵家。アデラインよりも完成度の高い家事をするプロフェッショナル侍女がたくさんいる。


「何もしなくていいとは言われても、娶られたのだもの。何かお役に立ちたいわ」


 でも、アデラインにできることは何もないのだ。

 鏡台にうなだれては、筆をカチカチとリズミカルに机に叩く。

 鏡には、薄い顔のつまらなそうな自分が映るだけであった。



 ◆



 新婚と言えば聞こえがいいが、アデラインとウルツの間には何もない。初夜もなければ、贈り物もない。結婚してから会話すらない。

 新婚という呼び名が外れるころに差し掛かっても、父親から手紙さえなく、誰からも大切にされていないことに気が付いたアデラインは、次第に気が滅入っていった。


「毎日、毎日見ているけど、飽きない顔ね。地味だからかしら?」


 アデラインの話し相手は、鏡台に映る自分自身。もはや体裁等どうでもよくなっていた。

 会話をしたかったのだ。


「ふふ…あの時は"王子様"と思ったけれど、これは悪魔の所業よ。何もしないのは、とてもつらいわ」


 今日(こんにち)までの間で、何度かウルツと食事をとることが有ったが、アデラインには一切興味がなく、常に胸のペンダント(マリアの肖像画が入っている)を握りしめては、心ここにあらずの状態だった。


 廊下で侍女が話しているのを偶然聞いたが、どうしても婚約者が必要だったウルツは婚約者候補を納得させるべく、あの日は特別に優しく振舞っていたらしい。その言葉通り、初めて面会した日以外、ウルツは顔色も悪くまるで屍のようだった。愛するマリアの死を彼はまだ乗り越えていないのだ。


「確かに、マリア様は美しかったわ…」


 整ったシルバーの髪に、泣きホクロが特徴の、色素の薄い女性だった。と、アデラインは思い出しながら鏡を見る。


「あはっ、そうね、眉はこんな感じで…」


 どうでもよくなったアデラインはあろうことか、画材で顔にペイントをしだしたのだ。

 ロベルジュ家は樹液を販売する事業を営んでいたが、それは画材の一部として流通しており、アデラインはそれを持ち込んでいた。まだ市場では人気はないが、ボディペイントという商品らしい。集中する事、小一時間、無我夢中でアデラインは記憶にあるマリア像を自分というキャンパスにペイントした。


「すごい、すごいわ!」


 そして鏡を見ると、そこには“マリアそっくりのアデライン”がいたのだ。


 有ろう事か、アデラインは絵の才能だけはあったようだった。


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