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1.期待の無い

※感想でいただいておりました、ウルツの敬称を変更いたしました。ありがとうございます!

 ウルツ様との面会は、思ったよりも早くやってきた。何事もなく卒業していたら、一生入ることの無かったグラットン伯爵家の屋敷は豪華絢爛で、自分の住む屋敷とは比べ物にならないほどの造形美だった。


(確か、屋敷は有名な建築家に頼んで作らせたはずだわ。名は、ええと…)


 アデラインは、見たこともない屋敷の形状に、きょろきょろと目線だけ動かしては、この後待ち受けるコミュニケーションの足しにしようと画策する。

 しかし、アデラインは教養があるわけでもないので、素晴らしい建造物であることはわかるが、建築家の名前や何がすごいのかという背景までは理解することができなかった。


「アデライン嬢、よく来てくださった」

 

「ウ、ウルツ様、お目にかかれて光栄でございます。アデライン・ロベルジュでございます。この度は、このような機会を下さり、感謝申し上げます。」


 限られた期間で、叩き込んだ付け焼刃の作法を、雲の上の存在にするのは胃が痛む。何か間違っているのではないか、おかしなところはないか、失礼はしていないか、気にすることは多くあった。

 だが、もう始まってしまった。アデラインは急いでご令嬢のお辞儀をし、顔を上げてよいといわれるまで、大理石の床を見つめた。


「顔を上げてくれ。急に依頼をしたのは私のほうだ。来てくれて感謝するよ。さあ、座って」


「ご厚意、感謝申し上げ…ます…」


 ウルツにいわれるがまま、アデラインは姿勢を正す。

 金髪碧眼の長身、柔和なまなざしと、紳士なふるまいでウルツは、学園の王子様と揶揄されていた。彼が歩くと令嬢たちの動悸が早まり、彼が見つめれば令嬢たちは自身の立場等忘れ、恋をしてしまうと有名であった。

 アデラインもその様子は遠目で見かけたことがあるが、自分とは違う世界だと思い、中に入ったことはなかった。

 一度だけ、学園生活の中でウルツの姿を拝見したことがあったが、それはマリアが亡くなった次の日のこと。学園で白百合の花を手向けた際に、中央で悲しみに暮れるウルツを見つけたのだ。アデラインがウルツを見たのはその時のみであった。


 ウルツを正面から間近で見るのはこれが初めてである。


(なんて美しいの、この方が…そんなまさか…)


「アデライン嬢、なにか?」


「な、あ…申し訳ございません。失礼いたします」


 慌てて侍女が控える椅子に腰をかける。

 少し失態だったかもしれない、とアデラインは反省したが、反芻する余裕はなかった。


(マリア様がお亡くなりになった時より、お元気そうだわ。よかった。)


「さて、こうして話すのは初めてだね」


「はい、おっしゃる通りでございます」


「ふふ…緊張しなくていい。アデライン嬢は貴族社会に慣れていないことは知っている。今日は難しく捉えず、会話を楽しんでくれると嬉しい」


 こうして話すのも何も、そもそも挨拶だってしたことの無い関係だ。アデラインにとっては、緊張するなと言われても、その方が無理なことであった。


「かしこまりました。ご厚意に感謝申し上げます…」


「何を飲む?私のおすすめは、当家のブレンドティーなのだけど」


「それでは、そちらをいただけたら…幸いです…わ」


 アデラインのぎこちない様子に、ウルツは眉を下げた。気兼ねなく会話してほしいと伝えたが、アデラインには難しいことが分かったからだ。ウルツはこの気弱な娘に少しだけ同情した。


「ところで…」


 ロベルジュ家では食べられないような、繊細な味のケーキと紅茶をじっくり味わい楽しんでいたころ、ウルツは唐突に切り出した。


「アデライン嬢、質問はないのかい?」


 その質問の意図をアデラインは必死に考えた。たどり着いた答えは、婚約者候補として求められている行動ができていないという指摘と受け取った。


(確か、教科書ではこういった場合は相手を知るための質問をするとあったわ)


「あ…えっと…ご趣味は…」


「そういった類のものではなく。君は、この婚約依頼に疑問を持たなかったのか?」


 少々苛ついた様子のウルツに、アデラインは失敗したと思った。

 しかし、指摘された疑問の解決はアデラインにとっては本日の命題でもあったので、このような会話の流れを作れたことを半ば感謝していた。


「それでは失礼を承知の上で、質問を宜しいでしょうか」


「かまわない、許そう」


「ありがとうございます。ウルツ様、私は、教養も容姿も人並み。むしろそれ以下とも思えます。ウルツ様のお側においていただけるような身分でもございません。ウルツ様からの縁談は大変喜ばしいことではございますが、理由がわかりかねます」


 ロベルジュ男爵家レベルであれば恋愛結婚もあるだろうが、基本的に貴族は政略結婚が殆ど。家の為に尽くすことこそ美徳である。グラットン伯爵家はその中でも血統を重んじ、純貴族の誇りを忘れない名門中の名門。男爵の爵位の令嬢が会話することすら、奇跡に近いのだ。

 

 アデラインはウルツから好かれてこの縁談が持ち掛けられたとは思っていなかった。

 むしろ何か秘匿にしたいことがあって、選ばれたのではないかと考えていたのだ。


「…マリア亡き後、私は婚約者などいらなかった。しかし、私は嫡男。グラットン家を継がなくてはならない。マリアとのことがあったので、すでに婚約している令嬢の婚約を破棄させ、私を婚約者にするのはどうしてもできなかった」


「マリア様とウルツ様は愛し合っておられましたから、そのような関係の方を傷つけたくなかったのですね」


「そうだ。とはいえ、婚約者のいない同世代の女性等限られている。執事の持ってきた、未婚約者令嬢一覧を見ていたところ、見たこともない令嬢を見つけた。それが君だったのだ」


 身の程をわきまえる癖のあるアデラインである。おそらく、この学園生活中も、一度もウルツに言い寄ったり、ご一緒をお願いしたりすることはなかったはずだ。また見た目も相まって、印象が全くないのだろう。


(まさか、目立たないことが功を成すなんて…)


 あまりの素朴な容姿にずっと悩んできたアデラインは、くすりと笑ってしまった。

 自分の素朴さが理由だったなんて思いもよらなかったのだ。


「なるほど、わかりました。物珍しく、選んでいただけたことは光栄でございます。しかし、それはご婚約いただけるほどの理由にはならないかと」


「君は思ったよりも口が達者なようだ」


「礼儀を知らないだけですわ」


「確かに君の言う通り。しかし、父上にだれでもいいから決めろと言われているのだ。君のように、何もない女性はなかなかいない。それに、断ることはできないだろう」


 なるほど、このウルツという男はマリア以外どうでもいいという男なのだ、とアデラインは納得した。マリア以外を愛せないし愛するつもりもない、でも普通の女なら愛することを求めるだろう。友人や家族にウルツとの現状を言いふらす可能性もある。社交界デビューしている女性であれば、浮気だって可能性がある。しかし、アデラインには何もないのだ。だから選ばれた。


「納得できましたわ。私は器量の無い女です。ウルツ様のご活躍を支援することは難しいでしょう。ダンスも、社交界も経験がございません。それでも宜しいのでしょうか」



「何もできない君のままでいい。君は私と婚約するだけでいい」


(ありのままでと言っているようで、何も期待していないだけ、寂しい言葉ね)


 アデラインは、マリアを失う前のウルツはどんなだったのだろうか、と考えては、もうそんな人はこの世にはいないのだわ、と考えを打ち消した。


「かしこまりました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げますわ」


 きっと後にも先にもこんなことはないだろう。

アデラインは、自分とは釣り合わない王子様と婚約できたことだけを嬉しいと思う事にしたのだった。


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