プロローグ
※御覧下さりありがとうございます。
※始めて書きます。忌憚なきご意見をいただけますと幸いでございます。
※少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
アデライン・ロベルジュは、一言で言えば凡庸であった。毒にも薬にもならない容姿に、常に平均点の成績、器量も良くも悪くもない。自己紹介をしても、よほど記憶力がよい人でなければ覚えていられないような、どこにでもいる女。
父親は事業(領地にあった特殊な樹液を販売している)がうまくいった事を理由に男爵の称号をいただいている。しかし、最近は落ち目のため、わざわざ声をかける人もいない。つまるところ、彼女には友人も、恋人も、ましてや婚約者もいなかった。
そんな彼女は「女でも学だけはつけよ」という父親の考えの元、身の丈に合わない王立学園に通っていた。噂では様々なロマンスのある学園生活らしいが、身の程をわきまえる癖のあるアデラインには、それらしいことは1つも起きなかった。
学園生活もあと数か月で終わるころ、彼女に予想もしない縁談が持ち掛けられた。今までの一度も、縁談らしい縁談がなかった彼女とその父親は、信じられない出来事にかれこれ三日、頭を悩ませていた。
「お父様、何かの間違いという可能性はないのでしょうか?」
「お前には申し訳ないが、私も信じられない気持ちだ。だから何度も確認したさ」
父親の執務室に呼ばれたアデラインは、先日伺った縁談の話を断れないものかと考えていた。縁談を持ち掛けられたという事実はどのような相手であれ嬉しい事ではあるが、相手が相手。縁談の相手は、一代限りの男爵家では届くはずもない、雲の上のグラットン伯爵家だったのだ。
「…いくら有事の際とは言え、私を選んだのはいささか疑問ですわ」
「同感だ。私の娘はよくて商人か、変わった趣味を持った貴族の第三夫人かそのあたりに落ち着くと思っていた。こうも良すぎる縁談がくるとは」
学園での浮いた話もなく、仲の良い友人を連れてくるわけでもない娘の様子を見ていたロベルジュ卿は、おそらく恋愛結婚はできないだろうと入学して1年後に判断していた。
その為、娘には察知されない範囲で様々な貴族に縁談を打診していたが、首を縦に振る気前のいい人間は一人としておらず。正直なところ娘の結婚は難しいだろうと考えていた。
「何か理由を付けてお断りすることはできないのでしょうか」
「何を言うか。こんな縁談、お前には二度とないぞ」
「でも、お父様、マリア様の代わりなんて私に務まりませんわ」
そう。2人はそれが悩みの種であった。
実は、縁談のお相手グラットン伯爵家の嫡男ウルツには、それは見目麗しく、才女の婚約者マリアがいた。マリアは同じ伯爵家のご令嬢で、幼いころから仲睦まじく、次代を築く先導者たちとして将来を約束されていた。
しかし、先日マリアに不慮の事故が起きる。いまだかつてない豪雨に見舞われたある日、マリアは、ボランティア活動でよく訪問していた孤児院にいた。しばらく止みそうもない雨を見て、執事が帰宅を勧めたそうで。マリアはその執事たちと馬車で帰宅をするが、その際に落雷に見舞われてしまう。
美しく、誰からも好かれていたマリアの死は、同じ学園に通っていたアデラインも耳にしていた。
(あの時のウルツ様は、見ていられないほど憔悴していたわ)
「とはいっても、私に断る立場がないことはお前が一番知っているだろう」
妻を早くに亡くし、事業しかしてこなかったロベルジュ卿は、妻に似ても似つかない娘の願いを聞き入れられるほど娘を愛してはいない。さらに言えば、娘さえ嫁いでしまえば、ロベルジュ卿は妻と一緒に立ち上げた事業の立て直しに集中することができる。
確かに器量も容姿も良くない娘を、伯爵家に出すのは不安が強い上、この縁談の真意をつかむことができないので何か悪いことが起きるのではないかという恐怖心もある。しかし、普通の令嬢は卒業とともに結婚や、進路が決まっているが、娘は決まった先もなく家で穀潰しになる可能性が強い。父親としては、できれば進めたい縁談だった。
「本当に、お前の何がよくて、縁談なんか…取り急ぎ、断るわけにはいかない。面会機会をいただいているから、その日に向けて準備するように」
「かしこまりました」
溜息混じりの指示に、アデラインはうつむくことしかできなかった。こうなったら、ウルツしか頼みの綱はいない。彼が断わりさえすれば、また元の変わらない日々が待っているのだ。
アデラインは、真意を確認すべく、準備を進めることにしたのだった。
※感想でいただいておりました、ウルツの敬称を変更いたしました。ありがとうございます!