No.7 実技試験と火属性、覚醒(上)
俺たちは森の中へと走り出す。沢山の受験生がバラバラと後ろも振り返らず散っていく。
「まずいよー。このままじゃ」
ライカはスタートダッシュが遅れ、右往左往しあたふたしてる。
「いや、むしろこのままでいいのかも」
俺は散らばっていく人間をよく観察した。
よし。
「こっち行く人が一番少なかったからこっちいこう」
「おおっ、あまり人とかち合ない方向に行くのだな」
敵の取り合いにならないよう、なるべく人が少ない道を選んで進む。
そこは道なき道だ、二人は薄暗い中で木を、草をかき分けてゆっくりと進んでいく。
「大丈夫か?ライカ」
「ん、全然大丈夫だよ」
ケロッとした顔でこっちを見る。ちょっと口が開いてるのがアホっぽい。
「いや、心配してるのは足だ足。こんな草っぱらで虫とか大丈夫かなって」
「そう言われると嫌になってくるじゃん……」
ライカは自身の足を見つめると、パタパタと足踏みしだす。
「草なんて燃やしていこうって言いたい所だけど魔力抑えていかないといけないからなぁ」
片手にジュッ!と小さなマナの塊を作りながら、ライカにすまんと訴えかける。
「まぁ、どうにか我慢するよ」
試験中なのに普段の日常のような、緊張感のない会話が飛び交う。
ほとんど変わらぬ景色にほどよく慣れてきた頃、何か光が差し込む場所が見えてきた。
「ライカ、あそこ」
「木が禿げてる」
「うんー。恐らく木自体無いんだと思う。多分湖とかがあると思うんだよね。いってみよう」
草むらをかき分け進んでいく。どこからが湖になっているのか視認出来ない為、ゆっくりと進む事を余儀なくされる。
見えてきた姿は、奥底まで透き通った美しい湖だった。
「おおっ、でっか」
想像以上の規模を持つ湖に圧倒される。おそらく、ここら辺一帯に張り巡された川は、ここの湖に繋がっているだろう。少し塀のような段差があったので、転ばないように降りていく。
「大丈夫か?」
「うっ、うん……」
「ほーれ」
腕を伸ばして掴ませる。多少水っ気があり、滑りやすくなっていたからだ。
「あうっ、おぉっと、だはははは!」
眼前にはずりずりと滑り落ちてくるライカがいる。玩具で遊ぶ子供のような姿に俺は思わずクスッと笑う。
「なんだよー。笑うなよー」
ライカはクスクスと笑いを必死に抑える俺の隣で片方のほっぺを膨らませ、ムスッとしていた。
「面白い物はしょうがない」
俺は、親指をビシッと立てる。
「てか、そんなこと言ってないで早くいくぞ」
湖の周辺は砂利で覆われているようだ。二人で砂利道を進んでいく。
「おっ、なんかいるぞあそこ!」
「本当か!どれどれ」
指差す方向を向いて、俺はあっ、と声を出す
「スライム……」
最悪に面倒くさい敵が、そこにはいた。人を凌駕するぶよぶよの物体に毒性を持つ体。個体によってはまとわりついて窒息死、毒を撒く、変なガスを噴射する、ピンチになると内臓を全部吐き出す、いい所が一つも思いつかない"真のモンスター"だ。
「いやぁ、あいつ倒してもメリットあるのかね。目も耳もないし」
しかもスライムは上級クラスの火属性魔法以外は効きが悪い。最大級の火力で体内に無数に存在する水を飛ばしまくるくらいしか倒す方法がないのだ。下手に攻撃すると分裂して増えたりもする。
「逃げようライカ。この距離だったらまだ逃げられる」
振り返り、一旦距離を取ろうとするが、ライカがじっと止まっていることに気づく。
「どうした?ライカ」
「あそこみて、人っぽくない?」
「あぁー。本当だ。しっかしなんであんな所にいるんだ」
対岸に、誰かがいる。今は隠れているようだが、近くにいるスライムのせいで逃げるに逃げられないのだろうか。
「でも今は試験中だぞ、他の人の事なんて気にしてても」
話し終わる前にライカが話し出す。
「でも、あんな形で試験が終わるのは嫌だと思う」
スライムに対して明らかな殺意を露わにする。今ここでスライムを殺してやろうという気迫が。絶対に助け出してやろうという気持ちが、俺にもひしひしと伝わってくる。
俺はライカの肩に手を置く
「わーかったよ、俺二発までしか魔法打てないから、頼ることになるぞ」
「そっ、そうなの!?」
突然のカミングアウトに、ライカは目を点にしてこたえる。
「うん、魔力変化めっちゃ苦手なの俺」
二発だけであの大群に立ち向かうのは無理があるだろう。
ライカは一つ浅く呼吸をすると
「私がどうにかするしかないのか」
と小さく呟いた。
気合いもあればおそらく勇気も十二分。タイミングをみて、ライカはあの軍勢に立ち向かっていくだろう。自分がやられるかも知れないのに、多分そんなことは考えちゃいない。
俺は、どうすれば……
中途半端な火属性魔法じゃ牽制にすらならない。じゃあ俺が、マナを全消費してでも俺がやるしかっ。
「ちょっと待ってくれ!ライカ」
「俺がデカい火属性魔法を二発うつ。ライカはつっぱしって救出してやれ」
「わかったっ!」
作戦が、構築された。
じりじりとスライムの群れに近寄っていく。対岸な事もあって、わりと距離も離れている。
「じゃあ、俺はそれそろマナ溜め始めるよ」
「わかった」
早めにマナを溜め、なるべく高威力を出そうと、早めに集中し始める。
ここで異常が発生する。
何かが、俺の中に入ってくるのだ。
「えっ……」
何故か体が光り出す。何が起きているんだ
「エイト君……そこっ……」
ライカにポケットを指さされる。見ると、そこには光り輝く赤い石があった。
「これは、イフリートの……」
赤いマナが体に混ざり込んでいく。水の中に、赤い絵の具を垂らし混ぜるように、まじり広がっていく。
「エッ……エイト君……?」
二歩、三歩とライカは後ろに下がる。 俺は、自分の姿をみて、あっ、と声をだした。
「なんだよこれ!」
自分の体に、火が纏わりついている。
赤く、燃えるような感覚。しかしそれはかすかに温度を感じるかくらいの炎。
「イフリートに似てる……この、炎は」
手をかざしてみると、自然と腕まで覆うレベルの極大のマナがそこに溜まっていた。
「ライカ、ちょっと下がっててくれないか」
背中で佇むライカに向かって、こちらには来るなと警告する。
「火法ッ 火球!!」
手に纏わりついたマナを一極集中させて打ち込んだ!
チュドォォォォン!!
直後耳をつんざくような爆音と共に、スライムが爆発する。
「なんつー威力だこれっ」
今までにない威力に感心すると共に
何発も、途切れる事なく火球を放り込んでいく。
蹂躙されていく。数十匹いたであろうスライムは、最下級魔法 "火球" のみで!
いつしかスライムと呼べる物体は一匹もいなくなっていた。
「……なんて火力なんだよ……」
俺は驚きが隠せず、自信の手をみた。なにも変わりない、いつも通りの手だ。
「大丈夫かっ?」
俺は後ろを振り返る
ライカは口をぽっかり開けて絶句していた。
「エイト君さっきのは……?」
「ただの火球……らしい」
「あきらかに火球が出していい火力じゃないよあれは……」
ライカはあははと笑い、尻餅をつく。今、俺の事はどう見えているのだろう。
圧倒的過ぎる力を見ると、人は自然と恐怖を覚えてしまうのかもしれない。推測にしか過ぎないが。
「まぁ、あいつ助けにいこうぜ」
「うっ、うんっ」
少女を助けにいくと共に、道端に水でふやかす前の寒天のような塊を回収していく。これはスライムが残した体の一部だ。
「目でも耳でもないけど、一応持って行くか」
俺はリュックにぽいぽいとかぺかぺになった塊を詰め込んでいく。
「大丈夫ですかっ?そこのあなた」
ライカは一直線に走っていく。草むら近くに隠れている人間のもとへ。
「大丈夫ですかっ!」
「あっ、ああ、問題ない。」
淡いグリーンの髪をした少女がそこにいた。草むらの色と同化していてちょっと面白い。
「怪我はないか?」
俺が近づいていくと、少女はビクッとこちらを向く。
「あなたは何者ですか?見た所上級魔法かそれ以上の使い手だと思いますが……」
少女は警戒している。一歩引き、俺達が安全な人間なのかどうかを見定めようとしているようだ。
「いやぁ、何者って言われてもなぁ……」
人間だということ以外特に伝えられる事が無い。だからと言ってそんな事を伝えたが最後。きっと更なる不信感を募らせてしまうだろう。
とりあえず、自分達の事を知ってもらおうと考える。
「まぁ、とりあえず自己紹介でもしようか?俺はエイト・ガルシアって名前だ。北区出身の普通~の人だよ」
ちらりと横を向く。ライカは一つ大きく頷く。
「私はライカ・ベアトリクス。エイト君に命救われて一緒に行動してるって感じかな」
二人で自己紹介をすると、敵意はないと判断してくれたのか、少女は一歩前に出る。
「私はアベル・シャノン。特筆してあげるべき点はない」
こちらにきっ!と目をむける。綺麗な灼眼だ。髪はグリーンで真っ黒のカチューシャをしている。で、片目は髪の毛で隠れている。
「助けてくれて感謝する。しかし今は試験中だ。馴れ合わずにさっさと獲物を探した方がよいのではないか」
「まぁ、それもそうだな。でもこっちには作戦があってね、しばらくここにいさせてもらうよ」
「作戦だと……」
ライカもアベルも何のことかわからず、俺に注目する。まぁ、少し考えればすぐわかることだと思うが。
「ここってデカい湖だろ?いろんなモンスターも水を求めてここにやってくると思うんだ」
「確かにな、モンスターも水は取るしな……」
アベルはふむふむといった具合に頷く。
正直、運だとはいえこんな大きな湖を見つけられたことは一つのアドバンテージだ。残りの数時間、張り込んでいれば必ず敵は現れるはず。
多分もうじき……
「エイト君エイト君っ」
ライカが突然耳元で囁く。
「うぁぁっ!?やめろくすぐったいな」
ついつい声を荒げてしまう。
「あそこみてくださいっ」
またまた対岸。最初に俺達が降り立った場所あたりに、何かがいた。
「随分デカいですね、木にしか見えませんが……」
アベルは目を細め、じっくりと敵を観察する。
かくいう俺は驚いていた。だってあのモンスターは一つの森に一匹しか存在出来ない、森の長のような存在だからだ。
「こりゃすごい。あいつはエントだ。大物だぞ」
狩りを求めた己のマナが、ぐつぐつと煮えたぎり狂喜する。全身からは、目に見えるレベルで真っ赤なマナが漏れ出ていた。
「おそらく、あいつを倒せば合格確実だ!」