No.5 ここが中央区
気持ちのよい朝だ。
チュンチュンと小鳥のさえずりが目覚まし変わりに、目を閉じた状態でも明確な朝をお知らせしてくれる。
人工的な光を消したこの部屋は、窓から流れる光と、それに対抗するかのように存在する、光が届かぬ闇の部分がいい感じに混ざり合い、ノスタルジックな雰囲気を醸し出す。
昨日の夜、イフリートを倒した後、感謝の言葉が四方八方から飛び交ってきたせいか、俺はまだニヤニヤとその余韻に浸っていた。
「この感覚、久しぶりだなぁ」
沢山の好意的な人に囲まれる感覚、何年ぶりだろうか。前世では何度もあったが、今世では初めてかもしれない。時換算すると十五年ぶりか。何歳になろうと、たとえ人生二度目だろうと、やっぱり感謝の言葉は人を高揚させる。
んーっ!
思いっきり背筋を伸ばすと、腕をふり下げる反動で椅子から体を持ち上げる。
「そういや、なんで椅子なんかで寝てんだ俺……」
コキコキッ!と小気味いい音がなる。腰に集中した負荷がかかっていたようだ。ちょいと寝不足な頭を、光を浴びることで解消しようとベランダに目を向ける。
ん……?
ベッドが膨らんでる事に気づく
「あっ、そうだ、昨日……」
思い出した。イフリートに回復魔法使って貰って、そのままぱったり倒れちゃったあの子か。起こさないようにと、そろりそろりと歩くと、近くに人がいることを察知したのか、もぞもぞっ!と布団が動きだす。
やべっ
作戦で言うところの命だいじに。俺は、ピョコンとつま先立ちになると、ひょこひょこと後退しだす。
「うーんっ」
最悪のタイミングでポンっと顔だけ布団から出てきた。
可愛い
そのままこちらにちらりと顔をむける
「おはようお父さん」
違う、俺は父じゃない、何故ここまで不自然なポーズで硬直している俺を見てそう勘違い出来たのか。
彼女はふわぁ、とあくびをすると、万歳ポーズで伸びをする。
「天使か」
萌えゲージが天元突破してしまったのか、今まで一度も使ったことのない単語がするりと飛び出る。
だって可愛いんだものしょうがないじゃん。
後ろからは光がいい感じに差しこみ彼女を照らす。これはまさに天使ッ!
やっぱり天使じゃないか
右半分がつややかな黒髪、左半分が透き通った白髪と、奇抜すぎるヘアカラーがまず目に付く。ショートヘア、パッチリとした目、桜色の唇、透き通った肌、なんだこの天使は!俺は自分の目と天使で埋め尽くされた脳みそを疑う。
「んっ……誰」
俺は意識してない。なのに、自然に顔が火照っていくのがわかる。彼女の声なんてとうに聞こえず、独りで悶え苦しむ。
今更気付いた。俺は女の子と同じ部屋で寝ていた事に。
目の前の少女はじいっっ、と俺をみつめる。
パチパチと瞬きをすると、ようやく異常に気づいたのだろう。
「あわわわわっ!?泥棒?」
おそわれる!とでもいいたそうにずりずりと後ろに引き下がる。
「俺は泥棒じゃねぇぇっ!」
多分、泥棒ならこう否定する。よくわからない泥棒考察をしながら手を伸ばすも届く気配もせず(届かせようともしていなかったかもしれない)あっけなく。
彼女は頭から真っ逆様に落ちた。
「くぅぅぅうう」
あられもない姿で彼女は頭をおさえこむ。俺はこんなサービスショットは望んでないぞと言わんばかりにシュパッと後ろを向く。
「だっ、大丈夫?」
背中越しに彼女に声を投げかける。
「ダメみたいです」
彼女はそのまま雪崩のように落ちていったのだろう。ずりずり どたん とわかりやすく擬音がなる。
くるりと彼女に視点を戻すと、床に大の字で寝ころがっていた。
そして
「お腹すいた」
ぽつりと呟いた
─────────────────
地下一階のレストランで、俺たちは朝ご飯を食べていた。この宿は基本素泊まりで、料理は別料金という方針を取っている。彼女の名前がライカだということも、ここにくる途中判明した。
「ライカさんはこれからどこへ?」
「私は受験生だよ~」
「えっ、俺もですよ」
まさかまさかの同じ学校へと試験に行く人だったようだ。ここに泊まっているということは、出身も同じ北区だろう。少し驚いた。
「ライカさん、せっかく一緒になれたんですし、どうですこれから」
前世で女性ともパーティーを組んだことがある俺は、社交辞令的な、いわゆるテンプレで冒険に誘う(冒険ではない)なんと前世では五十%でこの技が成功しているのだ。
俺はドキドキしながら返答をまつ。ちなみにラブレターをもらったことなど一度もない。
「私は最初からそのつもりだよ。あとライカでいい」
「あっ、俺はエイトです。よろしく」
「うんっ。こちらこそ」
呆気なく成功した。俺の頭にはコングラッチュレーションと長ったらしい横文字が表示される。気持ちの中だけではあるが。
「あの……さ」
ライカがいつのまにか俺を覗きこんでいる
「はいっ、何でしょうっ」
「昨日はありがとね、エイト君」
耳元で囁かれる。なんか艶容、いや、えっちだ。やめてくれ。理性を飛ばしたいのか。
俺は、噴火しかけた気持ちを抑制しながら彼女を引き離す。
「いえっ!大丈夫ですっ!」
俺は、耳元まで真っ赤になっていた。普通こういうのって逆じゃないのかな。
「おいしいねぇ~。私海鮮料理って余り食べないから、本当驚いたよ~」
「おいしいですね。本当」
俺は、わけのわからない感情に飲まれそうになってか、真顔でガツガツと料理をかきこんでいく。勿論味はミックスされすぎていてわからん!!
いつの間にか、料理は一通り無くなっていた
「会計しようライカ」
口調を抑え、自分の気持ちを表に出さぬよう気を使う。
俺はリュックから財布をとりだした。
「あの……エイト……君?」
なぜかやけにあたふたした表情で、ライカが顔を真っ青に染めていた。
「どうしたの?気分悪い?」
何かあったのだろうか
「昨日のあれで全部燃えちゃった」
ライカはしょんぼりとうなだれてそういう。
あっ、確かにそうだった。俺の下の部屋がライカか。
「しょっ、しょうがないよ!おごるからさ!元気だして!」
「ごめんなさい。後で返します」
いまにも泣きそうな顔で彼女はいう。なんだかいたたまれなくなってしまう。
「燃えてないものは何かないの?」
ライカはポケットをがさごそと探ると、テーブルの中心にごちゃっと置いた。
「プレートと飴玉。以上」
「おぉ、見事なまでに何もないな」
しかも飴玉はなぜか黒飴。
「あっ、あとプレートそんな堂々と見せていいのか?」
身長.153cm 体重.46kg 年齢.15 適性属性 水,風 全情報が丸見えだ。
すると彼女は耳まで顔を真っ赤に染める。
「ああっ……みないで……」
消え入りそうな声でそういうと、いそいでポケットに隠す。
冷静な時と焦ってる時のギャップがなんとも愛らしい。
「まっ、まぁいこうか」
俺は目をそらし、勢いよくガタンと席をたつ。
「会計お願いしますっ!」
俺はそう言いながらカウンターにいくも
「あなたは昨日のエイトさんですよね?上の者から無料にせよとのお達しが出ておりますので、代金は頂けません」
断られてしまった。
なんか無料にしてもらえた、ラッキーである。
「お連れの方も無料で大丈夫だとの事なので、お代は結構ですよ」
ほんっとに、イフリート殴っといてよかった。
「ラッキーだねエイト君っ!」
「こんなことって、あるんだ……」
目を点にしながら店を出た。
そして、俺は、もう一つの衝撃に肩をわなわなと震わせる事になるのだった。
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「…………………………」
「おぉ~いつ来ても賑わってる。とりあえず学校まで行ってみる……?」
エイトは活動停止していた。
「エイト……君?」
なんと、エイトは感動と衝撃で、言葉を失っていたのだ。
ギギギギとロボットのように、ぎこちなくライカに顔を向けると、溜めた思いが爆発するっ!
「すごいっ!凄すぎるよっ!三百年とちょいでこんなに文明って変化するもんなんだね、あれってもしかしてギルドじゃない?なにあれ高過ぎでしょ。何階まであるの、てかそれ以前に人多すぎ、こんなんじゃはぐれちゃうよ!」
物凄かった。目の届く範囲では確認出来ない程にびっしりと屋台が続き、右手にはおそらく五階くらいはありそうなギルド。左手にはあまりにもデカすぎる換金所があった。他にも点在する家、家、家。密度が高すぎる。どこを見回しても何かしら建物がある。
「三百年ってのはよくわからないけど、いつきても活気に溢れてるんだよ~ここ。もしかして初めて?」
俺はこくこくと頭を振る
「じゃあ、明日試験受ける学校の場所確認したら色々行ってみようよ!」
「おっ、おう」
それからたったの十分後
中央区魔法学校に到着した。
「城、ですか」
「これが学校だよ」
俺は舐めてました。この世界を、中央区の経済発展の度合いを。そして国が、いかに次世代の発掘に重きを置いていることを。
「城にしか見えないんですけどこれ」
「お城はもっと大きいよ」
「……」
「何か、食べにでもいきますか……」
「うんっ!私いい店知ってるんだ、行こうよ!」
俺は、言われるがままについて行く。
恐らく、これ以上の驚きと情報が入ってきたら、いとも容易くキャパオーバーだ。あまり驚かせないでくれよ、と心の中で願うばかりだった。
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「じゃあ、シングル二部屋で」
「お金もったいないし一部屋でいいよ」
「いやっ、まずいって!同じ部屋だよ?」
「うーん。何、私の事襲いたいの?」
「いや、そんなわけじゃ」
「じゃあおばちゃん、シングル一部屋でっ!」
なんだかんだで滅茶苦茶振り回されてる気がします。今日一日で、どれだけ疲れを蓄積させなきゃいけないのでしょう。
「おぉ~っ、予想以上にせまいねぇ」
勢いよく先に行ったライカは、さっさと扉を開けて突発的な感想を述べる。
俺はピクピクっと眉が動く。シングル部屋ってこんな狭いのか。ベッド三つ分くらいしかないじゃないか。
「俺椅子で寝るよ。ライカはベッドで寝なよ」
何も考えられなくなっていた俺は、投げやりになって言う。
するとライカはむっ、とした表情で
「お金はらってくれたんだから、エイト君が、ベッドでねなさい」
なぜか怒られる
明日は試験だし、尋常じゃないくらい疲れてたからか、素直に聞き入れ、ベッドに潜る。
「風呂は明日の朝入るよ……」
「了解しましたエイトさまっ!」
ビシッと敬礼する。一日中歩いてたのになぜこんなにテンション高いんだ……
俺は耐えきれずにいつのまにか眠りに落ちた。
明日は試験だ、頑張ろう……