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No.3 火を司る神獣 イフリート

魔法を使う為には主に三つのプロセスを必要とする。一に魔力の精製、二に魔力の変化、三に魔力の放出だ。


 俺は、この体に生まれ変わってから、二の魔力変化が、どうも上手く出来なかった。何故なのか、理由は皆目見当つかない。


 魔力変化の練習をしながら歩いていると、今日泊まる宿が見えてくる。

 

 「ふぅ、ようやく付いた」

 

 中央区から一キロ手前にある宿 スワン 綺麗な湖と海鮮中心の食事が特徴らしい。

 

 木製の風情ある扉を開けると、カランカランと軽快な鈴の音がなる。


 少し古臭い木の香りが鼻腔(びくう)をくすぐり、カウンターには寒色系の布を何枚も羽織り、腰のあたりで帯を巻いた、民族衣装のような服を着た女性がお出迎えしてくれる。

 

「おぉ……」

 

 前世で宿には泊まったことがあったが、こんなサービス精神旺盛な宿は初めてだ。

 

「宿って小汚い誰かの家みたいな雰囲気じゃないんだなぁ」

 

 前世で止まった宿の数々を思い出す。

 

「まぁ、あそこらへんの施設って主にギルド派遣用の宿だったからなぁ」

 

 前世では、ギルドでクエストを受注した人のみが泊まれる宿泊施設が各地に点々と建ててあった。今はどうなっているのだろうと、少しだけ気になる。


 ロビーのど真ん中で突っ立っててもしょうがないので、俺はさっさとチェックインしようとカウンターへと進みだす。


 ニコニコと愛想のいい笑顔を振り撒く受付嬢に部屋の空きを確認してもらうことにした。

 

「すいません、今日泊まりたいんですけど、部屋の空きってありますか」

 

「はいありますよ。お部屋の選択は出来ませんが、よろしいですか?」

 

「大丈夫です」


 手続きを交わし鍵を受け取る。説明を聞いたところ、魔力を感知する特殊な鉱石が練り込まれた鍵らしい。細工は不可能って訳だ。


 とりあえず部屋に行こうと、リュックがあった場所に目を向ける。


「あっ、あれっ荷物は」

 

「こちらですよ」

 

 くるりと後ろを振り向くと、黒服の男が、俺が足元に置きっぱなしにしていた荷物を持ち上げている。

 

「荷物はお持ちいたします。お部屋はこちらですよお客様」

 

 ま じ か 。城に客人として呼ばれた時並の待遇に開いた口が塞がらなくなる。

 

「こちらですお客様、ごゆっくりどうぞ」

 

 ドアまで他人にあけてもらう日が来るとは思わなかった。俺は、黒服の横を通り、荷物を受けとる。

 

「すげっ」

 

 部屋に入った瞬間、一目みただけで感嘆の言葉が自然に飛び出す。

 

 一人部屋で風呂と洗面所ともふもふベッドが得られるとは……

 

「俺は天国に迷い込んでしまったようだぁ」

 

すごく、幸せだった。

 

「ふぅ」

 

 一日歩いた疲れを吐き出すかのように、俺は自然にベッドに倒れ込み、一眠り付くことにした。


「今日の夜、ここの湖でとれた海鮮丼がでるらしいなぁ、楽しみだなぁ」


 今日の夜ご飯に、盛大な期待を寄せながら、ゆっくりと瞼を閉じた。


─────────────────



ドガァァァン!

キャァァァァ!

 

「なんだぁ?夢か……?」

 

 大きな爆音と女性の悲鳴が耳の中を右往左往する。

 

「まだ眠いよ……」

 

 ベッドに頭を突っ伏し、今度はいい夢を見るぞと二度寝の準備に入る。

 

「キャァァァァア!!」


「ほぇ?」

 

 夢じゃないかもしれない。

階下でドンドンと爆音がなり、地響きが起こる。

 

「こりゃいくっきゃないかぁ」

 

 寝ぼけなまこをこすりながら軽快にベッドを飛び出す。


 ベランダをちらりと一瞥すると、もくもくと体に悪そうな煙が上がっていた。

 

「こりゃ相当ヤバそうだ」

 

 俺はそう呟くと同時に、素早く外へ飛び出す。ちなみに扉は開けたままだ。


「魔物かっ!?」

 

 階段を三段跳びで降りながら、瞬時に右を向く。一番奥の部屋、ちょうど俺の真下の部屋で、それは起きていた。

 

「派手にやってくれてるなぁ」

 

 扉は炎で半壊しており、廊下の絨毯は消し炭になっている。


 きっと部屋の中は大惨事だろう。

 

 扉近くには、パニックになった宿泊客が立ち尽くしている。

 

 この宿に戦闘出来る人間はいないのか?俺はそんな疑問を持ちながらも、現場に急ぐ。

 

 その刹那的瞬間(せつなてきしゅんかん)の出来事。

 

秒数にしてわずか一秒ほど

 

 メキャドグシャッと僅かに残る木扉が割れ、一人の少女が廊下の壁に背中を打ちつける。

 

「うぁぁぁぁあ!」

 

 少女は絶望に悶える表情を見せながらも、両手に流水のシールドを展開させ、必死に目前にいる何者かを見据えていた。


 おそらく、あれで耐え続けていたのであろう。

 

 それと同時に扉から湧き出る灼熱の炎。

 

「イフリート……」

 

 ゴツゴツとした岩のような体躯に、煌々(こうこう)と光るオレンジの目、そして体を取り囲む灼熱の炎。これが火を司るレテウス国の神獣 イフリート!


「おい、こんな所でなにやってるんだよ!イフリート!」


俺はおもわず叫び出す。


何故、こんな所にいるのだ。

 

 しかし、明らかに様子がおかしかった。まず、体が小さすぎる。そして、マナの勢いが、俺が初めて見た時の三分の一程度しかない。


 何か、様子がおかしかったが、俺はこれ以上被害が増えない為にも、奴を無力化する事を決意する。


「魔法でごり押してやる」

 

 拳と掌を同時に叩き、気合いを入れる。二発までという制限がある俺の魔法。この二発が、命綱だ。


 マナは人並みにあっても、上手く属性変化する事が出来ない以上、この二発でなんとかするしかない。


 しかし、何が起こっているかはわからないが、今のイフリートは弱っている。最大出力の水属性魔法を打てば、無力化出来るかもしれない。


 とにかく、行動する他ない。ここままじゃ少女にも危害が加わる。


 俺は掌にマナを集中させると、両手を地面に付け、まるで数多の蛇の如く地にマナを這わせる。

 

「土法 土壌促進!」

 

 地にマナが集まり、いくつもの意志を持った土壁がイフリートを囲む。

 

 グァアア!

 

 イフリートは狂ったように叫ぶ。やはり弱っているようだ。体に纏う炎の威力が落ちている。

 

 俺は、現時点で打つことの出来る最大出力の水属性魔法を打つことにする。今度は両手を相反する磁石のように少しずつ離しながら、マナの膜を作っていく。

 

「水法 深層水流!」

 

 ミルフィーユ状に薄く重なりあった水のカッターが、幾多に渡りイフリートの頭上に降りかかる。

 

「グゴァァアァ!」

 

 恐ろしいまでの威圧と、断末魔。

 

 ここだっ!俺は一気に距離を詰める。近づいた先は、イフリートの顔近く。

 

「誰に操られてんだテメェ。お前がそんな弱いはずねぇだろ!」

 

 絞りカス程になったマナを気持ち程度拳に乗せて、体重を乗せたパンチを鼻先にぶち込んだ。

 

「ガッ……アッ……」

 

イフリートの体が震え、獣だった部分が半分人間になる。


 マナが上手く扱えていないのだろうか?自慢の炎が今度はほぼ消えかけている。


 すると、イフリートの口がおもむろにがぱっ、と開いた

 

「我ハ……」

 

 細く、いまにも消え入りそうな声が聞こえてくる。

 

「我ハ屈セヌ。我ハ神獣、イフリート」

 

 魔法の衝撃で正気をとり戻したのかだろうか?徐々に落ち着きを取り戻していったイフリートは、その場にガクンと膝をついた。


「こいつは俺が処理します。皆さんは怪我人の搬送と熱源の処理を!」

 

 あたふたしている従業員と宿泊客に大声で指示すると同時に、右半身が人の姿になったイフリートの手を握る。そして、角でしゃがみこんでいた水でシールドを作っていた少女に声をかける。

 

「君、マナはまだ残ってる?」

 

 うずくまっていた少女は顔をあげる

 

「はっ、はぃい!」

「ちょっと、ついてきてくれないかな」

 

 震える少女の右手を、上から包み込むように握ると、少女はビクッとしながらも、コクコクと頷いた。


 ずりずりと二人をひっぱるようにして、自分の部屋に入っていく。それは、端から見ればとても異質な光景に見えただろう。ドアを閉めると、椅子の上に二人を座らせる。


「イフリート、声、出せる?」

 

 俺はなるべく優しい声色で、ぐったりと背を垂れるイフリートに向かって声をかける。

 

「本当ニ、申シ訳ナイ」

 

 か細く、消え入るような声で謝罪の言葉を述べる。国を守る神獣ともあろう者が人間を傷つけてしまった。その事実をしっかり受け止めようとしているのか、イフリートはちらちらと襲ってしまった少女に目を向けている。

 

「突然で悪いんだけど、彼に回復魔法をかけられる?」

 

向き直って、少女に声をかける。少女は、石膏で塗り固められたかのように、ピシッ!と固まってしまった。


言いたいことはわかる。なんで襲われたやつに回復しなきゃならんねん!って感じだろう。うん、それが普通だ。

 

「何か……理由があるのですか……」


 彼女は煮え切らないといった顔で、俺に説明を求めてくる。


「理由は後でちゃんと説明するから。頼む」

 

 簡潔かつ簡素に、彼女の目を見据えて話す。


 最初は頭を抱えて考えていたが、何かあったら目の前の少年が何とかしてくれる!とでも思ったのだろうか。俺の目を見てニコッとすると無言ですたっと席をたつ。


 少女はテクテクと半人化したイフリートの元へ寄ると、両手をかざし出した。

 

「光法っ 修復」

 

 術式を唱えると同時に、たちまちマナが傷口を覆い、流れる血は消え、傷口が塞がっていく。


 なかなかの魔力操作だ。流れるように処置が進んでいく。

 

「すいません、もうっ、げんか……」


 それは突然の事。彼女はガクリと膝をつく。

 

「ごっ、ごめん無理させた」

 

 急いで近寄って腕を伸ばす。

彼女は完全に体力かマナが切れたのか、俺の腕に身を預ける。


「気絶……してるのか?」


 コクン、と倒れ込む少女の膝下と肩下あたりを持ち、お姫様だっこのような形で抱き抱えると、ベッドにそろりと寝かせる。彼女はすやすやと眠っていた。


 彼女の顔が予想以上に可愛かったことも、柔らかな体にドキッとした事も、とりあえず胸の中にしまい込む。


「イフリート」

「ナンダ?」

 

 立ったまま、イフリートを見据える。


「突然どうしちまったんだ、イフリート」


 単刀直入に、一番知りたかった事を質問した。



 

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