No.2 エイト ガルシアという存在
俺の名前はエース。勇者の称号を持つ、唯一の魔法使いだ。
十五の時に家を出て、数々の戦争を生き抜いてきた。家は、出たくて出た訳じゃない。
だって外は怖いものだと教えられていたから。
だって外にでるともっと怖い奴らがいると教わったから。
魔物の群れに投げられた事もあったし、小さな檻に一年以上監禁された事もあった。今冷静に考えたら簡単にわかるけど、俺は親のフラストレーションのはけ口として使われるただの玩具だったんだ。
家出してからは、金の稼ぎ方も魔族を殺して奪い取るって事しか知らなかったし、魔法の扱いだけは人一倍長けてたから、色んな戦闘があるたんびにその場に出向いて、人並み外れた功績を残してた。
そのせいか、二十になるころには勇者なんて称号を得ることになってた。
俺が皆に認めて貰っている。これからだ、これからだと意気揚々としてたら、次の戦闘で魔王なんて奴が出てきて、呆気なく殺されちまった。
全く、歯が立たなかった。
圧倒的な力の差がそこにはあった。俺は、人並み外れたマナの量と魔力操作で、戦場では鬼神などと呼ばれていたが、そんな俺でもあいつを、倒せる糸口が見えなかった。
いったい、どうすればよかったのだろう。
俺は、魔王が最後に放った言葉を思い出す。
「僕一人の物じゃない…か」
いったいどういう事だろう。力を奪う魔法でも開発したのか、それとも魔王もパーティーらしき何かを組んでいて、補助魔法を受けていたのか。
今はよくわからなかった。
「なんか、眠いや」
ひとつ、大きなあくびをする。そして、真っ暗な世界で俺は目をつぶる。
ん?まてまて、そういえば何かがおかしくないか。なんでまだ"考える"事ができる?
「あれ、俺って死んだんじゃ……」
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なぜか、意識がある。俺は殺されて、死んだはずじゃなかったのか。
体に力を入れてみると、手足がピクピクと動く。
全く持って状況がわからない。とりあえず目を開けて見ることにした。
あっ、あれぇ?
知らない天井が、そこにはあった。
クソッ、思うように動けない。
手足を動かすが、思うよう立てないし、それ以前に起きあがることもできない。
闇系統の魔法でもかけられているのかとジタバタしてみると、近くでガタンと音がした。ドアが開いたようだ。
「あ~らエイトちゃん!あいかわらず可愛いわねぇ~」
デカい女が近づいてきて、俺の腰と頭らへんを掴み、抱きかかえる。
エイトって誰だ?俺はエースだ。と、いうか、まてまてなんだこいつ。
俺、身長百八十近くあるんだぞ。あまりにもでか過ぎやしないか。
サーッと血の気が引く感覚を覚える。
こいつっ、
六メートルはあるんじゃないか。
とんでもない化け物が、目の前にいた。
すると目の前の女は、突然服を脱ぎ出す。
ままままっ、まてっ、まてぃ!
なにをするんだ、もしかして恥女かこいつ。咄嗟にさっと目を閉じる。
「たんとお飲み~」
女はそういうと、顔に柔らかい何かを押し付け始める。これはっ……言葉として表すなら凶器!
なんだこの状況はぁぁぁぁぁ!誰か、誰か助けてぇぇぇぇえ!
俺は必死に暴れて抵抗する。ここまで誰かに救済を求めたのは、これが初めてかもしれない。
「あら~。今日は不機嫌さんねぇ」
女は、ほっぺに人差し指を当てると、ふぅ、と溜め息をついた。
次の日、俺は察した。あの女がデカいわけじゃない、俺が小さくなったんだ!と。俺は赤ちゃんになっていた、言葉も話せないし動けない、非力な存在へと。
エイト ガレシア。それが、俺の名らしい。父はゲイル ガレシア、母はジル ガレシア。どちらも好奇心旺盛で活発。仕事はハンターをしているらしい。
「よし、今日はケツァルコアの討伐だ!行くぞジル!」
「うんっ、今日も頑張っちゃうぞ~」
あいも変わらず今日も二人は張り切っている。前の俺なら、ケツァルコアなんて三秒で倒せるだろなぁ。そんな事を思いながら、俺はいつもの笑顔で二人を見送る。
そんな、ハンターの日常を横目で眺めながら月日はたち、沢山の愛情を注がれながら、俺は成長していった。
いつの間にか俺は、十五才になっていた。
そして俺はこの日、旅立つ事になっていた。
「気をつけて行ってくるんだぞ」
父が、革製のリュックを俺に渡す。
「うぅっ……」
母は、俺の為なんかに涙を流してくれる。
「ジル、気持ちは分かる。でも、男なら行かなきゃならん時があるんだぁっ」
父は天高く拳を上げた
「いやいや、まだただの試験だから!まだ学校に入れるかもわからないし」
俺は、あたふたとしながら答えると、踵を返す。
「じゃ、じゃあ、行ってくるよ!」
このままだと、俺まで泣いてしまいそうだ。
「気をつけてね!たまには顔見せるんだぞ!」
両親はダラダラと涙をこぼしながら俺を出迎えてくれる。
「ふふっ」
本当に優しい親だ。将来沢山親孝行してあげよう。俺は、そう決心ながら、一粒の涙を零して、その場を後にした。
レテウス国中央区に学校の入学試験を受けにいく。科目は筆記と実技、面接。その後職鑑定なるものがあるらしい。筆記はペーパーテスト。実技は試験中に説明されるらしい。職鑑定は筆記と実技、面接の結果から、自分に適性がある職業が天召石というものに刻み込まれるらしい。このアイテムは前世になかった。
ちなみにこの世界は俺がいた世界の三百年以上後の世界らしい。まだ、第二次世界戦争があったという記録はなく、魔王が活性化してないことに取りあえず安堵した事を思い出す。
それと、この十五年間はただ遊んできた訳でもない。
基礎的な魔法と剣の修行を両親に叩きに叩き込まれた。そりゃ、知ってる事だらけだったけど、完璧にこなす度に二人は俺を褒めちぎってくれた。色んなご褒美もくれた。
俺は愛に飢えていたのかもしれない。こんな生活が、いつまでも続けばいいな、なんて、考えたりもした。そんなこんなで月日は流れ、この世界の成人年齢である十五才になってしまった訳だ。
そのままの流れで俺は学校とやらに挑戦する事になった。三百年前にはなかった文化だからわからないが、どうやら教育者と呼ばれる魔法や剣のエキスパートが、ハンターや衛兵、魔法を使う職になるための知識や技術を叩き込む施設らしい。
第一次大戦が人間陣営に酷く壊滅的な損害をもたらしたからだろう。俺が死んでから、更に強力な剣士や魔法使いを生み出す為に出来たらしい。
正直な所、興味があった。俺が魔王を倒すためのヒントが得られるかもしれないし、俺がいなくなった三百年と少しで、どれだけ魔法の使い方が変化したのかを知りたかったからだ。
そして、今から俺が試験を受けにいく中央区魔法学校って所は、この国で一番ハンターや衛兵などを排出しているらしい。
いわばエリートな学校だ。俺が住んでいるのは北区で、ここにも学校があるらしいが、俺の親は、お前なら絶対に行ける!と、親バカ全開の過大評価で、寮つきのエリート学校に受験させる事を決意したらしい。
ちなみに北区と中央区があることからわかるように、東区、西区、南区があることも、想像に難くない。そして、その個々のブロックの中に、村や町が点在してる訳だ。
まぁ、経済的な点でも中央というのは都合がいいのだろう。ハンターの仕事で何度か中央区にいった親は、こことは全く違う世界だと言っていた。経済的に発展してるのだろう。
町や村があって、ギルドがあって、色んな店があって、多分そんな所だと思うけど。
ちなみに俺が住んでいるのは北区の最北端、ロータス村だ。ちょくちょく隣の村にはいくが、町というのはよくわからなかった。どうやら規模がデカくなるとそう呼ぶことになったらしい。
歩いていると、ふと両親の顔が浮かんでくる。一度死ぬ前の俺は全く愛されてはいなかったからか。正直、今の両親と離れるのは本当につらかった。今までずっと独りで生きていた。前親にはずっと蔑まれ、暴力を受けていた。
そのせいか、人という存在に恐怖を感じてしまうようになり、まず一呼吸距離を置いてしまうようになった。
今の両親は本当に心のそこから安心できる人間だった。まぁ、最近前親が異常なだけだってわかり始めて、色んな人と交流しだしてるのだが。なかなか上手く行かない。
学校でも、沢山コミュニケーションをとれればいいなと思っている。
「ここから中央区は……」
リュックから地図を取り出す。
「うげっ、わりと遠いな……」
ポケットから財布を取り出す。
確か、一週間分くらいの食料費と宿代が入ってるはずだ。
「じゅ…じゅう…」
一万ゼニー金貨が十枚入っていた。こんな金額見たことない。
もしもの時の為だろうか、ご飯も宿も、そういえばどのくらいお金がかかるのかわからない。前世では金貨一枚もあれば多分一週間は余裕で生活できたはず。
「たっ、大切につかわねば」
急いで隠すようにバックに入れる。勿論一番奥に。
その後はひたすらに真っ直ぐ歩く。行けども行けども似たような景色。
「なんか、平和だなぁ」
ここいらはモンスターはほとんど見ない。いても低レベルのモンスターだらけだ。父さんとここら辺で修行を重ねた事もあったが、大抵の敵は一撃で終わってしまう。おかげで、俺のレベルは殆ど上がっていなかった。
プレート(身分証)を取り出す。最近の技術は本当に凄い。年や身長体重の他、自身に流れるマナの性質を自動的に鑑定し、基本七属性
火、水、雷、土、風、光、闇の中で適性がある属性が光る仕組みになっている。自分のプレートを覗く。俺のプレートはレベル六。
適性属性を示す灯りは、何も光っていなかった。