下の下のそのまた下の
GW、皆さん暇ですよね。現在鋭意制作中ですので是非ブクマなどしていただけると幸いです。
ぴちゃん、ぴちゃんと水の滴り落ちる水路をゆっくりと進む。匂いは思ったより気にならないが、使われなくなっても染みついた匂いはそうそう取れないらしい。歩いても曲がっても同じような道が続く文字通りの”迷宮”。ついに頭の中でしりとりを始めだしたエピラスは、今まではなかったがれきが散らばり始めていることに気づいた。
「そろそろ崩れたってところか。なら次を曲がってみるか……ああ、どっち行こうかね」
左右方向に分かれており、エピラスは目を閉じると特大の舌打ちをする。二回、三回と続けると全体的な水路の形状が見えてきた。一つ下の階が存在し、今いる階層は真四角でぐるぐる同じところを回り、一つだけ下に降りる道があるようだ。牢獄とやらもそこにあるに違いない。舌打ちの音がかすかに揺れていたことからも空洞から下に降りれるのは間違いない。水の流れに沿って右に進路を取ると突き当りに到達した。
人一人が入れるかどうかという小さな穴で、これはさすがに不可能だと判断したが誘拐犯はどうやって下に降りたのだろうか。とりあえず先ほどの道に戻ろうと振り返ると、足元の床がよく響くことに気が付いた。手で触れると石床が少しずれる。まさか、と思いながら押し込むと、小さかった穴が広がり、下へ向かう階段が現れた。なるほど、これも魔法でカモフラージュされていたのか。
ゆっくり降りると同じような水路が見えるが、上階よりも水の量が多い。ついでに何か浮いている。あれは……骨のようだ。鳥か、獣に見える。なんでこんなところにあるのか不自然に思いながらあえてそこを迂回し、まっすぐ進む。水路は全体を把握したが、どうしても真っ黒で把握できない場所があった。そこに何かあるに違いないと踏み、エピラスは進む。
「……これが、これは……? これはなんだ?」
眼前にはどう見ても牢獄のありそうな場所には見えない上、別の施設が存在していた。もともと何もない場所に生成されたかの如くがれきが階段のように積み上がり、おいでやすといった雰囲気になっている。だが、直感でここではないと、この装備ではいくらエピラスでも戻れる保証はないと言う確信がある。好奇心は時に命を奪う。数えきれないほど返り討ちにして来た自分がそれを一番よく理解している。
「見つけた。あの鉄格子だろ」
右側から取り出した剣を軽く振ると刃が伸びた。ん?
刃がこちらにひゅうと飛んできた。慌てて剣を手放しながら紙一重で回避すると、剣は自立して動き出した。これ、自分のじゃない。
「ああ!? うわぉ! びっくりしたぁ! きっしょ死ねや!」
「アギャッ」
蹴りが剣先をバキバキにへし折り、剣のふりをしたモンスターは断末魔を上げて水の中に転がった。昔昔の記憶が浮かんでくる。自分にも師匠がいた。彼は総合戦闘術、と名付けた独自の戦い方を伝授してくれた。必要ならばその場にあるものを武器とし、単独で多人数を相手にするノウハウを叩き込まれた。その中に、範囲の広い蹴りや一撃で数回分のダメージを与える魔力の使い方が含まれていた。一子相伝のため、これを知っているのは最初で最後、唯一の弟子であるエピラスのみだ。
回し蹴りを多用するのも、剣より素手が強いのもそのためだ。だが今はそんなことをのんきにしている場合ではない。実は左側にちゃんと収まっていた、今度こそ本物の剣を引き抜くと軽く上に投げ上げ、握りなおすと振りかぶる。剣が赤熱し、鉄格子を焼き切る。《《秘密兵器》》を使うまでもない。出力は下がるが似たようなことはできる。
先ほど見た謎の施設、あれはもしかするとダンジョンという奴なのではないだろうか。ダンジョンのメカニズムは知らないが。いま倒したモンスターもそこ産だとすると、崩落した原因が何となく推測できる。
自然発生したダンジョンが偶然地下水路にでき、それが周囲を破壊しながらの生成で崩れた……それが一番妥当な考えなのではないか。聞くところによると、もうほとんどのダンジョンが攻略された後だという話だがこのようなものを見ると、同じように発見されていないだけでまだまだあるのだろう。
「お前たち大丈夫か!? 重傷者は? 俺は村の生き残りに恩を受け、助けに来たものだ。もう安心しろ、俺がいるからな」
「……」
奥のほうに動くものが見えたのでよく見ると、とがった耳が真っ先に目に入った。やはりここにとらわれていたか。エピラスは声をかけるが、誰もしゃべらず、誰も動こうとしない。
「どうした? 動けないのか?」
「く、鎖が絡まって……」
女性が一人、そう声を上げる。周囲の人間もよく見ると女子供しかいない。男性陣は皆やられたのか。イライラが募り始めるが、彼女らに向けてはいけない。敵がいないか確認しながら剣で鎖を焼き切る。全員分の鎖を切ると、子供たちが泣きそうになる。それをなだめるように肩を優しくたたくと、予想よりはるかに人数が多いため全員を守りながら逃げるのは無理だ。この真上に大穴を開けてそこから送り出す。
「ダークセイバー・エトランゼ。みんな、耳をふさいでくれ」
両手で剣を引き抜くしぐさを行うと、真っ黒に輝く太い棒のようなものが現れた。脇を閉め、それを力いっぱい握ると黒い棒は剣を模したエネルギーを噴き上げ天井を吹き飛ばす。一通り噴出が終わるとエピラスは気配に気づく。後ろに向け、こういう。
「敵が来る。早く行け」
エルフ族は羽などを用いず自力で飛行できる種族であることは知っていた。それができる体力が残ってるかは別の話だが。動けるものは動けないものや子供を抱え、飛び上がった。誰もお礼は言わない。エピラスの威圧感に話しかけられないからだ。そしてエピラスも礼など求めていない。恩を返す、その一点のみでここにいる。
「まずは一発目だ」
剣をホームランするとあらゆるものが爆散し吹き飛んでいく。誘拐犯に当たった感覚がある。やったか?
「やったか、は言ったらだめだろ。ん?」
「よく生きてたじゃねぇか。殺すつもりだったんだがね」
思わず口に出してしまった蘇生ワード。それを否定し、煙の中から出てきたのが今回の主犯格だ。面をつけているがその耳はとがっており、種族は間違いない。同族だ。エピラスは根深い何か闇のようなものを感じながら問うた。
「お前、仲間に手をかけたのか」
「さぁね。腑抜けた魔王に話すことは何もないよ」
「何だと」
こいつ、自分のことを知っている。