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明晰夢は恐ろしい

 エピラスはひたすら暗い道を何かに追い立てられるように走っていた。感覚と頭の冴えは普段通り、問題はない。絶対に逃げ切れる。追跡者の気配はどンドン後ろに置いてけぼりになってきた。


「勝ったな……うっ!? うぉおお!? 足場が……っ!」


 突然足が空を搔いた。いや、踏み込んだ場所に地面はなかったのだ。暗い穴に向かって落ちていくエピラス。風を切る感覚も本物そのままに、間違いなく転落死する高さを真っ逆さまに……


「夢だ。これは夢だ……目を覚ませ俺、目覚めろォ!!」


「あ”あ”っ”!」


 奇妙なだみ声を上げて起き、床に倒れ伏していることに気づく。がばっと起き、そういえば昨日戦いがあったことをゆっくりと思い出した。いつの間にか安物の兜は取られており、顔がスースーする。大あくびをする彼を起こしに来たチェラルが少し笑うと話しかける。


「エピラス様、勉強している子供みたいに寝てましたよ」

「そ、そうか? ああ、とてもおいしいスープだった。ありがとう」

「それは私じゃなくて、彼女に言ってあげてください」


 そういって脇に控えるチェラルの後ろから、家主のエルフ族の女性が歩いてきた。まだ憔悴しているようで目の下に大きな隈が出来てしまっており、とても痛々しい。一宿一飯の恩義もできたことだし、二度と余計な命を奪わせないと強く願う今の自分に唯一できるのは彼女の家族や同郷の連中を救出してここに連れて帰ることだけだ。エピラスはまた「ありがとう」と口に出して言うと、行先を告げる。


「この飯と宿の恩は必ず返させてもらう。あん……君のご友人の居場所は分かったから連れて帰ってくる。三日程度はかかるが、それまではこのチェラルが一緒にいるから安心してくれ。じゃ、頼んだぞ」


 威圧的に「あんた」と言いそうになったが、ぐっと飲み込んでできる限り紳士的かつ覚えている限りの礼儀を総動員し、当たり障りのない言葉を残して村を出た。


 この村からは直線距離にして半日ほど時間はかかったが、道中問題などは起きず無事にノナークに着いた。先ほどの村とは違い、一軒一軒の家が堅牢な魔力を帯びた石で壁がなされ、さらに町の入り口は希少鉱石がふんだんに使用されているのが分かった。


「あの鉱石……天雲母あめうんもか? めっちゃ金使ってんなぁ」

「ほっほ、お目が高い。さすが此処ノナークまでくる戦士の方は良い目を持っていらっしゃる」


 前から老人が歩いてきた。杖を突いているように見えたが違う。剣の柄を杖代わりにしているのだ。この老人明らかに戦い慣れしている。少し身構えたエピラスだったが、とりあえず世間話でもしてみる。


「……風が教えてくれたんだ。天雲母は今いくらくらいなんだ?」


 ふむ、と老人は薄めの顎髭に手を当てると少し考え、にやりと笑う。


「100グラムで6タイン、というところですかな」

「ほー……」


 お金の単位は下から順にアイン、カイン、サイン、タイン、ナインとなっており

 6タインあると今装備している武具があと2セットは買える。剣だけに絞れば4、5本は買えるだろう。そしてそれが扉一つ分。魔獣の巣食う森に囲まれているので必要経費ではあるのだろうが、とてつもない金額だ。そんなお金は魔王たるエピラスも持ったことがない。


 老人に軽く礼を言うと、この街に来た本来の目的を果たしに行くべく、『地下迷宮』とやらの情報を得に散策してみる。自分で決めた約束の刻限はきっかり三日。自分は常にノルマを設定することで緊迫感を出すくらいしなければ退屈で死んでしまう。たとえ武器の手入れであっても、3分以内に。とか、慣れない料理ですら5分以内、とかやるせいで指をざっくり切ったり洗い場にでかい焦げを残してしまい台所への入室を禁止されるなど自滅が減らない。


 その辺を通りすがった人を呼び止める。


「突然申し訳ないんだけども、地下迷宮って聞いたことあるかな?」


「いや、ないなぁ……ダンジョンの間違いじゃ?」

「うーん、知らないですね……」


 一時間ほど聞いて回っていたが、まずい。もしかすると賊はウソをついていたか? いや、ない。自分の心にウソをつくのは簡単な事ではない上に、よほどのサイコかつ頭脳派でなければ不可能に近い。お世辞にも頭がよさそうにも見えなかった。であると二つ目の疑惑、実行犯である彼らは本当の場所を教えられていないのかもしれない。また、地下迷宮とは何かの隠語である可能性も十分にあり得る。


 例えば、放棄されたダンジョンであるとか。


「それは地下下水道の事だな。あんた、よそ者なのになんでそんな所を知ってんだ、十年前になぜか崩落して以来使われなくなってるけど」

「崩落!? ……あんた、そこを知ってんのか!?」


 ああ、と頷いたのは腰から日本刀を下げた長身の男性だ。すれ違う人に聞いて回っていたが、突然声をかけられ面喰いながら答えた彼はこの街の出身であると名乗った。お互い初対面なのだが何となく近しいものを感じたのか、連れ立って歩きながら場所の説明を受ける。


「……ダンジョンとかではないんだな? 生活に使われていたのか、そうか。じゃあ牢獄ってのは知ってるか? そういう噂とか」

「牢獄? ……あんた、何を探してんだ? そういや少し前にやたらうるさかったな。眠かったから何言ってるかはよく聞いてなかったが……」

「それは素晴らしい情報だ。いや実は人を探しててね。騒がしい連中だからこの街の人に迷惑かけてないか、とな」


 エルフの一族が捕まっているから助けに来た、とは言うべきではないだろう。なぜならこの男が敵である可能性は否定できないからだ。地下下水道であるならば、まず一般人は入れない。街ぐるみであくどいことに手を染めているならば、彼も……ただの疑心暗鬼であることは重々承知しているが、それでも頼れるのは最終的に自分のみなのだ。


 彼は「なるほど」と呟くと、右の道を指で示した。


「そこを道なりに進んでわき道から入れるぜ。魔法の扉があるからまあ侵入はできねえだろうが」

「そうか。いや、まあ見に行くだけ見に行くよ。すぐ引き返すだろうなぁ」


 そういうと背中を向け、指定された道を歩く。奥に行くにつれ、周りの家々がどんどん減っていく。しまいにはごつごついた岩肌がむき出しの未舗装の砂利道になり、ようやく遠目からみて水路かな? という形状の洞窟が見えてきた。湿っぽく、カビと汚物の匂いがかすかにするこの道。なるほど下水道だ。


「あーくせぇな。くせえ。だが……牢獄はもっと臭いんだろうな。さっさと行ってこねえと」


 魔法の扉があり侵入者を阻む、と聞いていたが特にそれらしいものはない。つかつかと踏み入ろうとすると、何かに押し戻されるようにして洞窟の外に戻った。エピラスは少し考えると剣を抜き、何もない洞窟の脇を切りつける。すると電流が流れるように機械があらわになる。ちゃんと整備される前の下水道だから危険があるのだろう。崩落もしているし。しかしその理由を地元の人間ですら知らないというのは不自然だ。ついでに調べて帰るのも勇者っぽくて楽しいかもしれない。


 不謹慎ながら、エピラスはにんまりしながら下水路に入った。






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