二年後…… ~波ノ段~
時間がなくてアクションまで書けませんでした(>_<)
今回は、かなり短い話になります。
「はっ――」かすみは、短く息を切ると同時に、宙へ向かって木の板を投げた。
間髪入れず、手のひらよりも一回り大きなそれに向かって、四本の小さな輝きが放たれる。
――釘だ。
虚空を走る閃きは、そのすべてが、回転する正方形に吸い込まれていく。
間もなく、鉄の杭が木に打たれる音が数回重なり、破裂音にも似た響きが、武道場にこだました。
一拍の後、静寂に返った大部屋の中……音の出所であった場所を見れば、板は壁に張り付き、飛んできた釘は、その身を頭まですっぽりと埋めている。
広い空間にいるのは、二人。
いずれも学園指定の制服を身に着けた、男子と女子である。
ややあって、女子生徒が口を開いた。
「戸隠流手裏剣術、千本通し。――御見事で御座います、旦那様」
送られた称賛の言葉に、しかし男子生徒――刃は鬱陶しそうに返す。
「かすみ……俺はもう戸隠の忍じゃないんだ。いい加減、その言い方はやめろ」
本来、釘とは金槌を使って一本ずつ叩いていくものだが、刃は数本のそれらを離れた場所から投擲して、一斉に穿ってしまった。しかも、四隅のそれぞれに一本ずつ、寸分の狂いもない。
並の人間では、釘打ち銃を使ってもできない芸当だろう。
かすみが言ったように、これは戸隠に伝わる忍の技のひとつであった。
――里を抜けて以来、人の社会に身を置く刃としては、できれば忍術に頼りきった生活はしたくない。……だが、これは日々の修練によって得られたもの。
降って湧く面倒事をやり過ごすことに使ったからといって何の非があろうか。
……と、自らを納得させ、時折、このように昔取った杵柄を振るっている。
「然れど、里を抜けて二年が経ったと申しますに、未だその技の冴え。忍として旦那様に勝る者など、そうは居りますまい」
感服するかすみの言葉に「だから、俺は忍者じゃねぇっつってんだろ」しかし吐き捨てるように言いながら、刃はポケットから一枚の紙きれを取り出す。
先程の大層いい加減な顧問教師、柳生から預かった仕事のリストだ。
「えーと、武道場に吹き込む隙間風……?」
書いてある一文を読み上げながら、風を送り込んでいたと思われる隙間――それを塞いだ出来を改めて見やる。
その辺で拾ってきた木の板を、これまた適当に見つけた釘で打ちっ放しただけの見栄えに……
「よし、こんなもんで良いだろ」と、適当に納得することにした。
「次は、何処へ参られますか?」
かすみの問いを受け、刃は再度、メモへ視線を落とす。
「窓を塞ぐ枝の剪定……って、これ場所が書いてないぞ?」
仕事を言い渡されても現場が分からなければやりようがない。されど、場所が分からなかったので出来までんでした――で済ませてもらえるほど、四方委員会のお歴々は慈悲深くはない。
さらに言えば、現在、伊吹が会議に出席しているため、なおさらすっぽかす訳にはいかないのだ。
友人が、いらぬ責めを負うようなことは避けなければ……
「しかたない……かすみ」
「心得ました」
かすみは、呼びかけに応じると、両手を合わせ、指を絡めて印を結ぶ。
――分身の術。
かすみの背後から彼女と同じ形の、そしてその名前の通り〝幽み〟がかった像が現れる。
それは、影が滑るようにかすみの隣へ移ったかと思えば、像の持ち主と同じ顔、姿形をとって見せた。
その数が、二つ、三つ、四つ――
「おいおい、あんまり派手にやるなよ? 誰かに見られたら面倒だ」
仮に、刃が忍術を使うことが第三者に気取られたとしても、見間違いや気のせい。もしくは、先祖が忍者だった、とでも言っておけば適当に誤魔化せそうなものだが(まぁ、事実なのだが)かすみの場合は、そうもいかない。
彼女の正体が世間に知られれば一大事となる。
「然れば、件の大木とやらを探して参ります」
そう告げて会釈すると、かすみとその〝姿たち〟はまたも幽み――今度は、その場から消え失せた。
――しばらくの後、かすみが武道場に戻ってくる。
彼女の周囲に分身はない。術を解いたようだ。
「御待たせ致しました」
「どうだった?」
「西校舎の裏手にて、其れらしい木を見付けまして御座います」
「この前、増設工事が終わった辺りか?」
「左様にて。――御案内致します」
修了式を終え、人気の失せた校舎を、二人は連れ立って歩いていった。
次は……次こそはアクションシーンを書きます!!