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二年後…… ~呂ノ段~

 今回は、主人公が通う学園、所属する委員会に焦点を当てたお話になります。

 古い言葉や事柄もありますので、分からないことやご指摘等ございましたら、お気軽に書き込んでいただきたく思います。

 江戸時代までは、藩校(はんこう)というものがあった。

 武士が、教育を受けるための学習機関である。

 藩ごとに教育内容の差異はあれ、その目的は、国を背負って立つ、より優れた人材を育成することであった。

 豊かな国作りのために欠かせないのが人であり、人が生きていく上で欠かせないのが、教育という文化だ。

 しかし、明治維新後の廃藩置県、さらに学校制度が導入されると、いよいよ藩校もその役目を終えることとなる。

 かつて、藩士の学び舎であった場所も、現代では、そのほとんどが姿を消してしまった。

 中には、形だけを残したものもあるが、実際に公式の教育の場として使われることは、非常に稀だ。


 ――そんな藩校跡地に建てられたのが、化野(あだしの)学園である。

 創立関係者に思うところあってのことか、はたまた手ごろな敷地が他になかったためか。理由は定かでないが、この学び舎は姿と名前を変えながら、幾万もの子弟を迎え、送り出してきた。

 そんな歴史ある学園だけに、建物の各所には新旧の違いが目立つ。

 例えば、校舎の西側は、リフォームと施設の増設を行ったことで開放感に溢れた、見るも美しい快適空間に仕上がっているのに対し、昭和の終わり頃に一度改修をして以来、特に大きな工事も入ったことのない東側の校舎には、昔ながらのコンクリート建築による少々殺風景な景色が広がっている。


 その中の一角に、環境管理委員会の活動場所である第三多目的教室があった。

 もっとも、多目的教室としての役割を果たしていたのは、過去の話……

 室内に、重ねて置かれた椅子や机。

 おそらく今後、長きに渡り、日の目を見ることはないであろう多くの備品群と、その中に混じる幾つもの学材。

 ひと目でわかる物置部屋。

 そんな雑然とした部屋の中で、三人の男女が時間を持て余していた。


 行儀悪く、机の上に腰かけた男子生徒――刃が苛立たし気に呟く。

「まだ来ないのかよ……」

 その隣に控えるように立つ、かすみが問う。

「伊吹殿、今は何刻(なんどき)で御座いますか?」

「えっと、一時二十九分……あ、いま三十分になった」

 左手の腕時計に目をやりながら伊吹が応えた。

 三人は、所属する環境管理委員会の顧問教師、柳生朗人(やなぎう あきと)からの放送による呼び出しを受けてここにいる。

 この物置としか表現できないような空き教室に集合するよう言われたためだ。

 だが……

「ここへ参ってから、二刻は経ちましょうか?」

「……現代のレートで言えよ」

「一時間ってことじゃないかな?」

 様子を見て分かる通り、呼び出した当の本人が、何時まで経っても現れないのである。

「よもや、我らを召出(めしだ)したることを、御忘れになられておいでなのでは……」

「あり得る。相手は、あの柳生さんだからな」

「そんなことは……」ない、と断言できず、伊吹は口ごもる。


 やがて、大きくため息をついて、刃が切り出した。

「帰ろう」

 誰にともなくそう言うと、机から腰を上げ、スクールバッグの持ち手に肩を通して背負う。

 どうやら、本気で帰る気らしい。

 それに待ったをかけようとする伊吹よりも一足早く、物置教室の引き戸が開かれた。

 入ってきたのは、二十代後半の男性――身長は高くもなく、低くもなく。体型はやや細身ではあるが、細すぎるというわけでもない。ただ、威勢や覇気といったものとは縁遠い頼りなさそうな顔のせいで、どうにも全体的にパッとしない。

 着ている灰色の背広が少しばかりくたびれていることも手伝って、余計に冴えない印象を受ける。

 いかにも、うだつの上がらなさそうな男は、三人に向かって軽く手を上げた。

「いやぁ、ごめんごめん。お昼食べてたら案外、時間かかっちゃって」

 ごめん、と口に出しながら反省も誠意の欠片も見えない。

 本人も謝罪のつもりで言ったわけではない言葉を聞いた刃の顔色が、明らかな不機嫌色に染まる。

「こっちは昼抜きで待たされてるってのに、先生ってのは良いご身分だな?」

 突き刺すような避難は「まぁまぁ――」しかし、ひらひらと扇ぐ柳生の手によって受け流されてしまう。

「どうせ、明日から春休みなんだし、学期の最後くらい付き合ったって減るモンでもないだろう?」

「減るわ」

 寝たり、マンガ読んだり、ダラダラ過ごしたりする無為な時間が、だが。

「柳生先生、召出しに応じ環境管理委員会、参集仕りました。早速、此度の御用を伺いとう存じます」

 取りあえずかすみは、旦那様と先生が埒の開かない言い合いを始める前に、話をぶった切ることにした。

 ……だが、日頃から怠惰なこの教師にとって、生徒の話す古語を脳内で変換するのは、億劫極まるところだ。

「あー……伊吹君、今の例文訳してくれるかい?」

 そういう時は、同じ生徒に丸投げするに限る。

「えっと……呼び出しがあったから集まったんですけど、今日は何かあったんですか?……で合ってるかな?」

 それを聞いた柳生は、思い出したように頷いた。

「そう。君たちに頼みたいことがあるんだ」

「だから、それが何かって聞いてんだよ」

 午前で授業終了の予定でいたため、弁当など持参していなかった刃は、現在空腹中につき、ちょっぴり()()である。

「校舎の手入れ関係で二、三やってもらいたいことが……」

 柳生は、ゴソゴソと背広のポケットを弄ると一枚の紙きれを取り出して「これ、そのリストね」刃に手渡す。

 皺が入っているのは、適当に突っ込んでいたせいだろう。紙には、武道場に吹き込む隙間風、窓を塞ぐ枝の剪定(せんてい)、といった具合に最低限の要件が箇条書きに記してあるが、方法や必要な道具に関する情報は、何ひとつ明記されていない。

「これでどうしろってんだよ……」

 メモへ、しかめっ面を向ける刃に、柳生は調子のいい半笑いを浮かべて言った。

「栂櫛君は、見かけに依らず器用みたいだし……いつも通り、なんとか頼むよ」

 そんなに器用な仕事をした覚えはない。そうでなくても一言余計だ。

()れば、我らは三人故……手分けを致し、各々にて任に当たるのは如何に御座いましょうや?」

 問われた男子二人も、それがいいだろうと納得し、作業に取り掛かろうと動き出す。

 その背に、柳生の声がかけられた。

「あぁ――伊吹君は、別件に出向いてもらいたいんだ」

「僕だけ、ですか?」

「これから四方委員会揃っての会議があるから、そっちをお願いするよ」



 化野学園には、PTAや保護者の会に代わる四つの自治組織がある。


 一般生徒を束ね、動かす生徒会。

 校内の秩序と治安を守る風紀委員会。

 学園の運営に直接携わる教職委員会。

 そして、各部門の雑用……もとい、サポートを行う環境管理委員会。


 この四大派閥が中心となって学園、延いては生徒たちの学園生活を支えている。……と、されているが、実質的に権力を持っているのは、生徒会、風紀委員会、教職委員会であり、環境管理委員会は各委員会の小間使い同然の扱いだ。

 よって、会議の場に出ても、ただただ肩身が狭い。下手な発言でもすれば、周囲から睨まれること請け合いである。

 無論、()()()()()()()()()()()()()

「先生、会議が始まるのは何時ですか?」

「一時三十分開始だから、遅れたりしないように……」

 柳生は、教室内の掛け時計に目をやる。

 伊吹も自身の腕時計を見た。



 ――一時四十二分。



 一瞬、青い顔になる伊吹。


 その顔色を戻す暇もなく、脱兎のごとく第三多目的教室から飛び出していった。





 次は、主人公のちょっとしたアクションが入ります。

 また、忌刀かすみの正体と、隠された力が明らかに……

 二人の活躍にご期待ください!


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