影の一族 ~保ノ段~
『其ノ壱』もいよいよ締め括り!
今回は、ちょっと短いですが、どうか目を通してやってください。
欠けた深夜の月が徐々に傾きながら、黒く染まった山々を見下ろしている。
宵闇に覆われ、草木も眠るその中を、木から木へと飛び移るひとつの影があった。
「……宜しいのですか? 妹君を御連れにならずに立たれて仕舞われて」
――その影に、笛の音のように透き通った女の声が掛けられる。
「なんだ、起きてたのか。何も喋らないから寝てるのかと思ったぞ」
刃が、女の声に返事をする。……しかし、声の持ち主の姿は、見えない。
「私めは、眠るに及びませぬ故」
姿無き女の言葉の後、刃は暫く、無言で木々を縫うように飛び続けた。
やがて、彼は口を開く。
「俺は、外の世界をよく知らない。きっと、心を連れてきたところで、まともに生きていけないだろう」
「左様かと存じます。〝忍の世〟と〝人の世〟は、決して相容れぬものに御座いますれば」
「下手をすれば、二人揃って野垂れ死にだ」
「なれば、何故に里を出奔なされました?」
人は陽に、忍は陰に。
水に住む魚が陸で生きて往けぬように、陸に住む人間もまた同じ。在るべき場所を違えることができない以上、許された囲いの中を住処とするより他はない。
そう考えて納得するのが賢い生き方だと、女の声にはそんな響が含まれている。
「さっき、じいちゃんに話した通りだ。――少なくとも、忍軍としての戸隠に、もう未来はない」
「里が滅ぶと御考えになられまするか?」
「あの隠れ里が、今後どうなるかは分からない。ただ、あそこにいる忍たちは今後、間違いなく取り残されていく」
古来から、陽と陰は人知れず共存していた。
日が高くなるほどに、影は深くなる。それが世の理だった。
だが、今はどうだ。この国の陽は、沈むことを忘れて昇り続け、ついには陰を照らし尽くしてしまった。
強すぎる光に、影は生き場所を追われたのだ。
そう、このままでは取り残されてしまう。
照らされ続けるこの時代に。
「即ち、其れを避ける術が、里の外に有ると?」
「もっとも、忍がいきなり人の世に住み着いたところで、上手くやれるとは思えないけどな」
だから、忍者を辞める必要があったんだ――話しながらも、休むことなく暗い森の中を跳び続ける。
光の下を歩むため、影との繋がりを断つ。
忍の一族に生まれた自分が、外で生きていくための決断だった。
「して――此れより先は、如何なされる御心算に御座いますか?」
幹を蹴り、生い茂る葉を潜り……然して、刃は答えた。
「人になる」
「人になる、とは?」
それまで、一陣の風のように木々を渡り歩いていた刃であったが、一際太い枝に飛び乗ると、それきり動きを止めた。
「もう忍じゃないんだ。これからは、陽の当たる場所で生きていく」
この街で――
そこは、ちょうど木立を抜けたところであった。
刃が目を向ける先には、未明の暗がりに浮かぶ無数の光が広がっている。
人々の生きる街の灯だ。
「俺は、ここで〝人〟として生きていこうと思う。……そして、それができたら心を迎えに行く。そう遠くない内に……必ず」
眼下の街を見据える刃に、ややあって姿の無い女が語りかける。
「どこまでも、御供致します。――旦那様」
月は西へ沈み、東の空からは朝日が昇り始めている。
最も暗い夜明け前が終わりを告げ、新たに生まれた陽の光が、少年を照らしていた。
『其ノ壱』は、これにて終了となります。
物語を書こうとすると、つい長文になっていけません(^皿^;)
そんな私の作品に、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
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次回からは、新章『其ノ弐 二年後』をお届けいたします。
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