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忍ばざる者 ~呂ノ段~

「驚いたな……本当に姿を消してたのか」


 それを受け、少女が振り返った。

 声をかけた刃には、彼女の姿に見覚えがある。

 ようやく十代半ばに至ったであろう身には不釣り合いな、重厚感のあるミリタリーコート。

 そして、頭部の片側だけを結んだ髪。


「おまえ……」昨日、伊吹と一緒に盗賊団に追われていた女だ。間違いない。


 軽く目を見開いた刃だったが、それ以上、表情を変えることなく言った。

「視界を(さえぎ)ったり、何かに隠れるような隠形術(おんぎょうじゅつ)……とは違うよな。一体、どんな術なんだ?」

 彼女もまた目を丸くして「あなたこそ、いつの間に……というより、どこから!?」自身の問いを被せた。

 あとを付けていたはずが、標的を見失ったかと思えば、行きついた場所で、逆に背後を取られている。しかも、身を隠せるだけの障害物も無いような狭い空間で、だ。

 そのような混乱が見て取れる顔に、刃は人差し指で、真上を指して見せた。

 サイドテールを僅かに揺らし、少女の視線が、指の先を見る。

「――天井? うそ……」



 ――隠形、蜘蛛(くも)隠れの術。



 壁や天井などの高い位置に張り付いて、敵の視界から姿を隠す術である。

 地形を速やかに見極め、僅かな凹凸(おうとつ)に手足、あるいは指先を駆使して身体を固定することから、高度な能力が必要とされるが、熟練の使い手ともなれば、微細(びさい)な傷や、小さな歪みさえあれば、その場に数時間と留まることもできる。


「で、何の用だったんだ?」

 当惑から抜けられず「は……? え……?」と言葉にならない発音を繰り返す少女に向かって、刃は再度尋ねる。

「俺に用があったんだろ? だから後を付けて来たんじゃないのか?」


 ――そうだ、狼狽(うろた)えている場合じゃない。この男に会わなければならない理由があったのだ。

 それを思い出した少女は「流石、と言うべきでしょうか――」改めて少年を見据える。

(わたし)の〝技術〟をこうもあっさりと見破るとは、恐れ入りました……」(しか)して、その口は、こう付け加えた「戸隠(とがくれ)刃さん――いえ、今は栂櫛(とがくし)さん……と、お呼びした方がいいでしょうか」


「旦那様、此奴(こやつ)……」懐の幽御前(かすみごぜん)が、(あるじ)にしか聞こえない程度の声量で、注意を促す。それに対し刃は「そうだな」胸元に、そっと手を当てて答えた。


 分かってる。


 こいつは、知っている――戸隠のことを……そして、()のことを。


 内心で身構える刃に対して「先ほどまでは、大変失礼しました」少女は言葉を続けた。

「本物の忍者に正面から会うことはできないでしょうから、あの方法で近づくしかないと思ったんです」

 丁寧な態度ではあるが、顔つきは真剣そのものだ。

 あどけない少女の大きな瞳は、刃のそれへ真っ直ぐに向けられている。

「それで? あんな手の込んだ()()とやらを使ってまで、俺の前に立ったんだ。これで終わり、ってわけじゃないんだろ?」

 いつもと変わらない口調の刃に「旦那様、御気を付けを」幽御前が告げた。「彼奴(きゃつ)めの使うは、〝忍術に(あら)ず〟。 恐らくは――」


 言われるまでもない――刃は、胸中で答える。

 忍術とは、人間の身でありながら、人よりも抜きん出た技を、内に忍ばせる(すべ)だ。

 障害物にしがみつくくらいであれば()だしも、霧や霞のように消えては現れるなど、もはや人間という生物の枠さえも超えている。

 そのようなことを可能とするのは、懐に収まる妖刀のように、特殊な忍具の使用者。

 でなければ……


 考えを巡らせる刃に向かって、サイドテールの少女が、口を開いた。

「自己紹介が遅れました。私は、風巻(かざまき )( りん)――今日は、あなたにお願いがあって来ました」

「お願い? 俺に?」


 どうやら敵対の意思はないようだが、会っていきなりお願いときた。

 昨日もひとつ、()()()()()()()()()を請け負ったばかりである。

 これ以上の厄介事を抱え込むことは避けたいものだ……が、そのような刃の思案など知る由もないであろう少女――凛は、改めて口を開く。


「力を貸してください」

 さらに刃を見据えて、こう言った。


「あなたの忍の技が必要なんです」



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