二年後…… ~止ノ段~
いつもより、少し遅めの時間の投稿になりますが、今回も始まります!
午後七時を過ぎたというのに、店の外へ出ても昼間のように明るい。
天蓋の照明、営業中の店舗の灯りや蛍光看板など、アーケード内は周囲の様々な光が集まり、暗さとは無縁の世界だ。
その中に「あー、ダリぃ……」という、気だるさを隠しもしない声が流れる。「明日から春休みだってのに見回りとか、やってらんねー……」
肩を落として歩く刃の後ろから、かすみが続く。
「まだ、御働きになってもおりませぬ内から左様な事を仰いますな。これも〝人〟としての御役目に御座いましょう?」
投げかけられた小言の主へ振り返ることなく「わかってるよ。言ってみただけ――」帰り道の先に目を向ける刃は、そこによく知る人物を見た。
「イブ……?」
若干の距離はあるが、見慣れた華奢な体格と、西洋人特有の金色の髪は、間違いなくアルブレヒト・伊吹その人である。
人ごみを縫うようにして駆けて来る友人。「……と、もう一人は誰だ?」
その後ろから、彼に手を引かれて一人の女が現れた。
背丈は、前を走る伊吹と同じくらいだろうか。サイドテールに纏めた髪と、サイズやデザインから、おそらくは男性用と思われるミリタリーコートが特徴的な少女――心なしか、ひどく息を切らせているように見える青い顔は、刃の記憶にないものだ。
「学園では、見ない顔だな。……おまえは?」首だけを向けて、かすみに聞いてみるが「いいえ、存じませぬ」と、こちらも知らないらしい。
二人の姿が、少しづつ近づいてくる――そこで刃は、ふと思いついた。
「そういえば、イブも〝鬼人〟読んでるのかな?」
先ほどまで、大型古書店で立ち読みしていた神撃之鬼人という漫画は、最近話題の人気作である。その単行本を彼が持っていても不思議はない。
「持ってたら、貸してもらうか」そう思い立ち「おーい、イブー! 今、帰りかー?」
とりあえず、手を振って声をかけてみる。
しかし、わき目も振らずに疾走する伊吹は、呼びかける刃に気付くことなく、サイドテールの少女と共に走り去ってしまった。
「……行って仕舞われましたね?」
人々の流れの中に取り残されたまま、かすみは目を瞬かせる。
「……まあ、いいか。俺達も帰るぞ」
読み始めればこそ、一冊が終わるまで止められなくなるが、息せき切っているところを呼び止めてまで聞いてもらう話でもない。
それに、お互いに住んでいる場所もそう遠くないのだ。会おうと思えばいつでも会えるだろう。
そう考え、刃は帰り道を歩き出した。
道中の雑踏の中、様々な〝人〟とすれ違う。
刃と同じように、寄り道をする他校の学生。
疲れた顔で帰路に着くスーツ姿の中年。
ケータイを耳に当て、何事か大笑いしている派手にめかし込んだ女。
猛然と走り抜けていくチンピラ風の男たち。
「……?」
異様さが気になった刃は、足を止めて振り返り、駆けていく男たちに目をやる。
どこかで不良同士が喧嘩でもしているのだろうか。
あるいは、誰かに追われているのか。それとも、追っているのか……
「ヤンキーたちも忙しいのかね?」
独り言ち、面倒事は御免とばかりに背を向け、再び元の道を歩き出す刃だったが――再度、足を止めた。
ヤンキーたち、も?
あれが、誰かを追っているのだとしたら――追われている相手は……
つい今しがた、自身の呼びかけが届かず、行き過ぎてしまった友人の様子が思い起こされた。
「くそっ!!」
刃は、後ろに控えるかすみへ振り向く。
「かすみ!! 行けるところまででいい、今の奴らを追え!!」
「承知」
――忌刀かすみは、妖刀が作り出す幻術によって構成されている。故に、その姿の維持を可能とするのは、本来の姿である短刀の所有者を中心とした一定の範囲に限られる。
それを越えた先で、この美しい黒髪の少女は存在できない――
今のやり取りで、互いのすべきことの全てを打ち合わせた二人は、それぞれの方向へ駆け出した。
かすみは、人の姿のまま、先程の集団が向かった方向へ。
そして刃は、電飾看板の光るコンビニへ――
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開いた自動ドアを見て、次いで店内に姿を現すであろうお客様に向かって「いらっしゃーせぇ」の声で出迎えた店員は、突如、丸めた紙のつぶてに見舞われた。
狼藉者の高校生――刃は、店に入るなり目的の物を求めて各陳列棚を物色する。
「あった!」
目当ての文具品コーナーには、筆記用具から簡単な事務用品までが、小さな枠の中に整然と並んでいた。
そこから幾つものシャープペン、三角定規、分度器、コンパス、鉛筆、物差し等々……それらの商品を次々と引っ張り出した刃は、両手に持てるだけの文房具を手にして、レジの前を通り過ぎる。
その際、店員に一言。
「それだけあれば足りるだろ。お釣りはいらないから!!」
そう告げると、彼は慌ただしく店を出ていった。
後に残された店員は、唖然とした様子でその背を見送ってしまう。
一拍の後、自身に投げつけられた紙の玉を広げてみると……それは、皺に塗れた一枚の紙幣になった。
「え? ち、ちょっと? お客さ~ん!?」
慌てて外へ出るも、客の姿は既に、遥か遠くで小さくなっている。
やがて、アーケードの横道から外へと躍り出たその背中が、空へ向かって跳び、暗い夜空と雑居ビルとの境目に吸い込まれるのを見た。
……ような気がした。
「な、なんだったんだ? いったい……」
「すいませ~ん、唐揚げ盛り一つくださ~い」
背後から聞こえる一般客の声に呼び戻され、再び店内へと戻る普通の店員。
町のコンビニは、極めていつも通り。今日も、温かに客を迎えて平常営業している。
……そうだ、見間違えだ。 そうに決まってる。
忍者じゃあるまいし。
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建物の屋根から隣の屋上へ、そこからさらに電信柱の天辺へ。夜をかき分け、影が跳ぶ。
「――旦那様」
耳に届いた女の声。
それと懐に僅かな重みを感じて、刃は胸の辺りに手を当てる。
一定範囲を瞬間移動する、幽歩きの術を使い、かすみが戻ってきたのだ。
「かすみ、奴らは?」
「この先の呉服屋を左に。暫し後に、飲屋の軒が連なりし通りに出でまするが、其処へ至るよりも前に、右へ延びたる小道へ入り行く様に御座いました」
「お前が見たのはそこまでか?」
「申し訳御座いませぬ。それより先は、変化の術が解けました故」
「いい、十分だ。あとは自分で探す」
アーケードの天蓋の上を。
ビルの壁を。
走っては跳び、また奔っては飛ぶ。
「旦那様、左様に足音を立てては、下を歩く人々に気取られますぞ?」
今の姿を誰かに見られたとしても、そんなことに構ってなどいられない。
「杞憂なれば、良う御座いますが……」
刃は、その言葉に返事をせず、兎に角も先を急ぐ。
脳裏に浮かぶのは、人の世で初めてできた無二の友人の姿。
「待ってろよ、イブ――」
今ばかりは忍を捨てたことを忘れ、少年は夜を往くのだった。
追われる伊吹の運命や如何に!?
また、彼に手を引かれる少女は何者なのか!?
そして、彼らの下に踏み込む人物の正体は!?
待て、次回!!
(やってて恥ずかしいなこれw)