二年後…… ~保ノ段~
環境管理委員会の仕事で、校内の整備を任された刃とかすみ。
大木相手にあらゆる武器を振り回してスタイリッシュ伐採します(笑)
今回は、主人公がどういうスタイルの戦闘ができるかという、ゲームで言うところのチュートリアルみたいな感じのアクション会になります。
前回の投稿から数日空いたので、お手数ですが、一項前を読んでからの方が楽しめるかもしれません。
そびえ立つ大木。
その中程から分かれる部位を目がけて、一気に跳び上がった刃の姿が、ガラスの壁面に映し出される。
視線の高さは、新棟の二階部分と同じ――そこを横切るように突き出る枝は太く、ほとんど幹と言っていい。
視界に飛び込んでくる小枝や木ノ葉がうるさい。
「まずは、軽く斬るか」
逆手に握った忍刀で、右袈裟切りの太刀筋に、斬撃を放つ。
振り抜いた位置から手首を上向きに返して、左から右へ水平に振り抜いた――かと思えば、手の甲を天に向けて今度はやや下へ、右から左に横薙ぎの一閃。そのまま振った勢いと刀身の重さを利用して回転、そして向き直り様に逆袈裟の軌道へ切り上げる。
瞬く間に茂みの一角が空洞となった。
それを確認した刃は、重力によって身体が地面に引きつけられる前に、幹へ手をついて乗り移る。
周囲には、まだまだ邪魔なモノが目立つ。
「次、短いヤツ、二本」
新たな獲物を所望する主の声に応えて、化け刀は幽む。
忍刀の像は中程から分たれ、間もなく形が整うと、それは武士が携える小刀――脇差の姿をとっていた。
刃は、二振りの刀をそれぞれ、順手と逆手に構える。
「折れるなよ、かすみ」
「大岩をも圧斬って御覧に入れましょうぞ」
淑やかな、しかし確かな自信を帯びた声の直後――双刃が、目にも止まらぬ速さで乱舞した。
銀の軌跡が残像となって尾を引き、それが消える前に、新たな煌めきが繰り出される。
荒れ狂う二刀によって、瞬く間に吹き飛ばされる木の葉や木片。
白刃の暴風に蹴散らされる様は、まさに木端微塵だ。
やがて、脇差の間合いから斬れる物がなくなると、一陣の旋風となっていた刃は動きを止める。
そして、幹を蹴って、さらに跳躍した。
校舎の屋上にほど近い高さから、大木を眼下に収めて、刃は問う。
「大きな武器がいいんだけど、どんなの知ってる?」
二つの刀が、一つの声で答えた。
「素槍、十文字槍、野太刀、斬馬刀、薙刀、大槌……他にも、神社に納められたる御神刀の類等、一通り」
挙げられたものは、最後のひとつを除いて、そのどれもが過去の戦場で用いられた殺傷力の高い兵器である。
「他には?」だが、それらでは力不足だ。
その意思を見通していたかのように、妖刀は、逡巡なく語る。
「六〇〇年程前の明国にて、日ノ本には無い大薙刀を見知り置いて御座います」
「じゃあ、それでよろしく!」
それまで握っていた二振りの脇差を、軽く頭上に放る。ふたつに分かれていた妖刀の姿が幽み、また一つに繋がったかと思えば、それはさらに姿を変えて大きな像を型取り出した。
間を置かず、はっきりした形が現れると、刃は両手を掲げて、その怪物のような獲物を掴み取る。
――石突から切っ先まで、その長さは約三メートル弱。太柄の先に、長大な青龍刀を嵌め込んだ薙刀によく似たそれは、三国志演義に描かれる関羽雲長が愛用したとされる青龍偃月刀そのものだった。
掲げた両の手で大獲物を振り上げた姿は、宛ら宿敵を討ち取らんとする勇敢な将兵を想起させる。が……
「……って、重っ!?」
「当然で御座いましょう」
自分の体重に加え、五十キロはあろうかという長重武器を担いでいるのだ。落下は加速度的に早まり、青龍偃月刀に引っ張られる体で、地面に向かって真っ逆さまに吸い寄せられていく。
「大凧にでも化けましょうや?」という幽御前の言葉に、刃の脳裏は、彼女が化けた凧に張り付いて空を飛ぶ、自分の姿を思い浮かべてしまった。
「……いらねぇ!!」
馬鹿にされたような気遣いにムッとしながらも、刃は空中で青龍偃月刀を振るう。しかし、武器の重さと落下速度が相まったこの状況で、体勢を立て直すことは困難を極める。
ならば、姿勢の崩れる勢いを利用するまで――
自分の体を軸に、大薙刀を一転、二転、三転……重力と遠心力を駆使しながら回転を加えていく。
重さ、引力、武器の性質と強度。そして、軸の人間離れした耐久力……様々な力が一つとなり、振り下ろされる一太刀――
その斬撃は、幹にも近い太さの枝を易々と両断した。
それでもなお勢いは止まらず、立木の根元辺りに、刀身が突き刺さると、ようやく刃は、自由落下から解放される。
だが、まだ終わりではない。
今度は、切断した大木の一部が落ちてくる。本体から離れたが、こちらも相当な重量物であろう。それが壁面の擦れ擦れを、滑るようにして大地へと向かう。
高い強度を持つとはいえ、壁の材質はガラス――落下の弾みで傷くらいは付くかもしれない。
そう考えた刃は「かすみ!!」川面で水を切って跳ねる石の如く、大きく後方へ数歩、飛び退く。
「御意」
――妖法、幽歩きの術。
妖刀が化けた青龍偃月刀は、霞のように消え去ると、再び主の手の中に納まっていた。
今度は、分銅が付いた鎖鎌の姿でだ。
「上出来だ」
刃は、頭上で平たい円を描くように長い鎖を振り回し、投げ放った。
鎌が、隼の如き速さで飛んでいく――本来は、分銅の方を投げるものだが、今回はこれでいい――狙いはもちろん、落下を開始した幹の一部。
空を裂きながら飛び往く曲刃が、間もなく目標に喰らいついた。
手ごたえからその様子を感じ取った刃は「そらよっ、と!!」全身を使って鎖を引く。
直後、大木から切り出された人の胴回りほどもある大枝は、建物から幾分か離れて地面に激突した。
樹木が大地へ叩きつけられる轟音。幾分か立ち込める土煙――程なくして、それらが消え失せると、刃は改めて件の木に目をやる。
「大分すっきりしたな」
「これで、宜しいのですか?」
隣には、幽御前が変化の術によって化けた仮の姿、忌刀かすみの姿があった。
「あぁ、これ以上やろうとしたら、あのデカい木を縦から半分にしなきゃいけなくなる。そうなったら、誰が見たっておかしいと思うだろ?」
専門的な機材を一切使用せずに、大木を幹竹割……どう考えても人間技ではない。
「下手すりゃ、忍だってことがバレかねない」
これを聞いたかすみは「まあ、旦那様は忍なのですか?」嬉しそうに言う「てっきり、御辞めになったものとばかり思うておりました」
「〝元〟忍だってことがバレかねない! 言葉の綾だ! いちいち上げ足取るな」
かすみが向ける微笑ましいものを見るような笑顔が、どうにもわざとらしい。それが余計に刃を苛立たせるが「其れはさておき」主の思いなど意に介さないかのように、化け刀は、話題を改めた。
「些か勿体無う存じまする。旦那様ほどの腕前なれば、如何なる世になったとて、一廉の忍として生きて往けましょうに……」
そして、言葉の最後に、こう聞いた「いっそ、忍に御戻りになられてみては?」
「馬鹿言え。あんな別れ方して、今さら帰れるか」
人の世へ出るために、誰ひとり説得せず、承諾も得ないまま里抜けしたのだ。次に見えたときは……考えるまでもない。きっと、向こうから仕掛けてくるだろう。
彼の胸中を見透かしたように、かすみが口を開く「何も、戸隠へ御戻りを、と申しておるのでは御座いませぬ」そして、こう続けた「忍を稼業とするはぐれ共もおると聞き及びます故、御一考までに、と」
破門になり、追放される。自ら里を抜け、抜忍になる等……何らかの理由で、どの流派にも属さず個人単位で仕事を受け、忍を自由業として活動する者――はぐれとは、いわゆるフリーランスのことを指す言葉だ。
「そんなことしてるのが、じいちゃんに知られてみろ。よけいやりにくくなるわ」
ただでさえ、頭領から目を掛けられていた期待の星が、家出同然の里抜けをしているだ。その上、そこかしこで門外不出の秘術ぶっ放とかやろうものなら、暗殺部隊の上忍達が大挙推参する様が目に浮かぶ。
「目には目を、と申しましょう? 旦那様も、忍らしゅう忍軍を興されませ。さすれば五分に御座います」
どの辺りを見て五分と言っているのか……しかも、それでは祖父と孫の血で血を争う派閥抗争になってしまう。
いや、それ以前に、だ――
「だから、忍者はやめたっつってんだろ!! 隙あらば、そっちの道に引き戻そうとするんじゃねぇ!!」
「引き戻す等、思いも寄らぬ事。私めは、斯様な道も在り、と申したまで。……旦那様の道は、旦那様が御決めになられませ」
「だったら、もう決まってる。何度も同じこと――!?」
遥か後方から気配を感じ取った刃は、印を結び目を閉じる。
――五体卍束の位。
兎の如く鋭敏になった聴覚が捕えたのは、ひとり分の足音。
生徒であれば学園指定の革靴、あるいは体育用のスニーカーを着用しているものだが、靴音には似つかわしくない踵を引きずる音が混じっている。
サンダルであろうか?
――ややあって開眼し、刃は印を解く。
「生徒じゃない……教師か? こっちに来るな」
刃は、かすみに背を向ける形で、向かいに建つ西校舎側へ振り向く。この話は、ここで終わりということだ。
ほどなく、校舎と新棟を繋ぐ渡り廊下から「あぁ、いたいた」ひょろりとした印象の男が現れた「進捗はどうかな? お二人さん」
「なんだ、柳生さんか」
「なんだ、って……なんだいその扱い? まぁ、良いけど…… それで、作業の進み具合だけど?」
いま一つ、釈然としない顔を人差し指で掻く柳生に、かすみは会釈を交えて答える。
「滞りなく、相済みまして御座います」
どれどれ……と、柳生は、彼女の後ろへ目をやり「うわ……本当だ」軽く驚きを口にした。
「すごいな、これ二人でやったの? どうやって?」
顧問からの疑問に「これでいいだろ? イブが出てる会議が終わり次第、俺らも帰らせてもらうぜ」しかし刃は答えず、この場を後にしようとする。
言えるものか。忍術でサクっと終わらせた、などと。
「うん。あとは、ここを片付けたら帰ってもらっていいよ」
「……なに?」
自身の後方、化け刀で伐採した木の辺りに目を向ける。そこにあったのは、一面に散らばった枝や葉、そして横倒しになったブッ太い幹の一部、という惨憺たる光景だった。
「だいぶ派手に散らかってるみたいだから、時間かかるかもしれないけど、環境管理委員会として、一年の締めくくりだと思ってよろしくねー」
そう言いながら去っていく柳生。ひらひらと手を振るその背中を見送りながら、刃は深く溜息をついた。
「旦那様、やはり此処は戸隠流秘伝の火術にて……」
「だから、やめろっつってんだろ!!」
辺り一帯を焼却処理せんと、印を結んでスタンバるかすみを止める刃の声が上がった。
胃炎の次は、風邪を拗らせてしまい……
私、こんなに体弱かったかな(;´Д`)