二話のつづき2
午前中の授業や、授業間数分の休み時間はなんとかなった。
まぁ、クラスの連中も、千秋との距離感をまだ計りかねているのだろう。無闇に話し掛けるような事はなく、だが遠回しには気になっているみたいだ。
だいたい、クラスの視線は千秋に集中してる。
そしてそんな千秋は、休み時間がくる度に、オレの方へダッシュ&ダイブしてくるものだから……自然とオレまで目立つ。最悪のサイクルである。
そして、午前中すべての授業を終え……ついに昼休みに突入した。
5~10分程度の小休憩とは違う、昼食時間も兼ねた長時間の休憩だ。
クラスの連中がなにかしらアクションを起こすなら、この時間は都合がいいはずだ。
「「「…………」」」
男子女子問わず、目をギラギラさせてらっしゃる~。口から煙とか出てそうな。
「……さて、どうするか……」
選択肢は2つ。
→ 逃げる
千秋をつれて逃げる
あ、うん。逃げる以外の選択肢はないんだね……。
問題は千秋をつれていくかどうか。
千秋を見捨てて1人で逃げたなら、クラスの連中もオレを無視して勝手に盛り上がってくれるだろう。いつも通りの1人メシ。1年間続ければイヤでも慣れる。寂しくない!
でも、あとで絶対に千秋からどやされるんだよな……
だが一緒に逃げる、を選択してしまうと……、「アイツ、噂の転校生を連れ出したぞ!」「2人きりで何やってたんだ!?」……となりかねない。超目立つ。マジでありえねぇ……。
「……さて」
どうしたものか……。
「レーンレーーン!! メシだ! メシの時間だっ! 2人で一緒に食おうぜーー。もう便所で1人メシなんて……誰にも言わせないんだから!」
「…………はぁ」
「ちょおい、いきなりため息とか傷付くぞ! いいのか、あたし傷付くぞぉ!?」
「他のヤツと一緒に食う……って選択肢は――」
「ない! ありえない。無理です」
「……お前、ホントヤダ」
「テレんなよ~♪」
選択肢を潰された。
まぁ、元から見捨てる気なんてなかったし、べつにいいか。
別に一緒に食うぶんには問題ないさ。噂になろうが、大した話題にもならないだろうから、一緒に食べるのはいいさ……。
けどさ……、だからってオレの腕に抱き付く必要はないよな?
「……お前さ」
「ん~?」
「オレのこと好きなの? 異性としてさ……」
「うはっ、ありえねぇ~。寝惚けたこと言ってないで移動しよ! 早く早くー!」
あ、うん。知ってたよ? 知ってましたよ? 別に微塵も期待なんてしてないし……。全然落ち込んでなんかないし!
「おい、引っ張んなよ!」
「早く早くー! 弁当が冷めちゃうじゃん!」
「弁当は既に冷めてるから……」
「早く食いたいんだよ! いい場所知ってる?」
「ん、まぁ」
「んじゃ、レッツゴー♪ メーシ♪ メーシー♪」
彼氏でもない男に抱き付くコイツもやっぱりおかしい。
そこら辺、ちゃんと注意しといた方がいいかもな……。
気を許した瞬間コレじゃ、気軽に友人を作れとも言えないわ。
◇◇◇
その夜、時刻は8時をちょっと過ぎたくらい。
あの後結局、千秋とクラスメートの仲が近付くことはまったくなく……帰宅時まで千秋の相手を一手に引き受けた感じだ。
帰る時……「家まで送れよ! ワタシ女の子だぞぉ!?」などと、ふざけた事をぬかしてきたので全力で無視してやった。
ちなみに家の方向はオレの家とは真逆の方角らしい。
それなのに送れって?
もちろん嫌だよ!
というわけで千秋と別れ、帰宅、晩メシ、シャワー、ついでに宿題まで済ませ今現在に至る。
自室に1人……正座でゲーム機と向き合う。
「…………」
いや、アレだよ?
久々にプレイするから緊張してる、とかじゃないよ?
美緒さんや歌穂さんに後ろめたいな~とか、昔の仲間に会ったら気まずいな~とか、全然ない。うん! 平常心、平常心!
ワルイコトシテナイ。コワクナイコワクナイ……
あぁ、でも別れ方がアレだったしな~……。メッセージもガン無視しちまったし……アイツ等怒ってるよな……。いやでも3年も前の話だし! 都合よくオレのこと忘れてる可能性も! あ、でも……それはそれでちょっと傷付くな……。
『マスター?』
ビクゥッ……!!
ちょ、バカ野郎! 精神統一中に話しかけんじゃねぇ! 心臓止まるかと思ったじゃねぇか!!
そんな動揺を悟られないため、コホンと咳払いを1つ……。
心臓はバクバクしてるけど、まだ機材を装着する前だったので、きっと『アウラ』には気付かれていないはず……きっと。
「……な、なんだね『アウラ』くん?」
『いえ、マスターの動く気配がなかったので……』
「あ、アレだよアレ! 瞑想? つーか、精神統一っつーか……こ、心を落ち着けてんだよ!」
『なぜ?』
「……いや、久しぶりのゲームだし、……腕が鈍ってるのは仕方ないかもしれんが、いきなりトチってミスったりしたら……はずいし」
『マスターに限ってそういった失敗はありえないと思われますが、……マスター……まさかとは存じますが……』
何かに勘づいたのか、『アウラ』の声のトーンが下がる。
やめて! その先を言わないでぇえええ!
『ビビってらっしゃいます?』
「ぐほぁ!」
まさかの、自分で育てたAIにチキン宣告を受けてしまった。……もう立ち直れねぇ……。
『……はぁ……。マスター、言わせていただきますが、今回会われるユーザー名『チアキ』さんは、マスターの所有アバターと比較したところで月とスッポン……いえ、恐竜とミジンコくらいの差があります。数年のブランクなど有っても無くても大差ありません。むしろ丁度いいハンデでしょう』
このAI……すげぇボロクソ言ってるよ……。
『ちなみに、現在の『Re:GAME〈ゲート〉』内での最大プレイヤーアバターレベルは1656で、マスターのアバターと大差ありません。マスターならば一週間前後で追い抜けるはずです! きっと余裕です』
「……他人事だと思って言いたい放題言いやがって……。確かに難しくはないだろうが……。……オレにも色々と心の準備がいるんだよ……」
チキンハートなんて言ってみればそれまでかもしれないが、オレ自身はそう簡単にはいかない。
たかがゲームだ。
だが、すべてを失うキッカケとなったゲームであり、……オレにとっては、特別な思い入れのあるゲームでもある。
「…………」
この3年間、あの場所に帰りたいと……みんなの待つ『ホーム』に帰りたいと思った事が無い訳じゃない。
むしろ幾度となく思ったさ……。
それでも、オレに帰る資格は無いんじゃないか? そう思うと、途端に苦しくなったりしていた。
本当の家族からも、愛したゲームからも『逃げ出した』オレに、帰る場所なんて……あるわけがない。
もし、またゲームを始めて……
また誰かを傷付けてしまったら? いや、誰かなんかじゃない! もしも……家族同様に、美緒さんや歌穂さんに……迷惑をかけてしまったら……?
きっとオレはもう、自分を許せなくなってしまう。
……でも……
「『アウラ』……」
『はい』
「オレ……さ、会いたい奴がいるんだ」
『……はい』
お堅くて口が悪くて無愛想で、……それでいてカッコいい、ユーリ。
ズボラでオッサン臭くて女好きで……だけど義理堅い、バレッド。
内気で人見知りで論理的思考ばかりだが、優しくて勉強熱心な、ロイ。
おてんばでお子ちゃまでバカで、でも……ひたすら真っ直ぐで太陽みたいな、アリス。
冷酷で体力バカですぐ怒るが、姉御肌で面倒見のいいお姉さんの、ランカ。
いつもどこかホワホワしててスグに騙されやすそうだが、他の誰よりも優しい、リィリア。
根暗でいつもオレの陰に隠れてばっかりだが、猫みたいに可愛げのある、アイヴィ。
みんな、大切なオレの仲間であり……友達だ。
そして、それ以上に――
あの子に……
……アルヴスに……また会いたい。
「はは、……また会えるかな?」
誰に、とは言わない。
数年以上もともに過した相棒だ。主語がなくともわかってくれる。
『……確率は、けっして高くはありません』
当然だ。
何せオレは過去の自分――
『ノワール』として、ではなく……新たなアバター、新たな自分として始めるのだ。
コンテニューではなく、ニューゲーム。
誰も自分を知らない世界で、またレベル1から始める。
初心者プレイヤーが、初見でラストまで進めるほど『Re:GAME〈ゲート〉』のイベントは甘くはない。
もしアルヴスが、イベントのラストボスならば……まず会うことは不可能と言ってもいい。
だが――
『ですが――』
うちの『アウラ』は、どうもオレを過大評価する癖があるみたいだ。
『マスターならば、可能です。……絶対に』
たとえ、見た目やステータスが変わってしまっても……必ずまた巡り会える、と……。
機械のクセに、理由も根拠もない『希望論』を臆面もなく語る。
そんな『アウラ』を見て、つい笑みがこぼれてしまう。
「そっか、そうだな。ならグズグズしてる暇はないわけだ。……まだ待ってくれてるってんなら、早く迎えに行ってやんないとな」
『そうです。それに……』
「……それに?」
『まだマスターからご褒美をいただいておりません。約束は絶対ですよ……マスター』
「……ぷっ、あははは……、わかったわかった。すぐにソッチに行くから待ってろ」
意は決した。
後ろめたさがないわけではないが、オレは「やりたい」を貫く。
ゲームをやるのも
歌穂さんと美緒さんに迷惑をかけないのも
絶対に両立させてみせる。
オレは機材を手にとる。
3年前まで幾度となく触れてきた愛機に懐かしさを覚えながら、それらを装着する。
着け心地は良好。
まさしくソレ等は『オレ専用』だ。
「……じゃあ、始めようか」
『イエス、マイマスター』
耳元で囁かれる優しい『アウラ』の声に応えるため、ゲームを起動する。
『音声認証を確認いたしました。パスコードの入力……いえ、いつもの『合言葉』をお願いします』
「……あぁ」
3年たった今でも忘れるわけがない。
「それじゃあ、『ゲームを楽しもう』!」
『確認しました。ワールドダイブリンクス、起動します』
体がふわりと浮くような感覚を残し、オレの意識は白い光の中に溶けるように……消えた。