第二話『New Game』
――MBKN『起きてるかいレンレン? どうせ起きてるんだろ? なんでログインしてこないのさーっ!! タウンで待機してますけどー。さっさとキャラメイク済ませて来いよ~』
――レンレン『悪い。オレの持ってるWDL、昔の機種だから更新が必要らしくてな』
――MBKN『何分かかるのさ~』
――レンレン『19時間だってよ。だから今夜はイン出来んわ~』
――MBKN『何その骨董品!? 最新機種に変えちゃえよ~』
――レンレン『今のが使えなくなったら考えるよ』
――MBKN『ちぇ~、今夜は会えないのかよ~……ちぇ~。んじゃ次に会うのは明日になりそうだな♪ よろしく頼むぜぇ相棒♪』
――レンレン『……絡みがウザいな……。言っとくが、新アカウント作って始め直すからレベルは1からだぞ』
――MBKN『マジかよお前。せめて前のアカウント使おうぜ? どんだけ進んでなくても初期値よりはマシでしょ~?』
――レンレン『元仲間達に「やめる」って言って出てきたんだぞ? 今更戻って遭遇したら気まずいだろ……』
――MBKN『うっわぁ……チキン野郎だコイツ』
――レンレン『文句があるなら、オレ一人でソロプレイするけど?』
――MBKN『やだよ。一緒にやれよ。仕方ないからアタシがレンレンを育ててあげよう♪ 育成シミュレーションってやつ? ワタシ優しい』
――レンレン『勝手にしろ。どうせイベント中だけだし』
――MBKN『そんじゃ、また明日な~♪ 朝から首洗って待っとけよな!』
――レンレン『は? 朝から?』
MBKNさんはログアウトしました。
◇◇◇
……ピピピ……ピピピ……ピピピ……
目覚まし時計の代わりに、携帯端末がけたましいアラームをあげる。
「……んだよ」
寝惚けたまま、携帯端末を操作しアラームを止める。
その時にチラッと時間を確認したが、いつも起きる時間が7時なのに対し、現在は5時半。
こんな時間にアラームを設定した覚えもなければ、そもそも携帯端末のアラーム機能を設定した覚えもない。
「…………」
原因に心当たりがない訳じゃないが、なにぶん眠い……。
だから寝る。
『マスター起きてください』
……何故かな? 元凶の声がオレの携帯端末から聞こえてくるんだが?
「……『アウラ』……、オレにはWDLと携帯端末を同機させた記憶がないんだが……?」
『当然です』
「……理由を聞こうか?」
『マスターの就寝中にわたくしがやっておきました。これでマスターの日常生活が、さらに便利になったと愚考します』
「やってくれって頼んだ覚えはないんだが……」
『はい。頼まれておりませんね』
「……おい」
『ですが、将来的に頼まれる確率が9割以上です。明日か今かの違いでしたので問題ないかと』
「……機械の誤作動って、メーカーに直接訴えればいいんだっけ?」
『何か不都合がおありでしたでしょうか?』
「オレのプライバシーとか……」
『わたくしが守りますが、なにか?』
「お前に知られてる時点でアウトなんだよ!」
会話してたら眠気も飛んでしまった……。
オレはベッドから起き上がり、軽く体を解す。
「悪質なプログラムみたいだぞ。お前……」
『わたくしをこう育てたのはマスターです。わたくしが悪いということは、マスターの育て方が悪かった……ということになりますが?』
「主に責任転嫁しやがったよ……」
『……それに、こうしておけば、いつでもマスターと一緒です。……ふふ』
「……お前ねぇ……」
コイツ本当に機械なの?
人格設定も性別指定もないのに、急に女の子みたいなセリフを吐いてきたんだが……。
コレが現実の女の子だったら、どれだけ……――。
「…………」
プライバシーを全力で奪っていく彼女……ありえねぇわ。
しかも、ここまできたらストーカーとか、そういうレベルだよね?
『ご安心ください。わたくしがするのは単なるサポート行為のみです。今回は特例として、早朝に起こさせていただきましたが、明日からは早起きの必要もありません』
「どういうことだ?」
『マスターが以前にWDLを使用してから三年もの月日が経過しています。マスターもさぞ成長されていることでしょう』
「まぁな」
昨日、その成長をお前に全否定されたわけだがな……。
『手足の長さや肉体的な部分は、三年前とそれなりに差があるはずです。今のままワールドダイブしてしまっては、三年前のアバターと今のマスターで感覚作用にかなりズレが出ます』
「要するに、今のままじゃ、むこうで思うように動けない……って事か?」
『YES。流石はマイマスター。理解が早くて助かります』
「どうすりゃいい?」
『WDLの端末を装着した状態で、軽い運動をこなしていただければ、わたくしの方で運動データを解析しゲームアバターに反映させます。次世代機ならば必要のない作業なのでしょうが……』
「機械が自虐ネタとか言うなよ……。別にやらないとは言ってないし、楽したいとも言ってないだろう? お前が「必要だ」って言うならやらせて貰うさ」
手っ取り早くジャージに着替え、指貫グローブ(型の端末)と、サングラス(型の端末)を身につける。
ブーツは玄関で履いた方がいいだろ。
「時間はどれくらいやればいい?」
『一時間弱あれば、データとしては十分です』
「了解っと」
朝から運動とか、健康優良児みたいな事はあまりしたくはないんだが……まぁ、今回は仕方ない。
ゲームを始めるために必要なプロセスなんだと言われちゃ、断るわけにもいかない。
……でも、今日限りにしてくれよなー
まだ寝ているであろう二人を起こさぬよう、物音を立てないように家を出たオレは、軽いジョギング気分で走り出した。
時間帯的にも人の少ない河川敷に到着した。
ちなみに『アウラ』はオレの通信端末から指示を出してくれるらしい。
メニューは、学校でやるような体力測定とあまりかわらないっぽい。
50メートルの全力疾走、腕立て伏せ、川に向かっての投石、あとは軽い筋トレや持久走などエトセトラ。
その間ずっと、通信端末の『アウラ』から、褒められたり応援されたりと……まぁ、モチベーションは良かった……かな。
けど応援してるヤツは何もしなくていいってズルくない? 機械に運動しろなんて言えないけどさ……。
朝っぱらから体力の半分以上を使いきった気持ちだ。
この後、学校とか、ホント……勘弁願いたいね……
◇◇◇
帰宅、シャワー、身仕度、朝食、外出。
突然外から帰ってきたオレを優しく迎えてくれる二人――歌穂さんと美緒さんに癒されながら、なんとか気を取り直す。
「今日は早朝からランニングですか? 健康的でいいですね~♪」
「でも、いきなり玄関から帰ってきた時はビックリしちゃった♪ でもどうしたの? いきなりランニングなんて……」
「すいません。早朝から目が冴えちゃって……、わざわざお二人を起こすのも悪いかと思ったんで、珍しく運動でも……って。書き置きくらいは残して置くべきでしたね……あはは」
ゲームの調整の為に仕方なく……なんて言えるわけないし、誤魔化すことにした。
何度も言うが、オレがゲームをやるのは、このイベント中――『アルヴスとまた会って話をする』為だ。
長く続けるつもりはないし、この二人に打ち明ける必要があるとも思っていない。
少しの間、夜のプライベート時間(主に、自主勉や筋トレ、睡眠など)を削ってログインする。
歌穂さんと美緒さんには、絶対に迷惑をかけないようにする。コレが絶対条件だ。
目的と手段を違えないようにしなければ……。
ちなみに、『アウラ』の事も秘密にするつもりだ。
『アウラ』にも「第三者がいる前では話し掛けるな」と言ってある。
存在を隠す必要があるとまでは言わないが、然るべき時がくるまでは言わなくてもいいだろう。
正直、この『アウラ』……オレ以外に全く興味がないみたいだし……。
育ての親になつくなとは言わんが、親離れとか……成長してくれよとは、思う。
部活の朝練の為、早くに家を出た美緒さんを見送り、数十分遅れてオレも家を出た。
一緒に出てもよかったのだが、美緒さんを送った後の数十分……始業までの時間が限りなく暇なのである。それなら、家でニュースを見るなり、歌穂さんの手伝いをするなりした方が百倍有意義である! 間違いない!
そして遅刻しない程度の時間に学校に到着。早すぎちゃいけない。……始業までの数分とはいえ、多くのクラスメートがいるなか、話し相手もなくボーッとしてるというのは……ぼっちにとっては地獄だ。
たよりのイケメン王子……蒼馬くんも、他のクラスメートの相手で忙しいだろうし……迷惑をかけるわけにはいかない。
授業間の休み時間ならいいんだよ! トイレに行くとか、準備するとか、宿題やってるフリするとかでいくらでも誤魔化せるし!
だが……朝のアレは……オレには死活問題なのだ。
というわけで、予鐘の二分前に教室に到着。我ながら素晴らしい絶妙な時間帯だ。うん!
……にしても、今日は妙に騒がしいな。
暴れてるとかじゃなくて、どこかクラスの雰囲気が浮き足立ってる。
なにかあった?
まぁ、オレには関係ないからどうでもいいか。
オレは迷わず自分の席へと向かう。
「おはよう。煉斗」
「……ん……あぁ、おはよう。珍しいな……、こんな朝早くに蒼馬の方から話しかけてくるとか」
「今日はちょっとしたニュースがあってね。煉斗にも一応報告しといた方がいいかな~ってね」
「なんかあったのか?」
まさか、昨晩の暴力騒動のことじゃないよな?
「実はこのクラスに転校生が来るらしい。こんな時期に珍しいよね~」
「……あぁ、そう」
「あはは、やっぱり興味ないんだね……」
当然だ。
ただでさえ、このクラスには『他人』がいっぱいいるのだ。
その『他人』が一人増えたところで、オレの日常生活にはなんの変化もありはしない。
新しいクラスメートに盛り上がっているところに水を差すようで悪いが、オレには関係ないね。
「……そんな事より、コーラでよかったか?」
「え?」
カバンから取り出したペットボトル飲料を蒼馬に向けて投げる。
難なく受け取った蒼馬は不思議そうに小首を傾げているが、説明しないとわからないもんかね?
「昨日奢るって言っただろ……」
「あぁ……アレか。冗談のつもりだったんだけどな~」
「オレにその手の冗談は通じないって、お前も学習してくれよな……」
「律儀だね~」
「うっせ」
蒼馬は受け取ったコーラを開け、嬉しそうに飲む。
「……うん、おいしいね♪」
そりゃ、コーラは美味いに決まってるだろ。
そんな分かりきったこと、一々口にするかね~
これだから……お前はリア充なんだよ! このイケメンめ!
「……あぁ、あと……、悪いがこれからしばらくは遊べそうにない。ちょっと大事な用事があってな……。スマン」
「ありゃりゃ……。その用事って長くなりそうなの?」
「……だいたい、長くてもひとつきってところだな。……長引かせるつもりはないが、用が済んだら連絡する。……この埋め合わせはさせてもらうさ」
「オッケー了解♪ 楽しみにしてるよ」
キーンコーンカーンコーン
予鐘とともに教室に入ってきた教師を合図に、みな各々の席へと戻っていく。
一緒に転校生が来ていないということは、廊下で一時的に待機している……ってことか?
最初に軽い説明を教師からしておくって事だろう。
「えぇ~……、もう知っている生徒達もいるだろうが、えぇ~、このクラスに、えぇ~、転校生が来ることになりました」
「「「おぉ~!!」」」
教師の言葉に、一気にクラス一同のボルテージが上がる。そりゃテンションも上がるか。
「先生ー! 男子ですか? 女子ですか? 女子ですよね!?」
「ちょっと男子うるさーい。てか、下心丸出しだし~」
「このクラス男子の比率が高いから女子が来てくれねぇかな~。……あ、でも、女子なら蒼馬に全部持ってかれちまうじゃねえか!」
「みんな! 蒼馬を取り抑えろ! このプリンスを転校生の視界に入れるんじゃねぇえええ!」
「「おぉおお!」」
「ちょっと蒼馬くんに何してんのよ男子! 迷惑でしょ~」
「「そーよそーよ」」
あぁ……いつも以上に騒がしい。
こんなに盛り上がってちゃ、転校生さんもさぞ登場しづらいだろうよ。
オレなら逃げてるな。
オレ一人だけ、熱くなるクラスメート達を死んだ魚のような目で傍観しながら、軽いため息混じりに窓の外へ視線をそらす。
あぁ……直射日光がただただ辛いわ。
夏も近くなってきたし、コレから暑くなっていくのか……憂鬱だわぁ~……。
「はーい静粛に、お前ら落ち着け。今回来るのは気弱な女の子だ。あまりハードルを上げてやるな」
気弱……ねぇ。
世間一般的に言われる「気弱な女子」ってやつは、結局リア充の中では「気弱」ってだけで、オタク相手にはそうでもないヤツばっかりだ。
どうせ陰キャか腐女子なんだろ……。
オレは期待値をマイナスに保ちつつ、机に突っ伏す。
「どうせ、どうせ」と言い続けるのは流石に卑屈すぎるだろうか? 陰キャの性分なのだ。多目に見てくれ。
「それじゃあ、入ってきなさい」
先生の掛け声を聞いてか、教室前方の扉が開き、皆さんお待ちかねの転校生がついに登場。
「…………」
いや、うん。
確かに、教室の扉は開いた。スッゴいゆっくりだけど、開いたッスわ。
……何で入って来ないんだよ。
「……? 柊 千秋さん。何をしてるんですか? 早く入ってきなさい」
「…………っ」
ちあき……さん?
ちあきさん。ちあきさん。
何だろう。……スッゲェ聞き覚えのあるこの響き……。
まさか?
いやいや、待ってくれ。……流石にそんな……ギャルゲみたいな展開……あるわけが……。
確かに、昨日会った『ヤツ』も、学生だと言っていた。
見た目はオレよりも少し年下かな? ……って感じではあったけど……いやいや、まさかそんなわけ……
そんな……わけ……。
何故か、嫌な汗が背筋を伝ったような気がした。
握った拳は、手汗でびっしょり……。
……あれ? 何でオレがキョドってるんだ?
先生に急かされたせいもあってか、ようやく……開かれた扉から一人の少女が入ってきた。
十六歳にしては少々成長の行き届いていない未成熟な、小さい身体を精一杯動かし。
可愛らしい容姿を、不安色一色に染め……ガクガクブルブルと、生命の危機に瀕しているかの如く怯える様はまるで――
ケージの中で震えるウサギのようだった。
昨日会った時と印象は全く逆だが、間違いない。ちあきだ。
同い年なら敬称もいらないよな……。
てか
「……何でアイツがココに?」
引っ越すとか言ってたか?
つか、時期外れにも程があるだろ! いま5月の末だぞ!?
そんなオレの内心とは関係なく、事態は進んでいく。
「では、自己紹介を頼めるかな?」
「――っ!! ひゃ、ひゃあいっ!」
声、裏返ってるし……。
そしてチョークを手に持ち、自分の名前を黒板に書き始める。
あっ、字はキレイなんだ……。
達筆って訳じゃないが、誤解されることの無さそうなキレイな筆記体。
『柊 千秋』
さっき先生が口にして知っていたが、ソレが少女の名前だ。
名前を書き終え、再び生徒側へ振り返った千秋は……今にも泣き出しそうなほど怯えていた。
先生、コレもう気弱ってレベルを超えてるよ。
「……ひっ、柊……千秋……です! …………」
「「「…………」」」
「…………」
「「「…………」」」
「…………………よろしく、お願い……します」
「「「それだけっ!?」」」
クラスの声が珍しくハモった。
まぁ、あの怯えようじゃ……アレが精一杯だったんだろう。
昨日もチラリと千秋の『極度の人見知り』を垣間見ていたオレだけは、この光景に同情していたわけだが……。
まぁ、見た感じは小動物じみた可愛らしさがあるしな、……きっと男女問わず可愛がられる素質は十分にあるだろう。……中身が伴えば、だけど。
何も言わない千秋にシビレを切らしたのか、先生が質問タイムという……本人からしたら拷問以外のなにものでもない時間を提案しやがった。
「千秋ちゃんはドコから来たの?」
「好きな食べ物は? 今度作ってあげよっか♪」
「コレはやっぱり聞くべきだよな! ずばり、好きな男性のタイプは!?」
「前の学校では彼氏とかいたんでしょ~♪ 千秋ちゃん可愛いし!」
「遠距離恋愛中とか?」
「「ありえる~!」」
「オレの青春いきなり終了かよー」
「男子ってば不潔~」
際限なく盛り上がるクラスに、先生は何も言うことなく黙認。
まぁ、転校生に盛り上がるのはドコの学校でも同じだ。ソレが美少女ともなれば、そのテンションは計り知れないことだろう。
しかし、みんな……盛り上がってるのはいいんだが、質問されてる千秋……白目むいてるぞ?
オレもオレで目立ちたくないので、千秋の視界に入らないよう机に突っ伏して仮眠を貪ることにしよう。
見てみぬフリ? 違う違う。千秋? ナニソレ、オイシイノ?
ソレから数分、それらしい質疑応答もなく、結局ホームルームの時間を削るわけにもいかなかったのか、先生が切り上げ、千秋は新しく用意された席に向かった。
ちょうどオレの列の最後尾になるらしい。
「…………ん?」
すれ違いざまに、何を思ったのか……オレの席の隣で足を止めた。
もちろん、オレは机に突っ伏しているので、オレだとバレてはいないハズだ。
「……む? むむっ!」
バレてない……はず。
なんでココで足を止める?
「…………レンレンの、匂いがする! あー! あーあーあぁぁああっ!! お前、レンレンだろ! レンレンだろお前ぇぇええ!」
「お前は警察犬かっ!!」
……しまった。
つい、いつもの感じでツッコンじまった。
つか、お前もお前だ千秋! さっきまでの挙動不審はどうした!?
クラスメートどころか、教師まで呆気にとられてんだろうが!
「……ったく、話は後だ。……さっさと自分の席に行けよ」
「なんだよ~♪ クラスメートだったんなら最初からそう言えよ~♪」
他人だらけのコミュニティに、唯一の友人を見つけたのがそんなに嬉しかったのか、えらく上機嫌な足取りで席に向かった千秋を見送り、オレは少し思案していた。
コレからの身の振り方……どうすっかなぁ……。
突然の来訪者が、まさか旧知の親友だったとは考えもしなかった。
千秋のキャラのあまりのギャップに言葉を失うクラスメート一同の中、……数名の生徒だけは、きっと違うところで絶句していた。