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②三話のつづき2




     ◇◇◇




 優越感。

 辞書を引けば、自身が他人よりもすぐれているという感情とか……まぁだいたいそんな風な事が記載されていることだろう。

 他の誰ともたがわぬスタートラインに立っていながら、ズルをしたわけでもないのに……自分だけが選ばれた。その中で生まれたのは確かに優越感にとてもよく似た感情だった。

 だが、事が事……状況が状況である。

 胸を張ることも出来なければ、鼻高々と自慢し言いふらすことも出来ない。

 ましてや……あんな事、他の誰にも知られていいわけがない。


「ギルマス? 聞いておられますか、ギルマス? …………ランカ?」

「……あ、ごめんなさい。なんだったかしら?」

「どうしたのですか? こんな状況でボーっとしているなんてアナタらしくもない……」


 こんな状況……ね。

 そう、私の側近であるカノンが「こんな状況」と言う通り、今は少し特別な環境にいた。

 場所はユーリの建てた騎士然とした豪奢なギルドの一室。それっぽい円卓を囲い、各ギルドより……英雄と呼ばれた6人とその側近が1名ずつ計12名。他に部屋の門付近に立つ2人はおそらくNPCだろう。

 円卓に用意された豪奢な椅子は8脚。

 当然のように座るのは6人の箱庭メンバーのみ。側近は己の部を十分に弁えているというように、それぞれ各ギルマスの半歩斜め後ろで文句の一つすら吐かず立っている。

 そして……特別というならば、この12名に加え……さらにもう1人、椅子の上で膝を抱えジットリと周りの者達をめ付ける、座す権利を確かに持った……7人目の存在だろう。

 だから正確には、部屋の中にいるユーザーは全員で13名。


 そう、ノワール(かれ)を除いた『零雪の箱庭』構成メンバーが全員……今この瞬間、この場所に揃ったのである。

 6人揃うことすら年に一度あるかどうかだというのに、音信不通だったアイヴィまでいるというのだ。

 招集者はユーリだったが、彼がしなければどうせ他の誰かが同じようにこの面々を集めていたことだろう。


 当然の会議であり、同時に……これまでにはありもしなかったほど重要な会議でもある、ということである。

 各個人がこれ以上なく緊張感やそれぞれに抱いた意思を持つこの場で、「ボーっとしている」なんて確かに私らしくない。間違いなく私もそっち側であるはずなのだから。

 だがもし、ココに集まったメンバーと心を一つに出来ぬ理由があるとするならば、まず間違いなく……その理由は昨晩の一件アレが原因であろう。


「ランカ……もしかして、寝不足?」

「まさかとは思うが……あの一件以来、空いた時間全部使ってノワールの事探し回ってるとかバカなことやってんじゃ……」

「ランカさん、わたくし達も同じ気持ちですが無理はよくありませんよ?」

「今でも仲間であることに変わりはないんですから、こんな時くらいボクらのことも頼ってください」

「大体、一人で探して見つかるなら最初から苦労などしない。ヤツを追うなら全員で探した方が効率がいいだろう」


 心配をかけてしまった。

 だが残念ながら……発言に困っている理由も、今日の寝不足の理由も、みんなの心配とは全然違うのだ。

 だって……言えるわけないでしょ?

 私1人だけノワールに呼び出されて、小一時間話した挙句……泣いて駄々こねて殴りまくって、一足先に全部ぶつけちゃった事とか……。さらには、罰ゲームと称して……あんな事まで……――。


「顔真っ赤だよ!? ホントに大丈夫!?」

「え、えぇ……大丈夫。大丈夫よ。……きっと大丈夫……なはず」


 仕方ないのよ。

 まるでついさっきってくらい鮮明に、あの衝撃を、あの衝動を、あの興奮を、この体が覚えているのだもの。こんなの冷静でいられるわけがない。


 そして私を悩ませているのはそれだけではない。

 この5人……いえ、アイヴィを入れるならこの6人と違って、私はノワールに呼び出され、思い出のあのホームで会ってしまっているの。こんなもの、どう報告しろと言うのよ!?

 正直に「昨晩会ったわよ」とでも言えと?

 それこそ、なんで招集をかけなかったのかって正論でまくし立てられるわよ……。

 呼ばなかった私も悪かったけど、……ノワールが私以外呼ばなかったのだもの。何か意図があるかもしれないじゃない。というか、なんで私なのよ!? いや理由は聞いたけど、だとしてもよ!

 外面は平静を装ってはいるけれど内心は正直混乱している。

 仲間に隠し事はしたくない。後ろめたいことならば尚更……。

 だけど、せっかく帰ってきた彼を追い詰めて……また失いたくもないと思っている。殴りまくってた私に言えたことではないんでしょうけど……。


「さてと……。まぁ~……アレだ。ユーリがオレらを呼び出した理由については粗方予想はついてんだけどよ。……実際の話、どうなんだ? アレからノワールに動きはあったのかよ? あ、わかってるとは思うがモノホンの方だぜ? モブの事なんざアウトオブ眼中な……」

「バレッドさん。逸る気持ちもわかりますが、フレンドリストを見ればノワールさんのログイン状況はわかります。今現在、ログインは確認されてませんが――」

「昨夜、深夜0時からの3時間はオンライン状態にあったようだ。たかが3時間程度で何が出来るとも思えるが、ヤツが無意味に時間を浪費したとは考えづらい」

「だよな……。オレも気になって、その時間、転移門付近を彷徨うろついてたんだが……。無駄に煽ってくるドッペルどもばっかだ。あん中にアイツがいたとは思えねぇ」

「イベントクエストを進めていた訳ではない……と」


 ノワールの行動を推測、予測し、どうにか探し出そうとするユーリやロイ、バレッドの男性メンバーはともかく、アリスやリィリア達女性メンバーが動かないのには理由があった。

 いや、確たる理由とは言えないのだが、それでも無闇やたらに探し回ることをしないのは……

 ただ、あの時の彼の言葉を信用しているから。

 「後で時間を作る」と言った彼の口約束を……、「愚痴でもなんでも聞いてやる」と言ったあの人の言葉を、ただ信じているのだ。

 もちろん、待つ時間というものはもどかしいものである。箱庭メンバーの中でもとりわけ大人しい方であるリィリアならばともかく、無邪気で元気いっぱいを絵に書いたようなアリスでさえ、ちゃんと「待て」をしているのだ。

 それだけ彼との邂逅はこの場の全員にとって、とても特別な事なのである。

 そしてこの中でも、おそらく群を抜いて彼になついていたアイヴィは……


「……なんで、ノワールがいないの…………」


 わかりやすく不機嫌だった。


「だから、ヤツを探し出す為にこうして集まったんだろうよ……。子猫ちゃん、オジさん達の話聞いてる……?」

「ノワールは、帰ってきてる……の?」

「あの時会ったノワールさんは、おそらく本物でした。プレイスタイルも、あの白い少女に対する執着心も……」

「でも、ここにいない……」

「あの時以来、連絡すらないな」

「じゃあ、いないのと……何が違うの?」

「「「……」」」

「そもそも、『あの時』の時点で……何で引き留めなかったの? ……みんな、揃ってたんだよね?」

「「「…………ぅ」」」

「い、いや……アレは何つーか……無理だろ。雰囲気的に。止めちゃダメなパターンっつーか……なぁ」

「もちろん、交渉を試みなかった訳ではないんです! ただその……あの人にとっては、ボクらと出会う前から何年も待ち望んだ瞬間だった訳ですし……」

「邪魔するのは野暮だった、て訳よ。空気読まずにノワールの邪魔してたら、たぶんガチで嫌われてたわよ……? というか……ノワールを逃した私らにも落ち度はあるのでしょうけど、あの瞬間あの場所にいなかったアンタもアンタよ……アイヴィ。イベント予告はアンタの端末にも通知が来てた筈でしょう?」

「…………むぅ」


 何とか話はまとめてみたけれど、平静を装いつつも……やはり皆焦っている。

 話したいことはたくさんあるのだ。けれど、彼はまたすぐにいなくなるかもしれない。

 今回のイベント期間中、イベント最終日まで……彼が絶対に続けているという保証はどこにもないのである。

 絶対にまた会えると言い切れないからこそ、彼ら彼女らの不安はつのるばかりなのだ。


 昨夜の件がなければ、自分もそうなっていただろうから、気持ちは十分に理解できるつもりだ。


「…………ランカ、おかしい」

「おかしいのはアンタ達で、私はいつも通りでしょう……?」

「アイヴィと同意見だ」

「確かに……」

「あのランカがこの状況で『冷静』ってのは、かなり違和感があるわな……」

「アンタらねぇ……」


 言い返そうとも思ったが、よく考えればコイツらの言う通りなのだと納得してしまった自分が憎い……。

 確かに……ノワールに会えるか会えないかって場面で、私が冷静に対応できるわけがない。性格的にもせっかちで短気だという自覚はある。

 そして、ここにいる6人の箱庭メンバーは、そんな素の私を十分に熟知している。言葉や態度で繕う意味などありはしない。


 良くも悪くも……私をよく知っているからこそ、アイヴィ達は私を怪しんでいる。

 仲間として、喜んでいいのやら、呆れるべきなのやら…………。


「……あるわよ。アイツの手掛かり」

「「「……っ!?」」」


 あぁーあぁー……英雄ギルドのトップともあろう者が、わかりやすく動揺しちゃってまぁ……。


「どういうことだ……」

「ランカちゃーん、詳しく!?」

「あの人がそんな簡単に尻尾を掴ませるとは到底思えませんが……、詳しく説明をお願いします。ランカさん」

「妙に男どもの食い付きが激しいわね……。何? アンタ達もしかしてホモなの? ソッチ系の人?」

「「「違う!」」」

「ランカさん、勿体振るのはあまりよろしくないかと……」

「教えてランカ!」

「…………」

「はいはい……。といっても、勿体付けるほど確証のある情報とも言えないのよ……。先にコチラで確証をとってから話そうと思ってたのだけれど」


 コチラへと集中する視線を一旦無視し、プライベートウィンドウを開く。

 確認するのは所属ギルド『ヴァルキュリア』のメンバーリスト。所属メンバーの数は最大値100名に対し1人欠けた99名。つい数時間前に、わざわざ詫びのメッセージと共にキッチリ脱退した一名……アイン。


「……カノン」

「はい」

「先日、私が連れてきてギルドに入れたアインって子……覚えてる?」

「はい。確か……レベルのわりに立ち回りが独特で、珍しく『大賢者』というレアジョブを愛用していた少女であったかと……。私個人としては、あまり面識はありませんね。つい数時間前にウチのギルドを脱退されたようですが……彼女がどうかされましたか?」

「…………覚えてる人もいると思うけれど、あの子……イベントオープニング前から、あの『アウラ』と面識があったのらしいのよね……」

「アイン……? ……あ、あの初期装備つけてた女の子か!?」

「たしか、ボクらに押し付けてくる際、ノワールさん自ら友達だとか言っていたような記憶がありますね」

「…………で、ソレを知っていながら何故わざわざギルド脱退を容認したんだ……?」


 ノワールへの唯一の手掛かりをみすみす逃したというのだ。そういうユーリの反応も仕方がない。

 だが、文句を言われる筋合いもないのだ。

 私達は『零雪の箱庭』のメンバーなのだから、私の選択は間違いではない。


 彼ならばきっと、同じ選択をするはずだから……。


「人道に反しない限り、個人が楽しむことの邪魔をしない。アインが決めた事なのなら私がどうこう言うことじゃないでしょう? 強制してギルドに繋ぎ止めるなんて、彼なら絶対にしない。いたくもない場所にずっといるだなんて楽しくないもの」

「……そうだな」

「あぁーあ、また振り出しかよ……」

「話は最後まで聞きなさいよ。別に脱退したからって繋がりがなくなるって訳じゃないでしょ……。個人的に気に入ってたっていうのもあって、あの子とはフレンド登録してたの。連絡くらいならとれるわよ」

「ソレを早く言えっての! なら早速今からでも――」

「あの子の生活も考えなさい。ずっとゲーム内(こっち)にいると時間を忘れがちだけど、今は平日の真っ昼間よ。学生でも社会人でも、気軽に連絡がとれる時間帯じゃないの」


 言いつつも、一応フレンド一覧からアインを探してみる。

 …………あ、オンラインだ。

 こんな真っ昼間からゲームしてるとか、あの子……もしかして引きこもりとかそういう系の子なのかしら?

 たしかに、人付き合いが得意って性格でもなかったし……。そうじゃなくても、いきなり大人数で押し掛けたりしたら迷惑極まりないわよね。


「……とりあえず、今日か明日にでもあの子に連絡をとってそれとなく探りを入れておくわ。あまり結果を期待されるのも困るけれど……、まぁ、今の状況で手探りで探し回るよりは、1つの手掛かりとして悪くないでしょう?」

「おいおい、ここまで聞かされて果報は寝て待てってか!? お預けって、そりゃねぇぜオイっ!」

「仕方ないでしょう。……出来る限りは急ぐわよ」

「…………はぁ、諦めろバレッド。それしかヤツへの手掛かりがない以上……ランカの結果を待つしかあるまい」

「……ぬぅがぁ~……っ!!」

「手掛かりがあっただけでもよしとしましょうよ。バレッドさん」


 落胆と期待が半々って反応ね。

 バレッドはわかりやすくリアクションしてるけど、他5名にしても言葉はないが表情を見ればどことなくわかる。

 ここにいる全員が、彼に会いたくてしかたない。

 昨夜会ったばかりの私だって、同じ気持ちなのだから……。


「ということで、話も一区切りついたし~、ちょっと外出て散歩でもしない?」

「アリス、本題がまだですよ」

「あれ! ノワールの事が本題じゃなかったの?」

「建前ではありますが、この会議の本題はイベント攻略についてですアリスさん。ボクらにも立場というものがありますし……」

「つーかよぉ~……アイツが帰ってくんなら、いつもみてぇにバラバラに攻略すんの、効率かなり悪いよなぁ」

「合同で組むにしても、ここにいる全ギルドで混合部隊を組むわけにもいかないし、私達ギルマスだけで勝手に動くにもしがらみが、ね……」

「ウチのギルメンもそれなりには育って来てるんだけど……ねぇ……」

「言いたくはないが、力不足…………いや、経験不足と言う他ないだろうな」


 その言葉に反応を見せたのは、6人の側近達。

 対する私達は当然という反応をしてしまったわけだけど、それに対しほんの少しではあったけれど意義ありと言いたげな反応であった。

 まぁ、この2年近く……私達と共に過ごしてきて、それまでのイベントでも問題なく戦えていた彼ら彼女らからすれば、自分達が力不足であるという自覚はあるまい。

 この2年という期間は、それだけ彼らの自信に繋がっている。私達のギルドで最前線に立っていた者達ならば尚更だ。

 『英雄ギルドの主力』なんて肩書きを得てしまったならば、どうしても相応の自負をいだいてしまう事だろう。その上で「力不足」と侮られては当然不満も生まれる……。


「何、カノン? 不満そうね……?」

「…………いえ」

「そう?」

「貴女方に比べれば、我々がまだ力不足であることは認めざるをえないと、十分に心得ておりますので……」

「なんて言ってるけど、顔は引きつってるわよ。強がるならポーカーフェイスくらいちゃんとなさい。ふふ」

「…………」


 カノン以外の者達も、似たり寄ったりな反応ね。

 自意識過剰と取られかねないけれど、私達としてはソレが共通の認識。

 単純なレベルの数値差でいえば、たった数百程度の差かもしれない。ウチのカノンだって私が右腕と認めるだけあって、レベルは1000に入っている。レベル相応にくぐった修羅場も少なくはないだろう。

 そのレベルのプレイヤーならば、ウチのギルドだけでも十数名くらいは心当たりがある。

 他のギルドも似たようなものだろう。


 だが……今回のイベントは、()()()()()程度では話にならないのだ。

 これまでの「初心者でも楽しめる」みたいな時期イベントとは訳が違う。

 数で殴るにしても、半端な実力者程度では頭数にすらなれない。

 幼体の神獣を相手するわけではないのだ。完全な成体……いや、過去に戦った成体以上の力を秘めている可能性だって十分にある。

 レベル差数千以上の理不尽に挑むなんて経験は……それこそ、私達でさえ全盛期の『箱庭』時代以来だ。

 そしてユーリの言ったように、私達箱庭メンバーに比べれば……カノン達のようなまともなプレイヤー(?)は理不尽に対する経験が圧倒的に足りない。

 縛りプレイでレベル数千上のモンスターに挑んだことがあるかと聞かれれば、イエスと答えられるプレイヤーはほとんど存在すまい。

 ていうか、ノワール(あいつ)が言い出さなければそんなバカみたいな無茶苦茶、私達だって進んでやろうなんて思わないわよ。


「とりあえず、イベントクエストに関しては……なんとか時間を合わせて、最低でもメンバー4人は集まれる日に挑む……」

「いやいや、4人じゃ流石に無理じゃね? ここの7人全員で挑んでもかなりキツい戦いになると思うぜ……オレは」

「うーん……各ギルドから精鋭を数十名つれてくるくらいで……まぁ、なんとか……」

「言い方は悪りぃが、壁役やヘイト稼ぎ要員、回復やバフ要員として頭数を揃えるって感じか……。ガチ攻略としては、効率的にそれも悪かねぇんだろうけどよ……」

「果たして、その要員が『楽しんでプレイ』出来るかどうか……って話ね」

「仲間の使い捨てってやり方は、ボクあんまり好きじゃないなぁ……」

「わたくしも、アリスと同意見です。神獣に挑むならば我々だけで挑んだ方がいいかと……。デスペナはないとはいえ、死んで楽しいと思えるプレイヤーなんて滅多にいないでしょうし。現実の死と同等に考えている訳ではありませんが、攻略の為に仲間に死ねとは言いたくありません」

「ボクらのプレイスタイルに合わないですしね~」

「…………足手まといは、邪魔……」

「アイヴィってば、相変わらず歯に衣着せないよねー。もーちょい、言い方とかさ~」

「私の仲間は……『箱庭』だけ、だから。……他は、いらない」

「ホント、アンタって人見知りっていうか、他人にとことんなつかないっていうか……」


 呆れつつも、数年前と変わらぬアイヴィに少し安心してしまう。

 彼女と同じように、アイツも変わってなければ……なんて言うのは私のワガママね。この期に及んでまだ私は……。


 気を取り直し、イベントクエストの攻略についての会議を続けることにした。




     ◇◇◇ 

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