②二話のつづき4
◇◇◇
ほとんど物のない電学部部室にて、我先にとログインし消えた千秋達。
部室に残ったのは、まだWDLの開封すらしていない委員長と、初期設定に付き合うと申し出たオレだけである。
アイツ等、少しくらい待つって言葉を知らんのかね……。
「あ、あの……御堂くん?」
「ん?」
「えっと、ごめんなさい。御堂くんも皆と一緒に行きたかったよね……。なんだか、私なんかに合わせてもらって……」
「べつに、そういうのを気にする必要はねぇよ。そもそも、誘ったのはコッチの方だし、準備を手伝うのは当たり前だって」
「……えっと、なら……ありが、とう?」
「どういたしまして」
律儀に頭を下げる委員長に、つい笑みがこぼれてしまう。
笑っちゃ悪いとわかってはいるのだが、普段からお堅いイメージの強い生真面目な委員長が『学校にゲームを持ってきている』というシチュエーションは、意外性という点で言えばかなり破壊力があるし。
なにより、終始落ち着きなくオドオドしている様は、普段の凛とした雰囲気とのギャップもあり、千秋でなくとも可愛いと思う。
これまで、勉強以外の事であまり話すことはなかったが、やはり友人だ。だから、お友達として、助けてやれる事には手を貸したいと思う。
「……むぅ」
「どうかしたか?」
「……なんだか御堂くん、子供を見守る親みたいな目で私を見てる気がする」
「気のせいだ」
「本当に?」
「あぁ。親じゃなく、兄として妹を見てるって感じかな」
「もう! どっちも同じですー」
「はは、怒んなよ。悪かったって」
「……まったく……」
膨れてしまった。
一般の女性に対し妹扱いは流石に失礼だっただろうか?
でも実際、委員長は……オレの実の妹に似ている所が多いのだ。外見的なものではなく、性格とかオレに対する態度とか。
だから放っておけない部分もある。
周りにどう思われようと、自身の信じた『正しい』を貫こうとする真面目さも……
それを続ける為に、平然と無理をしている様も……
よく似ている。
「まぁまぁ、落ち着けって」
「――っ!?」
委員長の背後から両肩を掴む。
突然の行動にビクリと反応する委員長に、ちょっと吹き出しそうになったが、オレはそのまま軽く肩を揉むように手を動かす。
「御堂、くん……?」
「別に悪いことをしているわけじゃないんだ。……そう力まずに、肩の力を抜けよ。リラックスして楽しもうぜ? な♪」
「……、ふふっ、はい」
「じゃあまずは開封からだな」
オレの言葉に頷き、カバンから取り出したWDLは当然ながら最新機種。
まぁ、昨日買ったって言ってたしな……。
小箱のパッケージを開いていくと、出てきたのは手のひらサイズの端末。
正直に言うと、オレもこの機種は触れたことすらない。どうする? 教えられるだろうかオレに?
……そうだ! オレには頼れる相棒がいるではないか!
オレはすかさず自身の携帯端末を取り出す。
ヤツは勝手に同期したと言っていた筈。ならば、ココにいる筈だ。
「『アウラ』出てきてくれるか」
「……え? ど、どうしたの?」
「あー、ちょっと助力を頼もうと思ってな。一応、委員長にも紹介しておく」
「……?」
不思議そうにオレを見つめる委員長。
『頭、大丈夫?』という心配げな目をしている様に見えたのは、きっとオレの勘違いだろう。……うん、きっとそう。
だから、早く出てきてくれませんかね『アウラ』さんや……! 君の主が変人扱いされちゃうよ!?
『音声認証、確認。お呼びでしょうか? マスター』
「え? こ、声が……っ。どこかへ電話したの?」
「いや、違うよ。これは電話じゃなくて、実際にココにいる」
「……携帯、端末?」
「そ。ほら、携帯端末の機能で音声認証AIってあるだろう? それの進化版って考えてくれていい。自己学習と人工知能がくっついてるから、人みたいに話すことができるぞ」
「なるほど……」
『はじめまして。マスター専用artificial intelligence。個別識別名『アウラ』と申します。以後、お見知り置きを』
「えっと、私は榊 瑠菜と申します。こちらこそ、よろしくお願いします!」
オレの差し出した携帯端末にまでお辞儀で返してしまう辺り、真面目ちゃんが骨にまで浸透してるな……。
機械相手にまで敬意を向けるとか……、いや、オレも人のことは言えねぇか。
「そんじゃ、『アウラ』。WDLの設定なんだが……最新モデルはあんまりわからん。色々と手伝ってくれるか?」
『了解しました』
「お、お願いします!」
それから数分かけて初期設定をすることとなった。
◇◇◇
というわけで、ただいま『Re:GAME〈ゲート〉』内の噴水広場前。
二日前にアインと待ち合わせした場所と同じところで、委員長のチュートリアルが終わるのを待っていた。
と言っても、一人でボーッと座っているわけではない。
委員長本人からの許可を得て、オレと委員長のWDLを同期し、委員長のチュートリアルの様子を浮遊ディスプレイでモニタリングしているのだ。
理由はいくつかある。
まず、1つ目は、委員長がゲーム初心者であるということ。
『Re:GAME〈ゲート〉』の初心者であっても、他のゲームをプレイした経験があるなら、こういったゲームのセオリーなどやパターンなどを予想した行動をとることが出来る。
だが、委員長は本当に真っ白なのだ。
『装備はつけないと意味がない』という所から説明しなければならないレベルである。『バフ』や『ヘイト』などの専門用語すら知らないレベル。予備知識が皆無なのだ。
『ラックが上がればドロップ率があがります』って説明に、本気で首を傾げていた程である。
流石に素で放り出すわけにもいかず、音声チャットを繋いでサポートしていたわけだ。
そして、もう1つの理由。
それは委員長の戦闘スタイルを把握する事である。
初期職業ならば自由にジョブチェンジ出来るとはいえ、自分に何が向いているのか理解するには、やはり時間と経験が必要不可欠だ。
ある程度の経験があれば、どのジョブでも普通に戦えるが、初心者はそうはいかない。コントローラー操作のゲームならばともかく、体感操作の『Re:GAME〈ゲート〉』では肉体を実際に動かさなければならない。
動けない者が戦士をやっても役に立たないし、エイム技術の無い者が弓士をやっても矢の無駄である。魔法や属性知識が無い者が魔法使いをやってもマジックポイントの無駄であろう。
そんな無駄も経験やレベルアップで埋められるとしても、やはり時間はかかる。
なので、即席で今出来る最善解を経験者であるオレが導き出さねばならないのだ。
と言っても……。
「予備知識なしで、百言った事を百理解できちまうのって、正に才能ってヤツなんだろうな……」
『え? なにか言った?』
「いや、委員長は覚えるのが早いな~って」
『そ、そう? 上手く動けてる?』
「あぁ、オレの教えた通りに動けるどころか、自分で考えて応用した立ち回りまで出来てる。本当にこのゲーム初めてなんだよな?」
『初めてです! それに、たぶん上手く動けて見えてるのは、御堂くんの教え方がそれだけ上手だからよ』
「委員長、ゲーム内ではレンって呼んでくれよ。ネット世界で素性バレは御法度だ」
『だったら、貴方も私をアバター名で呼ぶべきじゃないかしら? 私は『委員長』って名前ではないもの。ふふっ』
「これは失敬。『ルナ』さん」
『私も気を付けるようにするわ。……その、れ……レン……くん』
ふむ。
やはり、本名に近しい名前をアバター名に設定したのは失敗だったかもしれない。
ソーマやアインのような、普段から名前で呼び合う仲ならば問題ないが、ルナやセンリのように、苗字呼びし合う仲だと……妙に気恥ずかしい気がする。
だからと言って、厨二感全開の名前をつけて、ソレで呼ばれるのもダメージがデカい気もするが……。
そう思うと、ルナに「ノワールくん」なんて呼ばれたら……羞恥心でどうにかなってしまいそうな気がする!
なんとしても、バレないようにしなければ!!
『あの、れ、レンくん!』
「は、はい!」
『その……一通り、職業は試してみたけれど……。どうすればいい?』
「あ、おう。そうだな……。一応、オレの見た感じ、どれも卒なくこなせているっぽいし、気に入ったジョブで大丈夫だと思うが。どれかしっくり来たやつとかなかった?」
『……そうね……。こういう事を言うと変かもしれないけれど、やっぱり私には『剣で斬る』、『矢を射つ』、『魔法を放つ』って動作に違和感……というか、抵抗感みたいなものを感じている気がする。現実味がないって言うのかしら? ファンタジーなゲームなのだからソレが当然なのはわかっているのだけど。剣を持つのも、弓に矢をつがえるのも、呪文を唱えるのも……今回が初めての経験』
「……そう言われると、確かにそうだな。ゲームの当たり前は現実とは違う」
『だからと言うわけではないのだけれど、一番実感があるのは……この『格闘家』って職業かもしれない』
「え、え゛っ!? マジ!? お前、人を蹴ったり殴ったりしたことあんの!? あの生真面目ちゃんが!?」
『誤解を生むような言い方をしないでください!! 護身用に、いくつか少々かじっている程度です……。実際に使ったことはありませんからね!』
おぅ……初耳だ。
クラスでも陰ながら『ガリ勉』と呼ばれているあの委員長が、まさか武闘派少女だったとは……。
いや確かに、さっきから『いい動きしてんな~』とは思ってたけどさ!
まさか、リアルでファイターだとは思わないじゃん!?
『…………引いちゃった?』
「いや、引いてはないが……。あまりの衝撃的カミングアウトに、驚きすぎて……」
『……。やっぱり変なのかしら……』
「そんなことはない! ないけど、……知ったらみんな確実に驚くと思う……」
『……秘密にしてくれる?』
「まぁ、ルナがそれを望むなら……別にバラしたりしないよ」
『じゃあ、お願いします』
「あぁ、りょうかい」
さて、ではもうルナの職業は『格闘家』で決定してもいい。……いいのだが。
なんだろうな。面白味に欠けるというか……。
こう、アレだ。
何でも出来る才能の塊を見てると、なんというか……オレの中の魔改造精神がふつふつと沸き上がって来ると言いますか。
もちろんバグやチートなんかは論外だが、こう……ルナ自身の能力を活かせて、尚且つ他にはない『面白さ』や『意外性』がほしい!
いや、これはオレの悪い癖だな。
定石どおり、安全で正当な楽しみ方をしてもらうべきだ。なにより相手はゲーム初心者である。
こちらのワガママで、何もわからぬ初心者をおもちゃにしていい道理はない。
「じゃあ、『格闘家』でいいんじゃないか? ルナなら十分戦えると思うよ」
『……レンくんは、これでいいと思う?』
「決めるのはお前だろ?」
『そうだけど……、なんだか、他に選択肢があるような気もして……。ごめんなさい。何を言ってるのかしら、私』
「さっき説明があった通り、職業は進化するんだ。いくつか条件を満たせば新しいジョブが解放されたりもするし、今はこれだけでも……、やってる内に新しい選択肢はいっぱい出てくる。今、焦る必要はねぇんじゃねえかな」
『……そうね。レンくんが、そう言ってくれるならコレにするわ』
そうして、初期職業を『格闘家』に決定したルナは、チュートリアルを進めていく。
最初のリトルボア戦も(ちゃんとした戦法で)難なくクリアし、あとは冒頭の説明と……あのクソみたいなオープニング映像だけ。
もうアレでSAN値を削られるのはこりごりなので、「 待ってる」と一言だけ告げ、ルナとの通信を切った。
アイン達と別れてから約20分弱。
随分と長い間待たせてしまっているが、まぁ仕方ないだろう。こちらには始めたばかりの初心者がいるのだ。
数分前に『早く来いよぉー!』などというメッセージが届いたが、今は無視。
さて、『格闘家』……。『格闘家』かぁ~。
装備できる武器はナックル系、トンファー系、棍棒系、あとは進化の系統によってはクロー系や暗器系も行けるか。
ジョブステータスとしては、やっぱり、攻撃と防御とスピードが伸びやすい分、魔法攻撃は皆無、魔法防御は比較的弱い。
選択種族による基礎ステータスや、レベルアップ時の割り振りボーナスの使い方にもよるだろうが、やっぱり一番の難点はリーチの短さだな……。
武器を使ったとしても、剣士のように斬撃を飛ばしたりするスキルは無いし、基本は超近接戦闘くらいしか選択肢がない。
近接戦でも、手練れを相手取れば攻撃パターンを読まれて一気に不利になる可能性もある。
PVPだと、あまり優遇されるジョブではないんだろうなぁ……。
「まぁ、一概に決め付ける事も出来ないんだが……」
モンスター相手とプレイヤー相手とでは、全然違う。
一概にレベル差だけで判断できないのがPVPである。
「つっても、ルナがPVPをやる前提での話なんだがな……。オレみたいに、モンスターしか相手にしないってんなら、考えるだけ無駄か」
……でもな~
色々と工夫次第で楽しめそうではあるんだよな~
種族とジョブと戦法の組み合わせでいくらでも――
「みど――コホンっ! ……れ、レンくん。大変お待たせしました」
「ん、あぁ。チュートリアル終わった……ん……だ……な…………」
「え、えっと……。初回ログインボーナス(?)っていうので、服を貰ったから、さっそく着てみたのだけれど……」
オレの前に現れたのは、先程までモニターしていた時とは違った装いに身を包んだルナだった。
凹凸のしっかりした肢体を包むチャイナドレス風の服、指貫グローブと戦闘用デザインのブーツ。
正直、見た目の華やかさとか、どことなく溢れる色気とか、スリットから覗く艶かしい脚とか、……そういうの全部ほったらかしで、オレはとある一点から目が離せずにいた。
オレと同様に顔の基本パーツは弄っていないので、メガネを外した委員長って感じなのだが、唯一変更した空色の綺麗な髪から……チラチラと見え隠れしているソレが気になってしかたないのだ。
「えっと……レンくん? やっぱり、変だったかしら……」
「あ、いや……似合ってる! 似合ってるよ。綺麗だと思う! ただ……1つだけ、ちょっと聞かせてもらってもいいか?」
「き、きれい……っ!? は、ひゃい! なんでしょう!?」
「……えっと、その……種族の事なんだが……」
そう。
プレイヤーの初期ステータスは、種族ステータスとジョブステータスに依存する。
そして、見えてしまったのだ。
風に揺れた髪の隙間から……種族特有の尖った耳が……
「まさか、『エルフ』か?」
鬼気迫る顔で見つめ返すオレに対し、キョトンとした顔で少女は首を振った。
どうやら違うようだ。
「えっと、似ているけれど……『ハイエルフ』って種族らしいわ」
「……『ハイエルフ』?」
おっと、知らない種族だな……。
初期種族にそんなのいたか?
『説明させていただきます。マスター』
(おぉ! 頼りになるぜ、『アウラ』先生!)
『この『Re:GAME〈ゲート〉』で選択出来る種族には、至極稀に上位種族が現れるケースがあります。コチラの機能はランダムですので出ない場合が常であり、数万分の一の確率で出現します。また、上位種族は個体数がかなり少数となっておりますので、それだけで優遇される事もあるとか』
(なるほど、見たこと無いわけだ……)
『ステータスの一部を引き継ぎレベル1からやり直す『転生』機能による種族変更でも稀に発現しますので、このゲーム内では『転生』を繰り返すプレイヤーも多数確認されています』
(ちなみに、『ハイエルフ』のステータスは?)
『『エルフ』と同じ点は、防御力は低く魔法攻撃、魔法防御は高いこと。スキルの取得に関係なく最初から回復魔法『ヒール』と、攻撃力付加魔法『ブースト』、防御力付加魔法『ブロック』、敏捷度付加魔法『アクセル』、命中率付加魔法『ヒット』の魔法スキルが使えます。そして、『ハイエルフ』の特徴は、『エルフ』よりも防御力が極めて低く保有HPも半分以下、かわりに保有MPが極めて高い点でしょう。後衛職への転職を強くオススメします』
(……マジかよ)
まさかの、超近接特化職にもかかわらず、防御が目茶苦茶ペラいと来たか……。
「レンくん?」
「ルナ!」
「は、はい!?」
「頼みがある!!」
勢い良くルナの両腕を掴み引き寄せる。
突然のことに、何やら顔を紅く染めて落ち着き無い様子だが、もはやそんな事はオレの眼中にはない。
思い付いた!
閃いてしまったのだ!
面白い事に!
今のオレの目は、まるで新しいゲームを買って貰った子供のように輝いていた事だろう。
◇◇◇




