②二話のつづき3
優しくなんて、してあげない。
呆気に取られた彼をそのままソファーに押し倒し、唇を押し付ける。
感情のままに、力任せに……。
……熱い。
体温なんて存在しないはずの、ただのゲーム。
アバターは形だけ……外身だけのデータでしかない、はずなのに……
そこに熱を感じている。
その熱を求めてしまっている。
「…………んむ、……っ」
貪るような口付け。
節操のないキス。
ただ求めるだけの…………
彼の反応が気になる。
彼はどんな顔をしているだろうか?
いや、やっぱり知りたくない。
知らないままでいい。
彼の事など知らぬままに、私はただ……ソレを求め続けた。
目蓋を固く閉じ……
何も見ず、ただ必至に彼を求めた。
彼の顔を両の手で優しく包み込み、ただ……その唇に触れ続けた。
言葉はない。
いや、言の葉を紡ぐ余裕なんて、ありはしない。
鼻呼吸など忘れ、息苦しくなる。でも、離れない。
けして激しくはない……だが、精いっぱいに、全身で彼にぶつかっていく。
息の続く限界まで……その繋がりを絶ちたくなかった。
彼はきっと、私のことが嫌いなはずだから……。
今はきっと、とても嫌な顔をしているのだろう……。
そんな事、ちゃんとわかってる。
だからこその『罰ゲーム』なのだから。
「…………ん、ん…………ぅ」
あぁ……もう、息の限界が……。
「……ぷはぁ……」
放れる唇。
唾液が糸を引き……落ちていく様は、淫靡で……背徳的で……。だが、脊髄を駆け抜けるような甘い痺れに狂ってしまいそうになる。
あの『ノワール』を相手に、主導権を握っている……というのも、いっそう興奮を高める材料になっている気もしたが、今はそれ以上にこの行為に没頭していたい。
彼はどんな顔をしているだろう?
衝撃を受けて固まったままなのか……
望まぬ行為に苦渋の表情を浮かべているのか……
もしくは、怒り狂って……眉間にシワでも作っているのかしら……?
怖いもの見たさ、とでも言うのだろうか……
『拒絶される』という見たくない現実を前にした私は、それでも彼を見たくなった。
何を言うだろうか……。
どうやって、どういう反応で……私を拒絶するのだろうか……? と……。
好奇心に急かされるまま、私は目を開けた。
そしてーー
……一瞬、時が止まった。
「…………あのっ……いや……、……その……だな」
彼は今にも湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、余裕なくあたふたとしていたのだ。
あの『ノワール』が……
無邪気に笑ってるか、戦闘時の真剣な表情か、……私の知っていた『ノワール』は、いつも私達の誰よりも大人びていて……何よりも頼りになる男性だった。
そんな、あの人が……今、私の目の前で……余裕をなくしているのだ。
照れと戸惑い、そんな感情のない混ぜになった表情。
こんなの、ズルい。
アナタにそんな顔をされたら……。
ゾクリと全身を駆け巡る、興奮。
嗜虐心を刺激され、私の中の何かが……音を立てて崩れていった。『倫理』とか『常識』とか……そんな何か。
彼の顔を引き寄せ、数センチにも満たぬ距離で囁く……
「嫌なら、やめろって言ってみなさい……」
「……っ」
選択肢を与える。
……でも、選ばせてあげない。
彼が何か言うよりも早く、その口をまた塞いでしまう。
二度目のキス。
恥も外聞もない、触れて求めるだけのキス。
今度は抵抗しようと、手で私の体に触れようとする彼。
「……ぷは……、ダメよ」
「っ!?」
「アンタからは、何もしちゃダメ……絶対に」
そんな言葉程度で、簡単に彼の抵抗は無効化される。
行き場をなくした腕を下げ、彼は真っ赤になった顔を逸らそうとする。
でも、ダメ。
私はそんな彼を引き寄せ、また無理矢理に唇を合わせる。
興奮はとめどなく昂ぶっていく。
もっと欲しい。
もっともっと……彼が、欲しい。
彼のすべてを、私一人で奪ってしまいたい。
私の色に染めて、私の事しか考えられなくして……私だけのものにしたい。
……諦める、はずだったのに……。
もう、止められない。
「いいのよ? ……逃げても。……んむ」
逃げる術はある。
ルールを無視して私を押し退ける。ログアウトする。リンク値を下げる。
そもそも、ルール破綻した罰ゲームなのだ。
強制力のない言葉に従い続ける必要などないのである。
彼が、その事に気付かない筈がない。
それでも彼は……何もしない。
肯定でも否定でもない。
ならば、私は変わらず……勝手にするだけだ。
唇を触れ合わせるたびに甘い痺れが脳裏を駆け抜ける、無理矢理しているって事実に背徳感、罪悪感を感じながらも……ソレがまた興奮となり全身を震わせる。
キスって……こんなに凄いのね……。
暴力的な、優しい口付け。
それ以上はしない。
舌を絡ませたりはしない。
性を刺激する場所に触れることもない。
触れ合うだけのキスだけ。
「…………嫌いよ」
耳元で囁く。
「アンタなんて、嫌い……」
優しく、囁く。
「……ずっと……ずっと、大嫌い……」
頰を伝う雫は、汗なのか涙なのかはわからない。
ゲームのくせに……無駄に再現率の高い……。
感触も……熱も……味も……単なる錯覚に過ぎない筈なのに……、ゲーム世界の作り出したまがい物でしかない筈なのに……気持ちいい。
「嫌い…………大っ嫌い……」
◇◇◇
「レンサーン? 聞こえてマースカー?」
「………………」
「あぁ〜無駄無駄、レンレンってば昨日何かあったのか知んないけど、朝っぱらからずぅ〜〜っと! コレなの。 アタシが話しかけても空返事なんだよ〜! そのくせ、授業の受け答えは卒なくこなしちゃうし……。コレ絶対変だよね!?」
「ソウデスネぇ〜……」
「おー、ノエちゃんだ♪ 御堂くんに何か用事があるのー?」
「oh! センリー♪ アナタもソーマと同じクラスでしたね!」
「だから、ちさとだってばぁ〜。ノエちゃん、全然覚える気無いでしょー! もー!」
「メンゴでーす♪ てへっ」
「あら、クライノーツさん? 放課後に私達の教室に来るなんて珍しいですけど、どうかしたの?」
「ハーイ! レンさんを拉致しに来ましたデース♪ ちなみに、キノーの時点でアポはとってまーす♪」
「え? 御堂くんを?」
「ノエちゃんと御堂くん? なんか珍しい組み合わせだねぇ〜。面白そうだし私もまぜてよ♪」
「構いません。ウェルカムでーす♪」
「テレレレーン。ギャルが仲間になった……」
「oh! ろーぷれデスね♪ チアキさんナイスデース♪ では、レンさんを目覚めさせる為に復活の呪文を覚えなくては!」
「…………そっとしておいた方が、いいと思うけど……」
「イーンチョさんはわかってないデスね〜……。きっと、今のレンさんは『やる気スイッチ』オフの状態デース! 省エネモードなだけなんデス!」
「叩けば治るんじゃない?」
「そんな、古いテレビじゃないんだからさぁ〜」
「気付に一発……いっとく?」
「賛同の流れで話を進めないでください! 御堂くんの事は、……まぁ、気にはなりますけど、無理に聞くのは良くないわ」
「いやいや、アレだって! 別にアタシも無理矢理詮索しようとか思ってないから! ただ……一発殴っとけば、記憶も飛ぶかも?」
「飛ばしちゃダメでしょう!?」
なんか、外野がうるさいな……。
「……お前らな……」
「「「目覚めたっ!?」」」
「御堂くんは元から眠ってないでしょう……」
「人がボーッとしてるのをいい事に、随分と勝手な事ぬかしてんじゃねぇか……」
「「「し、しゃべったぁあああっ!?」」」
「貴女達ねぇ……。それより、御堂くんも御堂くんよ。普段と雰囲気が違かったっていうか……心ここに在らずって感じみたいだったから、みんな心配してたのよ? 昨日、何かあった?」
心配げにコチラを覗き込む委員長。
その時、ふと……昨日のあの光景を思い出してしまい、視線を逸らす。
あぁ、クソ……顔が熱い!
「……大丈夫、なんでもないから……」
「…………。そう」
「それより、レンレン!! なんでずっと無視してたのさぁコンチクショウ!!」
「少し考え事してたんだよ……。つーか、いつの間にか普通に話せるようになってたんだな……お前」
「レンレンがずっと上の空だったんだから仕方ないだろぉ!! 消去法的にそうするしかなかったんだよぉー……」
「消去法ってお前な……」
「それよりレンさん! 部活デス! さっそくレッツゴーでーす♪」
「……あぁ、はいはい。……ん? そういえば、蒼馬はどうしたんだ? ここにはいないみたいだが……」
教室内を見渡すが、あのどこにいても目立つイケメン君の姿が見当たらない。
電学部部長がここにいるってのに、部員である蒼馬がいない……というのは、少し違和感があった。
トイレか?
「ソーマでしたら、先に行って待ってますデス♪ セカンドブッチョーなので、ワタシ達が行く前に部員へセツメーするらしいデスよ」
「……確かに、何の前置きもなく部外者が見学に来るってのもこの部じゃ変だしな」
「変デス?」
「運動部系ならまだしも、電脳世界でプレイしてるゲーム部だからな……。気軽に偵察とかアウトだろ普通」
「ソーナンデスカ?」
「…………あぁ、お前に聞いたオレがバカだった……。とにかく、蒼馬のやつを待たせてるんなら、さっさと行ってやらないとな」
「イエス♪ 楽しいゲームの時間デース! レッツゴー♪」
「あ……ま、待って御堂くん!」
荷物を持って立ち上がったオレを、委員長の声が引き止めた。
「どうかしたか? 委員長」
「あ……その、一昨日に話していた、ゲームの件なんですけど……えっと」
「ゲーム!? イーンチョさんもゲームするんですか!?」
「お前はちょっと黙れ」
「えっ、何? また『馬鹿になりそうだからやりたくない』とか言いたいわけ? うっわ、やる前から先入観だけで物事を決め付けるとかないわぁ……。これだから、頭がいいだけの馬鹿は……」
「千秋、お前も黙ろうか」
「あ、えーっと……委員長も一緒にーー」
「お前まで乗っからなくていいからな、三枝」
「「「ぶぅー」」」
この3人……、ベクトルは全く違う癖に、無駄にテンションは高いって所だけは似てるんだよな……。
一々、コイツらのノリに付き合ってたら話題が進展しないんだよ。
というわけで一旦無視。
「それで、ゲームがどうかしたのか?」
「……えっと、その……。昨日、速達で届いて……一応持ってきてはいるんだけど、まだ起動もしてなくて……その」
「え? も、持ってきちゃったの……? 学校にゲームを? あの委員長がか!?」
「い、言わないで御堂くん。……自分でも、どうかしてるって自覚はしているのよ! でも、普段こういうモノにあまり縁がなかったから……買ったはいいけど、どうすればいいのかわからなくて」
普段は真面目でクールなあの委員長が……、今はオレの目の前で通学カバンを抱きしめプルプルと震えてらっしゃる。
なんだろう……。
ギャップってやつだろうか?
普段見る事のない、余裕のない姿に……なんか一瞬ドキッとしてしまった。
「…………なに、あの可愛い生き物……反則かよ!? 超萌えるんですけどぉーー!」
ほら、自称・萌豚クソニートもこう言っている。
人見知りで同性な千秋でこれなのだ、オレへの破壊力など言うまでもない。
「萌えデスね! これぞまさに、ジャパニーズ『萌え!!』デスね!」
「あの委員長が、とっても可愛いぃー!」
あと、やっぱり外野がうるさい。
「あぅ……。い、言わないでぇ! 反省してますから、没収でも反省文でも覚悟してますから……」
「大丈夫! アタシ達が許す!」
「問題アリマセーン♪ ワタシ達は黙っててあげます! イーンチョさんはワタシ達が守りマース♪」
「……貴女達……」
「そもそも、お前ら2人も同罪だろうが……」
「「えへっ♪」」
「ったく……、まぁ、こんな奴らばっかりだし……委員長も気にすることないと思うぞ? 今日はオレも持って来ちまってるしな……はは」
「そ、そうなの……?」
「とりあえず、丁度いいし委員長も一緒に来いよ。体験入部って理由でなら学校側も大目に見てくれるだろうさ……」




