一話のつづき2
「……はぁ~……、エアコンを開発した人は偉大だね~……。生き返るわ~♪ 文明の利器ってやつ? 住みやすい時代になったね~」
「……いや、別にいいんだけどさ……」
「あっ、なんか食べる? ワタシおなかペコペコでさ~。あっ、ここカツカレーとかあるじゃん♪ ワタシコレにしよ~」
「喫茶店……ではあるだろうけど……」
「注文はパソコン使ってやるらしいよ~」
「……なんでネカフェなんだよ! あきらかに普通の喫茶店より高くついてんじゃねえか!」
あの後、すぐに移動を始めたのだが、適当に歩いているとちあきが「見覚えのある看板見っけた! あそこにしよう!」と言い出し、このネットカフェに入店することとなった。
会員証のなかったオレは通信端末でパパッと入会を済ませたが、ちあきはすでに会員だったらしく……割引クーポンまで常備している始末。
自宅でも外出先でもネットって、どんだけインドアなんだよ!
「カラオケでもよかったんだけど~。ここならパソコンもあるし、ドリンクもソフトクリームも食べ放題飲み放題♪ しかもグループルームはある程度防音設備も整ってるしね~。すばらしい♪」
「入室だけで金をとられるがな……」
「マンガも読み放題だよ? 何なら懐かしのネトゲでもやってみる? 今じゃWDLが主流になっちゃったけど、キャラゲーならネトゲも悪くないよ~」
「コッチは長居する気ないんだけど……」
「まぁまぁ、アタシのやつポイントたんまり貯まってたから、室料は実質無料だし♪ ゆっくり語り合ーおーうーぜ~」
今の時間は……18時ちょっと前か……。
あまり帰りが遅くなるわけにもいかないし、なにより……家に帰れば、歌穂さん特製の絶品カレーがオレを待ってる!
ここで何かを食べて腹を満たす気など毛頭ないのだよ!
まぁ、ちあきと一緒にいられる時間は、せいぜい1~2時間ってところか。
ネット越しなら毎日会っているから、特に話すような内容もないと思うんだが……、出会ってすぐにバイバイってのは、やっぱり寂しいよな……。
「わかったよ……。だいたい1時間ちょっとってところか……。それくらいなら付き合ってやる」
「短っ!? アタシ達数年来の大親友なんだよね!?」
「あぁ」
「何年もあたためた期間があって、ついに今回意を決して初対面!」
「そうだな」
「それなのに時間がたった1時間って、そりゃないっしょダンナ!」
「そうか? 別に話すのはネット越しでも出来るし、学生なんだ。今から遊びまわるって時間でもないだろ……」
「うーわ、なにコイツうーわ、ありえないうーわ」
「……今度は休日にでも会えばいいだろ?」
「いやいや、日中に歩き回るとかありえないでしょ。なに? アタシを殺す気なの?」
「ほん……っとめんどくさいなお前」
「あーあー、そんなこと言っちゃうんだ! いいのか!? 泣くぞー!? アタシ泣くぞー!?」
あーウザい。
ネット越しでも大抵ウザいヤツだったが、リアルに会ってみると想像を絶するウザさだわ。
女じゃなかったら、すでに2~3発は殴ってるところだ。温厚なオレでコレなのだ。短気なヤツなら暴動ものだろう。
「本気で憐れむような目で見ないでくれない? マジで泣くぞコラ」
口を開かなければ、十分可愛いのに……勿体ない。コレが『残念系美少女』ってやつか……。
「……はぁ」
「だから人の顔見てため息ついてんじゃねぇよ。初対面のくせに失礼だろ!」
「ならお前も初対面の相手にちょっとは気を使えよ。注文多すぎなんだよ!」
「そう言いながらも聞いてくれるあたり……やっぱりレンレンだよね~♪ 愛してるゼ!」
「今すぐぶん殴りたい衝動と常時葛藤中だよクソッタレ♪」
「……今日一の笑顔で脅迫しないでくれます? わりとガチで怖いんですけど……。こう見えてアタシチキンですからね? ノミの心臓ですからね?」
「……ったく」
それからも色々駄弁り……というより一方的に煽られ続け、……いつも通り、アニメやゲームの話題でわりと盛り上がり、ネット越しと大した差もなく、無駄な時間を過ごすこととなった。
これ、わざわざリアルで会う意味あったか?
確かに、美少女キャラについて熱く語る美少女……って構図は、かなり……なんつーか、違和感バリバリだったけどさ……。
それに『極度の人見知りだ』って情報も、あながち嘘と言うわけでもなかったらしく……、オレに対しては初対面でもかなり図々しいくせに……――
コンコンッ
「失礼します。ご注文の品をお持ちしました」
「――……っ!」
「んあ……?」
店員が料理を運びに来た時には、何故かオレの体に隠れて、無口無表情無感情を貫いて見せたり……。
終始、息を殺して気配を消していた。
「それではごゆっくりどうぞ」
と、店員が出ていく瞬間まで、まるで石像のように固まっていた。
ギャップ大きすぎないか?
「お前……ガチで人見知りだったのな……」
「無理。他人との会話とか無理。絶対無理。不可能」
「オレだって平たく言えば赤の他人だろうが」
「いや、レンレンはレンレンだし。他人じゃないじゃん! 親友じゃん! マブダチじゃん!」
「そんなもんかね~……」
特別扱いって言えば聞こえはいいかもしれないが、コイツの場合はオレを人間扱いしていない可能性もある。
それになんつーか……
「…………」
「……な、なんだよぉ」
「いや、店員さんもういないんだから、いいかげん離れろよ。つか抱き着くなよ」
ギュー……
「力を強めるな」
「……うん、アレだね」
「……あぁ?」
「レンレンの腕にはリラクゼーション効果というか……、抱き着くとすんごい落ち着くっていうか、安心する」
「……そりゃどうも」
「よしキミ、今日から我が家の抱き枕にジョブチェンジしなさい!」
「おい」
「安眠効果抜群♪」
「お断りじゃ」
まだ抱き着く手を緩めようとしない。
オレが異性だって認識してるのかコイツ?
女が彼氏でもない男にホイホイ抱き着くのも、どうかと思うんだが……。
「う~ん……、ちょっとゴツゴツしてるなぁ……。コレを枕にするってなると、けっこう首こりそうだなぁ。もうちょい柔らかくしとけよな~」
「勝手にオレの枕化計画進めてんじゃねえよ! ならねえよ!」
「デザインもイマイチだしなぁ」
「整形しろと!? 何気なく人の容姿全否定してくれてんじゃねぇよコノヤロウ! 衆目の中心で放置すっぞコラ!」
「なんて残酷な処刑方を! ありえない。鬼っ! 悪魔っ!」
コイツにとって、オレは随分と都合のいい存在となりつつあった。
別に男性として意識してほしい訳じゃないんだけどさ……、ちょっとは自分が女である自覚くらい持ってくれないもんかね?
だから、ネット越しでもオッサンと誤解されるんだよ……。
◇◇◇
「……さて、もうこんな時間か……」
ふと壁にかけてある時計に目を向けると、時刻は七時過ぎ。
話の区切りもちょうどいいし、今日はこの辺りで解散にするべきだろう。
「えぇ~! 話はまだまだこれからじゃーん!!」
ちあきさんもこう言っている事だし、さっさと帰る準備を始めるか。
「オイコラ。今サラッとアタシの言葉を無視しただろオイ」
「……。元から、このくらいには帰るって言ってただろ……。だいたい、オレ達くらいのガキが、夜遅くに外を闊歩してんのも問題があるだろうが」
「……でも~」
「話の続きなら通信端末でも出来るだろ」
「うー~! あっ、そういやさ♪ レンレンって、なんかスポーツとか武道とかやってたりするの?」
「は? なんで?」
「ファミレスですんごい蹴り入れてたじゃん♪ 大の大人を相手に無傷で瞬殺! かぁっくいぃ~♪ ありゃただ者の動きじゃなかったっしょ!」
「……べつに。そういうのはやってねーよ。……苦手なんだ」
流石にちあきさん程ではないが、オレも集団に混ざるのは苦手な方だ。
普段の学校生活や社会生活ならば何も問題はない。ある程度力を抜いて、やれと言われた事だけこなせばいい。
ルールから大きく外れない限り、悪目立ちすることもないし、周りの空気になんとなく合わせていれば目を付けられることもない。
比較的、平和な日常を過ごすことが出来る。
だが、勝負事の世界ではそうはいかない。
部活も武道もそうだが、誰かと『競う』となれば嫌がおうにも目立ってしまう。
全力で挑むならば当然だし、手を抜いたなら味方に目を付けられる。しかも少数団体ともなれば、それだけ一人一人に深い関係を『強要』される。
暑苦しいのも、後ろ指も、勘弁願いたいのだ。
それに何より……、無駄に汗をかけば、洗濯物で歌穂さんに迷惑がかかる。
臭いなんて思われたくない……。
人との繋がりを軽んじるつもりはないが、無駄な繋がりやしがらみで足を引っ張られるのはごめんだ。
まぁ、その結果『ぼっち』って言われてるわけだけど……。
「ふーん、そんだけの身のこなしと、アタシ以上のゲーム知識持ってるのに、なんで『Re:GAME<ゲート>』しないの? 昔はやってたんだよね?」
「……、……あぁ」
「何回も更新されて機能も増えてるし、前よりも確実に面白くなってるよ♪ 一緒に『Re:GAME<ゲート>』しようよ~。レベル上げなら手伝ってあげるからさ!」
「…………」
Re:GAME<ゲート>……か。
引退してかれこれ三年ちょっと。
オレがやってた時期よりも遥かに登録ユーザーは増え、ウチの学校でもやってないヤツの方が少ないくらいだ。
実質、オレのクラスではオレ以外、全員がユーザーだったわけだし……。
ちあきさんはともかく、蒼馬や千里からも何度か勧誘された。
ユーザー数1000万人越えだっけか?
今や王道と化した神作である。
だが……
「何度も言っただろ……、ゲームはもう……卒業したんだ」
オレはもうゲームをしない。少なくとも、一人暮らしを始めるまでは『Re:GAME<ゲート>』に手を出す気はない。
このゲームにハマらなければ……、このゲームに魅了されなければ、ウチの家族は……オレの本当の家庭は、壊れることがなかった。
オレがこんなに両親を嫌うことも……、両親がオレを厄介者扱いすることも……
妹と、離れ離れになることも……なかったはずなのだ。
――と言っても、すべて過去の話だ。
妹も両親も、オレのいなくなった家で楽しく暮らしていることだろう。
オレだって、今の家庭……歌穂さんと美緒さんの待つあの家が大好きだ。それなりに幸せに暮らしている。
だから、もう失わないために……、今の家庭を壊してしまわないように、ゲームは暫く卒業。
それに……続けていた、最大の理由も……もう……。
「くはぁ~……、面と向かって断られると、流石にショックでかいな~」
「ざまぁ」
「うざっ!」
そんな時、不意にちあきさんの通信端末にメッセージが届いた。
「あっ、『Re:GAME<ゲート>』からじゃん♪ 次のイベントについてかな~?」
わざとオレに画面が見えるように操作してやがるな……。
たかが時期イベント程度でオレの鋼の誓いが揺らぐとでも思ってるのかね~。
「なになに? 今回は新規討伐イベントかぁ~。しかも、このレイドボス超可愛い! 何コレ、超エロい! こんな美少女に剣向けるとかありえね~」
「じゃあ先に帰るぞ~」
「待ちーな待ちーな! これ見てみ♪ 超絶可愛いから!」
仕方なくソチラを見る。
通信端末に映っていたのは、せいぜい1分弱程度のプロモーションムービー。
そこでオレは…………足を止めた。
画面に映っていたのは……一人の少女。
真っ白な髪に、真っ白な肌、真っ白なドレスに身を包む……真っ赤な目の少女。
その表情は物憂げで……儚く、優しげで……鋭い。
あぁ……
嗚呼……
見間違う訳がない!
「……あれ、レンレン?」
荊で飾られた大きな鳥籠の中で、少女はコチラを見つめていた。
言葉はない。
何も言わずにコチラを見つめ、……動画の残り数秒、暗転する画面の中で……たった一言だけを残した。
『…………ノワール……』
字幕もなく、音量もないに等しい。
その言葉を聞き取れたのはオレだけかもしれないし、もしかしたら……オレが勝手に、彼女がそう言ったものだと錯覚しただけかもしれない。
だが確かに、オレの鼓膜を……その言葉が震わせた。
確かな残響となり、オレの中に残り続けた……。
「あ、あの……レンレン、手……痛いんだけど……」
いつのまにか、食い入るように、オレはちあきさんの手を掴んで引き寄せていたようだ。
慌てて放す。
「……どったの? もしかして、レンレンの好みドストライクなキャラだったから、見とれちゃったとか? 狼さんモード? きゃあ、こわーい♪」
「…………」
「あれ? ……なんか、言ってよ」
「……アルヴス」
「……え?」
「さっきのキャラの名前だよ」
「……あっ、ホントだ! 何でわかったの!? このキャラ、今回初出しキャラだよ!」
あぁ、知ってる。……知ってるさ。
オレが何年も探し続けて……最後まで、会うことの叶わなかった少女なのだから……。
「ちあき」
「ふぇ? あ、はい!」
「このイベント、いつからだ?」
「え、えっと……確か、明後日の深夜0時から……だった筈だけど……、っ! まさかレンレン!」
「勘違いすんなよ……」
「あ……、そう……だよね」
もう『Re:GAME〈ゲート〉』はしない。
そう誓った。
……何に?
神にか?
くだらない!
「……今回のイベントだけだ」
「っ!! ほ、ほんと!? レンレン……やるのっ!?」
ゲームをやめると、誰かに言質をとったわけじゃない。
家庭を壊さないレベルでやり込めばいい。
勉強もかなり余裕があるし、睡眠時間をかなり削れば時間を作ることは可能だ。
そして、今回だけだ。
今回のイベントだけ……。
彼女に会うためだけに――
「またあの世界に……『Re:GAME<ゲート>』に……」