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②二話のつづき2


     ◇◇◇





 この世界『Re:GAME〈ゲート〉』における、プレイヤーの肉体とは使用するアバターに左右される。

 肉体の可動域や大きさ、重さ、体力的な部分なども最初に設定した種族なんかで様々に変化するのだ。

 例えば、全長2メートルを超えるデカい図体をした巨人族やドワーフ、象や牛系の獣人なんかは早く動く事は出来ずとも力は強い。逆に、身軽な子供サイズの小人族や兎系の獣人なんかは力では無く素早さで翻弄する事に優れていたりする。

 もちろん、種族のみで極端に差が出てしまう事はないが、見た目に見合っただけのポテンシャルは兼ね備えているものだ。


 そして、プレイヤーはステータスという点で成長する。

 レベルが上がればもちろんステータスも上がるし、成長すればソレだけソレにあった変化も起きるわけで……

 筋力値が上がれば、力が強くなる。

 敏捷値が上がれば、足が速くなる。

 防御値が上がれば、頑丈になる。

 ステータスによっては、小人が巨人に腕相撲で勝つ事も出来る……ってやつだ。

 もちろん、ステータスによるそういった補正を解除する事も出来るのだが、そんな奴は滅多にいない。


 さて、こんな回りくどく色々説明したのには、もちろんちゃんとした理由ある。


 今、俺の上に馬乗りで跨ってポコスカと叩いてきてる、コチラの女性……。

 レベルはオレと大差ない1500くらい。

 毎度レベルアップ時に貰えるボーナスポイントを、筋力値へ全振りしまくった女性に……マウント取られて殴打されてるわけなんだが……

 あぁもちろん、向こうも筋力補正を解除してくれているのだろう。一発で肉体を貫通するほどの馬鹿力はない。

 でも……けっこう普通に痛いよ?

 補正解除しても、か弱い女の子ってレベルの腕力じゃないだろこれ……。


 といっても、悪いのはオレなんで素直に殴られること……十数分。

 気が済んだのか、疲れたのか……はたまた、ただ飽きただけなのか……。やっと拳を止めたランカは、涙で腫らした目でジッとオレを睨みつける。

 だけど、その目にさっきまでの怒りというか……暗い感じ、というか……そういうのはなくなっている気がする。

 たぶん、おそらく……オレの自惚れじゃなければ……だけど……。


「……ちょっとは、スッキリしたかよ……?」

「……。全然、全く、これっぽっちも、スッキリなんてしてないわよ。……ばーか」

「はは、そりゃ残念だ。だったらいい加減どいてくんないか……? いい加減、重いし、痛えし。つか、ちょっとは手加減しろよマジで……」

「アンタの自業自得でしょ。……それと」


 ゲシ……


「誰が重いですって……?」

「デリカシーって点で失礼な事を口走った自覚はある。だからって、座ったまま人の頭を無遠慮に踏むのはどうかと思うぞ……」

「……ふん」


 ふみふみ……


「おいコラ、サラッと無視してふみふみしてんじゃねえよ! つーか早くどいてくれませんかね!?」

「いやよ」

「……のやろう……。だったらせめてリンク値くらい下げさせてくれ。生憎と殴られて喜ぶような特殊性癖は兼ね備えてないんだ。むっちゃ痛ぇ……」

「へぇ……やっぱり、リンク値……最大にしてるのね。もしかして、昨日の戦いでもそうだった?」

「あぁ? 今更何言ってんだよ……。オレは昔からこうだったろ。つか、こうしないと感覚が鈍ってジャストガードとか無理だし……。ほぼ初見の神獣相手なら、尚更な」

「それでよくMじゃないって言えるわね……」

「痛いの必死に我慢して頑張ってたんだよ!!」


 オレだって、好き好んであんな黒トカゲにサンドバッグ扱いされていたわけじゃない。

 むしろ、隙あらば……嫌がらせに痛くもない魔法をチクチクぶち込んだりして憂さ晴らししてたくらいだ。

 あのクソトカゲ……次会ったら、死なないギリギリでイジメまくってやる……。


 そして……いっこうに、オレの上から動く気配のないこの女は、なんでオレの顔をガン見して考え事してやがるんですかね?

 重いっつってんだから、さっさと退いてくれよ……。


「おーい……」

「…………」

「おーい、ランカさんやーい……」

「……よし」


 おい、この超至近距離でガン無視かコノヤロウ!

 もうこうなったら、多少力尽くにでも……


「ノワール、そういえばさっき……どんな罰でも甘んじて受ける、って言ってたわよね……?」

「……あ、あぁ……言ったな」


 ん、ん〜……?

 あれあれ、おっかしいなぁ〜……。つい数秒前までポコスカと殴打されまくったはずなんだけどなぁ〜? あー、アレだけじゃ満足出来ない? 殴るだけじゃ全然おさまんない、と……?


「…………何が、お望みだよ……」

「そんな警戒しなくていいわよ。もう殴ったりしないし、痛いのはおしまい。これからアンタに提案するのは……アンタの得意な『ゲーム』よ」

「は? ゲーム?」

「そう、簡単なゲーム。……でもコレは罰も兼ねてるから、アンタにとっては『罰ゲーム』みたいなものかしら……? ルールも私に有利なものになるしね。それでも、アンタの『勝てないゲーム』にする気はない。勝利条件も用意してあげるわ」

「……。……なんだよ、いきなり……」

「あら……何か変なこと言ったかしら?」

「オレは別に逃げたりしない。どんな罰でも受けるつもりだ。……なのに、なんでそんな回りくどい事をする?」

「そんなの、私もゲーマーだからに決まってるじゃない」

「……はぁ?」


 いや、なんで「当然でしょう?」みたいな顔してんだよ。

 意味わかんねぇ……。


「じゃあ逆に聞くけど。『諦めた顔した敗者』相手に、一方的に殴り続けて……アンタは楽しい? サンドバッグ殴ってるだけで、優越感に浸れる?」

「いや、言いたい事は……なんとなくわかるが……」

「だからゲームよ。アンタに対する『罰』もゲームにしてしまえば、私も楽しめるし、アンタも張り合いあるでしょ?」

「…………」

「何を警戒しているのか知らないけど、勿論アンタに拒否権はないわよ?」

「……はいはい。やりますよ。やらせていただきますよ! んで、何すりゃいいんだよ……?」


 諦め半分のオレを見てか、やっと立ち上がったランカはメニューウィンドウを開き……何か設定を弄り始めた。

 他者の視界からだと、ウィンドウのどの部分に触れているのかわかんないようになってるんだよな……。プライバシー保護って観点なのかね?

 そこに隠せるプライベートとか、あんま無いと思うんだけど……。

 ランカが離れて、やっと解放された体を軽くほぐす。

 おっと……次また殴られるかもわかんねぇし、一応リンク値は下げといたほうがいいか。


「あ、リンク値下ちゃダメよ? それも込みのゲームだもの」

「…………へいへい」


 リンク値込みって事は……我慢対決ってところか?

 くすぐり我慢ってなると、勝てる気しないんだけど……

 足とか脇腹とか、けっこう弱いしオレ。


 他だと、辛い料理我慢? 臭いもの我慢? あ、黒板の引っ掻き音とか不快音我慢って線もあるか? あとは、ホラー動画をひたすら見せられるとか……。

 そう思うと、オレってけっこう弱点だらけな気がしてきた。

 くっ、罰ゲームって前提も考慮すると……どれも否定出来ないのが辛い!


「…………」

「……何をガタガタ怯えてんのよアンタ……?」

「は、はぁ!? 怯えてねぇし! アレだし! えっと、そう! 武者震いってやつ!! だから全然大丈夫。問題ない!」

「説得力ないわよ……」


 呆れた顔でため息までつかれてしまった。

 いや、たしかに考え過ぎだった気もするけど……。警戒するに越した事はないと思うんだ? 罰ゲームだし。


 そんなオレなど無視して、ランカは二人掛け用のソファーに座った。……まぁ、さっきまで座ってた椅子は……肘掛けが悲惨な事になってるしね……。

 そして、2、3度深呼吸したかと思えば、真剣な瞳へと変わる。歴戦の戦士というよりは、覚悟を決めた一人の女性のそれだ。


「起立!」

「は、はい!」


 あまりの剣幕に、つい立ち上がってしまった……。

 何をされるんだ?

 何をさせられるんだ?

 よくわからない緊張で、背筋を汗が伝う……ような錯覚をおぼえてしまう。実際はゲームだから汗なんてかかないんだけど……。


 ランカは自身の座ったソファーの空いたスペースをポンポンと軽く叩く。


 ……え、座れってこと……なんですかね?

 何故、対面じゃなく隣?

 隣に座る→近い→触れようと思えば簡単に届く→……突然の暴力から逃げる術なし……→サンドバッグ確定

 うわぁ……とてつもなく行きたくない……。


「……えーっと……」


 ポンポン……


「あー、そういえば……」


 ポスポス……


「明日はちょっと用事があった気が……」


 バンバンッ


「ノワール……」

「…………うっ」

「黙ってココに座りなさい♪ ……今すぐに」

「ランカ……さーん。笑顔なのはいいんだが……目が笑ってないですよ〜……」

「さっさとしなさい。殴るわよ」

「そうやって一々暴力をふるおうとするからコッチも警戒してるんだろうが!?」

「アンタがいつまでも来ないのが悪いんでしょ! いいからさっさと来い!」

「…………たく、わかったよ……」


 仕方ない。コレはどうせ罰なんだ。諦めよう……。

 オレは言われるがまま、ランカの隣へと座った。よく考えると……異性と二人きりで、隣り合わせで座るなんて、今までになかった気がする。

 自宅や学校で、誰かと二人きりになる事はまずないし……。唯一思い浮かんだ千秋は……あんなだし。


 なんか、落ち着かないな。


 コレはアレだ。さっさとゲームの話に話題を変えてしまおう! ゲームに没頭してれば、こういうのもきにならなくなるはずだ。


「それで、お前の提案するゲームってのはどんなだよ?」

「簡単なルールよ。アンタはゲーム時間いっぱいまで『我慢する』だけでいいわ。コチラからは色々とするけれど、アンタは逃げても抵抗してもダメ。もちろん、反撃なんてしようものなら……即刻ゲームオーバー」

「制限時間は?」

「……そうね。1時間ってところかしら」

「そりゃまた随分と長いな……」

「2年に比べたら、随分と良心的な数字でしょう?」

「……ぅぐ、……そうですね」


 うん。反論できねぇわ……。


「それじゃあ、ゲーム開始はキリよく。3分後の1時からでいいな?」

「……ええ」




     ◇◇◇




 5…4…3…2…1

 あと、1分。

 この数年、こんなにも3分が長く感じる事はなかった。たかが、180秒程度。音楽を聴いていれば一曲が終わる前に過ぎ去るような時間である。

 でも今はそれが何時間にも感じてしまうくらい、長く感じる。

 壁にかけられたアナログ時計の秒針が、少しずつ進んでいく。


 ……あと、30秒。


 心を落ち着けるために、深呼吸をする。


 ……あと、20秒。


 これから、彼にするのは……単なる嫌がらせだ。

 殴っても、怒鳴り散らしても、泣きじゃくっても、きっと彼は「ごめん」と言って反省することだろう。

 でもそれだけだ。

 謝るだけ。私達が許すか許さないかは、彼にとっては些細な問題でしかない。……彼の目的は……ココにはない。


 ……あと、10秒。


 だから、これはただの嫌がらせだ。

 自分を納得させるためのキッカケ……

 彼を、ちゃんと諦めるための……キッカケ。



 そして、秒の針が12の数字を指し示すと同時ーー



 ーー私は、彼の唇を塞いだ……




 初めてのキスは……罪の味がした。




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